2015年06月20日

日立の復活が見せる日本企業再生への道 No1

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http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20140929/271855/?n_cid=nbpnbo_rank_n日立製作所の復活の研究に関心が集まっている。7873億円。2009年3月期に製造業として過去最大の最終赤字を計上したどん底からのV字回復は、何が要因かを分析しようというものだ。テレビ生産をやめ、グループの上場会社を完全子会社化し、黒字のハードディスク会社も売却するなど、事業の大胆な選択と集中が効を奏したとしばしば言われる。だが、果たしてそうか。転落と復活の10年を見つめ直してみると、別の姿も浮かぶ。日本企業が再び強くなる道を、そこから考えてみた。V字回復という言葉には妙なる響きがある。前半には、組織の硬直化、悪癖、失策などが澱のように溜まり、転がるように底に落ちていくが、そこから一転。たまりに溜まった悪弊を削ぎ落とし、一気に上昇していく…。そんなイメージがあるからだ。 だが、それは本当にそうなのか。例えば、2009年3月期に7873億円と、製造業として過去最悪の最終赤字に沈んだ日立製作所。大赤字の直後、2009年4月に会長兼社長に就任した川村隆氏を中心とする大改革で反転し、2014年3月期には営業利益が5328億円と過去最高益を上げている。情報・通信、電力、鉄道など社会イノベーション事業に集中する一方で、ハードディスク、テレビなど非中核事業を切り離す大胆な選択と集中が、文字通りのV字回復を実現したと注目を集める。だが、そこに様々な前史がある事はあまり知られていない。川村改革自体は、大胆な取り組みであり、成功した改革と捉えられるが、その前史から見つめ直してみると、また別の姿も浮かぶ。企業を作り直すことの本当の難しさと、改革の芽はどこにもあるという希望である。研究者の交流が新たな価値を生む前史の一コマを現場に据えてみよう。その1つ、イノベーションの本丸である日立中央研究所では2005年春から2008年春にかけて一風変わった改革が行われていた。中心になったのは、2005年に中央研究所長となり、後に本社研究開発本部の技師長にもなった福永泰氏(現・日本電産中央モーター基礎技術研究所長)だ。その改革は、ひと言で言えば、異なる分野の技術者の融合である。基礎技術開発を行う中央研究所は大方がそうだが、研究者は自らの領域に特化して研究をしようとするあまり、最終的な事業化に辿り着かないことがしばしば起こる。もちろん、「民間企業の研究者だから事業化を忘れるということはない」(福永氏)が、研究に入ると、より深い領域へとはまり込みやすい面がある。例えば、福永氏は中央研究所の所長になってしばらくした頃、センサーチップ(半導体)の設計をしている研究者が懸命に努力する姿をみて声をかけたという。「努力は素晴らしいけど、開発したチップは1個いくらで売れる? 今、100円で売れてもすぐに10円に下がる世界だよ。売上高としては限界がある。そのチップを使った機器開発を考えてみないか」と。基礎研究を軽視するわけではないが、事業化への道筋を付けられれば、取り組んできた研究の成果がさらに大きくできるというわけだ。 福永氏が始めたのは、技術開発とその応用の技術者を上手く組み合わせる仕組みだ。

 

 

posted by タマラオ at 06:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記