<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>

<rdf:RDF
  xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#"
  xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
  xmlns:admin="http://webns.net/mvcb/"
  xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
  xmlns="http://purl.org/rss/1.0/"
>

<channel rdf:about="http://tamaraw.sblo.jp/">
<title>ラグナベイの風に吹かれて</title>
<link>http://tamaraw.sblo.jp/</link>
<description>ラグナベイのそばに移住して気楽なフィリピン生活をエンジョイする毎日、綺麗な青い空と青い海に憧れてやって来たが宇宙人との会話とも思えるその先はカルチャーショックの連続が・・・・。Tamarawは　絶滅危惧種タマラオのことです。世界でフィリピンのミンドロ島に数百頭しかいないと言われる野生の水牛です。</description>
<dc:language>ja</dc:language>
<admin:generatorAgent rdf:resource="http://blog.sakura.ne.jp/" />
<items>
<rdf:Seq>
<rdf:li rdf:resource="http://tamaraw.sblo.jp/article/53591767.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://tamaraw.sblo.jp/article/53514192.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://tamaraw.sblo.jp/article/53497807.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://tamaraw.sblo.jp/article/53478187.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://tamaraw.sblo.jp/article/53463170.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://tamaraw.sblo.jp/article/53448772.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://tamaraw.sblo.jp/article/53440769.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://tamaraw.sblo.jp/article/53418873.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://tamaraw.sblo.jp/article/53404960.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://tamaraw.sblo.jp/article/53390737.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://tamaraw.sblo.jp/article/53375982.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://tamaraw.sblo.jp/article/53360877.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://tamaraw.sblo.jp/article/53347536.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://tamaraw.sblo.jp/article/53333782.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://tamaraw.sblo.jp/article/53319271.html" />
</rdf:Seq>
</items>
</channel>

<item rdf:about="http://tamaraw.sblo.jp/article/53591767.html">
<link>http://tamaraw.sblo.jp/article/53591767.html</link>
<title>人が幸せになれる酒造り　Ｎｏ７</title>
<description>希望者が入ってくれば、いくらでも養成できる。私自身はこの道に好きで入ったわけではないが、土佐鶴の杜氏で幸せだった」。現在は土佐鶴の取締役という立場になったが、うまい土佐鶴の酒造りに心血を注ぎ続けている。何よりも杜氏として厳しい世界を長く生き抜いてきただけに、その言葉は重い。「酔ってけんかしたり辛そうにしたりしている人を見ると、自分は悪いものを造ったのかという感じがする。逆に、お酒を飲んで朗らかで楽しくなっている人を見ると嬉しいし、そんな飲み方をしていただいている人は杜氏にとっ..</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>タマラオ</dc:creator>
<dc:date>2012-02-10T05:53:56+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div align="center"><a href="http://web-makati.sakura.ne.jp/sblo_files/tamaraw/image/tamaraw-2012-02-10T05:53:55-1.JPG" target="_blank"><img src="http://web-makati.sakura.ne.jp/sblo_files/tamaraw/image/tamaraw-2012-02-10T05:53:55-1-thumbnail2.JPG" alt="131.JPG" width="320" height="240" border="0" hspace="5" /></a></div>希望者が入ってくれば、いくらでも養成できる。私自身はこの道に好きで入ったわけではないが、土佐鶴の杜氏で幸せだった」。現在は土佐鶴の取締役という立場になったが、うまい土佐鶴の酒造りに心血を注ぎ続けている。何よりも杜氏として厳しい世界を長く生き抜いてきただけに、その言葉は重い。<br /><br />「酔ってけんかしたり辛そうにしたりしている人を見ると、自分は悪いものを造ったのかという感じがする。逆に、お酒を飲んで朗らかで楽しくなっている人を見ると嬉しいし、そんな飲み方をしていただいている人は杜氏にとってはありがたい。これからも人が喜ぶような、幸せになるようなお酒を提供していきたい」と、やはり最後は杜氏としての顔をのぞかせる。　ちなみに、池田氏が個人的に好きなのは吟醸酒。香りが優雅で、飲んだ時の味が滑らかでやさしい酒が好きだという。酒造りにはこうした“杜氏の人柄”という隠し味も効いているのかもしれない。<br /><br />杜氏仲間から見た池田氏　　　綾菊酒造(香川県)　参与　国重弘明氏　からのコメント <br /><br />私より6つ年下の池田さんは、同じ安芸津の出身で自宅が近くでした。私も杜氏ですから池田さんと職場を共にしたことはありませんが、非常に真面目な人で、絶対に人任せにせず、夜も寝ないで作業をするほどです。部下にすべてを任せてしまうようなことはありません。四国杜氏研究会でよくご一緒するのですが、池田さんは思ったことをはっきり口に出すので、われわれにとっても頼りになります。<br /><br />昔は安芸津では多くの町民が酒造りに携わって活躍していました。後継者問題もありますから、これからは酒造会社が社員を杜氏として育てる時代にきているのかもしれません。　酒造りにおいては非常に研究熱心な池田さんですが、その点は趣味の釣りも同じです。かなりの腕前で、われわれの釣りの師匠です。道具を手作りしたり、新しい釣り場を開拓したりするなど、ここでもこだわりを持っているようです。<br /><br />最後に日本酒の特徴<br />日本酒は“燗してよし、冷やしてよし”という世界でも珍しいお酒です。飲用温度も他の酒類と比較すると幅があり、5℃～55℃位までと、広範囲にわたっています。また、冬から春、夏から秋へと日本の四季の移ろいとともに生まれ、育つ酒で、日本独特の気候風土が生み出した酒です。豊かな自然の恵みと日本人の智恵の結晶が日本酒であるといえるでしょう。<a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://tamaraw.sblo.jp/article/53514192.html">
<link>http://tamaraw.sblo.jp/article/53514192.html</link>
<title>人が幸せになれる酒造り　Ｎｏ６</title>
<description>一人ひとりのモチベーションを下げず、いかにチームワークを維持しながら蔵元の求めるゴールを目指すか…。　「丁寧な造りはいくらでもやりたい。しかし、少ない人数で丁寧な仕事をしようとするから、時には蔵人と意見のすれ違いが生じる。人間は横着し始めると、すぐ楽な方に行きたがる。楽な方に行かせないようにして、しかも機嫌よく仕事をしてもらうのも杜氏の役目」と池田氏は語る。杜氏が蔵人を引き連れて、各地の蔵元から酒造りを請け負う形を昔から踏襲してきた。徒弟制度が当たり前だったこうした杜氏の世界..</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>タマラオ</dc:creator>
<dc:date>2012-02-09T05:44:33+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div align="center"><a href="http://web-makati.sakura.ne.jp/sblo_files/tamaraw/image/tamaraw-2012-02-09T05:44:32-1.JPG" target="_blank"><img src="http://web-makati.sakura.ne.jp/sblo_files/tamaraw/image/tamaraw-2012-02-09T05:44:32-1-thumbnail2.JPG" alt="127.JPG" width="320" height="240" border="0" hspace="5" /></a></div>一人ひとりのモチベーションを下げず、いかにチームワークを維持しながら蔵元の求めるゴールを目指すか…。　「丁寧な造りはいくらでもやりたい。しかし、少ない人数で丁寧な仕事をしようとするから、時には蔵人と意見のすれ違いが生じる。人間は横着し始めると、すぐ楽な方に行きたがる。楽な方に行かせないようにして、しかも機嫌よく仕事をしてもらうのも杜氏の役目」と池田氏は語る。<br /><br />杜氏が蔵人を引き連れて、各地の蔵元から酒造りを請け負う形を昔から踏襲してきた。徒弟制度が当たり前だったこうした杜氏の世界も、時代と共に変貌しつつある。出稼ぎという季節労働から年間雇用になり、そして昨今、規模の大きな蔵元では一般採用した社員を杜氏として育てるようになってきている。　現在、池田氏は土佐鶴の若手社員2人に杜氏としての“英才教育”を手ほどきしている。<br /><br />早く一人前になってくれるように、自分の修業時代とは逆に「技術や知識を自分からどんどん教えるようにしている」。　「昔ながらの杜氏制度をとっている蔵もまだまだ多い。これが続きさえすれば面白いやり方だろう。ただ、長続きはしない」。<br />四国杜氏研究会の副会長も務める池田氏はあえてこう警鐘する。　「住み込みの上、冬期だけの季節労働では生活が不安定。多くの蔵元は規模が小さく、冬の仕込みが終わればあとは必要ないというところが多い。<br /><br />そんなところに杜氏になろうと若い人が入ってきたら止めてやるのが本当の親切。わが息子を杜氏にさせようという者はいないだろう。息子にやらせたいという仕事ではない。そんな生半可なものではない。小さい頃から、冬はいなくて夏は百姓をしている父親の姿を見れば、だれも杜氏になろうとは思わない。私自身も本当にしんどかった」　池田氏が生まれた当時は、親子共ども杜氏に出ている家も少なくなかった。しかし、後継者問題から蔵元の数も杜氏の数も減った。<br /><br />近年では若い人はほとんどが会社勤めとなり、当時300人程度いた広島杜氏も、今では50人程度にまで減った。　ちなみに、1人いる息子さんも会社勤め。しかし、池田氏は決して酒造りに見切りをつけたわけではない。杜氏のあり方に一石を投じるのは、むしろいい酒造りを継承したいという情熱を人一倍持っているからにほかならない。「杜氏の希望者を増やすには、蔵元や酒造会社がもっと魅力的になり、杜氏になりたいと思うような扱いをしてあげればいい。<a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://tamaraw.sblo.jp/article/53497807.html">
<link>http://tamaraw.sblo.jp/article/53497807.html</link>
<title>人が幸せになれる酒造り　Ｎｏ５</title>
<description>こういう泡だったらいい酒になる、きっとこういう味になる、これはちょっと緩慢になる、と・・・。自分の気に入るツラをしていないと心配で心配で仕方がない。6、7人の蔵人を従えていたから余計に焦ってくる」。　その当時は、「酒というのはその土地の水によって造りが違う」ということが分からなかったのだ。その土地の水に合った造り、つまり“解”を見つけなければならない。それ以前の造りについては、杜氏が記録を残している場合もあるが、言葉では表現できない記録不可能なもの、つまり勘の部分は残せない。..</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>タマラオ</dc:creator>
<dc:date>2012-02-08T05:39:12+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div align="center"><a href="http://web-makati.sakura.ne.jp/sblo_files/tamaraw/image/tamaraw-2012-02-08T05:39:11-1.JPG" target="_blank"><img src="http://web-makati.sakura.ne.jp/sblo_files/tamaraw/image/tamaraw-2012-02-08T05:39:11-1-thumbnail2.JPG" alt="126.JPG" width="320" height="240" border="0" hspace="5" /></a></div>こういう泡だったらいい酒になる、きっとこういう味になる、これはちょっと緩慢になる、と・・・。自分の気に入るツラをしていないと心配で心配で仕方がない。6、7人の蔵人を従えていたから余計に焦ってくる」。　その当時は、「酒というのはその土地の水によって造りが違う」ということが分からなかったのだ。その土地の水に合った造り、つまり“解”を見つけなければならない。それ以前の造りについては、杜氏が記録を残している場合もあるが、言葉では表現できない記録不可能なもの、つまり勘の部分は残せない。<br /><br />試行錯誤の末になんとか2年を乗り越えた。だが、そこの蔵元でつくるのは普通酒ばかり。杜氏としてより腕を上げるためには、高級酒である“吟醸酒造り”の習得が避けて通れなかった。修業中も含めて吟醸酒造りの経験が全くなかったことから、その必要性を感じて一念発起し、吟醸酒で名高い蔵元に移った。　ここでは、夏の間も蔵の責任者として広島の自宅から“通勤”する年間雇用の好条件だった。<br /><br />当時は吟醸酒を市販化している蔵元は少なく、新酒鑑評会に出品するのが目的。「鑑評会向けの酒を造ることは蔵元の主人の理解がなかったらできないことだが、杜氏にとってみれば楽しみであり、高い目標」。池田氏はこうした高いレベルでの酒造りを貪欲に吸収していった。　杜氏として“壁にぶつかった”のは、意外なところでだった。次に声がかかったのは鳥取県の蔵元。当時33歳の池田氏は、杜氏として脂が乗り始めた時期。<br /><br />より一段の飛躍のためには様々な蔵元に行ってどんどん経験を積む大事な時期だった。だが、奥さんの猛反対に見舞われたのだ。　それまでいた県内の蔵元は車で30分の距離。しかも年間雇用のため安定していた。「それなのになぜ鳥取に行くのか」。優しい池田氏には説得しきれず、結局は池田氏の父が「この道に入った者は、仕方がない」と説得してくれた。杜氏の世界に足を踏み込んだら、家族をも犠牲にしなければならない。<br /><br />池田氏は後ろ髪を引かれる思いで広島を後にしたという。 厳しい世界の杜氏は、その数を年々減らしている。伝統の技を継承するための方策を、一杜氏としてではなく、日本酒を愛する立場から俯瞰的に模索している。<br />幸いにも池田氏は、杜氏として大きな失敗を経験したことがないという。「問題点を早く見つけて修正することが大事。ズルズルいくと駄目」と常に意識していたからだ。　<br /><br />杜氏の資質はいい酒を造るという“腕”だけではない。自分の下で働く蔵人をいかにうまく動かすかも重要な責務の1つだ。<a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://tamaraw.sblo.jp/article/53478187.html">
<link>http://tamaraw.sblo.jp/article/53478187.html</link>
<title>人が幸せになれる酒造り　Ｎｏ４</title>
<description>池田氏も祖父、父、兄ともに杜氏という3代続く家系。だが、意外にも「仕方なく杜氏の道を選んだ」と打ち明ける。本当は兵隊になりたかったのだが、兄が病に伏したことから家業を継がなければならなくなった。「やるからには早く一人前の杜氏になりたかった。大きな蔵元では作業が担当ごとに細分化されているので、早く習得するために、すべての作業を共同で行う小さな蔵元を選んだ」。中学を卒業すると、隣町の蔵元で、杜氏の師匠に付いての修業が始まった。酒造りの世界では、最終的に杜氏を目指す人と目指さない人..</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>タマラオ</dc:creator>
<dc:date>2012-02-07T06:03:35+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div align="center"><a href="http://web-makati.sakura.ne.jp/sblo_files/tamaraw/image/tamaraw-2012-02-07T06:03:33-1.JPG" target="_blank"><img src="http://web-makati.sakura.ne.jp/sblo_files/tamaraw/image/tamaraw-2012-02-07T06:03:33-1-thumbnail2.JPG" alt="111.JPG" width="320" height="240" border="0" hspace="5" /></a></div><br />池田氏も祖父、父、兄ともに杜氏という3代続く家系。だが、意外にも「仕方なく杜氏の道を選んだ」と打ち明ける。本当は兵隊になりたかったのだが、兄が病に伏したことから家業を継がなければならなくなった。「やるからには早く一人前の杜氏になりたかった。大きな蔵元では作業が担当ごとに細分化されているので、早く習得するために、すべての作業を共同で行う小さな蔵元を選んだ」。中学を卒業すると、隣町の蔵元で、杜氏の師匠に付いての修業が始まった。<br /><br />酒造りの世界では、最終的に杜氏を目指す人と目指さない人に分かれる。昔は、杜氏の師匠クラスになれば、給料は蔵人の3倍を稼ぎ、冬の150～180日間で小学校校長の年収とほぼ同じだったという。しかし、修業は生半可ではない。仕込期間中は朝が早く、深夜に作業が及ぶこともある。酒造期間中は休みもない。夏場は仕事がないという不安定な季節労働のため、自ら望んで杜氏になろうという人は当時でも少なかった。それでも池田氏は「杜氏になって実家を支えたい」と懸命に修業に励んだ。<br /><br />「杜氏になるには、経験と天性の素質が半々くらい」と池田氏は言う。「この酒がいい」と師匠や先輩、先生から言われると、実際に飲んで自分なりに「いい酒」の基準を覚えていく。酒造りの工程では自分から師匠に尋ねない限りは、あえて教えてはくれない。先輩の作業をこっそり見て、分からないことや疑問点をしつこいほど尋ね、味は実際に舐めて覚えた。隣の蔵にも、責任者がいない時を見計らってこっそり味見に行った。<br /><br />「杜氏になるための資格というものはない。師匠が一人前と判断すれば、杜氏として蔵元に推薦してくれる。ただ、かなりの力をつけないと推薦してくれない。いわば終着点のない修業。途中でやめようと思ったことは何度もあるが、やめたら若い時からやってきた苦労が水の泡になってしまう。それを考えたら、一心にやるしかなかった」 　寝食を惜しんで修業に励んだおかげ <br />で、所帯を持った23歳の時には、蔵人としての給料は地方公務員の課長クラスだったという。<br /><br />そして杜氏として一本立ちをしたのは、修業を始めて10年目の27歳の時。杜氏の世界で“10年目”で一本立ちというのは少なかったという。　だが、それは決してゴールではなかった。広島県内の蔵元に杜氏として出向いたものの、「最初の年はご飯がのどを通らなかった」。今まで習ってきたことが通用せず、思い通りの酒造りができなかったからだ。　「酒母にしても醪にしても、泡の状態、つまりカオ（泡面＝あわづら）で最終的な酒の仕上がりを判断する。<a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://tamaraw.sblo.jp/article/53463170.html">
<link>http://tamaraw.sblo.jp/article/53463170.html</link>
<title>人が幸せになれる酒造り　Ｎｏ３</title>
<description>「目的の酒になるような蒸し米をいかに造るか。しかし、精米歩合が40％なら40％なりの蒸し方がある。また品種と精米歩合が同じでも、産地が違うと蒸し時間も違ってくる。機械のクセも出る。ただ、蒸しさえきちんとできていれば、麹を造るにしても、酒母を造るにしても、醪を造るにしても、後は順調に行く。逆に蒸しがうまくできていなければ、どうやってもうまくいかない」蒸し米の前工程である浸漬も重要だ。これはコメに吸水させる作業だが、水を吸わせすぎると柔らかくなってしまう。6分10秒あるいは6分1..</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>タマラオ</dc:creator>
<dc:date>2012-02-06T05:29:56+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div align="center"><a href="http://web-makati.sakura.ne.jp/sblo_files/tamaraw/image/tamaraw-2012-02-06T05:29:55-1.JPG" target="_blank"><img src="http://web-makati.sakura.ne.jp/sblo_files/tamaraw/image/tamaraw-2012-02-06T05:29:55-1-thumbnail2.JPG" alt="110.JPG" width="320" height="240" border="0" hspace="5" /></a></div>「目的の酒になるような蒸し米をいかに造るか。しかし、精米歩合が40％なら40％なりの蒸し方がある。また品種と精米歩合が同じでも、産地が違うと蒸し時間も違ってくる。機械のクセも出る。ただ、蒸しさえきちんとできていれば、麹を造るにしても、酒母を造るにしても、醪を造るにしても、後は順調に行く。逆に蒸しがうまくできていなければ、どうやってもうまくいかない」<br /><br />蒸し米の前工程である浸漬も重要だ。これはコメに吸水させる作業だが、水を吸わせすぎると柔らかくなってしまう。6分10秒あるいは6分15秒というように、吸水加減を手にとって確認し、最後は勘で引き上げる。品種や精白歩合によっても浸漬時間が異なるため、引き上げてみて初めて結果が分かるという。　清酒酵母も、様々な種類の中からそこの造りに合ったものを選び出さなければならない。<br /><br />例えば、東北でいい酒ができたと聞いてその酵母だけ取り寄せても、それに合った造りをしなければ、いい酒にはならない。「あまり元気な造りでは荒い酒になるし、酵母が途中で死んでしまっては発酵しない。最初から最後まで酵母の一生が素直に終わるような造りにしなければならない」。酒造りには共通した模範解答はなく、その一瞬一瞬で杜氏が手探りで答えを見つけ出していかなければならない。<br /><br />「すべて同じようにやるのは難しい。毎日違うから毎日が勝負。品質が“そこそこ”でいいなら機械化できる。しかし、機械化して品質が落ちるなら、それは機械化ではないと思っている。手造りと同じものができて初めて機械化できたといえる。私のやり方は時間に関係なくやっている。作業が夜の10時や12時になろうが、品質優先」。熟練杜氏としての強烈な意地がのぞく。家庭の事情から、自ら望んだわけではない杜氏の世界に足を踏み込んだ。師匠の元での修業は厳しかったが、「早く一人前になりたい」という一心で懸命に耐えた。<br /><br />全国には様々な杜氏集団があり、池田氏は広島の安芸津杜氏の出自だ。ここは有名な蔵元も多く、昔は様々な蔵元で杜氏が活躍していた。池田氏のいた集落は山間部で、ほとんどが農家。夏場は農業を営み、冬の農閑期に杜氏として出稼ぎをするのが一般的だった。冬の150～180日もの間、杜氏とその下で作業をする蔵人(くらびと)が各地の蔵元に住み込んで寝食を共にする。<a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://tamaraw.sblo.jp/article/53448772.html">
<link>http://tamaraw.sblo.jp/article/53448772.html</link>
<title>人が幸せになれる酒造り　Ｎｏ２</title>
<description>「原料となるコメは、全国から品質のいいものをいくらでも取り寄せられる。しかし、水だけはその土地のものを使わざるを得ない。実際に水を味見しただけでどんな酒が出来上がるのかは想像がつく。味のある水は酒にすると香りが出やすい。逆にすっきりした水は香りが出にくく、味もさっぱりしている。しかし、われわれが判断できるのはその程度。例えば酒造りの過程で醪(もろみ)がよく発酵するかどうかまでは分からない。ただ、高知県の水は醪がよく発酵するので酒造りには非常に適した水だ」　では、より具体的にど..</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>タマラオ</dc:creator>
<dc:date>2012-02-05T05:32:55+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div align="center"><a href="http://web-makati.sakura.ne.jp/sblo_files/tamaraw/image/tamaraw-2012-02-05T05:32:51-1.JPG" target="_blank"><img src="http://web-makati.sakura.ne.jp/sblo_files/tamaraw/image/tamaraw-2012-02-05T05:32:51-1-thumbnail2.JPG" alt="102.JPG" width="320" height="240" border="0" hspace="5" /></a></div>「原料となるコメは、全国から品質のいいものをいくらでも取り寄せられる。しかし、水だけはその土地のものを使わざるを得ない。実際に水を味見しただけでどんな酒が出来上がるのかは想像がつく。味のある水は酒にすると香りが出やすい。逆にすっきりした水は香りが出にくく、味もさっぱりしている。しかし、われわれが判断できるのはその程度。例えば酒造りの過程で醪(もろみ)がよく発酵するかどうかまでは分からない。<br /><br />ただ、高知県の水は醪がよく発酵するので酒造りには非常に適した水だ」　では、より具体的にどういう水が酒造りに適しているのか。この問いに池田氏は、「どういう水がいいかは口では表しにくい。水質検査の結果、たとえ成分がほかの地域と同じであっても、分析結果に出て来ない部分がある。そこが難しい」と説明する。<br /><br />設備についてはどうか。「設備は資金を出せば買えるもの。だが、蔵元の主人の多くは、お金のかかることはなかなかやってくれない。その点では主人との戦いになるが、杜氏が酒造りに熱心になりすぎると主人と衝突してクビになってしまう。世渡りが上手な人は適当に機嫌をとって適当な酒を造っていればいいが、私はそうはいかない。とにかくいい酒が造りたい。幸いにも、土佐鶴の社長は非常に理解があり、私の思いを叶えてくれる」。<br /><br />その土地の水、そして限られた設備を使って、いかに微調整しながらいい酒に仕上げるかは、3番目に挙げた「杜氏の腕」にかかっている。とはいえ、杜氏が自分のこだわりを貫いて思い通りの酒を造ればいいかといえばそうではない。最終決定権はあくまでも蔵元の主人にある。「自分のこだわりをコントロールして、いかにその蔵元の求めるものを造り出せるか」が、杜氏の腕の見せどころというわけだ。<br /><br />熟練の杜氏といえども蔵元が変わると、自分の納得のいく酒ができるまでに最低3年はかかるという。まず1年目は前任の杜氏の造りを踏襲し、2年目に自分の考える酒造りを試し、3年目にしてようや華開く・・・。<br />　<br />蔵元や酒の種類によって異なるものの、酒造りの工程は実に複雑かつ手間がかかる。酒造好適米の精米に始まり、洗米、浸漬、蒸し米、放冷、製麹、酒母、醪、発酵、上槽、火入れ、貯蔵、調合、割水、火入れ、そしてようやく瓶詰めとなる。池田氏が酒造りにおいてこだわるのは、香りよりも味。そのため、酒造りの工程の中で、最も重要かつ難しい作業工程は「蒸し米」と打ち明ける。<a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://tamaraw.sblo.jp/article/53440769.html">
<link>http://tamaraw.sblo.jp/article/53440769.html</link>
<title>人が幸せになれる酒造り　Ｎｏ１</title>
<description>今日からは少し趣を変えて「酒・・・・日本酒」の話について書いていきます。日本の経済を見ますと長期の円高傾向が続いており、それに加えヨーロッパの金融危機の影響が次第に日本の経済にも押し寄せてまいりました、そしてまた昨年の大震災の影響や、タイの洪水などの悪材料が重なり日本の景気の回復傾向は少しも改善の傾向は見ることは出来ない状態であります。我々年金受給者にとって、そしてまた将来の受給者にとっても死活問題にもなろうとしている年金財政破綻の兆しなど記事にすることは沢山ありますが、今回..</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>タマラオ</dc:creator>
<dc:date>2012-02-04T16:04:07+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div align="center"><a href="http://web-makati.sakura.ne.jp/sblo_files/tamaraw/image/tamaraw-2012-02-04T16:04:06-1.JPG" target="_blank"><img src="http://web-makati.sakura.ne.jp/sblo_files/tamaraw/image/tamaraw-2012-02-04T16:04:06-1-thumbnail2.JPG" alt="109.JPG" width="320" height="240" border="0" hspace="5" /></a></div>今日からは少し趣を変えて「酒・・・・日本酒」の話について書いていきます。日本の経済を見ますと長期の円高傾向が続いており、それに加えヨーロッパの金融危機の影響が次第に日本の経済にも押し寄せてまいりました、そしてまた昨年の大震災の影響や、タイの洪水などの悪材料が重なり日本の景気の回復傾向は少しも改善の傾向は見ることは出来ない状態であります。我々年金受給者にとって、そしてまた将来の受給者にとっても死活問題にもなろうとしている年金財政破綻の兆しなど記事にすることは沢山ありますが、今回はそのような嫌なことを忘れるためにも、酒をテーマに取り上げた次第であります。（笑）そうは言っても、ここフィリピンでは年金生活者では高価な日本酒を飲む機会は余りありませんが！<br /><br />では参ります。<br />阪神タイガースが春季キャンプを張ることで有名な高知県・安芸(あき)。そこからさらに東方に位置する安田町は、間近に太平洋を臨む風光明媚な土地で、清流・安田川が良質で豊富な水を恵んでいる。この地で育まれた「土佐鶴」は、平成15年度の全国新酒鑑評会（独立行政法人酒類総合研究所主催）で全国最多となる通算30回目の金賞を受賞するなど、淡麗辛口の名醸として名を馳せる。<br /><br />「江戸時代の安永年間の創業」という長い歴史を持ちながらも、斬新な新製品を投入するなど市場開拓にも熱心だ。2003年に発売した「azure」(アジュール)は、土佐鶴に近い室戸岬沖の海洋深層水で仕込んだニュータイプの吟醸酒で、英国のアーティストがデザインしたというスタイリッシュなブルーのボトルが個性を放つ。　土佐鶴は今やヨーロッパでも愛飲されているが、「品質第一・誇れる品質の酒を造れ」の社是にあるように、酒造りに対する姿勢は実直そのもの。<br /><br />杜氏長として酒造りの全権を担う池田氏も、若い頃から修業を重ねて伝統の技を固守してきた。土佐の自然を存分に生かした美酒は、そのひたむきな情熱に支えられている。池田氏が初めて土佐に来た時は不安でいっぱいだった。だが、実際に土佐鶴を口にすると、その美味しさに驚かされた。<br /><br />「こんな暖かいところで酒が造れるのか？」-今から21年前、池田氏が杜氏として初めて土佐を訪れた時は不安でいっぱいだった。前任の杜氏が同郷の先輩だったことから「次の杜氏に」と声がかかり、7年間過ごした鳥取から一転して温暖な太平洋側に蔵元を移ったのだ。　通常、酒造りは11月中頃から仕込みが始まり、翌年の4月初旬まで行う。この期間はより冷え込む方が酒造りには適している。しかし、「土佐に来た10月初旬はまだ夏だった」と池田氏は振り返る。<br /><br />それまで「高知の酒」の名声を聞いたことがなかった池田氏は、「土佐鶴」を初めて口にして驚きを隠せなかった。「素晴らしく美味しかった。すっきりしていて、いくらでも飲める。高知でこんな酒ができるのか」。悪かった土佐の第一印象は、いい意味で裏切られる結果となった。　「酒造りで重要なのは、まず『水』。次いで『設備』『杜氏の腕』『気候』と続く」と池田氏。土佐が温暖な気候に反して名醸を生み出せるのは、何よりも酒造りに欠かせない水が良質だからだ。<a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://tamaraw.sblo.jp/article/53418873.html">
<link>http://tamaraw.sblo.jp/article/53418873.html</link>
<title>佐々木監督女子ワールドカップ決勝会見   No３        2011年7月18日（月）</title>
<description>今日、あなたにとっての「サッカーの神様」の存在を感じたか？今日の勝因は、もちろん選手たちの粘りと勝ちたいという意欲です。就任以来、直接対決５連敗だった米国に、Ｗ杯決勝という舞台で初めて勝てたという巡り合わせは、サッカーの神様のおかげかもしれません。それにしても米国は強かった。ＦＩＦＡ（国際サッカー連盟）ランク１位にふさわしいチームだと思います。海堀「自分を信じて、仲間を信じて、跳ぶだけだった」今日は自分の活躍があったからこそ勝てたと思うか？いい仲間がいたから勝てたのだと思いま..</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>タマラオ</dc:creator>
<dc:date>2012-02-03T05:37:39+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div align="center"><a href="http://web-makati.sakura.ne.jp/sblo_files/tamaraw/image/tamaraw-2012-02-03T05:37:38-1.JPG" target="_blank"><img src="http://web-makati.sakura.ne.jp/sblo_files/tamaraw/image/tamaraw-2012-02-03T05:37:38-1-thumbnail2.JPG" alt="091.JPG" width="320" height="240" border="0" hspace="5" /></a></div>今日、あなたにとっての「サッカーの神様」の存在を感じたか？<br /><br />今日の勝因は、もちろん選手たちの粘りと勝ちたいという意欲です。就任以来、直接対決５連敗だった米国に、Ｗ杯決勝という舞台で初めて勝てたという巡り合わせは、サッカーの神様のおかげかもしれません。それにしても米国は強かった。ＦＩＦＡ（国際サッカー連盟）ランク１位にふさわしいチームだと思います。<br /><br />海堀「自分を信じて、仲間を信じて、跳ぶだけだった」<br />今日は自分の活躍があったからこそ勝てたと思うか？<br />いい仲間がいたから勝てたのだと思います。いつも支えてくれている山郷さん、福元さんがいるからこそ、いいプレーができたのだと思います。<br /><br />日本の団結力を強調しているが、ＰＫ戦は仲間に助けてもらえない<br />ゲームの中ではわたしが先に失点しました。２度も勝ち越されたのに、そのたびに追いついてもらってＰＫ戦になりました。ＰＫ戦には自信がありました。自分を信じて、仲間を信じて、跳ぶだけでした。絶対に止めようという気持ちで挑みました。<br /><br />スンダーゲ監督（米国）「決勝戦は両チームにとっていい試合だった」<br /><br />わたしたちは今日、観客にいい試合を見せられたと思う。１２０分間、そしてＰＫにまで及んだこの決勝戦を、ずっと覚えていただけるのではないか。この決勝戦は両チームにとっていい試合だった。わたしたちは準決勝から先発をちょっと代えて臨んだかいあって、特に前半よく頑張った。結果は準優勝にとどまり、今は残念な気持ちだが、２～３週間も経てば喜びの実感が沸くのではないだろうか。<br /><br />ＰＫ戦については、いつでもそうだが、成功と失敗の差はほんのわずかなものでしかない。ゲームを支配していたのは米国の方だが、日本はテクニックに優れたいいチームだった。将来の女子サッカーのための良き指標となるだろう。<a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://tamaraw.sblo.jp/article/53404960.html">
<link>http://tamaraw.sblo.jp/article/53404960.html</link>
<title>佐々木監督女子ワールドカップ決勝会見   No２       2011年7月18日（月）</title>
<description>なでしこジャパンが優勝したということで、日本のテクニカルかつ走るサッカーが、今後の女子サッカーの世界標準になると思うか？そのようなサッカーを志向しているのは、日本だけではありません。米国はパワーとスピードだけじゃなく、技術もありました。フランスも素晴らしかった。ドイツも地元というプレッシャーがなければ、もっと技術を発揮できたと思います。女子サッカーはクリエーティブになってきて、競技人口も増えてきています。日本人は体格で勝てていないので、こういうサッカーをやらないといけない。国..</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>タマラオ</dc:creator>
<dc:date>2012-02-02T05:38:52+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div align="center"><a href="http://web-makati.sakura.ne.jp/sblo_files/tamaraw/image/tamaraw-2012-02-02T05:38:51-1.JPG" target="_blank"><img src="http://web-makati.sakura.ne.jp/sblo_files/tamaraw/image/tamaraw-2012-02-02T05:38:51-1-thumbnail2.JPG" alt="090.JPG" width="320" height="240" border="0" hspace="5" /></a></div>なでしこジャパンが優勝したということで、日本のテクニカルかつ走るサッカーが、今後の女子サッカーの世界標準になると思うか？<br />そのようなサッカーを志向しているのは、日本だけではありません。米国はパワーとスピードだけじゃなく、技術もありました。フランスも素晴らしかった。ドイツも地元というプレッシャーがなければ、もっと技術を発揮できたと思います。女子サッカーはクリエーティブになってきて、競技人口も増えてきています。日本人は体格で勝てていないので、こういうサッカーをやらないといけない。国の特徴を生かさなければいけないが、今や世界中が戦術的、技術的にしっかりしたサッカーをやるようになってきたと今大会で実感しました。<br /><br />日本に帰ったら、国民と喜びを分かち合いたいか？<br />日本の女子サッカーは次の週末からリーグ戦（なでしこリーグ）が再開します。ぜひ、彼女たちの勇姿を見にきていただきたいです。また、９月１日からはロンドン五輪のアジア予選に出場します。今日の喜びをしっかりかみしめながら、おごることなく、五輪予選に臨みたいです。Ｗ杯で優勝したんだから、五輪への自動出場枠が欲しいくらいですが（笑）、そうもいかないみたいなので予選を頑張ります。はい。<br /><br />佐々木監督「選手が『元に戻した方がいい』と進言してきた」<br />今夜はどのくらいお祝いしたいか？明日の昼には飛行機に乗らないといけないので、帰国に支障のない程度にお祝いしたいです。できることならもう１泊延長してゆっくりしたいんですけど、そうも言っていられないので、今夜はおいしいドイツビールを１杯だけいただきます。<br /><br />北京五輪以降、選手たちはどんなところが成長した？<br />ゲーム状況を感じながら、戦い方を変えられるようになったことです。実は今日、丸山と川澄のポジションを入れ替えた矢先に失点しました。すると選手が「監督、延長後半は元に戻した方がいいです！」と進言してきたくらいですから。監督の立場でこういうことを言うのもなんですが、事実なのでお伝えします（笑）。<br /><br />先行される展開で苦しかったと思うが、それでも勝てたのは選手たちの成長の証しか？チームとしてのスタイルは、監督に就任した当初から変えずに継続しています。選手個々が成長しました。チームとしてのミーティングも入念にやっていますが、選手同士ではもっと細かいことを、倍以上の時間を費やして話し合っています。例えば、今日のプレーヤー・オブ・ザ・マッチに選ばれた海堀はもちろん、山郷と福元というもう２人のＧＫもビデオを見て研究し、海堀に助言を与えているのです。勝ちたい、うまくなりたい、質を上げたい、という思いを１人１人が持ってこの大会に臨みました。<a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://tamaraw.sblo.jp/article/53390737.html">
<link>http://tamaraw.sblo.jp/article/53390737.html</link>
<title>佐々木監督女子ワールドカップ決勝会見   No1        2011年7月18日（月）</title>
<description>佐々木監督「五輪への自動出場枠が欲しいくらい（笑）」ゲーム内容を細かく言うと、反省する部分が多いです。堅くなって、自分たちのサッカーができませんでした。米国はボールポゼッショしながら迫力ある攻撃を繰り広げてきて、いつも通り素晴らしいチームでした。対する日本は集中力を持ってゴールを守り、しぶとく耐えました。ファイナルという舞台を経験するのは、みんな初めてのことです。耐えて、耐えて、ワールドカップ（Ｗ杯）を手にすることができました。なでしこジャパンは日本中の皆さんからパワーをもら..</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>タマラオ</dc:creator>
<dc:date>2012-02-01T05:28:19+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div align="center"><a href="http://web-makati.sakura.ne.jp/sblo_files/tamaraw/image/tamaraw-2012-02-01T05:28:18-1.JPG" target="_blank"><img src="http://web-makati.sakura.ne.jp/sblo_files/tamaraw/image/tamaraw-2012-02-01T05:28:18-1-thumbnail2.JPG" alt="089.JPG" width="320" height="240" border="0" hspace="5" /></a></div>佐々木監督「五輪への自動出場枠が欲しいくらい（笑）」<br />ゲーム内容を細かく言うと、反省する部分が多いです。堅くなって、自分たちのサッカーができませんでした。米国はボールポゼッショしながら迫力ある攻撃を繰り広げてきて、いつも通り素晴らしいチームでした。対する日本は集中力を持ってゴールを守り、しぶとく耐えました。ファイナルという舞台を経験するのは、みんな初めてのことです。耐えて、耐えて、ワールドカップ（Ｗ杯）を手にすることができました。<br /><br />なでしこジャパンは日本中の皆さんからパワーをもらい、そのおかげで耐えることができました。忍耐力で勝ち取った優勝だと思います。日本の皆さん、ありがとうございました。選手にもありがとうと言いたいです。<br /><br />準決勝からの３日間、選手たちの気持ちは？<br />ボールを動かすサッカーをすれば「いける」と思って臨みました。ですが、序盤の相手のプレス、勢いに臆するところも相まって、ボールを動かせませんでした。立ち上がりはベンチも「動かせ、動かせ」という指示で精いっぱいでした。その後、流れが変わって少し落ち着きましたが、米国の鋭いクロスやポゼッション、プレッシングは素晴らしかったと思います。みんなの粘りで勝ち取ったチャンピオンの座ではありますが、同時に、未熟なところも確認できました。その課題に取り組んでロンドン五輪に向けて頑張りたいと思います。<br /><br />ＰＫ戦のプレッシャーに勝てた要因は？<br />プレッシャーはわれわれにもあったけれど、米国の方にこそあったと思います。米国は先制点を含め、２度勝ち越しておきながらＰＫ戦を戦うことになったのですから。だからＰＫ戦はある意味、日本の方が楽に臨めたんじゃないかと思います。<br /><br />澤選手は今後もプレーを続けるのか？<br />海外のメディアの方は、澤がこの大会で有終の美を飾るとお考えのようですが、そんなことはありません。ご覧いただいた通り、走ってよし、守備をしてよし、攻撃してよし。こんな選手はまだ引退の域にありません。まだ十分やれる。来年もまた、世界の舞台に立たせてあげたい選手です。<br /><br />監督は「日本の国民のために勝つことが大切だ」と言っていた。優勝はどんな意味がある？<br />優勝は日本の皆さんによる熱い声援のおかげと感謝しています。わたしたちは皆さんからパワーをもらいました。団結することの大切さを教えていただきました。まだまだ力不足でしたが、決勝の舞台に立たせてもらって、チャンピオンにまでさせてもらった。日本の皆さんに感謝します。また、ドイツはＷ杯開催国として素晴らしかったと思います。サッカー大国だけあって、いつも満員、大声援。ドイツ国民からもパワーをいただいたと思っています。<a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://tamaraw.sblo.jp/article/53375982.html">
<link>http://tamaraw.sblo.jp/article/53375982.html</link>
<title>アメリカ選手の感動的なコメント</title>
<description>ワンバク選手--フェアプレーする印象的なアメリカのエースストライカー日本の優勝が決定するや、澤選手と抱き合って、「 おめでとう。あなたを誇りに思う  」 と祝福。他の日本選手達とも握手を続け祝福していた。爽やかなアメリカのエースだ。「日本はお互いを信頼し、最後まであきらめることはなかった。今夜はいつもとは違う何かが彼女たちの後押しをしていたように感じる 」　　「澤選手がチームを引っぱっていた。日本は強 かったし、最後に勝利した」と。ホープ・ソロ選手-ベストGKを受賞した米国キ..</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>タマラオ</dc:creator>
<dc:date>2012-01-31T05:36:19+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div align="center"><a href="http://web-makati.sakura.ne.jp/sblo_files/tamaraw/image/tamaraw-2012-01-31T05:36:18-1.JPG" target="_blank"><img src="http://web-makati.sakura.ne.jp/sblo_files/tamaraw/image/tamaraw-2012-01-31T05:36:18-1-thumbnail2.JPG" alt="088.JPG" width="320" height="240" border="0" hspace="5" /></a></div>ワンバク選手<br />--フェアプレーする印象的なアメリカのエースストライカー<br />日本の優勝が決定するや、澤選手と抱き合って、「 おめでとう。あなたを誇りに思う <br /> 」 と祝福。他の日本選手達とも握手を続け祝福していた。爽やかなアメリカのエースだ。<br />「日本はお互いを信頼し、最後まであきらめることはなかった。今夜はいつもとは違う何かが彼女たちの後押しをしていたように感じる 」　　「澤選手がチームを引っぱっていた。日本は強 <br />かったし、最後に勝利した」と。<br /><br />ホープ・ソロ選手-ベストGKを受賞した米国キ-パー<br />決勝で敗れた米国のキーパー、ホープ・ソロ選手の発言が日本のインターネット上でフィーバーしているという。ピッチ上では、黄色いユニホームに身を包み、ゴール前で鬼神のように立ちはだかるソロ選手だが、試合後、同国チームのウェブサイトなどで「わたしたちは偉大なチームに敗れた」とコメント。また「何か大きなものが彼女たちを引っ張っていた。何か大きな力が日本に味方していたと感じた」とし、「勝ちたかったけれど、他のチームが優勝するなら日本が良かった」と述べた。これが、日本のサポーターの琴線に触れたようだ。<br /><br />ソロ選手は、ワシントン州出身のイタリア系移民で１メートル７５センチ。日本がスウェーデンを破った１３日、米スポーツ専門チャンネルに 「私は心情的には日本を応援している。彼女たちの国 <br />にはいろいろあったからだ。心情的にはみなが考える優勝の本命なんだと思う」 と語っていた。ソロ選手は、前回２００７年のＷ杯で、監督とチームメートを批判し、３位決定戦前に帰国を命じられる苦い経験も。だが、０８年五輪で米国を優勝させる原動力になるなどチームの精神的支柱となっていた。ソロの話は続く、「誰もが勝ちたいと思う大会。いつも勝ちたいと思っていたけど…。自分たちはいいサッカーをした。今回は素晴らしいチームに敗れたということ」。（共同）<br /><br />アメリカブログ<br />米国にとってＷ杯の敗北は悲しいが、誰もが日本の勝利を心から祝ったというブログがある。日本には、福島原発で働いていた選手もいた。なでしこの優勝は、つらい時間を過ごす日本や被災地に幸せをもたらしたに違いないとつづっている。ブログにはさまざまなコメントが寄せられ、勝敗についてよりもすばらしい試合だったという声が多い。「本当にすばらしい試合だった。<br /><br />心に残る驚くべき決勝戦」といった声や、「おめでとう日本。日本はなでしこジャパンをとても誇りに思っている」などのコメントが見られた。また、「スポーツバーで観戦したけれど試合後に、誰も日本チームにやじを飛ばしたり、あざける者はいなかったという点で誇りに思った。なでしこはあらゆる意味において勝利したと思う。すべての選手に敬意を表したい気持ちでいっぱいだ 」 といった声 <br />や、「試合終了後、地元のバーでは両チームに乾杯の声が上がった 」 などのコメントが見られる。<br /><br />品のあるサッカーだったと称賛する「対戦チームの選手が倒れたら手を貸すシーンも見られ、スポーツマンシップを感じた」といった声や、敵国ながら感動したという声もあり 「 スポーツ試合で初めて泣いた。 <br />なでしこジャパンがトロフィーを受け取った瞬間、涙があふれた 」 といったコメントがつづられている。なでしこのファンになったという人もいて「日本のゴールキーパーにすっかり魅了され、親子で 『 日本大好き 』 と思 <br />わず叫んでしまった 」 といった声も紹介されている。<br /><br />ドイツ・フランクフルター・ルントシャワー ：<br />　「青ざめるほどの驚きだ」<br /><br />フランクフルター・アルゲマイネ　：　<br />「日本選手は悲しい来歴だけではなく、素晴しいプレーでも観客を感動させたの 」 との論評記事を掲載した。なでしこジャパン <br />が清貧の集団だったことも人々の心を打った-<a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://tamaraw.sblo.jp/article/53360877.html">
<link>http://tamaraw.sblo.jp/article/53360877.html</link>
<title>女子ワールドカップ決勝　米国戦後選手コメント  No4</title>
<description>鮫島彩（ボストン・ブレイカーズ／米国）「福島県の方々に『ありがとうございます』と言いたい」　わたしたちの最後まであきらめないという姿を見せて、日本の皆さんに何かを伝えることができていたらいいなと思います。　メディアの方々は、わたしのいろんな苦悩だとかを報道していただいていると思いますが、何か少し違うとも感じています。本当に周りの人が動いてくれて、（東日本大震災と原発事故の後）すぐにサッカーに打ち込める環境を整えてくれました。今のチームメート（ボストン）にも前のチームメート（東..</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>タマラオ</dc:creator>
<dc:date>2012-01-30T05:41:21+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div align="center"><a href="http://web-makati.sakura.ne.jp/sblo_files/tamaraw/image/tamaraw-2012-01-30T05:41:19-1.JPG" target="_blank"><img src="http://web-makati.sakura.ne.jp/sblo_files/tamaraw/image/tamaraw-2012-01-30T05:41:19-1-thumbnail2.JPG" alt="087.JPG" width="320" height="240" border="0" hspace="5" /></a></div>鮫島彩（ボストン・ブレイカーズ／米国）<br />「福島県の方々に『ありがとうございます』と言いたい」　わたしたちの最後まであきらめないという姿を見せて、日本の皆さんに何かを伝えることができていたらいいなと思います。　メディアの方々は、わたしのいろんな苦悩だとかを報道していただいていると思いますが、何か少し違うとも感じています。本当に周りの人が動いてくれて、（東日本大震災と原発事故の後）すぐにサッカーに打ち込める環境を整えてくれました。<br /><br />今のチームメート（ボストン）にも前のチームメート（東京電力マリーゼ）にも精神面でも支えてもらったし、たくさんのサポーターの方からもツイッターを通じて、いろんなメッセージをいただきました。　わたしは、皆さんが作ってくれた環境の中で、自分が好きなサッカーをやってきただけというか……。なので、そういう方々に対して感謝の気持ちしかないですね。特に、福島県の方々に「ありがとうございます」と言いたいです。<br /><br />山郷のぞみ（浦和レッズレディース）<br />「今があるのは先輩たちのおかげ」　サッカー選手にあこがれて、先輩たちの背中を追ってサッカーに取り組んできたわたしたちを、先輩たちがここまで引き上げてきてくれた。今のなでしこジャパンがあるのは、そんな先輩たちのおかげです。世界大会で優勝という結果を残すためには、誰かが我慢をしなければいけない。でも、このチームは不思議で、サブメンバーには変な態度をとる選手が１人もいませんでした。選手それぞれの思いを、“チームのため”に変えて挑んだ結果が優勝なんです。これがチーム力なんですかね。常に仲のいいチームでした。<br /><br />若い選手たちからすると、一気に頂点に登ってきたという感じかもしれません。でもこれからは、もちろんわたしも含めてなんですけど、“世界一”という看板を背負って、また新しいことに臨まなければならなくなりました。若手には、この経験というものを、絶対に次の世代につなげてもらわないといけませんね。<br /><br />岩清水梓（日テレ・ベレーザ）<br />澤さんが延長後半にゴールを決めてくれて、助けられました。そのゴールの後は、ちょっとＰＫ戦を意識しましたね。相手の攻めは、想像より速かったし強かったです。特にキックオフ直後から（チェニーに決定的なシュートを打たれ）面食らいました。わたしも寄せられる限り寄せたけれど、パワーで押し切られました。そのワンプレーで、「ぬるいプレーをしていたらヤバいな」って思いましたよ。　世界には、大きくて速い選手がたくさんいますけど、個人的には単純なスピードとかパワーとかは、負けちゃいけないところだと思います。そこはこれからトレーニングしていかなきゃいけないところ。<br /><br />世界一になったという実感は、あまりないですね。１つの大会で優勝できたっていううれしさはあるけれど、それがＷ杯なんだなっていうふうに不意に思うと、本当にすごいことをしたんだなと思います。素晴らしい仲間がいる、このチームの一員になれて本当によかったです。<a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://tamaraw.sblo.jp/article/53347536.html">
<link>http://tamaraw.sblo.jp/article/53347536.html</link>
<title>女子ワールドカップ決勝　米国戦後選手コメント  No3</title>
<description>岩渕真奈（日テレ・ベレーザ）「責任を持ってやっていきたい」　本当にうれしい優勝ですね。これから自分たちがサッカーをやっていく上で、いろんなプレッシャーも出てくると思うし、外国から日本を見る目というのも変わってくると思います。責任を持ってしっかりやっていきたいと思います。　今日はボールに全然触れなかったんですけど、得点が必要な場面で投入されたので、点を取ろうと思ってピッチに入りました。（女子Ｗ杯メンバー発表前は）なでしこジャパンにあまり入れていなかったので、この大会中に、本当に..</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>タマラオ</dc:creator>
<dc:date>2012-01-29T06:21:44+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div align="center"><a href="http://web-makati.sakura.ne.jp/sblo_files/tamaraw/image/tamaraw-2012-01-29T06:21:42-1.JPG" target="_blank"><img src="http://web-makati.sakura.ne.jp/sblo_files/tamaraw/image/tamaraw-2012-01-29T06:21:42-1-thumbnail2.JPG" alt="086.JPG" width="320" height="240" border="0" hspace="5" /></a></div>岩渕真奈（日テレ・ベレーザ）<br />「責任を持ってやっていきたい」　本当にうれしい優勝ですね。これから自分たちがサッカーをやっていく上で、いろんなプレッシャーも出てくると思うし、外国から日本を見る目というのも変わってくると思います。責任を持ってしっかりやっていきたいと思います。　今日はボールに全然触れなかったんですけど、得点が必要な場面で投入されたので、点を取ろうと思ってピッチに入りました。<br /><br />（女子Ｗ杯メンバー発表前は）なでしこジャパンにあまり入れていなかったので、この大会中に、本当にいろいろ勉強することができました。経験のある選手は本当に勝負強いし、自分も見習わなきゃなと思いました。この舞台を経験させてもらったわけですから、これからももっともっと努力をして、責任を持ってやっていきたいと思います。<br /><br />熊谷紗希（浦和レッズレディース）<br />実はＰＫを蹴る前、自分が決めたら勝ちという確信がなかったんです。決めた後にみんながベンチを飛び出してきたのを見て、終わったんだなと分かりました。　今日は相手のエース、アビー・ワンバックを相手に競ることもできたし、（ボールが来るコースを）読んで奪えたシーンもありました。自信にしていきたいです。１失点目のシーンは、１３番（モーガン）をわたしとサメちゃん（鮫島）の間に置いていたんですけれど、パスを出される瞬間にバックするのが完全に遅れてしまい、わたしの背中側を速いスピードで走られました。<br /><br />間違いなく準備不足なので、今後に向けて修正しなければいけない。大会を振り返ると、やられたところは本当に顕著にやられました。それはスピードとクロスへの対応。この２つは、これから練習しなければいけないです。言い換えれば、わたしにはまだまだ成長できるところがある。それが分かって良かったなと思います。<br /><br />川澄奈穂美（INAC神戸レオネッサ）<br />「試合を楽しめた」　優勝できてうれしいです。個人的に大会を振り返ると、準決勝で２得点だなんて、出来過ぎでしたね。クラブでサイドハーフをやっている経験を生かして、守備でも貢献できたと思います。　２点目を決められた時には、<br />ナガ（永里優季）と「これくらいの方が楽しいよね」と話していました（笑）。そういうふうに試合を楽しめたし、ＰＫ戦に入った時でも、追いついた日本と追いつかれたアメリカとでは、もう顔つきが違いましたよね。他国と比べたら、日本の選手の方が楽しそうにサッカーをしていると思います。　Ｗ杯で優勝……こんな瞬間は、一生に一度あるかないか。本当に楽しかったです。帰国したら、すぐに暑熱対策をして、なでしこリーグの試合に備えます。しっかり準備したいです。<br /><br />安藤梢（デュイスブルク／ドイツ）<br />「自分の成長しているところを十分発揮できた」　現在、わたしがプレーしているドイツで、日本のサッカーが世界一だということを見せられて、すごくうれしいです。今大会、無得点だったことはすごく悔しいです。個人的な課題はこれからチームに戻って修正して、自分を伸ばしていきたい。けれど、得点以外に『できた』と実感できることが、すごくたくさんあります。チームのために起点になって、チャンスを作れました。自分の成長しているところを十分発揮できたと思います。<br /><br />今大会では、強豪国に勝って自信がつきました。もちろんアメリカ、ドイツ、ブラジルは強いです。でも、次にこういった国と戦うときは、『こっちは世界一だぞ』という気持ちになるでしょうから、ますます負けるわけにはいかないですね。<a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://tamaraw.sblo.jp/article/53333782.html">
<link>http://tamaraw.sblo.jp/article/53333782.html</link>
<title>女子ワールドカップ決勝　米国戦後選手コメント  No2</title>
<description>そして、ロンドン五輪のアジア予選（９月）もすぐにあります。中１日、中２日などのタイトなスケジュールなので、しっかり体のケアをしてコンディションを整え、ロンドン五輪に出場したい。五輪でもみんなで力を合わせて、またメダルを取りたいです。Ｗ杯に優勝したらしたで欲が出てくるもので、五輪のメダルも欲しいなと思います。海堀あゆみ（INAC神戸レオネッサ）ＰＫ戦では自分の直感を信じて跳びました。優勝は「やればできる」という気持ちで目指していましたけれど、本当にできるとは半分思っていませんで..</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>タマラオ</dc:creator>
<dc:date>2012-01-28T04:57:02+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div align="center"><a href="http://web-makati.sakura.ne.jp/sblo_files/tamaraw/image/tamaraw-2012-01-28T04:57:01-1.JPG" target="_blank"><img src="http://web-makati.sakura.ne.jp/sblo_files/tamaraw/image/tamaraw-2012-01-28T04:57:01-1-thumbnail2.JPG" alt="085.JPG" width="320" height="240" border="0" hspace="5" /></a></div>そして、ロンドン五輪のアジア予選（９月）もすぐにあります。中１日、中２日などのタイトなスケジュールなので、しっかり体のケアをしてコンディションを整え、ロンドン五輪に出場したい。五輪でもみんなで力を合わせて、またメダルを取りたいです。Ｗ杯に優勝したらしたで欲が出てくるもので、五輪のメダルも欲しいなと思います。<br /><br />海堀あゆみ（INAC神戸レオネッサ）<br />ＰＫ戦では自分の直感を信じて跳びました。優勝は「やればできる」という気持ちで目指していましたけれど、本当にできるとは半分思っていませんでした。この優勝で、日本の皆さんに元気や勇気を与えられたらと思います。<br /><br />宮間あや（岡山湯郷Belle）<br />「ＰＫ戦に入った時点で勝ち負けを気にしなかった」　米国は後半の途中くらいから間延びしてきたけれど、彼女たちはそれを超える精神的なタフさを持っていた。なので、間延びした後も日本のゲーム運びをするのは難しかったです。でも、自分たちも『相手に負けない』という気持ちを強く持っていました。　米国は攻めていたけれど、攻め急ぎすぎているかなと感じていました。<br /><br />立ち上がりからの激しい攻勢も、まあ想定通りでした。今日米国に勝てたのは、もちろん運を引き寄せることができたという面もあったと思います。　ＰＫ戦ではわたしが１番目のキッカーでしたが、これは事前に決めていたわけではなくて、ＰＫ戦の直前に言い渡されたオーダー通りの順番です。ＰＫ戦はほとんどが運。ＰＫ戦に入った時点でもう、わたしは勝ち負けを気にしませんでした。<br /><br />永里優季（ポツダム／ドイツ）<br />「苦しい中で学んだことは大きかった」　優勝は素直にうれしいです。大会を通して苦しい時期もあったけれど、その中で学んだことは大きかった。結果に対しては満足しているけど、プロセスに関しては自分の中で満足していない部分がすごく多い。今後、自分の成長につながる大きな糧となる経験になったと思います。　ドイツで学んで得てきたプレーを、そのまま日本のサッカーに出すのはすごく難しいことだと感じました。<br /><br />日本のサッカーに合わせる部分と、ドイツで経験して得た部分、両方を一緒に表現するのはすごく難しい。１回優勝するのはまぐれでもできると思うけれど、２回優勝するのは本当の実力が必要。そういう意味で、自分たちに掛かるプレッシャーというのは今まで以上に大きくなると思うし、それを背負っていかなければならなくなったと思います。それはわたしにとってうれしいことだし、また、大きなチャレンジであると思います。<br /><br />今日の決勝は戦っている間、一度も負ける気がしなかった。チーム全体もそういう雰囲気だった。追い込まれる展開になればなるほど、自分の中で楽しくなっていった。そういう意味で、決勝の舞台はすごく楽しめたと思う。信頼して、いい時間帯に出してくれた監督にも感謝したい。この大会を通して、自分の成長を見守ってくれていたことにも感謝しています。<a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://tamaraw.sblo.jp/article/53319271.html">
<link>http://tamaraw.sblo.jp/article/53319271.html</link>
<title>女子ワールドカップ決勝　米国戦後選手コメント  No1</title>
<description>澤穂希（INAC神戸レオネッサ）なでしこジャパンがＷ杯初優勝、ＰＫ戦の末に米国を下す。　最高の舞台で、最高の仲間と一緒にメダルを取れたのはうれしかったし、楽しかった。今日の決勝戦は優勝するシーンしか想像できなかった。日本が青のユニホーム、青のパンツ、青のソックスで戦って、表彰台の上でトロフィーを掲げるシーンまで鮮明に想像できていたし、ユニホームの色も含め、本当にそうなりましたね。また、今日は川澄にネイルを新しく塗り直してもらったんです。これをやる日は必ず点が取れるんです。今大..</description>
<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:creator>タマラオ</dc:creator>
<dc:date>2012-01-27T05:09:29+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div align="center"><a href="http://web-makati.sakura.ne.jp/sblo_files/tamaraw/image/tamaraw-2012-01-27T05:09:28-1.JPG" target="_blank"><img src="http://web-makati.sakura.ne.jp/sblo_files/tamaraw/image/tamaraw-2012-01-27T05:09:28-1-thumbnail2.JPG" alt="084.JPG" width="320" height="240" border="0" hspace="5" /></a></div>澤穂希（INAC神戸レオネッサ）<br />なでしこジャパンがＷ杯初優勝、ＰＫ戦の末に米国を下す。　最高の舞台で、最高の仲間と一緒にメダルを取れたのはうれしかったし、楽しかった。今日の決勝戦は優勝するシーンしか想像できなかった。日本が青のユニホーム、青のパンツ、青のソックスで戦って、表彰台の上でトロフィーを掲げるシーンまで鮮明に想像できていたし、ユニホームの色も含め、本当にそうなりましたね。また、今日は川澄にネイルを新しく塗り直してもらったんです。これをやる日は必ず点が取れるんです。<br /><br />今大会で優勝できたのは、中堅世代の選手たちのおかげだと思います。北京五輪の時もいいチームでしたが、あのころに若手と呼ばれていた選手たちが成長して、すごく頼もしくなりました。宮間や大野、近賀、矢野などの中堅世代が、さらに若い世代を引っ張ってくれて、わたしたちベテランの背中を押してくれました。彼女たちはピッチの中でも外でも、すごく頼もしいです。「なでしこジャパンは今までと何が変わったか」と言われれば、そこだと思います。ＭＶＰも得点王も、みんながいてくれたから取れた賞だと思う。本当に感謝しています。<br /><br />得点シーンは（コーナーキックのキッカーの）あや（宮間）に「ニアに蹴るから」と言われ、わたしが「一番前に行くからね」と返していたんです。ゴールにボールが転がっていて、みんなが喜んでるのを見て「あ、点が入ったんだ……」という感じでした。アメリカに対してゴールを取れたのがうれしいし、あそこで同点にできたのもすごくうれしかった。本当にみんなが最後まであきらめずに走り続けた結果が、優勝につながったのだと思います。みんなに感謝したい。<br /><br />Ｗ杯で優勝したわけですから、今後は日本の女子サッカーに向けられる期待のハードルは上がるかも（笑）。自分自身、１８年間代表としてやってきて、苦しい時代も見てきています。ここに来るまで本当に長かったと思います。でも、こうやって自分が好きなことをやって、たくさんの人が笑顔になってくれたり、応援してくださったりするのはすごくうれしい。今後、女の子がサッカーをやれる環境がもっと整い、また、サッカーをやりたいと思う女の子たちが増えてくれればいいなと思います。<br /><br />帰国したらすぐにリーグ戦（２４日、対ジェフユナイテッド市原・千葉）があります。休む暇もなくて、気持ちの切り替えも難しいんですけど、今度はなでしこリーグ優勝を目標にしていきたいです。北京五輪の時もそうでしたが、注目されたのは一瞬だけでした。それを持続させるためにも、自分たちがしっかり結果を残さなければいけないと思います。たくさんの方たちに女子サッカーのいいところを見ていただけるよう、足を運んでいただきたいと思います。<a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
</item>
</rdf:RDF>

