2014年04月27日

変わる農協、躍進法人と「和解の日」  No2

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農協との共存を目指すグリーンの平石博社長
発端は2003年の凶作による米価の高騰。平石は自分でコメをつくるだけでなく、卸からもコメも買い、地元の通販会社を通して個人顧客にコメを売っていた。米価高騰で卸から買い付ける値段は上がった。だが通販価格を簡単に変えることができず、「地獄を見た」。  このときの教訓で、通販会社から1つの提案が来た。「仕入れ価格を安定さ
せるためには、いちいち卸から買うのではなく、生産者のグループをつくったほうがいい。そのほうが、ブランドの価値も上がる」。

つくり手の顔の見えるコメにすることで、付加価値を高めるべきだ。もっともなアドバイスだった。  ここで面白いのは、独自ルートを築いた平石が改めて農協に相談に行っ
たことだ。「農協が集めたコメをこっちに回してくれないか」。越後さんとうの対応は一見、冷たかった。「いいコメは売り先が決まっている。回せるコメはない」。だがほどなくして、農協側は驚くべき提案をする。「貯蔵庫を1本貸すから、グループで使ったらいい」

越後さんとうは、けして農家の離反に悩んでいたわけではない。施設の利用率は8割と全国的にも高い。農協とは別の販路開拓を目指す平石に、すり寄る必要はまったくなかったと言っていい。他の組合員から文句が出てもおかしくない措置だ。だがここで、当時の組合長の関誉隆が英断を下す。「責任はおれが全部とるから、やってみろ」  このとき越後さんとうの内部で、ど
れほど激しい議論があったのかは明らかではない。いずれにせよ、2つの結論が出た。


まず「これから農地の集約が進む。それを担うのは法人による大規模経営のはずだ」。もう1つは「農機具など機械が壊れるのをきっかけに、高齢農家の離農が増える」。現実を直視した、画期的な判断と言えるだろう。  この2つの結
論を総合すると、「農協に頼らない経営との接点を探るべきだ」となる。コメの貯蔵庫の貸し出しは、これ以上ない合理的な判断だった。 もちろん、独り立ちを目指す平石の動きを、農協が手放
しで歓迎していたわけではない。

平石いわく「はじめの10年は日干しにされた」。例えば、補助金の申請に関する説明会に呼ばれなくなった。だがこの「日干し」発言は、農協の幹部も同席する取材の場で出たものだ。逆にいま両者の関係がいかに円滑かを示す思い出話と言ってもいい。

必要なのは農協に依存しないライバルの存在
農業改革が話題になるとき、必ずと言っていいほどやり玉にあがるのが農協だ。「農家ではなく組織の利益を優先している」「政治力にものを言わせ、非効率な農業を延命させている」「独り立ちしようとする農家の足を引く」「農産物の販売ではなく、金融収益に頼っている」「農業をしていない准組合員が多い」。批判を挙げればきりがない。  越後さんとうのような、先駆的な
取り組みは例外として、こうした批判が当てはまる農協も少なくない。だがここで考えるべきなのは、ではどうすれば農業を立て直せるかだ。

協同組合組織である農協は、参加も脱退も自由。日本の農家の大半が兼業になれば、農協の行動はどうしても兼業の利害に左右されるようになる。地域で農家の数が減れば、その活動も変質する。農協の非道をなじる声を度々聞くが、それは農協という組織のメカニズムが問題なのか、変われない村の論理が問題なのか判然としないことも多い。  だから、それでいいというわけで
は当然ない。農業の衰退を防ぐには、いまのままの農協では心もとないのは否定できない。

だから、必要なのは現に存在する農協を壊すことではなく、農協に依存せず、栽培技術も販路も革新できるライバルの育成だ。それがうまくいけば、農協のあり方も必然的に変わる。  成長する法人経営に農協が歩み
寄ることは、農協の敗北を意味するわけではない。躍進する法人との共存の道をさぐることは、農協が本来の役割を取り戻すきっかけになる。

 

 

posted by タマラオ at 06:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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