2015年02月15日

今回のシュリンク業界――ベンチャー系の広告代理店   No1

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大リストラ後に残ったのは「シーラカンス社員」ばかり!敏腕広告マンが危ぶむ不況に勝てぬベンチャーの本質 ――ベンチャー系の広告代理店社員・瀬尾雄太さん(仮名)のケース

業績悪化でリストラを推し進める広告業界のベンチャー企業に長年勤める男性を取材。彼は、十数年前の創業当初から現在に至るまでの「生き証人」である。この業界でベンチャー企業がシュリンクしつつある現状とその理由を聞き、そこで働く社員が自らのキャリアや生活をシュリンクさせないための心得を提言したい。

あなたは、このような職場で働くことができるか?
電通が発表する「日本の広告費」によると、マスコミ4媒体(新聞、雑誌、テレビ、ラジオ)の市場規模は、2005年に3兆7408億円となって以降、6年連続で減少。2008年のリーマンショックを経て、2011年には2兆701億円となった。一方で2005年に3777 億円だった
インターネット広告費は、2011年には2倍以上の8062億円に伸びている。 このように、広告業界における経営環境は、SNSやスマートフォン、電子書籍などの登場により、大きく変化している。

新たな有望市場を掴もうと新規参入するベンチャー企業は多い。時流に乗った業者が順調に業績を伸ばしている一方、変化の速さについていけない業者は淘汰されやすい。それは、起業時に世間の注目を浴び、現在は一定規模に成長しているベンチャーについても同様である。

ネットブームにいち早く乗って1人勝ち名物ベンチャーが足もとで抱える不安
取材中の瀬尾雄太さん(仮名)。ここ1年は、リストラで社員が減り、仕事が増えたという。「40歳をこえて、深夜まで仕事をするとは思わなかった」と漏らす。 「売上は、700億円前後から半分以下にシュリ
ンク。社員は800人ほどから400人くらいに減った。どうなるんだろうね……。今後は……」 イベント関連の案件を主力とする広告代理店のクリエイティブ部門で部長代理を務める瀬尾雄太さん(仮名・41歳)は、社内の状況をこう語る。

2008年秋のリーマンショック以降、多くの企業がテレビCMやイベントなどを次々と打ち切り、広告業界は苦境に陥った。広告関連業者の倒産件数は、中小を中心に増え続けている。この会社は30年ほど前に、現在の社長(66歳)が大手広告代理店の営業を担う代理店として始めたベンチャー企業だった。当時から社長は、下請け的な扱いに不満を持っていた。大手業者と中小業者の二極化があり、いったん「下請け」になると、なかなか抜け出せない構造があった。

1990年代後半にインターネットが浸透すると、大手広告代理店と袂を分かち、独立。社長は、いち早く現在の会社を興し、ウェブサイトを前面に押し出した企業プロモーション・サービスに乗り出した。当時は金融不況直後ではあったが、企業の広告への意欲は変わらず、社長はそれがITにシフトすると睨んだ。この分野でのサービス開始は業界では相当に早く、1人勝ちに近い状態だった。このIT路線は、今も同社の“財産”となっている。

創業当初は社員が十数人で、その中に瀬尾さんがいた。29歳のとき、中途採用で入社した。ウェブサイトのプロモーションは大ヒットし、売上は数億円から90億円ほどになった。1998年から2003年頃までに、社員数も300人ほどになった。
私が社長の商機を逃がさないセンスを称えると、瀬尾さんは「ビジネスチャンスを見極める嗅覚は動物的で、まさに天才的」と答える。

「ただし、現場にいる自分たちからすると、理解できないものを持っている。人の言うことはまず聞かない。幼少の頃からの生い立ちも……ご苦労されたみたい。だからなのか、人を信じない。信頼できる人をつくれない……可愛そうなくらいに孤独な人」

 

 

posted by タマラオ at 06:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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