2014年06月30日

世界が真似できない「日本の卵」の凄さ No5

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命という点では野菜も肉も魚も同じだけれども、そうしたものを経済のまな板に載せることは正しいこととは思えない。魚住農園でランチをご馳走になった。柑橘が入ったコールスローサラダに、きんぴらゴボウ。一般市場には出回らない茎の太い小松菜のお浸しに、焼き魚。どれも美味しく、舌だけではなく、心も満たされる。温かいご飯に農園で育った大豆と麦でつくった醤油と初卵をかけた卵かけご飯を食べた。

国産の食材、米と魚、野菜を食べて育った魚住農園の卵は淡い黄色をしている。さらっとしていて油っこくない。まさに日本の味だ。卵の味は実は餌で決まる。かつて昭和40年代に来日したフランス人シェフが「日本の卵は魚臭くて使えない!」と怒ったという話を聞いたことがある。当時はニワトリに脂を絞りとった鰯の残渣を大量に食べさせていたので、卵から鰯の味がしたのだろう。最近は濃い色の卵黄が人気だ。黄身の色はパプリカやにんじんを大量に与えれば、簡単に変えることができる。

トウモロコシをたくさん食べさせれば濃厚な味になる。そうしてつくられた味の卵は不自然な感じもするが、喜んで食べる人もいる。味は結局のところ、好みの問題だから難しい。おそらくほとんどの日本人が「農業は大事だ」と考えてはいる。しかし、どこか自分たちから遠い存在のように思える。おそらく食べ物をつくる現場が、あまりにも自分たちの暮らしから離れていてしまったせいかもしれない。卵かけご飯を食べながらこんなことを考えた。

農業には課題が山積している。課題のいくつかを解決するために、大規模化し、合理化を推し進め、国際競争力を高めるというのも、たしかに方法のひとつだ。しかし、それが唯一の答えだ、と考えるのは早急ではないだろうか。卵は典型的な例だが、大規模なやり方では日本らしい味がつくれない。これだけ日本の味が世界から注目されるなかで、それを捨ててしまうことは、強みを自ら捨てることと同じである。

農業を生き残らせる方法は諸外国の真似をすることだけではないはずだ。日本オリジナルのやり方があるはずなのだ。日本オリジナル。それを見つけるためには消費者も変わる必要がある。僕らは農業への関心と理解をもう少し深める必要があるのだ。そして、いつも卵を食べるときに、少しだけ産んだニワトリのことを考えてみよう。そして新しい命を頂くことに、もう少しだけ感謝をしよう。

 

 

posted by タマラオ at 05:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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