2012年03月31日

パティシエ 野空(NOAKE) No4

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企画開発室に籍を置きながら、そうやって彼女はパティシエへの夢をあたため、育んでいた。そして、スイーツ専門店での修業。たまたまその店にデザート作りを学びに来ていた男性と恋に落ち、大使館の公邸料理人に採用されたその人の伴侶となって田中はスイスへと旅立つ。 それは、煮詰まった上京からの脱却でもあった。 公邸料理人の仕事は、大使とその家族の食事の用意、来賓を招いてのパーティーやレセプションなどの料理の準備が主だったものになる。通いではなく、大使館内に専用の住み込みの部屋も用意される。

大使館が来賓を招いたときは夫の補佐にまわるが、それ以外の時間は、原則、何をしていても自由だったらしい。幸いだったのは、大使は実務に追われることが多く、レセプションの類はほとんど開かれなかったことだ。 だから、彼女はジュネーブにある『ペルソワ』というパティスリーで働くこともできた。「スイスで暮らしたのは二年です。大使の在任期間が公邸料理人の雇用期間でもあるからなんですが、スイスでの二年は、わたしの人生でいちばん楽しかった二年じゃないかって思えるくらいでした」

田中には、心の底から尊敬しているパティシエがいる。 名前はピエール・エルメ。 二四歳の若さで『フォション』のシェフ・パティシエを務め、“パティスリー界のピカソ”と謳われた天才だ。現在も現役で、年齢もまだ五〇歳に届いていない。
彼女が勤めた店のオーナーは、そのエルメに学んだパティシエだった。 勤務時間は朝六時から夕方五時までだった。大使館からのご出勤である。だが、彼女の本当の修業らしい修業は、エルメの愛弟子の店で始まるのだ。

「これでもかってくらい、正真正銘の“男女平等”だったんですよ。ブラジルやチェコからも修業に来ている人がいて、みんな男性なんですね。しかも、みんな身長が一九〇センチくらいある。でもレディファーストなんかないんです。力仕事は当たり前、どんなに重い荷物を運んでいても、誰も手を貸してくれない。何から何まで対等でした」 ジュネーブからパリまでは、車で小一時間ほどの距離だ。 休日ともなれば、彼女は車を駆って国境を越え、スイーツの食べ歩きを続けた。

エルメの試作品を口にする機会にも恵まれた。本来なら甘いはずの新婚生活だが、彼女には得ることのほうが多いスイス滞在だった。「たとえば、五時とか六時に仕事が終わったとしますよね。そうすると、みんな、さーっと遊びに出かけちゃうんです。意気揚々としてお店をあとにする。わたしにはそれが驚きでした。日本でパティスリーに勤めていたころは、朝早くから夜遅くまで働いて、毎日くたくただったんです」

 

 

posted by タマラオ at 05:35 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記
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Posted by at 2012年03月31日 11:09
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