2015年02月23日

『なぜ、日本人シェフは世界で勝負できたのか』 No7

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DIAMOND 2014年3月31日 http://diamond.jp/articles/-/50897

同じ土俵で戦わず、自分の強みで勝負する 【フランス「レストラン ソラ」吉武広樹シェフ】
2012年に開店からわずか1年強で、『ミシュランガイド フランス』で一つ星を獲得した「フランスレストラン ソラ」。吉武広樹シェフに「どうやって海外に出ていき、どうやって成
果を上げたのか」『なぜ、日本人シェフは世界で勝負できたのか』著者の本田直之氏が、インタビューします。

世界を放浪して見つけた「やりたいこと」
吉武広樹 シェフ Hiroki Yoshitake / Restaurant Sola 1980年、佐賀県生まれ。専門学校卒業後、「ラ・ロシェル」「ル・ピラート」で6年間の修業後、世界を放浪。2008年にパリで修業を始め、2009年シンガポールに「Hiroki 88@Infusion」を
オープン。パリへと戻り、2010年「レストラン ソラ」をオープン、2012年には開店からわずか1年強で、ミシュランで一つ星を獲得した。
レストラン ソラ / Restaurant Sola 12 Rue de l'Hotel Colbert, 75005 Paris,
France Tel +33 01 43 29 59 04 http://www.restaurant-sola.com/

海外でミシュランの星を取っている日本人シェフを、3人も輩出しているレストランがあります。それが「料理の鉄人」でもおなじみ、坂井宏行シェフの「ラ・ロシェル」。そのうちのひとりが、パリのフレンチ「レストラン ソラ」の吉
武広樹シェフです。彼は、福岡の調理師学校を出たあとラ・ロシェルに入ります。3年働いたあと、ラ・ロシェルから独立したシェフがつくった「ル・ピラート」でまた3年、合計6年の修業ののち、1年間バックパッカーで世界を放浪しました。

「アジアからインド、ネパール、エジプトと中東をへて、そこからヨーロッパを回ったあと、アメリカに渡り、そこで1年ぐらい経ってしまったので日本に戻りました。いろんな国を回って思ったのは、フランス料理の偉大さ。やっぱり細かいし、深いし、自分のやりたいのはフランス料理だというのを再確認して、学生ビザを取ってパリに行ったんです」海外に出てみて、本当にやりたいことが何なのか気づくことができた。しかし、料理人として海外に修業に出る人が多いなか、放浪することに焦りはなかったのでしょうか。

「そのときは、すごくいい毎日を送ってたので(笑)。包丁とか、調理道具一式を全部持って歩いていて、泊めてもらう代わりにゲストハウスのキッチンを手伝ったり、日本料理を教えたり。旅の途中で出会った人の結婚式の料理を任されたりもしました。バックパッカー仲間にも、『料理人はいいな、どこに行っても食いっぱぐれないし』って言われていたくらい。1年間海外で働いても、そんなに毎日、新しいものを得られるわけじゃありませんよね。でも、そうやって旅をしてると、もうまったく違う毎日なので」

とくにフランス語の勉強はしていないです。 世界一周をしていたときは英語でしたけど、それもノリで(笑)
大学時代などにバックパッカーとして海外を放浪する人たちはたくさんいますが、何のために放浪するのかという目的がなければ意味はありません。目的がなければ、たんなる旅行で終わってしまいます。彼の場合、はたから見ればキャリアを途中でやめて遊びに行ったように見えるかもしれませんが、1年という時間の投資が、その後の方向性を決めるベースになっていたのです。世界を放浪するくらいだから、語学は堪能かと思いきや、そうではなかったというのも面白いところ。

 

 

posted by タマラオ at 05:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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