2015年01月17日

鉄より強い人工血管  No3

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人間には到底そんなことはできません。絹を模した人工繊維にナイロンがありますが、その製造過程では高温や薬品を必要とします。一方、カイコは室温で水溶液から強い繊維をつくり出すのです。私は、繊維化前の絹の水溶液がどんな分子構造をしているのか、非常に興味を持ちました。同時に、強い繊維になるからには、何らかの秩序だった分子構造を持っているに違いないとも考えました。

この構造を解明すれば、薬品も使わず環境に優しい方法で強い繊維をつくることができるかもしれない。そう考えたのが、私の研究の出発点でした。

20年間カイコ一筋で偉業を達成
1950年代に、ノーベル賞を受賞しているポーリングという学者が、絹の繊維化後の構造、つまりカイコの口から出た後の絹の分子構造について論文を発表しました。しかし、絹の繊維化前の構造、すなわちカイコの体内における絹の水溶液の分子構造については、多くの研究者が解明しようとしたものの、分からないままでした。この研究の難しさは、「絹の繊維化前の分子構造を、外からの力がかからない状態で決定する」という点でした。

それまで構造決定のためによく用いられていたX線解析の方法では、質の高いデータを得るために対象物を結晶化する方法が一般的でした。しかし結晶化させようとして熱を加えたり伸ばしたりすると、その分子構造は繊維化後の構造にすぐに変わってしまうのです。従来の分析手法が通用しませんでした。そこで、構造決定のために、NMRを使った新たな分析手法を開発する必要がありました。新しい方法を考えるところから始めるのですから、とてつもない時間がかかります。

方法論を考案し、実験を計画し、テストし、改良の工夫を考えてはまた試し――。そうしてカイコの研究を始めてから20年を経て、ようやく絹の繊維化前の分子構造を解明することができました。もちろん世界初の偉業である。「決定的なデータが出てから1週間は興奮して眠れなかった」という。研究者の世界でも、20年をかけて成果を出す例は少ない。長い年月、意志が揺らぐことはなかったのだろうか。20年の間に研究を取り巻く環境も変わりました。

基礎的な研究では学外のサポートを得られにくくなり、「すぐに役立つ研究を」という風当りを感じたこともありました。しかし、自分のやっている仕事を「絶対に面白い」と感じ、応用や発展の可能性を確信しているなら、ゴールがぶれることはないと思います。もちろん、社会の直近のニーズに合わせた優れた仕事をする研究者もいます。でも、私は一つのテーマに絞り続けました。結果として、自分の歩んだ道はこれで良かったと感じています。

20年間続けることができたのには、ライバルの存在も大きかったという。
物質の分子構造を決定する分析手段として、NMRとX線解析は双璧です。NMR構造解析の研究者と、X線構造解析の研究者の間にもライバル意識がありました。実は、私が農工大で絹の繊維化前の構造解析を始めた数年後に、同じ学科にX線解析の研究者が加わり、私と同じ研究を始めました。当然私としては、負けられないと思いました。毎年、学生の卒業論文発表会では、私が指導したNMR派の学生と、X線派の学生との間でバトルになりました(笑)。

当時は、内心穏やかではありませんでしたが、今考えると、ライバルの存在は非常に大きかったと思います。ライバルがいて、つくづく良かったと思います。

 

 

posted by タマラオ at 07:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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