2014年04月23日

日本農業生き残りのヒント  No2

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広大な放棄地を再生させた柏染谷農場の染谷茂代表 「これからの稲作はどのくらいの規模が必要ですか」。そう尋ねる染谷に酒谷は「7〜8ヘクタールぐらい」と答えた。染谷が小さな機械しか持っていないことを知り、それに見合う面積を答えたのだった。「そういうつもりで聞いたわけではない」。染谷は内心そう思った。自分も大規模経営を目指していたからだ。

9年かかってようやく全面的な作付が可能に
飛躍のきっかけは10年前に訪れた。柏市内に30年以上放置された100ヘクタール強の農地があった。ゴルフ場の運営会社がコースの造成を計画したが、自治体の許可が下りず、荒れ放題になっていた。ゴルフ場の運営会社がついに建設をあきらめ、農地にもどすことになった。そのとき白羽の矢が立ったのが染谷だった。 作業を始めたのが2003年。訪ねると、そこには4メートルほどもあるヨシが生えていた。トラクターで刈ると、「タイヤや金属片などあらゆるゴミが出てきた」。

土地を平らにし、用水路を引き、昨年ようやく全面的に作付できるようになった。 染谷は「もし挫折していたらもの笑いのタネになっただろう」と振り返る。土地はあまりにも広大。工程表も設計図も自分たちでつくり、資金もほとんどみずから負担した。途中でトラクターを2台盗まれるという事件も起きた。 それでも染谷には自信があった。就農時の農地は1.5ヘクタールしかなく、新たな土地を求め、河川敷の荒れ地を開墾した。

親戚から「気が変になったと思われるからやめろ」と言われたこの挑戦がうまくいったことが、規模拡大の出発点になった。「あれと比べれば今回はもともと農地だから何とかなると思った」。サカタニ農産と柏染谷農場の歩みはいくつかのことを示唆している。まず経営者の努力と情熱次第で、日本でも数100ヘクタールの巨大経営が実現し、放棄地を再生させることもできるということだ。中規模な専業農家も含め、加速度的に引退していくことを考えれば、時代の風は彼らに有利に吹いていると言える。

政権交代でも変わらないバラマキ政策
一方で、作り手がいなくなり、放出される農地が彼らの手からこぼれ落ちる恐れも否定できない。1社で引き受けることのできる面積には限りがあるからだ。染谷は「農業者の数が絶対に足りなくなる」と話す。もしそうなれば、日本の農地は放棄地だらけになる。それを食い止めることができるかどうかは、大規模経営を可能にする先進的な農業者をどれだけ増やせるかにかかってくる。これからの農政の役割は、そうした経営者の後押しにまず重点をおくべきなのは言うまでもない。

兼業が悪だというつもりはない。細々とでも農業を続けながら、勤めに出ることも可能になったことは、都市と地方の格差を縮め、地域社会の崩壊を防ぐうえで意義はあった。だが世代交代が進まず、平均年齢が70歳に迫ろうとする農業の実態は、もはや兼業に未来を託すことができないことを示している。その意味で「兼業が日本のコメを支えている」と強弁し、すべてのコメ農家に補助金をばらまいた民主党の罪は重い。奥村は「票をカネで買った」と批判する。

だが政権を奪還した自民党も、戸別所得補償から経営所得安定対策に名前を変え、同じ政策を続けている。自民党は農業の競争力強化もうたってはいる。だが二兎を追う政策のままで、迫り来るピンチをチャンスに変えることはできるだろうか。今後の農政の成否はこの一点にかかっている。

 

 

posted by タマラオ at 07:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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