2015年06月08日

トヨタも敵わない「スバル」の底力 No2

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軽自動車の原点とも言えるスバル360しかし、一方で国内での軽自動車開発・生産からの撤退と言う決断もあった。スバルと言えば、1958年に発売した「スバル360」が今日の軽自動車の先駆けとなった。当時、「てんとう虫」の愛称で呼ばれ大
ヒットして以来、スバルは軽自動車の分野でも独自の世界をつくってきた。そのスバルが2012年に軽自動車開発・生産から撤退し、ダイハツからOEM供給を受ける体制に切り替えたのである。

スバルのトップは、吉永泰之社長。2011年に社長に就任する前は、国内営業本部長を務めた経験を持つ、スバルで初の営業出身の社長だが、「軽自動車の開発生産を止め、コンパクトカーの開発生産も止めて、アメリカにリソースを集中させて成功することができた。北米で成功して利益が出れば、国内向けの開発ができるという戦略でした。国内での軽自動車生産からの撤退は重い決断だったが、グローバルで生き残るためだった」と、吉永社長は述懐する。

技術力には定評があるものの これまでは苦闘の連続だった
スバルは、戦前の航空機メーカーの中島飛行機を前身とし、技術力には定評があった。水平対向エンジン・四輪駆動をその技術力の特徴として「玄人好み」と言われたり、「スバリスト」と呼ばれるスバル車を乗り続けるファンも多かった。それでも、これまでの経緯を振り返ると苦闘の連続だった。1990年代末までは、日産自動車との資本提携関係にあり、日産グループとして社長も日産、あるいは興銀(当時のメインバンク)から送り込まれていた。

一方で、富士重工業という社名にもあるように、中島飛行機を源流とした自動車以外の航空機事業、産業機器事業、バスボディ事業(その後撤退)など、多角的な経営形態を継続していた。自動車事業も水平対向エンジン、四輪駆動の独自技術が売りだったが、軽自動車と小型車分野でシェアは停滞気味で、あくまでも日産グループの一員と言う位置づけだった。それでも米国生産進出にあたっては、いすゞとの合弁生産進出(SIA)という異色の組み合わせを選んだこともあった(その後いすゞが撤退)。

それが、日産が1999年に仏ルノーの傘下入り、ルノー日産連合として再生スタートしたことを機に状況が一変。当時はまだ世界の「ビッグ1」であった米GMとの資本提携に切り替えたのが、日産出身の田中毅社長(当時)だった。つまり、20世紀から21世紀への移行時における「自動車世界大再編」の渦の中で、GMグループとして生き残りを賭けたのである。GMグループとして、軽自動車分野でスズキとの提携、部品共通化を模索したのも、その流れだった。

しかし、その頼みのGMがリーマンショックで経営破綻し、米政権の救済を受ける事態に陥りGMとの提携を解消、トヨタとの資本提携へ動いた。結果的にこの十数年間で、スバルの経営はめまぐるしく変遷した。また余談だが、歴代の社長はスバルというブランドの浸透を目指し、スバルと富士重工業という社名のギャップを解消しようと、「スバル」への社名変更を常に検討していたという事実もある。しかし、航空宇宙部門も持つ経営体制から変え切れずに今日に至っている。

 

 

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2015年06月07日

トヨタも敵わない「スバル」の底力 No1

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http://diamond.jp/articles/-/70642

自動車決算ラッシュのなか目を見張る富士重工業の躍進
フォレスター(写真、日本仕様)をはじめ北米での売れ行きが絶好調の最大要因 3月期決算の発表シーズンを迎えている。自動車メーカー各社の2015年3月期(2014年4月〜2015年3月)決算発表は、4月24日のマツダ、三菱自動車を皮切りに、5月連休を挟んで5月13日の日産発表で出揃うことになる。日本の自動車各社は、リーマンショック以降の「六重苦」を乗り越えて、この3月期決算で多くが過去最高業績を発表することになりそうだ。改めて自動車業界好況を世に示すものとなる。

その中にあって、「スバル」ブランドの富士重工業の躍進が光る。富士重工業は、日本車8社(乗用車)の中で規模は最も小さく地味なメーカーだったが、ここへきて独自の技術力がクローズアップされ業績も向上、本業の儲けを示す営業利益率が2ケタ台で最も高い経営効率を確保してきている。そんなスバル躍進の理由は何か、また富士重工業という自動車メーカーが「今面白い」と言われる背景は何か、今後どんな方向を目指すのかを探ってみた。

富士重工業の決算は、5月連休明けの8日に発表されるが、2015年3月期連結業績は売上高2兆8500億円(前期比18.3%増)、営業利益4100億円(同25.6%増)、経常利益3920億円(同24.7%増)、当期純利益2530億円(同22.4%増)が予想され、3期連続の増収、増益となる。連結販売台数、売上高、各利益ともに過去最高を更新することになる。加えて、特筆されるのが売上高営業利益率が14.4%となること。(予想)自動車業界はもちろん、全産業での売上高営業利益率が3%前後といわれる中で、圧倒的に高い利益率を示してきている。

自動車各社にあってもあのトヨタでさえ、この3月期でようやく10%に届くことになり、ゴーン日産も5.1%にとどまる。(いずれも予想)富士重工業の営業利益率の高さが際立っており、ここに来ての躍進ぶりを物語るものである。筆者は、長らく富士重工業を取材し、歴代のトップともつきあってきたが、同社が「こんな良い流れになるとは思わなかった」という感がある。過去、日産グループにあった立場から米GMとの資本提携に走り、そしてトヨタと資本提携に至るという過程を良く知っているだけに、そう思うわけである。

「スバル」ブランドは北米でなぜこれほど強いのか
それでは、なぜ富士重工業の業績、経営はこれだけ向上したのか。言うまでもなくスバルは、富士重工業のブランド名だが、富士重工業そのものを指す固有名詞として定着しているので、以下「スバル=富士重工業」として述べて行く。
スバルの業績向上の最大要因は、一言で言えば北米での成功である。今、スバル車は北米においてタマ不足で供給が間に合わないほど、売れに売れている。経営の「集中と選択」と言う意味では、北米戦略を最重点とした商品開発、ブランド力向上が功を奏したのである。

北米でのスバル車はもともと、雪の多い地域、山間地域などで四輪駆動の技術力で人気があったが、それは地域限定な人気だった。それを主力車「レガシィ」のサイズアップなどと、スバル車の技術力(走りと安全性)の全米訴求、米販売統括会社SOA(スバルオブアメリカ)主導による全米ディーラーのイメージアップ展開などで、ブランド力を向上させていった。結果、インセンティブ(販売奨励金)が小さくても売れ、収益性が高くなる。

3月期連結業績のスバル車北米販売は、56万9000台、前期比19.2%増と大幅な伸びを示し、スバル車グローバル販売全体の90万6000台のうち半数以上を占めている。北米での販売増と収益増がそのまま、現在の営業利益率14.4%という高効率業績に結びついており、北米戦略の成功が最大の主因というわけだ。

 

 

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2015年06月06日

隅田川の宇宙船に乗ったことがありますか    No5

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“クルーズ”には、目的なしに漫遊する、ゆっくり走るなどの意味があります。陸という忙しい日常を離れ、ゆっくりと過ごす。海であれば10万トンを超える巨大客船で世界一周する旅もあります。一方、「リバークルーズ」であっても、海外では1週間から1カ月もかけるものが数多く存在します。 これに対して、日本の海洋観光の大半はいまだ交通手段の域を出ず、クルーズ観光の魅力度とクオリティーは海外の観光地に遠く及びません。わざわざそのために訪れる、船で過ごすこと自体が目的となるような観光もこれからは求められることでしょう。

クルーズ観光の1つのヒントとして、アジアに目を向けてみます。
世界自然遺産に登録されたベトナム北部のハロン湾。龍が口から吐き出した宝石が大小3000の島々になったと伝えられ、独特の神秘的な景観を求めて世界中から多くの観光客が訪れます。このハロン湾には、船上で1泊2日または2泊3日を過ごすクルーズ商品があり、湾内には数十隻の船が浮かんでいます。船は海の客船ほど大きくなく、写真にあるバーヤ号は平均的な規模で客室数20、定員40名。高級リゾートを思わせる船内の客室はもちろんすべて個室でバストイレ付きです。宿泊者をハノイまで送迎してくれるサービスもあります。

船内でのウェルカムビュッフェやディナーなど食事のほか、小舟に乗り換えて水上生活の村や洞窟の見学に出かけたり、釣りやベトナム料理の体験など、様々な楽しみが待っています。夕方になればハロン湾に落ちる美しい夕日を眺め、朝はデッキで太極拳。日本人の姿はほとんどありませんが、欧米を中心に多くの国からの人々が、優雅な船の上で普段できない体験を楽しんでいます。 海洋資源に恵まれた日本。隅田川や東京湾はもちろんのこと、日本の素晴らしさに触れ、質の高い満足度を提供できる海洋観光の可能性は大きいはずです。

水上から見る工場夜景は、地上からとは異なる幻想的な世界
最近人気の産業観光。中でも工場夜景の人気は高く、川崎市では毎日のように工場夜景のツアーが行われています。バスツアーのほか、小型船や屋形船、クルーザーなどの船で巡るツアーも数多く出ています。プランによって廻るコースや運河も様々です。ツアーには東京発着と横浜発着のものがあり、いずれも運行会社や船の種類が異なります。 バスツアーでは工場構内から工場夜景を見学しますが、海上に浮かぶ工場夜景は船の上でしか見ることができません。

写真は平日の夜8時に横浜から小型船で出発し、京浜運河沿いの工場夜景を見学するツアーに参加した時のもの。この後、ツアーでは可能な限り岸に船を寄せてくれ、複雑に入り組む配管、巨大なタンク、火を吹く煙突などを間近で見ることができます。遠目で見ている時は、海に映る工場の灯りが波に揺らぐ美しさに魅せられ、近づくとその大きさに圧倒されます。 船の上は三脚を立てることができないため、写真撮影をメインにする場合にはバスツアーの方がお薦めです。船の場合、天候によって揺れも強くなります。

工場夜景観光には川崎市のほか、四日市市、北九州市、室蘭市、周南市が取り組んでいます。この5つを「日本五大工場夜景」として、全国工場夜景サミットも開かれています。

 

 

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2015年06月05日

隅田川の宇宙船に乗ったことがありますか    No4

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水上バスは浅草観光の魅力の一つにもなっており、桜の季節には吾妻橋上流の隅田川随一といわれる花見の名所「墨堤千本桜」にお花見船が出て、夜桜船では浅草今半の特製オードブルにお酒がついたほろ酔いセットを楽しむこともできます。 もし、台東・墨田・中央・江東・荒川の5つの区それぞれの地域に船着き場を整備すれば、これらの地域を船を使って行き来できるようになります。その周辺に魅力的な観光開発を行えば、隅田川の景観の改善や観光地としての魅力づくりにつながります。

浅草だけでなく、これらの地域が一体となって隅田川の水辺の魅力づくりを行えば、東京でも有数の観光地が生まれるかもしれません。重要文化財の橋も船を下りて見ることができ、周遊観光ができるようになれば、より魅力的になるのではないでしょうか。 東京五輪組織委員会は水上交通の利用について「東京湾内や隅田川に水上(海上)バスルートも設定されている。大会時も川や海の上から景観を楽しみながら会場にアクセスすることができる、補完的な交通手段として活躍する」としています。

現在、水上バスの運航を行っているのは、公営の東京都公園協会と東京都観光汽船(株)のみ。船の数も限られ、利用の多くが観光用であることから、積極的に活用しないという判断なのでしょう。 しかし、東京には水上バス以外にも屋形船や、日本橋川や深川、神田川などの都心の川を巡る環境にやさしい電気ボートなどの観光船、漁船や釣り船など、多種多様な船舶資源があります。東京五輪こそ、東京のウォーターフロントの価値を高め、世界にアピールする機会ではないでしょうか。

隅田川が存在価値を持てば、これまで点だった観光地を一つに束ね、船を使い町を回遊する東京の観光エリアの一つとして打ち出すことも可能になります。船で旅する東京観光の新たな魅力づくりがこれを機に始まり、隅田川が世界に誇れる名観光地になればと願うものです。2020年、そんな隅田川が見られたら最高にしあわせです。

海洋観光は「クルーズ船誘致」だけではない
さて、日本は四方を海に囲まれた島国でありながら、海洋観光では世界に大きく遅れを取っています。2013年は「クルーズ元年」といわれ、訪日観光において「クルーズ客船の誘致」や「MICE(集客が見込まれる企業関連イベント)の開催・誘致」は、国や多くの地域が取り組むテーマとなっています。 しかし、自国の海洋観光の育成に目を向けず、クルーズ客船誘致というある意味、他人頼みな訪日誘致でいいのでしょうか。

例えば東京湾では、竹芝桟橋から伊豆七島に向けて高速ジェット船や大型客船が出ています。高速ジェット船を使えば、伊豆大島へ1時間45分、神津島には3時間5分で行くことができます。 伊豆大島であれば日帰り便を設定し、アフター五輪に豊かな自然に囲まれた東京のリゾートアイランドへのプチ観光や、ゆとりのある人には、神津島でマリンレジャーや花の百名山と呼ばれる天上山のトレッキングなどを楽しむ1泊2日の旅を誘導することもできます。

これはアフターMICEやクルーズ客船誘致でも、また伊豆七島が東京都だと知らない都民にも格好のアピールの機会になるはずです。 世界には海や川、運河などの海洋資源を活かした巨大なクルーズ市場があり、またその市場は大きく成長しています。特にアジア太平洋地区のクルーズ人口は、2005年に107万人だったのが、2009年には150万人を突破。2020年には500万人に達すると予測されています。

 

 

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2015年06月04日

隅田川の宇宙船に乗ったことがありますか    No3

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様々な制約が魅力創出を阻害している
実際にどのくらいの外国人が水上バスを利用しているのか東京都観光汽船に尋ねると、厳密な把握は難しいとのことでした。水上バスは乗り合いバスと同様で、乗船名簿がないためです。一日に平均5件ほど英語での問い合わせがあるとのことですが、ヒミコとホタルナはウェブで予約ができるため、正確な人数は把握できないとのことでした。 同社のパンフレットや音声ガイドは英語、韓国語、簡体・繁体中文などに対応しています。しかし細かな修正の度に発生するメンテナンスコストが想像以上にかさみ、中小企業にとっては負担が大きいといいます。

ホームページでは一部で英語表記を併記。過去にはホームページにも中国語の情報を載せたことがあったそうですが、更新するたびに翻訳コストもかかるため現在は中止しており、訪日客への対応は英語のみとしています。多言語対応は国や行政にとってはマストですが、中小企業にとっては現状の中でやることとやらないことを決めることも重要です。個人手配の旅行をする人たちの多くは英語を話し、必ずしも多言語対応が必要でない場合もあります。

訪日観光誘致の取り組みはしたいが、現状では限界があるというのがこうした中小企業の率直な声です。船内で提供している観光の音声ガイドも、単に日本語のガイドを翻訳しただけでは、外国人にとっては面白みに欠けるといいます。よく知らない日本の歴史や橋の話は外国人にとってはつまらないのです。現在、国や行政が作製・配布している多くのガイドも、必ずしも外国人が求めるコンテンツになっていないことも考えられます。

ロンドンのテムズ川ではGPS(全地球測位システム)を利用した多言語イヤホンガイドを船に搭載し、クルーズ中に見えるスポットの解説を聞くことができます。地域の観光案内は民間企業が個々にコストを負うのではなく、共通のコンテンツを作って利用できるようにしたり、内容の自動更新がされたりすれば、企業は本業に特化でき、新たな価値を創出する仕事が可能になるのではないでしょうか。同じような目的や内容のホームページやパンフレットを複数の機関や組織が作成していますが、情報を集約して内容を充実させることが求められます。

現行法による制約もあります。隅田川にかかる清洲橋・永代橋・勝鬨橋の3つの橋は国の重要文化財に指定されており、他の橋も都指定の歴史的建造物で、GPS等の設置が難しいといいます。また隅田川は台東・墨田・中央・江東・荒川の5つの区にまたがっているため、何かを提案をするにしても、国や東京都を含めて7つもの役所に働きかける必要があります。 こうしたことは船に限らず、観光産業の活性化と成長を大きく妨げるものです。様々な規制緩和を含めて、日本の魅力的な資源が意義あるかたちで活用されることを期待するものです。

川沿いエリアの回遊で、新たな観光資源が誕生する
隅田川沿いには江戸情緒を残す浅草・向島、両国、人形町、築地、月島、佃など、美しい町並みや歴史的な建造物が数多く残されています。本来、このエリアは浅草同様、もっと海外から脚光を浴びて良い場所のはずです。隅田川沿いには、浅草から東京湾に出る間に、両国、聖路加前などの船着き場では一部水上バスが定期運航されていますが、水上交通を活用してこれらの地域を周遊観光したり、気軽な観光の足として船を活用し、それぞれの町にアクセスできるようにはなっていません。

東京都内には災害時に使える防災船着き場が61カ所ありますが、一部を除き、開放は進んでいません。
東日本大震災で多くの帰宅困難者が出た際には、代替交通としての水上交通の可能性や、東京湾や河川にある船着き場の開放なども検討されました。しかし、船着き場を開放するためにはそこを管理する施設や人が必要となり、そのコストをどうするかが大きな課題となっています。 浅草の船着き場は吾妻橋のそばにあり、スカイツリーを目の前にしています。船着き場から横断歩道を一つ渡れば、銀座線・都営線・東武鉄道の浅草駅があり、その先には浅草寺や仲見世があります。

 

 

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2015年06月03日

隅田川の宇宙船に乗ったことがありますか    No1

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島国・日本がいまだ目覚めぬ「水の観光」 2020年TOKYO・隅田川が拓く可能性  
 
日経ビジネス   http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20140421/263231/

水津 陽子  合同会社フォーティR&C代表 経営コンサルタント。合同会社フォーティR&C代表。地域資源を活かした観光や地域ブランドづくり、地域活性化・まちづくりに関する講演、コンサルティング、調査研究、執筆等を行っている。

羽田空港発着ターミナルと日本橋を水路50分で結ぶリムジンボートは、外国人エグゼクティブやVIPの利用を想定した“水上ハイヤー”。2013年に就航 画像提供:観光汽船興業(株)

皆さんは、昔、隅田川が「死の川」と呼ばれたこと、その川が1964年の東京五輪を機に復活したことをご存じでしょうか。 明治・大正時代にはシジミやシラウオが生息し、海水浴を楽しむこともできたという隅田川。「春のうららの〜」と歌われた川は、一時水質汚濁が進み、魚などの生物が棲めなくなりました。悪臭は健康被害が出るほど深刻で、沿岸の家々は窓も開けられなかったといいます。 五輪開催が決定すると、世界の注目を集める開催都市の名に恥じない環境と施設の整備をコンセプトに、国を挙げて浄化対策が行われた結果、隅田川は現在の姿にまで復活しました。

世界の観光大国の首都や主要都市を流れる川の多くは世界的にその名を知られ、観光地としても有名です。パリのセーヌ河岸は1991年、世界文化遺産に登録されました。ロンドンのテムズ川、ウィーンのドナウ川、ドイツの都市を流れるライン川。イースト川とハドソン川は、ニューヨークやマンハッタンを語る上で欠かせないものとなっています。こうした世界有数の川や運河では、景観や沿岸の観光地を巡る「リバークルーズ」が大きな観光資源となり、世界中から観光客を集めています。

ひるがえって東京を見ると、隅田川には花火大会や浅草観光、近年では東京スカイツリー目的で多くの観光客が訪れます。しかし、世界で隅田川の名を知る人はどれほどいるでしょうか。訪日客の中には“スミダリバー”の名を知っている人もいるかもしれませんが、他国の主要都市の川と比べれば、世界的知名度はないに等しいものです。2020年の東京五輪の施設の6割は、隅田川や東京湾ウォーターフロントに集中しています。しかし、話題になるのは関連施設の建設やインフラ整備の話ばかり。肝心の観光戦略はいまだ聞こえてきません。

東京五輪の選手村と22の施設が水辺エリアに集中
2020年の東京五輪の39施設のうち、東京湾岸地区に選手村と22の施設が集中しています。隅田川沿いにある国技館を含めると24もの施設が、隅田川と東京湾からなるウォーターフロントエリアにあることになります。このエリアは、東京湾には羽田空港、隅田川沿いには東京駅や銀座、築地、秋葉原、上野、浅草など、訪日観光でも人気の観光地が連なっています。 また東京都の福祉・衛生統計年報(2010年)によれば、台東・港・中央・品川・千代田の5区には、都内にある694のホテルのうち32.2%、客室数にして53.8%が集中。旅館も台東・大田・港・足立の4区で都内1265施設の25.6%、客室数で30.7%を占めます。

五輪で日本を訪れる人の多くが、このエリアで宿泊や飲食、買い物や観光などを行うことが想定されます。東京という都市の印象はこのエリア次第で大きく変わる可能性があります。 今回は、この忘れ去られた東京の顔「隅田川」を舞台に、日本の海洋観光の可能性と課題を考えてみます。

 

 

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2015年06月02日

「中国式ハニートラップ」の裏側   No3

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徹底されないHIV発症者への無料治療策
HIVに関して、中国政府は発症者への無料治療という策を打ち出しているというが、当然、全国で徹底して実施されているわけではない。中国では他の政策、たとえば義務教育の無料化などを首相が宣言しても全国で実施されることはなく、「国が大きいから政策が徹底されるには時間がかかる。仕方のないこと」というおきまりの言い訳がされる。HIVについては、国民の間での知識不足もあって感染者は増え続け、とくに近年、女性の感染者増加は著しい。

日本人の大使館員やビジネスマンは、中国での女性との接触に際して、従来のような情報漏えいや、金品を巻き上げられるといったリスクの前に、まず性感染症のリスクをより強く心に留める必要が出てきたのである。これらの事情とあわせ、あらためて考えてみると、カラオケ店への出入り禁止令などほとんど無意味ではないかという気もしてきた。最大限好意的に考えれば、万事に緊張感をもて、という意味での「喝」であれば理解できなくもないが。

カラオケ店や高級クラブで知り合った女性と親密になったら云々……とか、マッサージを呼んだら云々……などの古典的な「手口」でのハニートラップよりもむしろ、現代で警戒すべきは別の筋ではないだろうか。

ハニートラップか、自由恋愛か?
かつてのように外国人と一般の中国人女性との接点が限られていた時代とは違うのだ。町のいたるところで中国人女性と自由に出会い、自由に恋愛に発展し得る現代では、それこそハニートラップは至るところに仕掛けられているともいえる。
何者かによって初めから差し向けられた女性ではなく、初めは単に男女として出会い、関係が深まったところで状況が変化するというケースが十分考えられる。ハニートラップとは異なる例だが、2年前に長野で起きた、五輪聖火リレーの際の顛末を思い出してほしい。

あのときバスで長野に集結し、五星紅旗を振り回して奇声を上げ、騒ぎの後には「抗日勝利」を叫んだ在日中国人留学生の大半が、初めから「工作員」として送り込まれた若者であるわけではない。しかし、そこは独裁国家という体制下の国民たち。本人さえも意識しないうちに、何がどう転んで「国家のまわし者」となるかは知れたものではない。

初めは自由恋愛のつもりが、いつしかどこかからリモコン操作されていた。そんな女性がいても何ら不思議ではない。まして、金が絡めばその可能性はなおさら高まる。私の周囲には、「1度でいいからハニートラップにかかってみたい」などという軽口をたたく日本人男性が結構多い。暗に「自分は引っかからない」と言いたいのだろうが、こと「男女のこと」に関する限り、男の自己評価ほど当てにならないものもない。

個人差があるとはいえ、世界標準で見れば、概してナイーブな御仁の多い日本人男性の皆さま、中国での女性との出会いにはくれぐれも気を引き締めて臨まれますよう。

 

 

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2015年06月01日

「中国式ハニートラップ」の裏側   No2

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日本ではその後、女子高生の援助交際が話題となり、中学生、ついには小学生もという話までが伝わり、性意識の変化や性の商品化、その低年齢化の話題に人々が驚かなくなってさえいる。中国の女子大生ホステスや女子大生愛人もいつか来た道、という見方をするのは、しかし早計だろう。中国では依然として、女子大生ホステスが働くその同じ店に、貧しい農村から出てきて文字もろくに書けない女子も大勢働いている。

その延長線上には、昔ながらの構図で生きるために売春を行なう女性も、その予備軍もまだまだ大勢いる。また、贅沢好きな女子大生の小遣い稼ぎ水商売についても、かつての日本では、「社会勉強」のひとつなどの動機をもつ女子もいたが、中国の女子にそういうノリはない。もっとシビアに「金」に焦点が絞られている。

経済開放とともに進む女性の性意識の開放
2009年、北京大学の教授を中心に行なわれた調査で、半数近い女子が16歳未満で性交渉を持ったとの回答があったと伝えられた。中国の農村部では今でも、性的暴行や15、16歳での結婚というケースもある。しかし、この調査が明らかにしたのは、そうしたケースに当てはまらない若い女子の性意識が、「過剰に」開放化されていることのようだ。たしかに、某名門大学近くの路上の塀には「妊娠中絶」や「性病治療」を謳った病院の広告が山ほど貼られていたし、大学生と話すと、「親の世代はいざ知らず、自分たちの世代で結婚まで性体験のない女性など皆無」と口を揃える。

経済開放から30年、性の開放はそれに呼応して着実に、というよりむしろ経済成長以上の速度で進んでいるかのようだ。呼応して、性の商品化の広がりもますます盛んとなる。

「市中引き回しの刑」で取り締まるも効果なし
これに対して中国当局は、大勢逮捕した売春婦を市中引き回してさらしものにするという、人権無視の荒業に出てみたり、道徳教育の運動を進めてみたりするもののほとんど効果は見られない。これらは滑稽ともいえる話で、地位にものをいわせて何人もの愛人をもち、性の乱れの助長役となっているかのような当局の関係者が、いくら「道徳」を訴えるパフォーマンスをやってみたところで一向奏功しないのは当然といえば当然だ。中国の社会で女性の性意識の開放が進むこと自体は悪いことではない。

世界の歴史の例にもれず、中国でも伝統的に、性はつねに男性主導のものであった。見方によれば、他国以上に男本位の性の価値観が幅を利かせてきたといえるかもしれない。たとえば、宋代頃から清の末期まで女性の纏足という旧習があった。これについて日本では、「小さい足が美人の条件だったため」などとその主旨が語られるが、実のところは、男性の性への価値観が色濃く反映された習慣であったようだ。小さい足でよちよち歩く様はセックスアピールがあるとされ、小さい足で歩くため太腿の筋肉が発達するので、男の性感が高まると考えられたためだったとの説がある。

ともあれ、現代の「開かれた中国」で女たちも性を謳歌し始めた。それは悪くない。問題は日本以上に、女性の間で性に関する正しい知識がもたれていないことにある。一人っ子政策という産児制限が長らく続いてきたにもかかわらず、避妊に関する正しい知識も普及しているとはいい難い。むしろ、時には政府による強制堕胎が進められてきたことの負の効果か、一般的に妊娠中絶、堕胎についての抵抗感が薄い。

学生など若年層の顧客獲得のため、最近では、クリニック等による中絶手術の「安売り競争」が盛んでその種の広告が氾濫している。一方で性感染症に関する知識も広まってはいず、HIVが日常的な接触で感染するのではないかとの誤解は今も根強い。

 

 

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