2015年09月05日

銀座曙 No3

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理由は、日持ちしない商品だったこと。敬老の日に、直接祖父母に会いに行ける人ばかりとは限らず、遠距離で送りたい人もいる。しかし賞味期限が当日だったため、お客が買い控えしたのだ。 ヒットした商品もある。夏に出した商品で、シロップの中に梅、抹茶、漉し餡の3種類の水饅頭が浮いている「浮き浮きまんじゅう」だ。「ディスプレーから広告まで、すべて自分でやった商品が売れた。珍しく、コピーなどは外注して力を入れた商品なので、こんなにうれしいことはなかったです」と言う。

細野さんが30歳の時だった。実は、この大ヒット商品の広告コピーを担当したのが、細野さんの今のご夫君である。企画室長になった後すぐに、営業部長も兼務となった。企画室も人手が足りず、新卒や中途採用で、社員教育も一から行った。たった1人だった企画室のスタッフは、今では8人になっている。 銀座あけぼのは、3週間でディスプレーを替える。さらに定番商品のリニューアルを行い、新商品も多い時で1年に5〜6個は出す。多忙な日々の中、34歳で結婚。しかしその頃になっても、「結婚したら、会社を辞めてもいいかなと思っていたんです」と、あくまでも仕事に欲がなかった。

しかし、夫はコピーライターなので、自宅で仕事をする。そうなると、細野さんは外で働く方が夫婦としてはバランスがいい、と仕事を続けることになった。 さらに結婚3年目で、夫はあけぼのに入社することになる。「私が仕事の話をすると、夫はブランディングの専門家なので、あれこれと意見を言ってくれるのです。でも、口で言うのは簡単だけど、実際にやるのは大変なのよ…、といつの間にか口論になったりして。そんなこともあり、結局夫は会社に入ってくれたのです」。しかしこの頃になっても、細野さんには「自分が将来の社長」という意識は全くなかったと言う。

2004年11月、父である社長と蕎麦屋で昼食を取っていた細野さんは、突然こう言われた。「この後の役員会で、来期からお前を社長にすると言うから」。早すぎる引退のように見えるが、「この年の2年前に、母が亡くなっていたんです。父は、母が病に倒れてから1年ぐらいは、面倒を見てやりたいと言って会社にはほとんど出てこなかったのです」。 役員会の席で初めて妻が社長になると聞かされ、細野さんの夫も驚いた。

「主人や弟を社長にすることもできたのですが、何よりも『お菓子屋ということで、女性がいいと思った』と父は役員会で言っていました」と細野さんは言う。「私は商品部長、企画室長、営業部長、店舗も工場も全部経験しています。
また、銀座の商店会でも『社長の娘さん』ということで馴染みがあり、かわいがってもらえるなど強みもあると思ったのでしょう。主人がいて私を支えてくれるからと私を表に立て、『夫婦、兄弟みなで会社を盛り立ててほしい』と言い、父は本当にすっぱり引退してしまいました」

さて、跡取り娘はどういった経営戦略を取ったのか。まず細野さんは、2000年からインターネット上のショッピングサイト「楽天市場」に出店して、銀座あけぼのの商品の販売を始めた。「これは、社員からやりたいという声が上がったものです」ネット通販は、販路拡大だけでなくマーケティングにも利用できる。「新商品を開発するのに1年はかかります。日持ち、安全性、輸送に耐えられるかどうかのテストや、社内での試食なども行います」。また、楽天市場を通じてメルマガ会員となっている「あけぼの顧客」約1000人からモニターを募集して100人ほどにサンプルを送って試食してもらい、アンケート調査も始めた。

細野さんは店舗の社員300人に小さなノートを持たせ、お客からの声を漏らさず書きとめてもらっている。「部長だけの会議では、リアルなお客様のニーズから離れてしまうこともあります。社員一人ひとりのノートから、今何が必要とされているかが分かるんです」 父親が社長の時代は「カリスマについていく社員」が求められた。しかし自分の代になってからは、何でもスタッフと話し合って決めていくのが細野さんのスタイルだ。300人が提出するノートには、きちんと返事を書いているという。

 

 

posted by タマラオ at 07:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記