2014年02月15日

こんな人生の歩き方  No8

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マザーハウスでは、手製にこだわった非常に質が高いバッグを提供しています。1個数万円というバッグですが、ビジネスマンやOLに人気です。

東急ハンズにもバッグを卸すようになる
最初は家族や親族、友人に買ってもらうことから始めました。その後、バッグを扱っていそうな路面店に飛び込み営業をスタート。でも私、何もわかってなかった。卸販売の場合、かけ率があるんですよね。「じゃあ、定価の50%なら仕入れるよ」とか言われて、「何で半分も取られないといけないの」って、最初は本気で憤慨していましたから(笑)。それでも、バングラデシュの工場スタッフの笑顔を考えながら営業を続けました。その後、縁あって東急ハンズさんに扱ってもらえるように。

力強い共同経営者の山崎大祐氏(副社長)の存在
山崎さんは、当時ゴールドマン・サックスでエコノミストとして活躍していました。卒業後も、いろいろと相談に乗ってくれ、彼はマクロの視点で、私はミクロの視点で、経済について考えていました。バングラデシュで大学院に行くことも、バッグを作ることも、周囲はみんな反対でしたが、彼だけはいつも「いいんじゃないか」と応援してくれていました。彼は、会社を共同で設立した後も1年間ゴールドマン・サックスで仕事をしていましたから、マザーハウスのことを話し合うのはいつも深夜のファミレス。

慶応大学4年生の時に山口さんと出会って、その後にゴールドマンサックス証券で4年間エコノミストとして仕事して、マザーハウスの創業に関わり、副社長として活躍しています。山崎大祐氏(副社長)は、元ゴールドマンサックスのエコノミスト

株式会社マザーハウス副社長の山崎と申します。どうぞよろしくお願いいたします。山口との出会いは、私が大学4年のとき、山口が大学3年のときでした。竹中平蔵(日本経済研究センター特別顧問、慶大教授)先生のゼミで出会って、そのときに山口から開発の話を聞きました。私自身もそういうことに興味がありましたが、卒業後はゴールドマン・サックス証券で4年間、エコノミストとして仕事をしていました。

先日、東京でマザーハウス副社長の山崎大祐さんと2人で酒を飲んでいた時、彼がふと口にしたセリフだ。創業6年目にして日本国内9店舗、台湾3店舗を展開する同社は、社長の山口さんも副社長の山崎さんも30代初めで、若さみなぎる活躍をしている。 「台湾では山口はデザイナーとして評価されるんです。いや、実を言えば、日本でも通りすがりのお客さんが半分近くです。マザーハウスのことを全く知らず店を訪れて商品を買って下さる方ですね。それはデザインへの評価が決して低くないということだと思うのです」

会社名は「マザーテレサ」から・・・・・ マザーハウスという会社名は、「マザーテレサ」に由来するそうです。

今後のマザーハウスについて 自己否定を繰り返しながらの前進
マザーハウスの7年間は本当に自己否定の繰り返しです。頑張って開拓してきた10店舗との契約を全部やめて、卸売りから直営店に切り替えていったときもそうでした。言うことを聞かない外部工場から自社工場に移ったときもそうでした。「本当にこれでいいのか」「これが最終ゴールか」と否定して次に進んでいくというプロセスです。私はそれをカルチャーにしたいと思っています。更なるグローバル展開を目指したいと意欲的

口をすっぱくてして言っていることなんですが、もっともっとグローバルな展開をしていきたいですね。起業当初から、そもそもバングラデシュのバッグ屋さんをやるつもりはなかったんです。「途上国の可能性を先進国に伝えたい」。そういう思いから始めたビジネスなんですよね。でも、そう言っているにもかかわらず、バングラデシュでしかバッグを作っていないし、ましてや日本でしか売っていない。この現状に対しては、すごく悔しいんですよ。

今現在、アメリカとヨーロッパでの販売に向けて少しづつ動き始めていて、年内には絶対にスタートラインに立ちたいと思っているところ。

 

 

posted by タマラオ at 05:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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