2015年03月31日

14歳でカナダの5大学に合格 日本人天才少年の素顔とは No2

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−−飛び級に挑戦したことで、苦労もあったのでは
「いくつかあるんですけど、最初のころは本来の同学年の友達とのつきあいが段々なくなってしまいました。そのかわり3歳年上のお兄さんやお姉さんたちが温かく受け入れてくれたので、それはありがたかった」 「一番大変だなと思ったのは、僕の回りに日本人がいないこと。だからどうしても日本人代表になってしまう」

■天才少年に最大のピンチ!?
高校の卒業式後に行われるダンスパーティー「プロム」でも、飛び級ならではの苦労があったという。 「パートナーをみつけなきゃいけないんですが、周りは3歳年上ですので、少し難しいんですよね。気がついたらお姉さんたちは皆パートナーが決まってて。とうとう最後に、別の学校の同じ年齢の女性がパートナーに立候補してくれた。本当は男性から誘わなきゃいけないので、まだ僕は『へたれ』だなあと思うんですけど(笑)」

−−日本人代表として無事プロムも乗り切ったわけですね
「実はさらに一波乱ありました。スローダンスというのがあって、普通は自分のパートナーと一緒に踊るんですけど、ダンスがうまい男性がいて、パートナーを取られちゃったんです。悲しい話ですよね(笑)。そのときはクラスメートの女性がダンスしてくれて、なんとかしのぎました」

■年齢を意識しない環境
−−日本では、ややもすると異質な存在を排除しようとする傾向がありますが、カナダの高校ではそういうことはなかったですか
「そうですね。その理由のひとつとして、僕の本当の年齢を知らなかった人が結構いた。アジア人って若くみえたりするので」 あるとき、数学をよく教えていた男子生徒から年齢を聞かれ、「13歳」と答えると相手は絶句したという。 また科目別の飛び級システムがあるこの学校では、同じ授業を学年の違う生徒が受けていることは珍しくない。比較的、学年や年齢を意識しないですむ環境だったようだ。 「しかし、3歳差というのはさすがにありませんでした。思春期を挟んでいるので、僕は子供にみえますけど相手はほぼ大人で、外見は相当違いがありました。ただ疎外感や孤独感は感じませんでしたね」

■最初は英語がビリだった
−−5歳でカナダにきた当初、英語はしゃべれなかったんですか
「ESL(英語以外を母国語とする人たちのための英語)のクラスでは小1のとき、ビリのグループにいました。そこから徐々にレベルが上がっていきました」

−−英語のレベルが上がった秘訣は
「相手が子供でも、大人のように話しかけたり、本を読み聞かせたりするのはすごく大事だと思います」 当時、翔さんの母親がとった手法はユニークだ。ベビーシッターを頼んだ近所の小学生に本を音読してもらったのだ。ただ相手も子供だけに1人1時間が限界。そこで休日には6人の小学生ベビーシッターが入れ代わり立ち代わり自宅を訪れていたという。 ちなみにカナダでは、11歳は子守を「する」側。小学生向けのべビーシッター養成コースがあり、資格を取ることができるのだという。

−−小さいころから本を読むのは早かったそうですね
「小3のころには、600ページぐらいの本なら1日で読んでいましたね」 翔さんは9歳のときに、ギフテッド(天才児)として登録された。

−−ギフテッドの登録にいたった経緯は
「学校の先生が、君ギフテッドかもしれないから、と推薦してくださり、そこからテストを何回か受けました」カナダのギフテッド・プログラムは、通常の学校授業とは別に政府の公費で行われる特別教育だ。教育委員会と学校レベルの2種類あり、教育委レベルでは各学校から選ばれたギフテッドの子供たちを別の学校に集めて行われる。「カナダにはギフテッド教育のほかに、ESLのように英語が母国語ではない人向けの特別教育もあるし、LD(学習障害)の子供向けの教育もある。ある意味、特別教育が必要な人という点では同じです」

 

 

posted by タマラオ at 05:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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