2015年06月24日

日立の復活が見せる日本企業再生への道 No3

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庄山時代から「売上高の20%相当の事業を入れ替える」と打ち上げてきたが、実現できなかった。日立の復活はさらにその次の川村会長兼社長時代まで待つことになるのだが、庄山時代以後、明らかに見えてきたのは、競争環境の激変である。 巨大ファウンドリーを初めとする台湾メーカーの台頭、サムスン電子を初めとする韓国メーカーの技術・資本力の向上、中国メーカーの成長。さらに、いったんは欧米メーカーがコングロマリットから専業メーカーとして競争力を増大…。
日本企業の競争力の源泉といわれた現場力だけでは、到底太刀打ちできなくなっていたのである。環境の変化に即応して事業の取捨選択、作り直しをする経営の強さがなければ、勝てない時代に入っていたのだ。

日立の安定も“束の間”
しかし、川村改革を経た日立はもう安泰と言えるのか。あるいは、経営改革を経て復活した企業は、かつての高度成長期のように20年30年といった長期の安定を手にすることが出来るのか。 川村氏は、半導体や液晶のような技術の標準化と大量生産の拡大でコモディティ化が進んだ業種から切り離している。「突然、環境が変わり、ライバルが出てくるような事業は、こつこつと積み上げることが得意な日本企業には向いていない」と川村氏は言う。

相対的に変化が緩やかで、日本企業に一日の長があるモノ作りなど現場の強さも生かせる事業に絞ったというわけだ。しかし、世界はあらゆる業種にまたがってグローバルM&A(合併・買収)の時代に突入している。アルセロール・ミタルの例にもあるように、代表的な重厚長大産業である鉄鋼でさえもM&Aで、後発企業が急激に巨大化できる。さらに、自動車や産業機械、エレベーターなど様々な機器の部品、モジュールがインターネットでつながるIOT(インターネット・オブ・シングス)の時代も遠くはないといわれる。

IOT時代には遠隔操作で故障を修理したり、その稼働状況を集めたデータから新たなソリューションサービスが生まれると見られる。電気自動車やプラグインハイブリッド車が、中心になる時代には、車載モーターの稼働状況から道路の混雑を推定できるようになるといったことだ。その時代には、機器全体からそうした部品に付加価値が移る可能性もある。やはり日立も将来は、また新たな変化にさらされることを想定しなければいけないのだろう。

もちろん、川村氏はそうした新たな変化への対応も忘れていない。2012年6月に、取締役会に外国人を増員し、14人の取締役のうち、8人を社外にしたのがその1つだ。トップが変革を恐れるようになった時に歯止めをかけ、「無能な場合は交代させる」(川村氏)ためだ。 当然、福永氏の研究所改革のような現場改革も忘れることは出来ない。トップをいくら変えても、足腰が弱すぎては戦いにならないからだ。

日立の10年改革の歴史が示すのは、年を追い、日を追って「企業の本業は改革」の時代に移ってきたという事実だ。

 

 

posted by タマラオ at 06:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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