2014年06月12日

料理人のパフォーマンスで発達した日本の包丁 No3

039.JPG
ちなみに中華包丁は、厳密には地方や目的によって厚みや形に微妙な違いがあるが、両刃でやや重みがあり、幅広なものが基本形である。中国料理は包丁一本で何でも調理してしまうとよく言われるように、一本で薄切り、そぎ切り、細切り、ぶつ切りができ、側面を使ってつぶしたり、切った食材を乗せたりすることもできる。 そうした切り方ゆえに、中国のまな板は、丸太を輪切りにしたものを用いる。

これは日本のもののように木の繊維にそった薄い板を用いたのでは、中華包丁を振りおろしたときに刃が繊維に食い込んでしまい、すぐにまな板が傷んでしまうからだ。包丁だけでなく、その刃を受けとめるまな板もまた、切り方によって異なる形をしているのだ。 このように、「切る道具」は、その土地、その土地に見合った調理法、食材によって発展してきたのである。明治時代に西洋料理が入ってきて、料理が多様化するとともに、包丁が姿を変えたのも必然だったと言えよう。

“万能”を経て、いまや“包丁いらず”まで
明治時代から大正時代にかけて、家庭に必ずある包丁と言えば、菜切包丁と出刃包丁だった。それが西洋料理の普及に伴い、昭和ともなると、洋包丁の牛刀と和包丁の菜切包丁とをかけ合わせ、肉、魚、野菜に使える「文化包丁」が誕生する。 文化包丁は、菜切包丁の角ばった先端を斜めに落としたものだが、さらにその角をカーブさせたものが「三徳包丁」あるいは「万能包丁」と呼ばれる、現在最も普及している包丁だ。

こうして日本の「切る道具」は食材によって様々に使い分けるものから、一本化されていくかのように見えた。だが、現代の台所は、果たしてどうだろう。 『暮しの手帖』(暮しの手帖社)を通して見ていくと、台所にはまた新たな「切る」道具が時代とともに登場していることが分かる。 1970(昭和45)年4月号では、「台所道具はどれだけ揃えたらよいか」と題して、新婚夫婦に向けて必須の台所道具を挙げた特集がある。

そこにあるのは、ステンレスの万能包丁に加えて、果物や野菜の皮むきに便利な小型の洋包丁であるペティナイフといったものだ。また、直接食材を切るものではないが、缶切りもある。それからしばらくした1984(昭和59)年10月号の「結婚のときにそろえたい道具100」という同じような記事を見くらべてみると、そこには万能包丁、ペティナイフ、缶切りのほかにキッチンバサミ、皮むき器が加わっている。

万能包丁。またの名は三徳包丁。かつては文化包丁とも
キッチンバサミは、日本の台所ではかなり新参者と言えるだろう。同じく『暮しの手帖』1983(昭和58)年4月号では、市販のキッチンバサミ5種を使った商品テストの記事が掲載されているが、そこには〈キッチンバサミは、花ばさみや裁ちばさみにくらべると日本での歴史は浅く、昭和35年頃に西ドイツのヘンケル製が、はじめて入ってきたといわれています〉と書かれている。 それまでも昆布などをハサミで切ることはしていたが、料理専用のハサミが一般家庭で広く使われるようになるのは、いろんな料理道具の本の記述から推測するに1980年前後のことだ。

先ほどの缶切りもそうだが、キッチンバサミの役割もまた、食材を切るだけではない。プラスチックの個別包装が増えるにつれ、包丁だけでは事足りなくなったのだ。食材を切るだけでは済まなくなった現代の台所に、キッチンバサミは必須なのである。 さらに昨今では、キッチンバサミをフル活用して「包丁いらず」を謳うレシピを雑誌やウェブで頻繁に見かける。ハサミを使ったり、手でちぎったりすれば、まな板も包丁も洗わなくて便利というわけだ。

家庭で魚をおろさなくなり、肉を解体しなくなって久しいが、近年「切る」作業の省略はますます進んでいる。スーパーやコンビニの棚に並ぶカット野菜。1人分ずつ個別包装されたチンするだけのお惣菜。包丁がなくても、食事ができる時代がすでに到来している。 いつの日か、人々が慣れ親しんだ包丁という「切る」道具を手放すときが来るのだろうか。だが、そうは思わない。 たとえ刃の形が変わったとしても、きっとその存在自体はなくならないだろう。なぜなら、人々が自らの手で食べる楽しみを求める限り、古代から人類が使い続けてきた最もシンプルな調理法は必ずやついてまわるものだからだ。

 

 

posted by タマラオ at 05:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/99585144

この記事へのトラックバック