2015年04月30日

セブンが仕掛ける壮大な「コンビニ改革」

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http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150419-00066271-toyo-bus_all

4期連続で営業最高益を更新したセブン&アイ・ホールディングス(HD)。スーパーなどの不振で2015年2月期の営業利益は前々期比1%増だったが、主力のセブン―イレブン・ジャパンは同5%増を達成した。 さらに今期はセブン&アイHDの鈴木敏文会長が「第2の創業」と位置づける、オムニチャネル事業が10月から本格的に始動する。実店舗はもちろん、パソコンやスマートフォンを通し、いつでもどこでも買い物できる仕組みを充実させるのが狙いだ。

■ オムニチャネルの要
 これまでの通販サイトは各社ごとに運営され、在庫や顧客の情報も別々に管理されており、グループとしてのメリットを十分に生かせていなかった。10月に立ち上げる新しいサイトでは、グループの商品を一括して扱い、各社の顧客情報も統合する。前期のネット通販の売り上げは約1600億円だが、「今年は2000億円、将来的には1兆円を目指したい」と、セブン&アイHDの村田紀敏社長も意気込む。  オムニチャ
ネルの本格化でカギを握るのが、全国に1万7000店以上あるセブン―イレブンだ。

ネットで注文した商品は、客が店頭に取りに来ることもあれば、店員が直接家に届ける場合もある。10月からは返品や返金の店頭受け付けも本格的に始める。 今後はタブレット端末の配備を大幅に増やす。これは、ネットが苦手な客や通販を使ったことがない人に、カタログ感覚で商品を薦め、店員が注文を代行するためのもの。 つまり、コンビニに単なる商品の受け渡し拠点ではなく、「営業拠点」の機能も持たせ、売り上げを伸ばそうとしている。

すでに、店舗でチラシを作ってレジで声をかけることや、食事の宅配で家を訪ねた際に勧めることで、ネット通販の利用が増えているという。 多くの客が来店し店員も入れ替わる中で簡単なことではないが、客の生活スタイルや好みを把握し、商品を提案するのが理想型だろう。

■ 現場には期待と戸惑い
関西地方のある加盟店オーナーは「新しいことをやらないと生き残れない。しっかり対応していきたい」と前向きだ。とはいえ、コンビニが便利になればなるほど、店舗側の負担は増える。ネット通販の本格展開で、コンビニは商品の保管や配送、返品手続きなど、数多くの作業を強いられる。  これに対して、「正直、何がメリットになるのかわからな
い」と、関東地方のあるオーナーは戸惑う。「客が増えるかもしれないし、(通販関連の)手数料収入もある。けれど今でも人手が足りず大変なのに、とても対応できない」からだ。

商品を取りに来た人がついで買いするメリットを強調するなど、セブン本社はさまざまな説明を重ねている。加盟店のやる気を高めるには、現在は手数料しか入らない加盟店に、ネット通販の利益をさらに分配することも重要だろう。楽天やアマゾンが台頭する中、セブンの通販サイトを利用してもらうには、魅力的な商品をそろえることも不可欠だ。今や国民のインフラとなったコンビニで、王者セブンの壮大なる実験が始まろうとしている。

(「週刊東洋経済」2015年4月18日号「核心リポート03」を転載)

 

 

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2015年04月29日

地元の人も知らない「平塚漁港」はいかに知名度を上げたか No7

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史上最強の「ハマの食堂」で“高く買って安く売る”がなぜできる?
店内の雰囲気は「食堂」というより「レストラン」。天井が高く、居心地がよい。釣船で釣った魚の持ち込み調理も行っている(要予約)常盤さんはこれまでの経験をフル活用することになった。「店の雰囲気、メニュー構成、料理の内容、提供方法含めて、まず一軒の『飲食店』として、『よい店だ』とお客さんに思っていただけるレベルでなくては」と店の隅々にまで、常盤さんのこだわりが行き届いている。だから、よくある「港の食堂」とは大違いだ。

店舗のデザイン、設計から携わった店舗は「食堂」とはいっても「せっかくお越しいただくのに、いかにも食堂といった掘立小屋のようにはしたくない」(常盤さん)と、「木材をいかしたおしゃれな雰囲気。天井が高く、開放的な、まるでカフェのような居心地のよい空間だ。メニューも、その日の朝獲れた魚を使った刺身からフライ、煮物、焼き物だけでなく、ひと手間かけたひつまぶし膳や、タルタル風、チーズ焼きなどバラエティに溢れる。

それでも、あくまで「地元の人々に日常的に通ってもらいたい」から「平均予算は1000円」という価格帯にこだわった。だからメニューの価格は高くても2000円切り。しかし、その価格からは考えられないほど「満足度」が高いのが、この食堂の凄いところだ。

「おまかせ刺盛膳」。刺身もフライも、あらでとった味噌汁も絶品!
まずは見ていただきたい。食堂で大人気の「おまかせ刺盛膳」は、「刺身6点、フライ2点、あらでとった味噌汁、小鉢、香の物、ごはん大盛無料」で1480円。テーブルいっぱいに広がる定食は、正直、都会なら2、3人分はあろうかというボリューム。しかも絶品だった。また、食堂の料理であるにもかかわらず、日本料理店かのごとく美しく盛り付けられているのも感動体験。取材時に提供されたホウボウの刺身には、桜の塩漬けが散りばめられ、春の彩りが演出されている。

それもそのはず、平塚の魚を見事な「晴れ姿」で送り出す、料理長の今泉尊文さんは、かつて都内の懐石料理店で腕を振るっていた。「ホウボウの刺身」。登場する魚は毎日の水揚げ次第。ちなみにこの日は2、3人前はありそうなボリュームで驚愕の880円だった。正直、港の食堂で「活きがいいから美味しいね」という満足はしても、トータルとしてこれだけの「感動」を味わえるという意味においては、史上最強の「ハマの食堂」。湘南らしいセンスのいい「食堂」は、もはや「平塚の美味しすぎるお魚アミューズメントパーク」だ。

この感動で「奇跡の価格」を維持できる理由は、ほかならぬ6次化の課題である「低利用魚」の活用にある。いわゆる定番の魚だけでなく、規格外の小魚や知名度のない魚を使いこなしたメニューだからこそ成し得るのだ。ただ、「奇跡の価格」を維持するために、安く魚を仕入れるわけにはいかない。都市部に出せば高く売れるものを、地産地消のために安く地元に売ることで、漁師の減収につながっては意味がない。

「かといって、今日はタイが高かったから『カルパッチョは2000円です』なんて、お客さんに出したとしたら『なんで平塚なのに、そんな値段!?』と誰も手を出しません。僕たちだって、損をしてまで安くは出せない。誰かが無理をしたり、損をするのでは限界があります」(常盤さん)だから、「高く買って安く売る」努力をしているという。高いものは高いまま、買う。そして、大量に獲れて値が安い魚と、低利用魚は安いまま多く買う。そして、その価値を高めて、たくさん売る。

 

 

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2015年04月28日

地元の人も知らない「平塚漁港」はいかに知名度を上げたか No6

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メニューは自然の成り行きで!安くてうまくて子ども・お年寄りも来る店に
「湘南は生産地と消費地が隣り合わせ。このふたつが離れた地域では、地域内流通は難易度が高いかもしれませんが、湘南であれば、地元の生産物を地域内で流通、消費して、その利益を地域に循環させるという本来の健全なかたちを実現できるはず。その結果、新たな産業雇用も生まれ、地域が元気になるんじゃないかと思ったんです」常盤さんは、自ら、地元食材を地元で消費する」ための仕組みを取り戻すべく、「流通を再構築」しようと決意。

2010年、志を同じくする幼なじみの佐野太朗さんと、地元の魚や野菜を楽しむ飲食店事業、生産者とのネットワークをいかした地場産品の流通事業などを行う「ロコロジ」を立ち上げた。味もボリュームも大満足。庶民的な「紅谷町BQバール」は、連日地元客で賑わうまず、生産物を消費者とつなぐ拠点として、平塚駅前に「紅谷町BQバール」をオープンした。「地元の食材を使った料理を提供するお店があれば、そこから地元の人々に啓蒙できる」と考えたのだ。

店のコンセプトは「地元の“おいしい”を地元で食べる、安くてうまい大衆バール」。料理に使う魚は、もちろん平塚漁港で水揚げされたもの、野菜も地場産の生産者のもの。“普段使い”してほしいから、リーズナブルで美味しいメニューをつまみに、ワインやビールを気軽に楽しめる「市場の中の食堂」のような店を目指した。メニューは定番もあるが、多くは「自然の成り行き」次第。その日水揚げされた多種多様な魚で決まった豊富なメニューは、大衆バールといってもいたって本格的。

フレンチ出身の原虎彦店長が腕を振るい、常盤さんがこれまでの経験をいかして、お客さんのニーズをくみ取り、自ら考案したメニューも並ぶ。いずれも、魚の美味しさを引き出す工夫がなされ、見た目にも美しく、ワクワク感があり、ボリューム満点だ。「鮮魚のブイヤベース」。この日はイシモチを使用。旨みがしみたスープで、また飲める……この日、提供されたのは、叩いたアジに玉ねぎやセロリ、トマトを加え、マヨネーズ
ベースのソースで味付けした「アジの洋風なめろう」や、神経締めのサバを、バルサミコを使って酢締めにした「洋風炙りバルサミコ〆鯖」、イシモチはじめたっぷりの具材、なみなみとスープが器に注がれた「鮮魚のブイヤベース」、お皿からはみだすほどのサバに玉ねぎや香草を詰め込んでこんがり焼きあげた「サバの丸ごと香味オーブングリル」。

これらのメニューを、すべて1000円切りという都会では考えられない価格で提供。地元で朝獲れた、とびきり新鮮な旬の魚を、手頃な価格でおしゃれに楽しむという「最高の贅沢」が楽しめるバールは大盛況。お店は活気に満ち溢れた。
「アジの洋風なめろう」。常盤さん考案の、人気メニュー。バケットにのせていただけば白ワインが止まらない!この繁盛ぶりに、もちろん仕入先だった漁協は注目し、地域の魚食普及について常盤さんと会話を重ねるなか「平塚の魚を楽しめる漁協直営の飲食店」が話題になった。

常盤さんも、お酒を楽しむバールには足を運びづらい主婦や、小さな子どもたち、高齢者にも訪れてもらえる店があれば裾野が広がる、と思っていた。目的が一致したのだ。かくしてロコロジは「平塚漁港の食堂」の運営に促進事業者として連携し、6次産業化の推進に携わることが決まった。

 

 

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2015年04月27日

地元の人も知らない「平塚漁港」はいかに知名度を上げたか No4

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漁協ではオリジナルブランドとして、地魚の干物などの加工品を販売しているが、じつは“食べられない“人気商品がある。「お魚まな板シート」だ。これも、きっかけは伏黒さんが、平塚市商工会議所が主催、ビジネスマッチングの機会を提供する『ひらつかテクノフェア』に「『テクノ』だけど『漁業』で出展してみた」ことからだ。たくさんの種類の魚が平塚で獲れることを知ってほしいと、組合では職員や漁師たちが水揚げされた魚の写真を撮りためて掲載したパンフレットを作っていた。

「出展していた地元の印刷加工メーカーのブースで、これをプラスチックのシートにできることがわかったんです。」(伏黒さん)。台所における実用的なアイテムになるかも、とコラボして作成。「平塚漁港に集まる愉快な魚たち〜No Fish No
Life〜」をタイトルに、109種類の魚と名前をずらりと並べ、魚の三枚おろしの流れも掲載した。発売してみたところ、簡易なまな板としての使い方ばかりか、「マウスパッドにも使える」「下敷きにもいい」、釣り客からは「ミニ図鑑としてクーラーボックスに入って便利」と大好評。

さらには「孫に見せたい」「子どもたちに魚の名前を教える教材として便利」と食育にも貢献するアイテムとして購入する人も多く、またたく間に600枚を販売。反響の大きさに「またまたテクノフェアで新たな技術を見つけた」伏黒さんは、さらに「平塚漁協のグッズシリーズ」第2弾として「お魚ファイル-お魚名前言えるかな?-」を開発。A4サイズのクリアファイルにまな板シート同様のビジュアルを掲載。中に入れた書類を出し入れすることで、魚たちの名前が見えたり隠れたりと、楽しく魚の名前もおぼえられる商品は、またまた好評を博している。

さらに、職員は「大学へも向かう」。昨年から漁協のイベントなどに出没している平塚漁協PRキャラクターの「ひらつかタマ三郎」は、地元・東海大学教養学部芸術学科とのコラボ企画で誕生した。そもそも平塚農産物PRキャラクターである犬の「ベジ太」に対して、最初は、かなりかわいらしい「リボンをつけて魚を持ったネコ」だったが、漁師たちの「漁師はもっとワイルドだろ」「漁師はやっぱり長靴だろ」「はちまきもマストだろ」という意見を反映しているうち、ワイルドどころか「ねじりはちまきにサングラス、口ひげはタコ」という原型をまったくとどめぬ姿に。

漁協キャラクター「ひらつかタマ三郎」。いちおう「ネコ」。サングラスをとると「つぶらな瞳」らしい…… さらに着ぐるみを作る予算がなかったため、学生たちが作った頭部
の張子だけをかぶって動く姿が、微妙すぎて大人気。なんでもタマ三郎さんは「趣味は川柳」「大酒飲みで奥さんと娘に逃げられたバツイチ」らしい(?)と盛り上がり、タマ三郎と川柳をコラボしたイラストを展示した「ひらつかタマ三郎展」まで開催され話題となった。

「何かが動き出せば、浜は変わる。食べる人、使う人が盛り上がれば、浜も盛り上がる。いつか回り回って、平塚の魚の価値が高まれば」と伏黒さんは意欲を燃やす。いまや港に上がるさまざまな「魚種」並みに、すっかり「ネタ」も豊富になった平塚の魚。そこにさらなる「ビッグなネタ」が登場することになったのだ。

 

 

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2015年04月26日

地元の人も知らない「平塚漁港」はいかに知名度を上げたか No2

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湘南ひらつかビーチパークで開催される「ビーチdeさばき方教室」。ビーチでさばく。まさに湘南スタイル!!! 「僕も漁協に入るまではさばけませんでした。でも、漁師さんから大
量にもらった魚を扱ううちに、カンタンにさばけるようになったら魚を食べる頻度が増えました」と伏黒さん。「それに、さばけると一気に楽しくなるんですよ」(伏黒さん)これは伏黒家で実証されている話である。奥さまも、結婚前までは、まったく魚をさばいたことがないうえに、さほど食べてもいなかったそうだ。

しかし、毎日家にやってくる魚をさばきはじめて以来、魚料理に開眼。伏黒家の魚度数は一気にアップ。いまやレシピサイトにオリジナルの魚レシピをせっせと投稿する日々。子どもたちも魚が大好きだ。さらには夫婦で「まるごとの魚」の奪い合いが始まった。「洋風料理を作るために魚をさばきたい」奥さんと「美しい刺し盛りを作るために魚をさばきたい」伏黒さんとの間で「僕がさばく」「わたしがさばきたい」と「家庭内さばきバトル」が勃発しているらしい。

「平塚の魚をまるごと買ってさばいて楽しむ、が平塚市民のスタイルとして定着したらもっと地元の魚の消費は増えるに違いない」。かくして企画されたイベント名は「ビーチdeさばき方教室」。「『漁港でさばき方教室』ではなんだか夢がない(笑)。魚と縁遠い若いひとたちにも、散歩がてら来てもらえたら」と、こだわってつけた名前だ。その名のとおり「湘南ひらつかビーチパーク」で海を望みながら、獲れたての地魚のさばき方を学び、その場でソテーなどにして楽しむ。なんとも「リゾート」なさばき方教室は、若い女性からファミリー層などにも大人気。リピーターも多いイベントになった。

さばくのが楽しくなった市民からは当然、こう言われる。 「さばきたいから平塚の魚を買いたい」ところが、漁協には直売所がなかった。そんな折、県水産課の「漁業者による直販支援事業」立ち上げをきっかけに、県下JAの大型農産物直売所で朝どれ鮮魚を定期的に販売することが決定。漁師たち自身が、魚を持って「浜を飛び出す」ことになったのだ。 漁協オリジナルブランド「須
賀湊の開き干し」。太刀魚といわし

かくして、鮮魚を持参して厚木市「JAあつぎファーマーズマーケット夢未市」に出店。大漁で値がつかない魚や、市場の流通にのりにくい規格外の魚もあっという間に売り切れる大人気に。好評につきJAと連携をはかり、扱い店舗も拡大。新たな収入確保、PR効果も実感できる結果となった。それもさることながら、漁師たちが、これまで見えてこなかった消費者に接して、対話のある販売が実現したことはとても大きかった。「もっと平塚の魚を食べてほしい、美味しい食べ方を知ってほしい」というモチベーションがアップしたのだ。

町に出て意欲が増した漁師の経験を踏まえて、若手中心に「こうなったらやはり、浜でも自分たちの魚を販売したい」という声から、スタートしたのが平塚新港荷さばき施設での「地どれ魚直売会」。お客さんに獲れたての魚を、もっとも活きのいい状態で美味しく食べてもらいたいと、なんと大きな「いけす」に入れて、生きたままの状態で販売。平塚は釣り客も多いため、遊漁船を持つ組合員からのアイデアだった。

ピチピチの魚はビニール袋に入れて持ち帰ろうすると「活きが良すぎて、跳ねて道路に飛び出してしまう」ため、お客さんのクーラーボックス持参が定着したほどだ。直売会は、話題を呼んで平日午後にもかかわらず、いけすの前に行列ができる大盛況。賑わいを見せている。

釣る専門だった漁師さんが販売まで “負けず嫌い”な漁師魂に火をつけた!
「地どれ魚直売会」。毎月第4金曜日、14〜15時30分に開催 活魚以外にも定置網で朝、獲れた鮮魚、釜揚げしらすなどの加工品が並ぶが、すべて販売するのは漁師たち自身。当初は「俺らは釣るのが商売で売るのは商売じゃねえ」と言っていた親方たちも、盛り上がるイベントを見て、結果「らっしゃい!」と「いちばんノリノリで大きな声をあげています(笑)」(伏黒さん)。販売は苦手だと思っていた漁師たちも頑張った。

 

 

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2015年04月25日

地元の人も知らない「平塚漁港」はいかに知名度を上げたか No1

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http://diamond.jp/articles/-/68413

四季折々1300種類もの多彩な魚が確認され、国内でも有数な海洋生物の宝庫といわれる相模湾。そのほぼ中央に位置する神奈川県平塚市・平塚漁港では、黒潮の流れを受ける豊饒な漁場で育まれた海の幸が水揚げされる。
平塚の漁業の歴史は古く、16世紀半ばには組織的な漁業がおこなわれ、その港は江戸時代には江戸近郊と相模川流域の物流の拠点として栄えた。現在は、サバ・イワシ・アジなどを対象とした定置網漁業、シラス船曳網漁業を中心に、ヒラメ、イセエビを獲る刺し網などが盛ん。……と、初めて知った。「そうなんですよね……」ため息をつくのは、平塚市漁業協同組合の伏黒哲司さ
ん。「残念なことに平塚市民ですら、知らない人が多いんです」昨今、消費者の魚離れが進んでいるが、平塚でもそれはご多分にもれず。しかも地元で美味しい魚の水揚げがあるにもかかわらず、漁港があることさえ知らないひとが多いのだという。

地元の人から衝撃的な声 「平塚で魚獲れるの?」「港あるの?」
平塚市漁業協同組合の伏黒哲司さん。休日も平塚の魚のPRに奔走するじつは伏黒さんは、富山県山間部の出身だ。海とは無縁の環境で育ち、大学進学をきっかけに平塚に住むことになった。大学時代はライフセーバーとして、日々ビーチへ通い、縁あって漁協に就職。この町で結婚して居も構え、たくさんの友達にも恵まれた。いまや「平塚はお世話になった大好きな町」だ。その町で、これまで馴染みがなかった魚とも親しみ、その味わいを享受するようになった。

しかし他県出身の自分が「美味しく楽しい魚ライフ」を送っているのに、伏黒さんの耳に地元の人々から入ってくるのはこんな言葉の連続だった。「平塚で魚が獲れるの?」「港があるの?」「漁協があるの?」そんな発言を聞くたび「もっと市民のみなさんに平塚の魚を知って、楽しんでもらいたい」と伏黒さんは思っていた。雨の日も風の日も、夜中1時過ぎには出船し、東の空が白み始めるころ平塚の港に戻って頑張っている漁師のみんなの思いを伝えたい。

漁協においても、魚価が低迷するなか、その向上は大きな課題だ。少しでも地場の魚の価値を知ってもらい、消費を促進したい。「朝獲れた新鮮な魚が、簡単に手に入る環境は当たり前のように思えるけれど、じつはとてもすごいこと。せっかく漁港のある街に住んでいるのだから、獲れたての魚をたくさん食べてもらって地元=『漁港がある街』のイメージが定着してほしい。魚をとおして平塚に住む幸せを知ってもらえたら」(伏黒さん)

最終的には地産地消が活発になって、地域活性化となれば……。そのためにも、まずは、もっと漁協の存在をアピールしたい!何かできることがあれば!と思った伏黒さん。とはいえ、いきなり、「若輩者の自分が、いきなり目立ったことをするのもはばかられた」(伏黒さん)ため、こっそり漁協のロゴマークを作ってみた。「マルにス」とかかれた組合の昔ながらのマークを、「もっと印象的で目立つもの」にアレンジし、まずは名刺にコソッと入れてみた。

何も言われなかったので、ちらしや漁協ブランド商品に、さらにコソッと入れてみた。外部の人々に「これなんですか?」と親しまれているうちに、ある日組合長がひとこと。「おい、このロゴでTシャツとか、つくんねえのかよ」じつはみんな、「非公式ロゴ」を温かい目で見ていてくれたらしい。

魚をさばけなきゃはじまらない!ビーチでさばき方講座&朝どれ直売所オープン
「よし!これからもっとチャレンジだ!」安心した伏黒さんたち職員は「思いついたことはとにかく試そう!」とあの手この手の「平塚の魚普及キャンペーン大作戦」をスタートした。漁協のHPを見ても「ごろびき網体験とお魚観察会」「SUNSUNマルシェ出店」などイベントや出店が目白押しだ。まず企画したのが「魚の扱いを知ってもらう」イベントだった。地元の友人たちからは、「魚をさばけないから食べない」という声が多かったからだ。

 

 

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2015年04月24日

浅草かっぱ橋通りの「藤田道具」店主・藤田雅博さんのケース    No4

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「外食店のオーナーなどから、値切りを求められることがある。それで、値段を安くせざるを得なくなる。そのような関係になると、今度は『ツケで支払う』という条件で購入をしてもらうことにもなりかねない」 藤田さんは、経営者として「ツケ」には注意している。かっぱ通りに面する店の中には、「ツケで支払う」という“約束”を信じ、商品を売ったものの、その代価をお客に支払ってもらえず、ついには倒産した店もあるという。

ここにも、小資本の店や会社が陥りやすい罠がある。競争が激しくなると、弱い者の立場はどんどん弱くなり、強者はますます強くなる。その差は、実はお金などの資本力ではない。自分たちを「強者」にしていく仕掛けがあるかないかなのだ。言い換えれば、弱い立場に甘んじ、搾取される店や会社は、「弱者」になることをあえてしている。そのことに気がつくことなく、無駄な時間やお金を投下し、疲弊していく。冒頭で述べた通り、業界をシュリンクさせる原因は、むしろ自分たちでつくっている傾向が強い。

時代のニーズについていかないと小資本の経営は絶対に行き詰まる
藤田さんは、「時代のニーズについていかないと、店の経営は絶対に行き詰まる」と繰り返す。 「うちは、インターネット販売をすることで息を吹き返した。親父は、
『かっぱ橋通りに店があれば、シャッターを開ければ客は来る』と言っていましたが、その考えでは、今の時代は経営ができない。あのとき、ネット販売に乗り出していなかったら、今頃は危なかったかもしれません。他の店のホームページを見ると、死んでいる場合も少なくない。うちは気をつけていきたいです」

藤田道具のホームページには、多くの商品の写真や値段が丁寧に載せられている。随時、更新もしている。その路線は、これからも守っていくという。たい焼きやたこ焼き、今川焼き、お好み焼きなどのつくり方を学ぶ講習会も開く。さらに今後は、「有名な人に来店してほしい」とも話す。 「アメリカの大統領夫妻などにお出でいただきたい。CNNな
どにも取材に来てほしい」

大きな夢のような話だが、実は一昨年(2010年)、その願いがかなった。アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議が横浜市(神奈川県)で開かれた。その際、参加したアジアの国の大統領夫人が来店したのだ。インターネットで店のことを知ったらしい。 3〜4台のパトカーに先導され、颯爽と現れた夫人は、店内で40分ほど品を見て回り、4万円ほど購入したようだ。藤田さんによると、焼き鳥を焼く道具を探していたのだという。

「僕らはどうしていいか、わからなかった。社員ら数人で、店内でずっと立っているしかできなかったけど……。ありがたいことだった。これからも、あんな機会が増えるといいな」最後に、社員教育について聞いてみた。私が取材で観察すると、小さな店の経営者は得てして社員に厳しい。藤田さんは苦笑いをして話す。 「僕は、激しく怒ることはしない。言いたいと
きはあるけど……。親父が厳しくて、優秀な人も辞めていった。何人も……。

それで人がいなくなり、1人で仕事をしている姿を何度も見た。僕はあのようにはなりたくない。みんな、よく働いてくれていますから、むしろ感謝している」藤田さんに“社長室”はない。店の奥で、数人の社員と机を並べ、仕事をしている。その周りには、数え切れないくらいの書類や商品が並ぶ。後ろのステンレスの棚には、父親の小さな遺影が飾ってあった。この親子の心は、今も1つなのかもしれない。

 

 

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2015年04月23日

浅草かっぱ橋通りの「藤田道具」店主・藤田雅博さんのケース    No3

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さらに尋ねてみた。ネットでモノやサービスを購入することは、便利な反面、事前に品物のクオリティをよく吟味できないというリスクもある。なぜ、役所やPTA、町内会などは、金額の高いものをネットで購入するのかと。藤田さんは、「たとえば、餅つき機などはみんなで使うものだから、少々高くとも『まぁ、いいか』という思いで購入されているのかもしれない」と答える。

役所の場合を聞くと、「これは少し違っていて……」と言い、こう答える。 「役所からは、3月末、9月末、12月末のような決算期に『商品の発送は後でいいですから、見積書だけを早急に送ってください』と電話が来るときがありますね」
私が「他人のお金がたくさん集まるところは、感覚がやはり変わっていますね」と言うと、藤田さんは苦笑いをする。それ以上は答えなかった。

搾取される店や会社は、あえて「弱者」になる商売をしている
私は疑問が湧いてきた。ネット販売は価格競争になりやすい。この小さな店は、“薄利多売”に陥りかねない競争に耐えるだけの体制になっているのだろうか。藤田さんによると、ネット販売をする場合、お客が価格を重視することもあり、これまで1000円で販売をしていた商品は600〜700円前後にまで値下がりするという。 「1つの商品の利益の額は、確かに下がる。だけど、
以前よりは数が売れる。うまくいけば、日本一に、そして世界一にもなれるかもしれない。

今、餅つき機が売れる数は、かつての5〜6倍、かき氷製造機は7倍にもなる。数がこれだけ増えると、いくら単価が安くても、店の売上や利益の額はどんどん増えますよ」商品が増えると、藤田さんは在庫を補うために、メーカーに新たに発注する。メーカーからすると、藤田道具は“お得意様”となる。コンスタントに大量に受注できる取引先だから、納期も確実に守る。藤田さんの要望にも迅速に応じる。

「今は、以前のように“ドーン”とたくさんの額の発注をすることができない店が多い。うちの店は、他の店よりも発注する額が多いと思う。それも、メーカーと小売店の関係をよくしていくきっかけになるでしょう」一方で、藤田道具としては常にメーカーに対する支払い日を守ることを強く意識している。これは、祖父、父、そして藤田さんと3代にわたる方針なのだという。裏を返すと、この業界には支払いが遅れて、メーカーとの関係が破綻し、品がそろわずにお客のニーズに応えることができない店が少なくないとも言えないだろうか。

そんな疑問を藤田さんに聞くと、こう答える。 「旬なものを、今ならば餅つき機とか石焼き芋、たこ焼きなどの道具をきちんとそろえることこそが、売上を維持し、増やすための大前提となります。天候によって売上が変わるから、見極めは難しい。タイミングを逃すと、まず売れない。そのためには、メーカーとの関係をよくすることが必要。だから、うちは支払いには気を遣うのです」

営業をやり過ぎると足もとを見られる 「ツケ払い」に甘んじて倒産する商店も
今度は、このようなことを聞いてみた。手元には、祖父、父の頃からのお客さんの住所録などがある。それらを手がかりに、ダイレクトメールを送ったり、直接出向いて営業をしないのかと。3代続く老舗ならば、お客とのつながりは強力なはずだ。
藤田さんは、「そのような営業はあえてしない。『これを購入してください』とお願いをすると、こちらの立場が弱くなる。それが続くと、商売が悪い方向に向かっていってしまいかねない」と答える。

 

 

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2015年04月22日

浅草かっぱ橋通りの「藤田道具」店主・藤田雅博さんのケース    No1

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ダイアモンド  2012年10月30日 吉田典史 [ジャーナリスト] 1967年、岐阜県大垣市生まれ。2005年10月からフリー。主に経営分野で取材・執筆・編集を続ける。専門学校、NPO、経済団体、コンサルティング会社で文章指導の講師も務める。2011年3月11日の東日本大震災発生直後からこれまでに20数回、被災地に入り、「死者・行方不明者2万人」となった真相を明らかにしようと、精力的に関係者を取材した。著書に『あの日、負け組社員になった・・・』『震災死 生き証人たちの真実の告白』(共にダイヤモンド社)や、『非正社員か
ら正社員になる!』(光文社)など。ウェブサイトでは、ダイヤモンド社や日経BP社、東洋経済新報社などで執筆。

餅つき機が6倍、かき氷製造機が7倍に販売数アップ シュリンクを脱して大統領夫人も訪れる有名店に!下町の商店街で世界を狙う料理道具店の秘策と野望

商店の明暗
業務用の料理道具や、外食店などの厨房、さらにそれに関する道具などを販売する。今回の取材の舞台となる小規模店が、多数ひしめく業界でもある。それだけ、不況の影響を受けやすい。個人商店の場合は、後継者が不足しているのも根深い問題。こうした状況下で、開業、廃業、倒産が繰り返される。「上手くいかないのは、景気が悪いからではないと思う。この通りでも売上が上がっているお店はありますから……。上手くいっていないところは、景気のせいにして安心している。

ただ、それだけのこと。始めから、業績をよくしようとはきっと考えていない……」 藤田道具株式会社代表の藤田雅博さんは、やや強い口調で答えた。業績が伸びる店とそうでない店の経営者の考え方について、尋ねたときだった。私は深くうなずいた。不況は、「不況だ」と騒ぐ人たちの心理がつくるとかねがね思っているからだ。その意味で、とりわけ業績が低迷するシュリンク業界では、自ら不況をつくり出してしまう人が多い。

「安いのに売れないのはおかしい」犯人はインターネット販売の普及だった
藤田道具代表の藤田雅博さん 藤田道具は、浅草(台東区)のかっぱ橋通りに面する料理道具や食器、厨房設備、製菓用品などを販売する老舗だ。店には、70ほどのメーカー(仕入れ業者)の製品・商品などが所狭しと並ぶ。雅博さんは3代目の代表で、30歳のとき2代目の父(故人)の後を継いだ。かっぱ橋通りは、江戸時代から“商人が集う町”として知られていた。通り沿いには、数百の店が並ぶ。藤田さんによると、ここ十数年はかつての勢いはないという。その理由を聞くと、インターネットの影響を挙げた。

「最近は、ネットを使うお店が全国に増えた。外食などのオーナーや店主の方は、うちに足を運ばなくとも、安い値段の品を買いそろえることができる」藤田道具がネット販売を本格的に始めたのは、4〜5年前。その頃、長年の売れ筋商品の売上が2年連続で伸び悩んだ。業務用かき氷機、餅つきの臼(うす)、石焼き芋やたこ焼きの道具である。 藤田さんは、小学生の頃から店を営む父と話したり、20代から経営に関わってきただけに、商売の嗅覚には鋭い。

 

 

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2015年04月21日

あなたは、それでもユニクロを買ってしまう No1

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店頭についつい誘導される絶妙な仕掛け

http://toyokeizai.net/articles/-/58843?utm_source=yahoo&utm_medium=http&utm_campaign=link_back&utm_content=related中国の下請け工場での過酷な労働環境が騒がれているユニクロ。労働問題では何かと批判されることも多いファーストリテイリングですが、ユニクロの客足が極端に落ち込むことはないだろうと見ています。世界共通の「接客」手法が必要ユニクロには商品の強さだけでなく、消費者が店頭に誘導され、「つい買ってしまう」という接客の仕組みが整えられています。それは通常のアパレルでありがちな店舗での「ひと対ひと」による「接客」だけではありません。グローバルブランドとして世界レベルの展開をするためには国境も人種も超えた仕組みが必要です。その課題に対して、ユニクロ本部が実践している「見えない接客」があります。「ステルス接客戦略」とでもいったらいいでしょうか。ポイントは大きく5つです。@ 「単純接触効果」を利用ユニクロといえば毎週末の新聞折り込みチラシ。WEBチラシとも連動しています。これは1年=52週間にわたり1週たりとも休むことなく、場合によっては年末年始など週2回のペースで続けています。「ああ、またユニクロか」と一瞥する人も、「そういえばあの商品安くなってないかな?」とくまなく見る人もいるでしょう。ところが重要なポイントはそこではありません。実は「ユニクロのチラシ広告が自宅に届いた」という事実を認識してもらうだけで事足たりているのです。認知心理学では「単純接触効果(ザイアンスの法則)」という考え方があります。「ひとは何かしらの対象物(ひと、物なんでも)と繰り返し接することで、警戒心が薄れ、好感度が増していく」という法則です。今回の場合の対象物とはまさしくユニクロの新聞折り込みチラシそのものです。毎週そのチラシ広告に接触することで、ちゃんと買い物の目的のある人はそのまま店舗へ直行してしまいたくなる感情を芽生えさせています。そうではない人も週末の会社帰りや家族とのショッピングでたまたま見かけただけで「そういえば、お買い得品がでていたな」と思い出し「ついでに見てみようか」と、なんとなくでも足を向けさせてしまうような効果を発揮します。多くのユニクロユーザーは毎週毎週、知らず知らずチラシ広告に触れている間に感情を操作され、店舗へ足を運ぶように誘導されてしまっているのです。A チラシどおりの品ぞろえユニクロのチラシ広告を見た消費者が店舗を訪れると、広告の商品がそのまま棚に並んでいます。「そんなことは当たり前だ」と思うかもしれませんが、アパレル業界で実はこれほど大変なことはありません。ほかのアパレルでは、チラシ掲載商品が最初から店頭にない場合や、ほんの数点の在庫だけでごまかしているなどの例は数知れません。せっかくお店まで来たのに目的の商品がなかったりしたらどれほど腹が立つか。ユニクロでは、商品在庫の欠品によるお客からのクレームと販売機会損失を最も残念なこととして社内でとらえられています。広告通りの商品があるという『安心感』を作り出しています。

 

 

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2015年04月20日

なぜユニクロは批判されても売れ続けるのか    No1

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アパレル業界を知り尽くした男が見た真実
http://toyokeizai.net/articles/-/58016

「着ぶくれ」時代よりも暖かい
そう、ほんの数年前、電車の中はモコモコの着ぶくれラッシュ。大汗かいて、ドアから外に出されるたびにサウナにいるような錯覚を味わっていませんでしたか。それが今ではなぜなのか、皆さん薄着。でも着ぶくれ時代よりも健康的に暖かい。そのカラクリは「ユニクロ」をきっかけにしたファッションアパレル業界の製品開発努力に他なりません。今年の正月の初詣。老若男女を問わず、あの一目で分かりやすい「ウルトラライトダウンジャケット」をあちこちで着ているシーンを見かけました。

あなたのワイシャツのインナーウェアは、ユニクロの「ヒートテック」ではありませんか?今季は従来のヒートテックの1.5倍暖かい「極暖ヒートテック」も発売になりました。ここまで読んでいただくと、筆者がユニクロあるいは同社を運営するファーストリテイリングの関係者のように思われるかもしれませんが、関係者どころか特別な利害関係も何も存在しない一消費者でしかありません。それどころか、昨年サラリーマンを卒業するまでは、ある部分ではファーストリテイリンググループ企業とお客様を奪い合う婦人服専門チェーン店(約400店舗展開)で32年間もファッション産業に関わってきました。それゆえ常にユニクロの動向は注視してきました。

1984年、広島市内にユニクロ1号店がオープン。それからわずか30年あまり。2014年末時点でみると、ユニクロブランドだけで国内852店、海外695店と合計で1547店までネットワークを広げました。ユニクロ以外でもグループ企業の店舗は1319店あり、グループ全社合計だと2866店にも及びます。

単純に計算すると1年当たり100店弱が新設されたことになります。4日に1店のペースになります。長年にわたりファッショアパレル業界にいた筆者の経験値では不可能に近いことを実行し続けています。

ひところは、ユニクロを着ている人があまりに多く、街中のあちこちでユニクロを着ていることがばれてしまって恥ずかしかったり、同じユニクロを着てかぶってしまったりすることを、ファッションジャーナリストから「ユニばれ」とか「ユニかぶり」など、と揶揄されたり、最近では経済評論家の先生方から「ブラック企業」扱いされたりと、表立って批判されることは多くても称賛されることが少なかったような感があります。

そんなユニクロがなぜ売れ続けるのか。この業界に長く携わり、関係者との情報交換も踏まえ365日来る日も来る日もお客様とファッションと商売を肌で感じてきた筆者の実感から、3つのポイントをお伝えします。

@消費者は正直
消費者の評価は正直です。どこで誰がなにを評論しようとも、自分が良いと思ったものにしかお金は払いません。それはここ日本の消費者に限らず世界中の消費者に共通した思いのはずです。むしろ海外の消費者のほうがさらに厳しい選択眼を持っているかもしれません。その答えが売り上げ実績に出ています。2014年8月期実績をみるとグループ全体で1兆3829億円。ユニクロは国内が7156億円、海外4136億円。国内アパレル1位、世界5位です。

これを達成するための努力は並大抵ではありません。たゆまない生地開発、商品生産とデリバリー、本社スタッフから店頭の販売スタッフにいたるまでの人事配置、そして店舗オープンと。柳井会長兼社長の自ら行なう頻繁な店舗リサーチ。その結果を中心に店頭第一主義に基づいた会議。地方の一商店からスタートした柳井氏の常に消費者目線に立った結論と実行。それを具体化したからこその消費者の答えがここにあります。有力な幹部人材が外部から次々加入

 

 

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2015年04月19日

ユニクロとしまむら、なぜ明暗が分かれたか No2

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■ 10年あまりで売上高は2倍以上に
その後、しまむらの武器である「ローコスト」「低販管費率」「高回転経営」が確立されていき、成長は加速します。この10年あまりで売上高は2倍以上に成長。利益も伸ばしてきました。ところが、ここへきての停滞。赤字でもなんでもありませんが、好調を維持しているユニクロと比べてみると実は明暗が分かれています。 たとえば、2014年3〜8月期は、しまむらの既存店売上高は前年同期比0.9%減、対するユニクロは同1.9%増でした。2014年9月〜2015年2月期でみると、しまむらの既存店が前年同期比ほぼ横ばいだったのに対し、ユニクロは同8.4%伸びています。

これはどういうことでしょう。ことあるたびによく並び称される2社は、お客が重なっていることが解っているからこそ比較対象とされます。筆者の知っている限りでも、ユニクロ、しまむらの両方を回っている人は少なくありません。では2社の違いはどこにあるのでしょうか。 もっとも大きいのはブランドイメージに差が出てきたことかもしれません。ユニクロもしまむらも雑誌とのコラボや有名タレント、モデルを起用しての各種宣伝が頻繁に行われています。

それぞれ見る側の好みはありますが、近年のユニクロはテニスの錦織圭選手やジョコビッチ選手、ゴルフのアダム・スコット選手を起用。世界的デザイナージル・サンダー氏の起用やファッションアイコンのイネス・ド・ラ・フレサンジュ氏とのコラボなど、世界の一流といわれる人と組むことによって認知度を上げ、商品力を上げ、洗練度を上げてきています。特にジル・サンダー氏とのコラボ企画などは、それまでの氏の活躍を知っている業界人からすれば、あり得ないとしか言いようのないほど衝撃的な出来事でした。

■ しまむらは「あか抜けない」
しまむらは、そこまでの洗練されたブランド戦略が見受けられません。残念ながらお客の多くは、しまむらがいま一つ追いつけていない、「あか抜けない」と感じてしまう要因でもあります。 また、今のようなスマートフォン全盛時代への対応にも差があります。 ユニクロは姉妹ブランドの「GU」とともにモバイル会員システムを持っています。お買い得、新着などの各種情報が配信され、店頭に行けば会員のみの割引という特典もあるほか、オンラインでの買い物にも使用できるため、忙しいときや近くに店舗がないときに重宝します。プロモーションやブランディングのほか、EC(電子商取引)による売り上げの増加にも一役買っています。

一方のしまむらには残念ながら、モバイル会員システムもECサイトも準備されていません。小売業を営むうえでしまむらほどの大手企業でECサイトですら用意されていないのは、大きな販売チャンスを逃してしまっている可能性があります。
しまむらの商品戦略の強みは、多品種少量の品揃えです。最大のメリットとして、同じ品番の商品が1店舗に数枚しかないために、小さい商圏でもお客の服がかぶりにくいことが挙げられます。ただ、これが店頭でうまく生かされていません。

店頭では、同じラックの中に違う商品ばかりが掛けられ、棚の上も違う商品ばかりが畳んで重ねられてしまうという現実を生みます。視覚的にはバラバラで決してきれいに見える物ではありません。むしろ、やぼったくさえ見えてしまいます。
その逆の少品種多量のユニクロは、同じ品番の商品で同じカラーのサイズ違いを大きなかたまりで見せますから、ラックの中も棚の上も形もカラーもきれいに整理されているように感じ、買いやすい環境になっています。

以前のように他人と同じものを着ているのが嫌だという、「ユニかぶり」という言葉も消えてしまった今では、なおのことユニクロに人が吸い寄せられることになります。 しまむらが、今の特性を生かしたままで店頭商品の見せ方(ディスプレイ)を大胆に変えることができれば、突破口になりえるかもしれません。少なくともこれまでどおりでは、停滞を脱するのは難しいと見ています。

 

 

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2015年04月18日

ユニクロとしまむら、なぜ明暗が分かれたか No1

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http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150315-00063229-toyo-bus_all

「ファッションセンターしまむら」を軸に低価格の実用・ファッション衣料、寝具などの専門店を展開するのが、東証1部上場の「しまむら」。さいたま市に本社を置き、グループ全体で1900店弱のネットワークを有しています。 そんな国内有数のアパレル企業が、近年なかった「停滞局面」に直面しています。今後、発表となる最新本決算(2015年2月期)の営業利益について、しまむらは今のところ前年度比9%増の457億円という予想を出していますが、減益になりそうだとの見方が強まっています。

3月13日に東洋経済が発売した『会社四季報2015年2集』は同3%減の410億円を独自予想。3月7日付の日本経済新聞も同1割弱の減益になりそうだという観測記事を報じました。

■ 2期連続の営業減益となれば上場来で初
 売り上げについては前年度の5029億円よりも増えそうな見込みのようですが、実際の決算が減益だった場合は、1988年の上場以来初となる2期連続の営業減益になる可能性が浮上しています。消費増税後の節約志向の高まりが逆風となり、日常的に身に着ける肌着や靴下、そして寝具などが値下げしないと売れない状況となり、採算が悪化したとの見立てがされています。10〜20代向けのセカンドブランド「アベイル」も落ち込んでしまったとされています。

国内ファッション業界で、しまむらは、ファーストリテイリングが展開する「ユニクロ」(7156億円、2014年8月期)に次ぐ2番手の売り上げ規模を誇ります。その次は「洋服の青山」で有名な青山商事(1857億円、2014年3月期)が健闘しているものの、ユニクロとしまむらは、抜きん出た存在です。 ユニクロが企画から製造・販売まで一貫して行うSPA型で、少品種、多量販売としているのに対し、しまむらはメーカーからの買い取りで品ぞろえするセレクト型で、多品種、少量販売なのが特徴です。

それ以外にも、しまむらには、たとえば、商圏世帯数が5000世帯という小さなマーケットで、面積300坪の店舗を立ち上げ、3年間で初期コストを回収し、1店舗あたり3億〜3.5億円程度の売り上げを狙うという出店戦略があり、出店場所が必然的に限定されます。ロードサイドはもちろん駅ナカ、百貨店の中と人通りが多く、目につくところに出店しているユニクロとの違いがあります。

しまむらはもともと、1953年に埼玉県で設立。2000年ごろまでは節約志向の主婦向けのチェーンとして、ロードサイドを中心に安さを売りにして展開するお店でした。下着やソックスなどの実用衣料品と呼ばれるものを中心に、メンズ、レディス商品はもちろん、ベビー、シニア、フォーマルといったアパレル商品から、リビング、寝具、レジャー用品にいたるまでの生活用品を扱っていたことは現在も変わりません。ある意味でワンストップショッピングができるお店でもあります。

正直なところファッションセンターというわりには、パッとしないお店だったことをご存知の読者も多いはずです。転換点は2001年2月期に7期ぶりの減益に陥ったことです。 世界のファッショントレンドを採り入れようという商品展開がスタート。市況を先読みした本部一括の仕入れ体制の構築や、全従業員の8割程度を占めるパートタイム社員を生かし切るための業務の標準化、売れ残り商品の発生を抑えるための在庫調整など、さまざまな観点で経営改革が進みました。物流体制や出店方針の見直しなどもなされました。

 

 

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2015年04月17日

高学歴ワーキングプアの抜け出せない苦しい現実 No3

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役所の臨時職員になるも半年で退社 一生懸命働いても正職員の道は遠い
彼は結局、会社を退職してから数年間、実家にいた。その間、両親とは喧嘩になり、職は見つからず、自暴自棄になり、自殺まで考えたという。その後、役所の臨時職員の試験があり、合格した。 「役所」の響きには憧れて
いた。そこでの仕事は忙しかったものの、充実感があった。 役所の職員と雑談したとき、臨時職員の受験に自分のような無職者が何千人も来たことを話すと、 「へえ〜…世の中、不況なんだねえ」 そう
他人事のように言われた。なんとも悔しかったことを覚えている。

その役所も、半年後に退職した。 「こんなに仕事を頑張ってくれたんだから、正職員に引き上げる制度があってもいいのに…」 周りから、そう評価されるくらい、一生懸命頑張った。しかし、正職員に引き上げられることはなかった。こうした公務員の正規職員を巡る問題も、時代の流れなのか、最近、増えてきている。表に出ていない公務員の雇用上の話は、まだ数多くあるのではないだろうか。彼は、こう続ける。<現在、私は減っていく口座残高を見ながら、ハローワークに行き、アルバイト情報誌を見る毎日です。

空白期間は、1年半を超えました。もう時間がありません。それでも一息ついて休めない社会に息苦しさを感じます。 皆様の今後のご健勝をお祈り申し上げております>

空白期間を乗り越える方法はあるか?自宅でSNSを駆使した自立の道も
読者の方々からいただいた1つひとつのメールは、それぞれの人生が詰まっているだけに、いずれも長文が多く、その思いが伝わってくる。 短く編集して、可能な限り、たくさんの方の思いを紹介したいと思っていた。しかし、文面をなかなか切ることができず、お二方のお話だけで、すっかり長くなってしまった。 今回は、この辺にして、他の方の感想等についてはまた随時、紹介していきたい。 そして、いま、この国で起きている現実を体験者の視点から知ってもらうことによって、この世の中の仕組みを、自分たちで変革していくための起爆材料につなげていきたいと思っている。

最後に、前述の男性から、再びこんなメールをいただいた。<現在、私は自宅でWEBサイト運営をしながら若干の収入を得て暮らす毎日です。外で仕事を見つけたい気持ちはありますが、見つからないならいっそのこと、収入の目処が立てば、個人事業主として仕事をしていけたらなと思い、そちらの情報も集めております。 周りから見れば、歩みの遅い亀でしょう。しかし、私の中で少しでも希望になることがあれば、それに向かって努力していきたいと考えるようになりました>

前向きで素敵な文面だったので、このまま引用させていただいた。 筆者の周囲の当事者たちの間でも、正職には就かなくても、自宅やソーシャルメディアなどで収入を得て自立していこうという動きが起きている。こうした模索は、“歩みの遅い亀”のように、とてもゆっくりではあるけれど、彼らは前を見て1歩1歩確実に動き始めている。

 

 

 

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高学歴ワーキングプアの抜け出せない苦しい現実 No2

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彼女は、会社を退職してパート生活している中高年の人たちと一緒に働いたことがあった。そのとき、彼らは「お金を貯めて、大学院へ行きたい」「修士学位をとって、きちんとした仕事に就きたい」などと言っていたという。<私は、博士なのにワーキングプアの状態を隠していたので何も言えなかったのですが、「大学院はやめたほうがいい!」と止めたくてなりませんでした。正規の仕事を持っている人が、仕事上のステップアップの手段として、修士や博士をとるのはありかもしれません。

ただ、中高年の求職者が学位を取っても、何の役にも立ちません。逆に、まともな職に就く機会が遠ざかるばかりです。 大卒→正規採用→定年という安定コースから外れた場合、新たに修士や博士をとったとしても、元の安定コースに戻る助けにはなりません。助かるのは、授業料を受けとる大学院だけというのが真実です。少子化によって学生が減るなか、社会人に門戸をひらく大学院が増えていますが、ある意味、不安を感じています>

ハローワークで紹介された“ブラック企業”に入社 上司からの厳しい叱責でうつ病に…

近畿地方に住む30歳代の男性は、新卒時にメーカーから内定をもらった。しかし、研修中に腰を痛め、内定を辞退。そこから“転落人生”が始まったという。<卒業後、就職活動をする気力もなく、アルバイトを始めました。そこも3ヵ月だけのバイトで、内々に評価はいただいていたのですが、結局、期限満了で退職となりました。 2年後、外郭団体に契約社員として入社しました。そこでは業務のチームリーダーを任され、自分は“社会から必要とされている”と実感できました。

あの時代は本当に充実感に溢れ、仕事仲間もでき、自分自身、社会の歯車にガッチリとかみ合っていることが体感できた時期でもありました> しかし、その会社には2年ほど在籍した末、契約満了で退職した。その後、彼はハローワークに行き、職業訓練校を卒業。その年の暮れ、今度は営業マンとして、ある流通企業に入社した。 入社したきっかけは、ハローワークだった。突然、自宅に、この会社の求人票が送られてきたのだという。窓口に行くと、こう言われた。

「ああ、君のような年齢の人をこの会社が求めているんだ。よかったら受けてみるかい?」 渡りに船とばかりに、彼はすぐに面接を受けて、この会社に入社する。ところが、半年ほどでうつ病になり、退職を余儀なくされた。<原因は上司からの叱責や厳しいノルマでした。私の精神は、ここで完璧に打ち砕かれました。ボロボロになっていた私に、上司は「そんなことでは社会で通用しない。会社を辞めてほしい」と退職勧告をしてきたのです。

後でわかったことですが、その会社には過去、労働基準局から何度も注意が来ていたことを知りました。そんな会社の求人を平気で受け付けるハローワークにも腹が立ちました> ハローワーク間で、情報共有ができていないという話は、他の経験者からも聞いたことがある。そこでは“ブラック企業”だとわかっていても、隣のハローワークでは募集できてしまう現実が、実際にあるのだ。<もっと制度を見直し、過去にそういったことがあった会社は、求人を出さないくらいの処置が必要だと思います。

精神的に弱い人間は来るなと言われているようで、とても悲しくなりました。精神的に弱い人でも働ける職場があってほしい。私はそう思います>

 

 

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2015年04月15日

高学歴ワーキングプアの抜け出せない苦しい現実 No1

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http://diamond.jp/articles/-/28112

いまの日本には、「社会のレール」から離脱したことのない人たちには想像もつかないような課題が、目の前に立ちふさがっているのではないか。 様々な事情で、一旦、レールから外れた人たちの多くは、その後、仕事に就くことができないまま、本人の意思を超えて、引きこもらざるを得ないような日々を送っている。この国で「引きこもり」の長期化・高年齢化が進む背景は、想像以上に根が深い。 いったいなぜ、こんな状況が起きるのだろうか。

以前もお伝えしたように、当連載第120回の「1年に300社以上の採用試験に落ち続けた40代男性」を取り上げた記事には13日現在、53万以上のアクセスがあり、 前々回の「大卒無業者になる人の共通点」を
テーマにした記事にも、約22万アクセスの反響があった。また、その後も読者からは、記事にある“再就職難民”や“大卒無職者”に関して、数多くの感想や体験談、情報等が寄せられた。今回も、そんな反響の中から、記事への引用をご了承いただいた方の感想等について、固有名詞を特定されないように多少編集させていただいたうえで紹介したい。

高卒が就けるアルバイトもできない? 高学歴ワーキングプアの苦悩
<一度職を離れると再就職は難しい。私も同じ状況にあります> こう明かすのは、博士号を取得した後、関東地方の大学で、研究員として10年以上勤めたものの、上司との関係悪化から雇い止めになった女性。いまは、いわゆる「高学歴ワーキングプア」の状態にあるという。<再び研究職に就くためには教授クラスの推薦状が必要ですが、私に推薦状を書く上司はいませんでした。研究職に未練がありましたが、なにより働かなくてはなりません。前職に未練などと言っていられません>

彼女は、ハローワークに行き、求職相談をして派遣会社に登録。求職活動に励んだ。しかし、まったく仕事はなかった。 「博士さまを、社員として雇う会社はない」 というのが断られ
る理由だ。経歴を詐称しなければ、雇ってもらえないということなのだろうか。<マスコミでは高卒、中退者の方の就職難が取り上げられますが、高学歴者も、学歴を理由に職を断られます>アルバイト募集をみて履歴書を出すと、 「こん
な高学歴なのに、うちでバイトしたいというのか? ふざけているのか?」 と、怒鳴られた。

<ふざけるもなにも、私は仕事をして収入を得たい、という当たり前のことを考え、当たり前に職を求めているだけなのですが、私に仕事はありません。アルバイトもできません。 なりたい職業を目指して努力し、そのための手段として高学歴をとったのですが、あきらめて他に職を求めると、高卒が就けるバイトの仕事にすらつくことができない。それが“高学歴無職者”の現状なのです>

会社を辞めて大学院へ行けば二度と“安定コース”には戻れない
“高学歴”になるにはお金がかかるということだと、彼女は説明する。<大学院進学には学費も生活費もかかりますが、高齢の親に、おんぶに抱っこはできません。実家がよほど裕福でない限り、バイトに時間を割くと、研究に差し支えるため、奨学金に頼ることになります。そうして大学院生は大学院終了時、学位と共に奨学金という長期返済の負債を抱えて社会へ出ます。高学歴無職者の何割かは、ただの“収入がない”無職者ではありません。“抱えた借金(奨学金)を返せない”無職者なのです>

 

 

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2015年04月04日

1年で300社以上の採用試験に落ち続けた40代男性 No1

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http://diamond.jp/articles/-/24713

引きこもりしていた中高年たちが、いまの日本で再就職しようと思っても、なかなかうまくいかない。 40代前半のAさんの場合、この1年間に300社以上も応募し続けながら、採用が決まらなかったという。

元大手金融機関勤務なのに 届くのは「お祈りメール」ばかり
大手金融機関に勤務していたAさんは退職後、2年余りの“空白期間”を経て、再就職活動を開始した。それが、昨年9月のことだ。応募先は、一般企業だけでなく、公益法人、学校法人、官公庁など、多岐にわたる。 「正社員で入ろ
うと思ったら、ハローワークに行ったり、求人サイトにも、自分の履歴書や職務経歴書を登録しておくと、関心を持った企業がアプローチして来たり、お勧めの会社を紹介するメールが送られてきたりするので、それを見て自分で応募します。

人材紹介会社では、キャリアコンサルタントと会って、自分がどういうことをやってきたのか、どういう仕事を希望しているのかなどの話をしました」 それこそ、Aさんは、毎日のように就職試験を受け続けた。1日に3社連続、トリプルヘッダーで、面接に臨んだこともある。夏の暑い日は、スーツにネクタイ姿がさすがにきつくて、スターバックスやタリーズなどで、へたばっていた。 そして、面接を受けると、そのたびに「今後のご健闘をお祈り申し上げます」などの文言の入った『お祈りレター(メール)』という通知が届いた。なかには、求人しておきながら、“お祈り”が来た直後に、破たんした会社もある。

さすがに、何度も心が折れそうになった。 300社以上落ち続けたことについて、Aさんは、こう振り返る。 「この歳になると、年功序列の会社は、給与が高くなるし、管理職と
しての能力を求められる。日本的なところでは“年下の上司の下で働けますか?”と言われることもある。それに、しばらく仕事の現場から離れていた。金融業界では、ほんの2年ほどの期間でも、急激に変わってしまい、現場で毎日、情報をやり取りしていないから、知識がアップデートできていない。

必要なのは、日経新聞に出たようなみんなが知っている情報ではなく、大手町の飲食店で密かに会合を持ったときに仕入れたような話。現場から遠ざかっていたことが、結果的にマイナスだった」引きこもりしている人たちにとって、空白期間が長ければ長いほど、致命的になるのである。日本の会社は、基本的に出戻りが許されない。 一昔前なら、B銀行を辞めても、C証券で働くことができたという。ところが、いつのまにか、C証券は、B銀行の子会社になってしまう時代になった。

いまは、そういう世界だと、Aさんはため息をつく。 「仕事を失ったり、転職したりすることは不思議ではないという考え方が、日本の採用者側に浸透していないところがあると思うんですよ」

全く役に立たなかった 「ハローワーク」と「資格」
ハローワークは、まったく役に立たなかったと、Aさんは明かす。 「ハローワークの窓口の人たちが、求人票を見て、その仕事がどのくらいの実務経験や技術系の資格取得者が必要なのか。求職を求める人たちと求人内容とをマッチングさせる能力がないんですよ」 また、官庁や自治体の外郭団体が求人を出すケースが増えている。いままでは縁故などを水面下で採用していたが、表に出すことになった。だから、求人件数も増えたのだという。それは一見、いいことなのだが、応募の結果について、何の音沙汰もない。

Aさんは、こう疑問を投げかける。 「応募するとき、履歴書など個人情報を郵送などで提供したら、結果について知らせるとか、個人情報は責任を持って処理するとか、公的機関だからこそ明示すべきだと思いませんか?」資格についても、まったく役に立たないことを実感したという。 「私は、履歴書の資格の欄が立派に埋まるんです。ところが、ほ
とんどの資格は、自分で開業している人か、企業で必要に迫られて持っている人以外、まったく役に立ちません。

ところが、資格の学校は、その必要性を盛んに煽ります。社団法人や財団法人、NPOなどが、ものすごい数の資格を作っている。でも、資格を取っても、就職活動にプラスになるわけではありません。資格に幻想を持っている人がいますけど、公認会計士が早期退職を迫られたり、生活保護を受けている弁護士もいたりするのが現状です」

 

 

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2015年04月03日

原油安で大打撃!丸紅と住友商事を分析する No3

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また、原油価格の下落は原油に経済を大きく依存するロシアにも影響を与えます。ロシアはイランを支援しており、またウクライナ情勢においても、原油安はロシアへのけん制となるのです。以上のような理由から、サウジは供給過剰だと分かっていても、原油価格を当面はある程度下げておきたいと考えているのです。ただ、あまりにも価格が下がり過ぎてしまいますと、今度はOPECの協調が乱れてしまいますし、産油国経済にも悪影響を与えますから、そろそろ底を打っているという印象です。

また、イスラム国の問題やイランの問題にある程度、解決の目処が立ってきますと、サウジとしては安い石油を売り続ける必要がなくなりますから、減産して価格が戻っていくと考えられます。なぜ、今、原油価格が下がり続けているのでしょうか。直接的な原因は、世界最大の産油国の一つであるサウジアラビアが、原油の減産に応じないことです。ではなぜ、サウジが減産に応じないのか。その理由は主に三つあると言われています。一つは、米国で産出される安価なシェールオイルに対抗するためです。

シェールオイルは、年々シェアを拡大し続けてきました。ただ、シェールオイルは発掘コストが高いため、原油価格が下がれば、新規開発が抑え込まれるとサウジは考えているのです。一方で、市場は中国をはじめとして、新興国の成長鈍化などから世界的な原油の供給過剰が続いていました。そういった中、石油輸出国機構(OPEC)総会で減産の有無が審議された時、サウジが「ここで減産すれば、シェールオイルにシェアを奪われる」と猛反発したのです。

そして、シェールオイルの産出が増えると、サウジを含むOPECの「石油市場をコントロールする力」が落ちることにも繋がります。サウジはこれを阻止したいという思惑もあります。二つめは、過激派組織「イスラム国」やイランへ流れる資金を減らすことです。彼らの資金源は原油です。もし原油価格が高止まりしていますと、その利益で、武器の輸入が増えたり、イランでの核開発が進む恐れがあります。サウジや近隣諸国の体制維持、そして中東の安定のためにも、こうした動きを防ごうとしているのです。

もう一つ、考えなければならない要因があります。価格が下がっているのは原油だけではありません。銅や石炭、鉄鉱石など、資源全般の価格が下落しています。この主な理由は、先にも述べたように新興国の成長率が鈍化していることです。大量の資源を消費していた新興国の景気が弱まると、その分、資源の需要が減少しますから、価格が下がりやすくなるのです。つまり原油価格は、イスラム国や中東情勢、そして中国を中心とした新興国の景気に大きく左右されるというわけです。

今後の動きは非常に予想が難しいのですが、先ほども述べたように、原油価格は現状が底値圏から少し戻したところで、当面、現状の水準がある程度続きながらこの先は大きく落ちることはないのではないかと思います。その点では、商社は今期、厳しい業績となりましたが、次の期では大きな減損処理などがなくなり、収益はある程度回復してくるのではないでしょうか。

大胆な方向転換で生き残った商社
バブルが起こる前、1980年代前半は「商社冬の時代」と言われていました。この時代は、日本企業、特に自動車業界の海外進出が急スピードで進んでいました。それまでは、国内で事業を行っていた企業が、商社に頼んで、自社の製品を海外に売ってもらっていたのですが、国際化が進んだことで、商社は仲介業務で儲からなくなってきたのです。売上げは大きいけれども利益は少ない、これが「冬の時代」の商社でした。

しかし、こうした状況に対して、商社はいち早く危機感を覚え方向転換を始めました。80年代後半から、物品の仲介業務の比重を下げ、投資会社へと変貌したのです。莫大な資金力と情報力、ビジネスのノウハウを生かして、さまざまな分野に投資をはじめました。今回話題になった、石炭、銅、シェールオイルなどの資源事業だけでなく、食料品、ブランドビジネス、コンビニエンスストアまで、あらゆる事業に投資しています。

皆さんもご存じのように、三菱商事の傘下にはローソンがあり、伊藤忠商事の傘下にはファミリーマートがありますよね。このような事業転換の結果、投資リスクや在庫保有リスクは増大することになりましたが、それ以上の収益を上げ、商社は高収益企業へと姿を変えたのです。また、「事業ポートフォリオ」と言って、多くの種類の事業を持つことにより、収益の安定性と成長性のバランスをとっているのです。

今期は、資源価格の急落によって損失を抱えてしまいましたが、先に見たように、安全性には全く問題ありませんので、そう心配することはありません。ただ、全体の収益に占める資源事業の割合は小さくありませんから、資源価格の動向には引き続き注意が必要でしょう。

 

 

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2015年04月02日

原油安で大打撃!丸紅と住友商事を分析する No2

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まずは、中長期的な安全性を示す自己資本比率(純資産÷資産)を見てみましょう。
丸紅の貸借対照表(9ページ参照)を見ると21.5%。
http://www.marubeni.co.jp/ir/reports/earnings/data/MARU_1412_tanshin_jpn.pdf
住友商事(5ページ参照)は29.5%。比較的高い水準です。
http://www.sumitomocorp.co.jp/files/topics/28294_ext_01_0.pdf

続いて、短期的な安全性を調べるための流動比率(流動資産÷流動負債)を計算しますと、丸紅は117.5%、住友商事は155.9%。商社の場合、120%前後あれば十分ですから、2社ともに安全水域に入っていると言えます。今期に減損損失が出たとしても、その後も大きな損失が続くということでなければ、短期的・中長期的な安全性には全く問題ありません。そもそも、商社は市況商品を扱っていますから、こういった価格変動の可能性があることはある程度織り込んだ経営をしているはずです。確かに今回は、原油がここまで急速に下落するとは思っていなかったでしょうが、他の事業でバランスが取れるようにポートフォリオを組んでいますから、当面、安全性が揺らぐことはありません。

これから原油価格はどうなる?
では、2社の先行きを考えてみましょう。そのためには、巨額損失の原因である原油価格の動向を見極める必要があります。なぜ、今、原油価格が下がり続けているのでしょうか。直接的な原因は、世界最大の産油国の一つであるサウジアラビアが、原油の減産に応じないことです。ではなぜ、サウジが減産に応じないのか。その理由は主に三つあると言われています。一つは、米国で産出される安価なシェールオイルに対抗するためです。

シェールオイルは、年々シェアを拡大し続けてきました。ただ、シェールオイルは発掘コストが高いため、原油価格が下がれば、新規開発が抑え込まれるとサウジは考えているのです。続いて、短期的な安全性を調べるための流動比率(流動資産÷流動負債)を計算しますと、丸紅は117.5%、住友商事は155.9%。商社の場合、120%前後あれば十分ですから、2社ともに安全水域に入っていると言えます。

今期に減損損失が出たとしても、その後も大きな損失が続くということでなければ、短期的・中長期的な安全性には全く問題ありません。そもそも、商社は市況商品を扱っていますから、こういった価格変動の可能性があることはある程度織り込んだ経営をしているはずです。確かに今回は、原油がここまで急速に下落するとは思っていなかったでしょうが、他の事業でバランスが取れるようにポートフォリオを組んでいますから、当面、安全性が揺らぐことはありません。

これから原油価格はどうなる?
では、2社の先行きを考えてみましょう。そのためには、巨額損失の原因である原油価格の動向を見極める必要があります。一方で、市場は中国をはじめとして、新興国の成長鈍化などから世界的な原油の供給過剰が続いていました。そういった中、石油輸出国機構(OPEC)総会で減産の有無が審議された時、サウジが「ここで減産すれば、シェールオイルにシェアを奪われる」と猛反発したのです。

そして、シェールオイルの産出が増えると、サウジを含むOPECの「石油市場をコントロールする力」が落ちることにも繋がります。サウジはこれを阻止したいという思惑もあります。二つめは、過激派組織「イスラム国」やイランへ流れる資金を減らすことです。彼らの資金源は原油です。もし原油価格が高止まりしていますと、その利益で、武器の輸入が増えたり、イランでの核開発が進む恐れがあります。サウジや近隣諸国の体制維持、そして中東の安定のためにも、こうした動きを防ごうとしているのです。

三つめは、米国の中東への関心を維持させることです。もし、このままシェールオイルの生産量が増え続けますと、米国が自国だけでもエネルギーを賄えるようになってきます。すると、米国はエネルギー資源の中東への依存度が低下するわけです。米国と友好関係を結ぶサウジとしては、こうした状況に至ることを非常に恐れています。サウジの周辺には、米国と敵対関係にあるイスラム国、核開発問題を抱えるイランがありますから、彼らを牽制するためにも米国の存在は絶対に必要です。米国の関心が薄れれば、中東情勢が不安定になる恐れがあるのです。

 

 

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2015年04月01日

原油安で大打撃!丸紅と住友商事を分析する No1

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http://toyokeizai.net/articles/-/62229

原油価格の急落が、関連企業の業績を圧迫しています。2?3年にわたって1バレル100ドル前後の水準で安定していた原油価格が、昨年7月から急速に下落し、現時点(2月26日現在)でドバイ原油は、1バレル50ドル台後半で推移しています。総合商社や石油元売りでは、原油価格が下落した分、石油在庫や石油事業にかかる固定資産の価値が目減りし、巨額の損失が発生しています。

また、価格が下がっているのは原油だけではなく、資源全般に及んでいるため、数多くの資源を取り扱う総合商社では、特に大きな影響を受けているのです。今回は、大手総合商社の丸紅と住友商事の最新決算を見ながら、現状と先行きについて考えてみたいと思います。

資源安で巨額の評価損を出した丸紅
まずは、丸紅の平成27年3月期 第3四半期決算(2014年4?12月)から見ていきましょう。
http://www.marubeni.co.jp/ir/finance/highlight/data/MARU_1412_tanshin_jpn.pdf損益計算書(10ページ参照)から業績を調べますと、売上高にあたる「収益合計(国際会計基準基準)」は、前の期より15.1%増の5兆9721億円。穀物の取引が増えたことで、収益自体は伸びました。「商品の販売等に係る原価」が15.4%増え、売上総利益は12.2%増の5496億円となりました。まずまずの業績です。円安も円ベースでの換算額に影響していると考えられます。ところが、一時的な巨額損失が計上されています。「固定資産評価損」が、前の期より4.6倍の1497億円まで膨れあがっているため税引前四半期利益は、47.5%減の1011億円となりました。固定資産評価損とは何でしょうか。企業は、収益を出すために、工場や土地、機械などを所有しています。商社の場合は、油田や炭鉱などもあるでしょう。これらの価値が大きく下がりますと、その分を損失として計上しなければなりません。これが「固定資産評価損」です。丸紅の場合は、北海のガス田やチリの銅事業、オーストラリアの石炭事業が、資源価格の下落によって合計約700億円の減損損失を計上しました。減損損失は、保有している資産が想定していた利益を生まない場合に、資産の価値を下げることで発生します。さらに、2013年に買収した米穀物大手のガビロンの業績が芳しくないことから、こちらも約500億円の減損損失を計上しました。このような資源価格の急落などによる影響から、丸紅は、今期の連結純利益を、従来予想の2200億円から1100億円まで大幅に引き下げました。これだけ価格が下がるとは、想定できなかったのではないかと思います。住友商事は営業赤字に転落続いて、同四半期の住友商事の業績も見ていきましょう。(図表2:住友商事の損益計算書入る)「収益合計」は、前の期より12.6%増の2兆7038億円。こちらも売上高そのものは増えています。そして「商品販売に係る原価」が15.1%増、「サービス及びその他の販売に係る原価」が17.6%増と、コストは膨らんでいますが、売上総利益は5.3%増の6850億円となりました。悪くはない数字です。ただ、こちらも「固定資産評価損」が大幅に膨らんでいます。前の期は3億円しかなかったのが、この期は2130億円まで増えているのです。原油価格が急落した影響で、北海油田の権益や、米国でのシェールガス事業で減損損失を計上したのです。その結果、「営業活動に係る利益又は損失」も赤字に転落しました。前の期は1445億円の黒字でしたが、この期は827億円の赤字となっています。2社ともに、原油や資源安によって巨額損失を被ったわけですが、会社の安全性に影響はないのでしょうか?

 

 

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