2015年03月05日

自衛隊出身者初の宇宙飛行士 No3

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宇宙飛行士になって学んだ アメリカ、日本以外の視点

――宇宙飛行士になってから新たに学んだことはありますか。

宇宙飛行士になってからは、自衛官のとき以上に幅広い視野を持てるようになりました。自衛隊にいたときは、アメリカとの関係がまずメインにあり、そこから世界を見るという形でした。もちろん、その中心には日本がいます。宇宙飛行士になってからは、ロシア、アメリカ、カナダ、ヨーロッパとISSの参加国のすべてを考えながら世界を見られるようになりました。一つレベルがあがったのではないかなと思っています。

宇宙飛行士になってアメリカで訓練を受けていたときは、みんな似ているなと思うくらいで、まだアメリカと日本の関係ばかりを考えていました。

しかし、ロシアに行って訓練を始めるようになってからは、一気に視野が広がりましたね。ロシアの人々と交流を図ったり、文化だけではなく歴史を学んだりしたときに、自分のいままでの世界の見方はアメリカと日本からしか見ていなかったと気づいたんです。それに気づいてからは、ほかの国からの見方があるはずだと思えるようになりました。とくに、日本と問題を抱えている国があったとしたら、そこの国の歴史や文化を勉強したいなと思っています。

いまは時間がないのでそれができず残念ですが、こちらがいい、こちらが悪いだけではなく、向こうにも言い分があるはずだと考えられるようになったことは成長です。

――具体的に、ロシアではどのような経験をされたのでしょうか。
最近のことで言えば、バックアップクルーとしてプライムクルーとほとんど一緒に行動していたときのことはよく覚えています。プライムクルーのロシア人の船長は、ロシアの空軍にいた方でした。ミグ29という戦闘機を操縦していた人ですが、ミグ29は私が乗っていたF15とライバル関係に近い戦闘機です。パイロット同士で酒を飲んだり、サウナに入りながら裸の付き合いもしたりしています。そのなかで非常に親しくなりました。

最初は友だちから始まって、「お前は兄弟だ」と言ってくれるまでになったとき、こんなことを口にしていました。「自分を含めて、世の中に戦いたいと思っているヤツがどこにいるんだ。そんなヤツはいるはずない。俺が日本と真剣に友好を望んでいる気持ち、ロシア人のそうした気持ちを日本の人たちに伝えてくれ」。彼の想いを日本の人に伝えること、宇宙飛行士として得た経験をみなさんに伝えることは、私の義務だと思っています。

本番を想定した過酷な訓練
――前回、テスト・パイロットの経験が宇宙飛行士にも活かされるとおっしゃっていました。その一方で、豊富な経験が油断につながることはありませんか。

それは非常に危険だという認識を持っていました。上司からはこのように言われました。「パイロットには、絶対に避けなければいけない状況が二つある。一つは、初心者が技量未熟であること。もう一つは、熟練者が油断をすること。自分は熟練者になったなと思ったら、油断は絶対にするな」。このように日々指導をされていました。小さな油断から学ぶこともあります。あるときはシミュレーターであったり、あるときは現場であったり。

飛行中にはいくつかの不安要素があり、すべての要素が絡んだときに事故が起こります。誰かに防いでもらえれば事故にはなりませんが、自分で「これは危ない」と思った瞬間、それは自分の油断であったことを自覚する必要があります。
実際には、組織として危険なことは防げていたので、その意味では組織が機能しているとも言えます。ただ、ほかの人に助けられたときには、自分の油断を振り返りますよね。

――訓練に本番と同じリアリティを持って臨むことは容易ではありません。特別なことはされていますか。
宇宙飛行士の訓練では、リアリティを持てるような準備をしてもらっていると思います。たとえば、火災訓練の場合、前が見えないほど煙が充満するような状況をつくり出してくれます。ガスマスクをつけるので、蒸れて熱くなり、曇って前が見えないこともありました。それでも外すことはできませんし、訓練は続けられます。自衛隊でもそうでしたが、訓練を実際の状況に近づける努力は訓練を準備する側がしてくれているので、本当に感謝しています。訓練のための訓練にはなっていません。

 

 

posted by タマラオ at 06:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記