2015年07月19日

「かんずり」はタバスコを超えるか No2

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今年の仕事初めとして社長の東條邦昭氏(72)による簡単な挨拶の後、はらりはらりと1.2mの雪の上に唐辛子がまかれる。この日、まかれた唐辛子の量は1.2トン。白い雪に赤が映える風景は、この地方の名物となっている。この後、唐辛子は数日間さらした後に、雪から掘り起こされる。それを細かく粉砕し、柚子、麹、天然塩を混ぜあわせ、定期的な撹拌を続けながら3年間熟成させる。3年目に外の寒さにさらす「寒さらし」という熟成工程を経て、ようやく商品となる。

唐辛子の栽培から考えると一本の製品を作り出すまでに軽く4年の時間が費やされている。発酵食品である麹が入っているので、甘みや旨味などがあり、洗練された味わいだ。

──いつ頃から見学者が集まるようになったんですか?
社長の東條氏。地元では「東條さん」ではなく「かんずりさん」と呼ばれているという名士だ 「最初はこんな大仕掛でもなかったけどね。徐々に生産量が増えてきてからで
す。ロケーションが面白いって言うんで、アマチュアカメラマンとか集まりはじめて。そのうちニュースとか業界紙に取りあげられるようになったんだけど、こういう風物詩的な感覚のものって口コミでたくさんの人が来るようになるんですネ(笑)」朗らかな口調の東條社長はかんずりの知名度を全国区に広げた立役者だ。

会社の創業は昭和41年、東條社長は高校卒業後まもなく、かんずりの商品化に取り組んだ先代、東條邦次氏とともに事業に取り組んだ。「当初はそれほど売れなくて、厳しいものでしたが」 先に述べた通り、製品を3年
間寝かすということはそれだけ回収が遅れるということだ。資金繰りの面からも、ビジネスとして難しい。事業を続けていくのは簡単ではなかった。

辛いけれど日本らしい侘び寂びも 夢はタバスコのように世界制覇
時代を感じる広告。価格も容器も面白い(昭和41年頃のもの。1個30円、50円、100円の価格設定) 今日まで続けられたのは農業を学ぶために行ったアメリカでの経験も大き
かった」と東條社長は語る。「向こうに行くとさ、こんなワラジみたいに大きなステーキを食べてるわけ。各家庭の台所の棚には自慢の香辛料、スパイスがずらっと並んでいる。ある時、私は持参した『かんずり』の小瓶をとり出して、ジャパニーズペッパーステーキだ、と食べさせてみたんです。

すると親父がつくったかんずりは『旨い!』とすこぶる反応がいいわけ。『これならイケるかも』と思ったね。そのうち日本も欧米のように香辛料を受けいれる時代が来るだろう、と」日本国内の厳しい状況は変わらなかったが、1969年に新潟県の推奨品に認定され、全国の物産展などに出品するようになる。80年代頃からは隠れた特産品としてメディアなどでも徐々に紹介され「本当に少しずつ、少しずつという感じ」で口コミによって人気が高まりはじめた。

今では妙高を代表する調味料のひとつとして、全国のファンから引き合いがある。『かんずり』の特徴は愛好者がいることだ。東條社長曰く「自民党、民主党といろいろあるけど言ってみれば『かんずり党』。辛党ファンの方に支持されています」

──海外の展示会などにも出品されていると聞きますが、反応はどうですか?
生かんずりは瓶詰めした後、加熱処理をしていない。そのため発酵が止まっていないので、フレッシュで旨い。有限会社『かんずり』の本店の他、新潟県妙高市・新井の道の駅などで購入することができる 「麹をどかっと入れ
た唐辛子の調味料は世界的にも珍しい。発酵食品が世界的に認知されていることもあり、反応はいいです。韓国なんかではあまり理解されない部分もありますけど、ストレートな辛さとは違う、デリケートで侘び寂びのある日本的な味を理解してくる人はちゃんといます。

でも、海外はこれから、という感じですよ。空気がきれいで、こういう雪が積もって、四季の寒暖差がはげしい自然環境が深みのある味をつくるのだと外国の人にも知ってもらうことからですね」地場産の米を使った良質な麹に、最近自社栽培にものりだしている唐辛子ももちろん地元産のもの。毎年、種をとり、選別するかんずり専用の唐辛子だ。冬に降りしきる雪と山から吹く風が独自の味を生み出す。なるほど、この風土、景色を知ると、味の印象も変わるというものだ。

 

 

posted by タマラオ at 06:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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