2014年08月15日

限界都市東京からの移住    No3

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家庭面でも最良の環境
2つ目は、あらゆる「家庭」問題への対応だ。「収入が減り、生活していけないのではないか」「見知らぬ土地での子育てが不安」「田舎では良い教育を受けられない」――。既婚者の場合、配偶者の理解を得るのが移住の最も難しい点になる。 確かに、海士町での収入は東京圏で働いていた時と比べ、ある程度下がってしまう。だが支出で一番大きな項目である住居費は半分以下に抑えられる。近所からおすそ分けをもらえるため、食費もほとんどかからない。

自由に使えるお金だけを考えれば、実は東京と海士町ではそれほど変わらない。「ガソリンスタンドぐらいでしか現金を使わない」(30代男性)環境からか、1年間に100万円以上を貯金する移住者も少なくないという。 子育ての環境も整っている。浜中ひろよさんは大阪府羽曳野市出身。京都造形大学で環境デザインを学んだ後、そのまま京都でアルバイト生活を送っていた。体調を崩したのをきっかけに、「人生をリセットしたい」と考え、2009年に海士町の商品開発研究生として移住した。

そこでCASシステムで働く男性と出会い入籍。2年後には男児に恵まれた。夫の両親だけでなく、近所の住民も総出で子育てを助けてくれるといい、「町中に親戚のおばちゃんがいる感じ」(浜中さん)。今は仕事を辞めているが、いずれ島の名産を使った商品開発の仕事に就くことを考えている。「保育園など育児支援制度が充実しており、子育てしやすい環境。待機児童が当たり前の都市部に戻ることは考えられない」と話す。

高校の魅力化に成功
高等教育の面ではどうだろうか。2008年、近隣地区で唯一の高校である島前高校は存亡の危機に直面していた。 少子化で子供の絶対数が減少しただけでなく、近隣地区の中学生の約半数が島外の高校に進学。その結果、各学年の学級数が2クラスから1クラスになり、教職員数は最盛期と比べ4割減少した。教職員が減れば、授業や部活の種類が少なくなり、地元の高校に進学させようという動機づけはますます薄れる。こんな悪循環に陥っていた。

そこで海士町を中心とした地元自治体が立ち上げたのが、「高校魅力化プロジェクト」。ソニー人事部で働いていた岩本悠さんをプロデューサーとして招聘した。 岩本さんがまず取り組んだのが、危機感醸成と高校再興の共通ビジョンづくりだった。子供がいる世帯には「高校がなくなることによるコストは高い。自分の子供たちを通わせたい学校に変えていきましょう」と説明。一方で、それ以外の世帯には「高校がなくなれば若者の人口流出が止まらなくなり、島の産業も文化も廃れる。地域の未来を変える学校をつくりましょう」と訴え、当事者意識を浸透させた。

高校生がまちづくりを実際に行う教育を始め、島の新たな観光プランを実現化させた活動では、第1回観光甲子園でグランプリを受賞した。さらに勉強だけでなく、起業家精神を養う公営塾「隠岐國学習センター」を設立。いずれも地元住民の協力なしには実現できない企画だった。公営塾である「隠岐國学習センター」ではスタッフが学生目線で問題を投げかける

島前高校の評判は全国に広がり、今では全校生徒の半分近くを島外からの学生が占めるようになった。高校には寮が完備されており、1人暮らしも可能だが、子供の入学に合わせて海士町に移住する家庭も出てきているという。

 

 

posted by タマラオ at 05:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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