2015年03月11日

日本を見る眼が変わり始めた中国の人々 No1

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https://www.blwisdom.com/strategy/series/china/item/10000-66.html?mid=w498h90100000995646

今年は2月19日が旧暦の元旦で、中国では国を挙げてお正月(春節)モードになる。お正月は故郷で過ごすのが定番ではあるが、最近は貴重なまとまった休みだから海外に行ってしまおうという人も増えている。  中国人の訪日旅
行や買い物ブームが空前の盛り上がりを見せていることはお聞き呼びのことと思う。その直接的なきっかけは円安で日本の商品やサービスが一気に割安になったことだが、これはいわば外部的な環境の話である。

今回、中国の人々の日本に対する関心が急激に高まっている背景には、こうした外部要因に加え、中国人、中国社会の「心の持ち方」の変化という内部的な要因がある。実はこちらのほうが本質的な話と言えるかもしれない。今回はこの話をしたい。

新しい消費者の出現
1月下旬、ある著名な中国の経済ジャーナリストが発表した文章が、あっと言う間に全国に拡散、国営テレビや中国共産党機関紙までがその現象を取り上げるという一種の社会現象にまでなった。「日本に行って温水便座を買う」と題するその文章は、中国では最も著名な経済ジャーナリストの一人、呉暁波氏が書いたものだ。日本のメディアでも一部、伝えられたのでご覧になった方もあるかもしれない。

「洗浄便座作れる日本を見習え」 中国の共産党機関紙、日本ほめる異例のコラム(産経ニュース2015年2月9日)
仕事上の会議のために沖縄を訪れた筆者(呉氏)は、そこで大量の電気炊飯器を購入する中国人旅行客の一群に遭遇する。1人で6個も買っている人がいる。話には聞いていたが、日本の炊飯器はそこまで魅力的なのか。筆者は帰国後、広東省に講演に出かけた際、中国最大の電気炊飯器メーカーの技術者にわざわざ会い、聞いてみた。

「日本の電気釜は本当にそんなにすごいのか」  「材料に大きな技術革新がある。米粒が輝いていて、ベタつかず、本当に素晴らしい。サンプルを買ってきて研究している」  「それでもできないのか」  「い
まのところ方法がない」
その他、作者が例として挙げたのは、髪がサラサラになるナノケアドライヤー、力を入れなくても切れるセラミック製の包丁、朝入れたお湯が昼になっても熱くて飲めない保温ボトル、ドイツ製より軽くて汚れが良く落ちる電動歯ブラシ……。

そして極めつけが文章のタイトルにもなっている温水便座である。中国国内の便器を研究し、ほぼすべての便器に取り付けられるようになっているという。「中国の団体客が来ると、あっと言う間に売り切れます」という日本の店員の話を伝えている。
作者は、中国の製造業がコスト優位を失いつつあること、「売り手市場」が長く続いた中国の販売体制の欠陥、「何もしなければ死を待つのみだが、何かしようとすれば自滅する」という中国の経営者の不安心理――の問題を指摘した後、以下のように述べる  「日本企業が追求してきたのはシンプルなことである。

米が輝いてベタつかないこと、髪がさわやかに乾くこと、女性が手に持っても簡単に切れること、雪の中でも温かい飲み物が飲めること、あなたのお尻がきれいに、さわやかになること……。本業に徹し、他人に頼らず、技術革新に賭け、量を追わずに質を追求してきた。これこそが中国の製造業が目指すべき道である。」 「中国では中産階級の消費者が増え、技術や
性能にお金を払う人々が増えている。彼(女)らは簡単に騙されないし、派手な広告に踊らされたりもしない。

このような理性的な消費者が出現してきたことは、中国の製造業が大きな転換点に来ていることを示している。中国の中産階級が海を越えて温水便座を買いに行かなくても済む日は来るのであろうか……。」  あえておこがまし
い言い方をさせてもらえば、「ようやくわかってくれたか、君たち」と言いたくなるような文章である。この極めてまっとうな、当たり前といえば当たり前の文章が全国的な評判を呼び、中央テレビ局や共産党機関紙までがその話題を取り上げるテーマとなったというあたりに、いまの中国の気分が現れている。  

一口でいえば、筆者の呉氏も指摘しているように、成熟した、冷静な人々が増えてきた。自分自身の判断力を持ち、自分自身の基準で「いいものはいい。ダメなものはダメ」という見極めができる。そして「良い」と思ったものは、実際に買う。それだけの経済力を持っている。そういう人が、少なくとも都市部には層となって現れてきた。  そんな基盤あっての「日本旅行
ブーム」なのである。

 

 

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2015年03月10日

「虚飾の消費」に飽きた中国人

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https://www.blwisdom.com/strategy/series/china/item/9813-63.html

人気がなくなった「ブランド上海蟹」
最近、中国の消費に大きな変化が表れている。かつて中国では、ぜいたく品がよく売れ、贈答品は高額化する一方、レストランは高級店ばかりがはやるという現象が広まった。しかし、この1〜2年、その動きが目に見えておさまり、より落ち着いた、成熟した「大人の消費」が目立ってくるようになった。これは大きな変化で、中国社会の大きな前進であると私は思う。この変化は日本人や日本企業にとっては大いに歓迎すべきもので、チャンスは大きくなっている。

私が最近、最も大きな変化を実感したのは、秋の名物である本場、陽澄湖産上海蟹の値段が暴落したことである。俗に上海蟹と呼ばれる大閘蟹の中でも同湖産はミソが多く、肉に甘みがあるなどとして珍重される。今年は夏の気温が低く雨が多かったことなどから生育状態がよく、味もよいと言っていた。今年の生産量予測は2300トンと去年よりも20%近く多いという。  今年の出荷は9月下旬に解
禁となったのだが、出荷価格は一斤(500g)あたり130元(1元は約20円)と同200元だった昨年と比べて35%も下がった。

過去10年で同湖産の出荷価格が前年を下回ったのは初めてのことだという。これまでの出荷価格は2009年が120元(500gあたり、以下同)だったものが、10年140元、11年150元、12年180元、13年200元と急速に値上がりしていて、養殖業者は投資を増やしていただけに予想外の減収にがっかりしている。中でも影響が大きかったのが、主に贈答用に用いられる「生きた上海蟹の詰め合わせ」だ。オスとメス各5匹のセットは、昨年は588元のものが主流だったが、今年は中心価格帯が528元もしくは488元に下がってしまった。

ではみんな上海蟹を食べなくなってしまったのかといえば、そんなことはない。近所のスーパーでもたくさん売っているし、レストランでも食べている人は多い。むしろ私の印象では、上海蟹の存在がポピュラーになったぶん、庶民レベルの消費量は増えているのではないかと思う。でも陽澄湖産ブランド蟹の価格は大きく値下がりした。人々の消費行動のパターンが変わってしまったのである。

「ラグジュアリー月餅」も大暴落
上海蟹と並ぶ秋の伝統的食品として欠かせないのが、中秋節に食べる月餅だ。中秋節は日本でも「十五夜のお月見」として知られるように、旧暦8月15日に満月を鑑賞する風習がある。日本では月見といえば団子だが、中国では月餅である。丸いところから「円満」の縁起を担いだものだろう。今年は9月8日がその日にあたっていた。  しかし近年、都市部では月見で月餅を食べ
る習慣は薄くなり、日本のお中元やお歳暮のように「季節の挨拶」として取引先などに贈答品として月餅を贈る需要が中心になってきた。

有名レストランや5つ星ホテルなどが日本円で数万円もするラグジュアリー月餅セットを発売し、それが予約だけであっと言う間に売り切れになる。ある程度の社会的地位のある人の自宅は月餅の山となり、高級幹部や役人などへの付け届けに使われる例も多く、社会問題化するほどの過熱ぶりだった。  最近では贈答の習慣が「進化」し、月餅が一種の「疑似
通貨化」する現象が起きていた。つまり、この時期になると街角に月餅の回収業者が登場し、月餅を定価の1〜2割の値段で買い取り、定価の半額ぐらいで販売する。

月餅メーカーも心得たもので、こういう事態を想定して市販の多くの月餅は日持ちがするようにできているし、人から人へ転々としても大丈夫なように真空パックなどでしっかりと包装してある。極端な話になると、月餅を販売しているその菓子店で、脇に「月餅、高価で買い取ります」という貼り紙がしてあったりする。 昨今ではさらに一歩進んで、月餅そのものではなく引換券を贈り、もらった人はそれを換金するようになった。

月餅を売っている店の近くにはこの時期、換金業者がたむろしていて、「券買うよ、券買うよ」と道行く人に声をかけていたものだ。最初から換金が前提になっているわけで、日本のパチンコ店の景品交換を思わせる。最近はその引換券すらなくなって、微信(WeChat、中国版Lineのようなサービス)や携帯電話のショートメールで番号とパスワードだけ送って、それを直接換金できる「バーチャル月餅」もあるというから、さすが中国の資本主義はすごい。

「月餅バブル」の崩壊
ところが今年はこの風景も様変わりだ。習近平政権の誕生後、「三公消費(公費出張、公用車、公務員の接待)」の禁止が厳格化され、「四風(形式主義、官僚主義、享楽主義、奢侈の風潮)」の撲滅など、過剰な接待文化に対する取り締まりが非常に厳しくなった。国家の指導層や大臣クラスの政治家や役人、国有企業幹部、軍の高官などが次々と摘発され、表舞台から消えている。「今度の取り締まりは本気」というのが役人たちの実感のようだ。
 
 そんなことで、どこの店でも月餅の売上高は軒並み昨年より5〜7割もの減少に見舞われた。特に深刻なのは化粧箱入りの高級品で、ほとんど売れなかったらしい。「月餅バブル」の崩壊である。各店では急きょ、個人客の自家消費向けに「散装」と呼ばれる簡易包装のバラ売り月餅を大量に用意、1個10〜20元といった価格で販売した。大衆向けの6個入りの袋詰めで10〜15元ぐらいの低価格月餅は逆に例年を上回る売れ行きだったという。

 

 

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2015年03月09日

中国人観光客が“爆買い”する日本の名品・珍品 No2

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羽田空港の国際線ターミナルで飛ぶように売れる「白い恋人」
日本でも人気のある「大麦若葉粉末」(青汁)は、「便秘に効く」と中国人女性の間でも人気。 空港で飛ぶように売れる北海道の名物「白い恋人」しかし一般の土産物に関
しては、「以前友だちが買ってきてくれた『白い恋人』(北海道名産のクッキー)をたくさん買って帰りたい」といった、定番商品を求める傾向がまだ強いように感じた。具体的に買いたい商品の銘柄がすでに存在し、それをメモしたり、パッケージをスマホで撮影したりして持ってきているという。

「微信」(中国版ライン)にパッケージ写真を貼りつけ、「これ、買ってきて」と“注文”が入るようだ。前述の家族のように「東京ばな奈」や「じゃがポックル」といった具体名も聞いた。先日、筆者が中国に行く際に通った羽田空港の国際線ターミナルでも、「白い恋人」が飛ぶように売れているのを実際に目撃したので、「なるほど」と合点がいった。筆者がその売り場にいた10分ほどの間に、少なくとも30〜40個は売れていたと思う。

2014年には年間で約241万人の中国人が来日したが、彼らが「爆買い」する背景には何があるのだろうか。
まず、元高円安という要因があるだろう。2月中旬の段階で、1元=約19円を超えた。2014年秋の段階では1元=約17円、さらに遡って13年秋には1元=約15円だったので、この1年半ほどの間に20%以上も円安元高が進んだことになり、円は元に対して最も安い水準になっている。来日する中国人にしてみれば、「来るたびに日本の商品はどんどん安くなる」と感じているだろう。ビザが緩和された影響もある。

外務省は2014年11月、一定以上の収入のある中国人の個人観光客に対して、現在発給している数次ビザの要件を緩和する方針を打ち出し、今年1月から実施。過去3年間に渡日歴のある人で一定の経済力があれば、地域に限らず3年間有効のビザ(1回の滞在は30日以内)を、高所得者の場合は5年間有効のビザ(同90日以内)を取得できるようになった。もともと中国人の海外渡航は厳しかったが、ビザが緩和されたことによって、来日しやすくなったと言える。

ここ数年、経済発展によって所得が増加し、中国人の間ではすでに海外旅行がブームとなっていたが、これらの要因がそれを後押しし、「日本旅行」の人気が一気に高まったと言える。14年10月からは、外国人観光客を対象とした消費税の免税が、それまで対象外だった飲料や化粧品にまで拡大されたことも、「爆買い」を加速化させたと言えそうだ。百貨店だけでなく、ドラッグストアなどでも「TAX FREE」の専用
レジを設け、中国語や英語ができるスタッフを置いて対応しており、どこも長蛇の列となっていた。

あるドラッグストアの中国人店員は「春節期間中は特別にノルマがあり、ノルマを超えるとボーナスが支給されるので、すごく頑張りました。中国語で対応すれば、お客さんも喜ぶし、自分にもメリットがあるから」と話していた。

「中国製品は信用ならない」 安くて品質のよい日本製品を“爆買い”
中国側の要因もある。彼らが日本製品を欲しがる理由は、日本には高品質で廉価な商品が溢れているからだ。中国にも日本製品を取り扱うショッピングサイトがたくさんあるのだが、ある上海のOLはこうつぶやく。 「全く同じ商品も
扱っていると思うのですが、価格は2倍か、あるいはそれ以上する。それだけでなく、問題はそれらが本物かどうかわからないということ。信用できないから“中国国内”では、日本製品は買いたくない」

「中国国内の中国製品はニセモノが横行している。品質がいいだけでなく、価格も安い日本製品を、日本で手に入れたい。安心して長く使えるから」と話す知人もいた。これまでも、日本製品の品質のよさは世界中から定評があった。それは事実だ。それが、円安元高など複合的な要因が重なったことによって、現在の中国人の「爆買い」を誘導したと言えるのではないだろうか。

 

 

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2015年03月08日

中国人観光客が“爆買い”する日本の名品・珍品 No1

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http://diamond.jp/articles/-/67558?utm_source=daily&utm_medium=email&utm_campaign=dol

「銀座で降りて、ユニクロに寄って行こう。そのあとハローキティの店に行って、一旦ホテルに帰って……。夕食は、そうだな……。しゃぶしゃぶにしようか……」中国の春節(旧正月)期間中のこと。時間は午後2時過ぎ。東京の地下鉄・丸の内線に乗っていたら、ドヤドヤと乗りこんできた5人連れの家族の声が聞こえてきた。すぐに、お正月休みで日本旅行を楽しんでいる個人観光客だとわかった。手に持っているのは「東京ばな奈」のクリーム色のビニール袋や、小田急百貨店の紙
袋、それにビックカメラの大きな袋など、抱え切れないほど。40代くらいとおぼしき両親と子どもの3人組に、親戚か友人夫婦が加わったメンバー構成のように見えた。前述のような会話を聞く限り、まるで日本人の家族かと勘違いしてしまうほど“自然”な話しぶりだが、会話は全て中国語だ。しかも、その様子からして日本在住者ではなく、短期滞在の観光客のようだ。

昨今、彼らのように「日本慣れ」した観光客が、公共交通機関を駆使して自由に都内を歩き回り、ショッピングをしているという報道が非常に多いが、まさにその「典型」とも言える楽しそうな家族を目撃して、思わず苦笑いしてしまった。
彼らは東京で、いったい何をそんなにたくさん買っているのだろうか?これまでよく言われてきたのは、高級炊飯器や爪切りなどだった。高級炊飯器は数年前からすでに人気で、秋葉原の家電量販店に乗り着けた団体ツアーの観光客が、1台数万円もする炊飯器を1人5個、10個と買っていく姿が、よく目撃された。

また、日本製の刃物は“キレ味”が鋭いという定評があることから、ハサミや爪切りなどはお土産として定番商品だった。女性にとっては「資生堂」「カネボウ」といった老舗化粧品ブランドも、以前から人気があった。筆者の中国人の友人たちに聞いてみると、そうした買い物の基本的な傾向は変わっていないようだったが、最近彼らが日本で「買ったもの」、あるいは「友人から買ってきてくれと頼まれたもの」をリストアップしてもらった。ざっと書き出してみよう。

薬類、液体絆創膏、のど飴、高機能マスク、栄養ドリンク、サプリメント、化粧品(化粧水、乳液)、シャンプー、トリートメント、紙オムツ、粉ミルク、白髪染め剤、歯磨き粉、離乳食、携帯カイロ、生理用品、ストッキング、アイマスク、温泉の素、衣服、靴、カバン、アクセサリー、ランドセル、腕時計、カメラ、ウォシュレットつき高級便座、美顔器、小型のマッサージ器、ステンレスボトル、電子辞書、弁当箱、クッキーやチョコレートなどの菓子の詰め合わせ、即席ラーメン、コメ、調味料、ふりかけ、カレールー、せんべい、アニメ関連グッズ(アニメの絵柄が描かれたマグカップやフィギュア、ぬいぐるみ、クリアファイルなど)、キャラクター関連グッズ、ボールペン、ノート……。

化粧品も“高級”“自然派”志向に 友達が持っていない商品が欲しい!
中国人観光客を狙ったタックスフリーの化粧品商戦の模様 ドラッグストアや家電量販店で売っているものに限らず、彼らが望む商品が多方面・多品種に渡っていることに改めてびっくりしたが、さらに細かく聞いてみると、面白い現象も見えてきた。たとえば、日本メーカーの化粧品はいずれも人気だが、以前から売れていた老舗ブランドだけでなく、「アルビオン」「アスカ」「ファンケル」などの“高級志向”、“自然派”といった独自路線を貫いているブランドの名前が、かなり挙がった。

個人差があるので一概には言えないが、筆者が耳にしたところでは、最近来日した人々は、「他の中国人がまだ持っていない希少価値があるもの」を望む傾向があるように感じた。日本旅行がブームになっているなか、「友人に自慢できるもの」、あるいは「まだ友人が持っていない商品」を買って帰りたいのかもしれない。今回旅行で来日した女子学生は、母親(50歳)から渡された買い物リストを見せてくれたが、母親のリクエストはサプリメント類が多かった。

便秘薬などもあったが、面白いものでは「大麦若葉粉末 100%スティックタイプ」があった。「おいしい青汁」という謳い文句で日本でも人気があるが、母親の会社の同僚たちの間で「健康にいいらしい」と、ちょっとしたブームなっているらしい。学生本人も大学の同級生から様々なリクエストを寄せられ、「もう買い物だけで日程が終わっちゃう。前払いでお金をもらっているわけではないので、時間がなくて買えなかった、と言うこともできるけど。でも、大変なの……」とこぼしていた。

 

 

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2015年03月07日

自衛隊出身者初の宇宙飛行士 No5

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安定が求められる環境で新しい成果を出せるのか
――宇宙飛行士として活躍するために必要な資質というものはあるのでしょうか。

地道な努力を続けられることも才能の一つだと思います。それから、気分を切り替えられることも重要です。宇宙飛行士は、常にポジティブな人が多い。よく例に出されますが、グラスに水が半分入っているときに、「半分しかない」と思うか、「半分もある」と思うか。宇宙飛行士には、「半分もある。さあ、これをどう活かそうか」と話を進めていく人が多いですね。根拠なく楽観的なのではなく、最悪の事態を常に考えて、それに対処しようとします。それも宇宙飛行士に求められている資質ではないでしょうか。

――今回のミッションで最も大きなハードルは何でしょうか。
緊急事態の訓練については、自然と身体が動くくらい何度もやっているので、そこに不安を感じることはありません。正直に言うと、成果を出せるかどうかが気になっています。ISSの運用は安定期に入り、これからは民間企業の参加や新しい実験環境(実験装置)による新たな研究など、利用の拡がりが期待されています。いまや、宇宙飛行士が宇宙で仕事をすることは、当たり前のことになりつつあります。ただ、私自身は宇宙に行くのが初めてです。そこで期待される結果を残すことが最も高いハードルだと思っています。

日本のビジネスパーソンのなかには、私と同じような状況に置かれ、悩みを抱えている人も多いと思います。新しいことではなく、恒常的に同じことをやっている方や、仕事を引き継ぐ方もたくさんいるでしょう。そのときに、私がTwitterやブログで素直な気持ちを吐き出して、どう対処して仕事をしているのかを見せられれば、同じような状況にある方々が応援してくれるし、私もみなさんを応援できるいい形になるのかなと思っています。

――失敗してはいけないというプレッシャーは自衛隊でも感じていたと思います。その経験も活かされると思いますか。
それは活かされると思います。飛行機のテストに失敗は許されません。普通の飛行機の操縦もそうですが、テストパイロットはとくにそうです。それは、小さな失敗が大きな損失になるからです。上司からはよく、「テストパイロットのミスは、全世界に日本の恥として伝わる」と言われていました。だからこそ、テストパイロットの世界はいつでもコミュニケーションを取り、常にサポートをし合います。パイロットとテストパイロット、そして宇宙飛行士の世界は本当に似ているところがありますね。

宇宙事業の評価は多面的であってほしい
――目に見える成果を上げられていないのではないか、という厳しい意見も聞こえてきます。油井さんはそれをどう捉えていますか。

莫大なお金を使って計画を進めているので、当然、成果を上げなければいけません。ただ、評価の方法が一面的になってほしくないというのが私の希望です。実験の結果は重要ですし、目立たなくても成果は出ています。それが伝わっていないとしたら、伝え方を真摯に反省したいと思います。また実験以外にも、日本が実験施設である「きぼう」をつくる段階や運用で得た技術、そして、仕事で勝ち得た国際間の信頼はお金では換算できない価値だと思っています。

自衛隊出身であることもあり、人類全体が国を越えて一つの目標に向かうことが平和に与える影響を、心の底から感じている一人です。その実現に貢献できるだけでも、いままで使ったお金に相応する価値ではないでしょうか。平和であることの価値とは、みなさんが想像する以上に重要です。ぜひ、それをわかってもらいたいですね。

――宇宙飛行士になったことで油井さんの夢は一つ叶いました。その先の目標はありますか。
ISSのプロジェクトはこれからも続いていくと思いますが、宇宙探査は一国ではできません。国際協力の枠組みのなかで進んでいきます。宇宙飛行士の代表としてそれに参加したいし、そこで結果を残せる飛行士になりたい。今回のミッションは一つの目標ではありますが、次の目標のための第一歩でもあり、ここで経験を積んで次につなげることが必要だと思います。ただ、私自身の夢は一つではなく、いろいろな夢を持っています。

自衛隊にいるときも、テストパイロットの飛行隊長になるという夢と宇宙飛行士になるという夢があり、どちらを選ぶかという状況でした。いまは次のミッションで宇宙飛行士としての経験を積みたいという夢もあり、また、それと道を同じくするかもしれませんが、国際平和の実現、仲の悪い国があればその橋渡し的な役割を果たしたい。一人で複数の夢を持っていてもいい、そう思っています。

 

 

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2015年03月06日

自衛隊出身者初の宇宙飛行士 No4

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――宇宙飛行士の訓練のなかで最も厳しかったものを教えてください。
極寒のロシアで行なわれたサバイバル訓練 最も厳しかったのは、訓練ではなく試験でした。合格しなければ飛べないので緊張感があります。また、JAXAの宇宙飛行士という看板も背負っているので、プレッシャーもかかりました。そこでよい評価を得られれば自信にもなるし、誇りにもなります。訓練のなかでは、サバイバル訓練は非常に厳しい環境です。ロシアではマイナス25度のなかで野宿をしたこともあります。

とても苦労しましたが、大変な状況であるほど、一緒に訓練をした仲間同士の絆は強くなるので、それはそれでいいことですね。やり遂げた後に自分が成長した感じもあります。だからこそ、訓練は厳しくあるべきだと思います。

ただし、単に厳しいだけではなく、サポートもしっかりしていました。悩んでいる人を見たら、温かい言葉をかけてくれることもあります。仲間のなかには経験者が必ずいて、彼らも同じような悩みを抱えたことがあります。私が失敗したときも船長や経験者が、「こういうことはよくあるし、俺も失敗した。訓練だからよかったと思い、これからは気をつけろ」とサポートしてくれました。宇宙飛行士に選抜された時点で、心の強さを持っている人ばかりです。

仲間を見ても、ちょっとやそっとではへこたれません。ただ、そういう人間でも失敗することはあります。それをカバーするのはお互いのチームワークです。こうした心のサポートがしっかりしているのも、これまでの訓練の積み重ねがあってこそではないでしょうか。

――厳しい選抜試験のなかで、最も思い出に残っているものは何ですか。
カプセルのなかに1週間籠って試験を受けたのは、いい思い出でもあります。とても楽しかった。それは一生の友人ができたからです。そのときは全員を信頼していたので、試験が終わったときは、だれが受かってもいいと思っていました。選抜試験ではありますが、そう思えるほど、一人ひとりが優れているところを持っていたと思います。だからこそ、試験が終わった後に、「カプセルで過ごした仲間のなかで、だれとは宇宙に行きたくないですか」と聞かれたのは辛かったです。

「人物を教えてください、理由も一緒に」と言われました。試験の課題だったため仕方なく答えましたが、心の中では、こんな質問には答えられないと思っていましたよ。

――試験の環境では、チームワークより競争心が勝ることはありませんか。
厳しい訓練を乗り越えて生涯の仲間を得る そうした気持ちもあるとは思います。ただ、お互いが協力して、チーム全体として結果が出たほうがいいという考える人たちが宇宙飛行士になっていることも事実です。結局、ライバルとして高め合う競争ならよいが、足を引っ張り合うような競争があったとしたら、全体としてのアウトプットがマイナスになります。それは個人にとってもよいことではありません。

――油井さんは、昨年日本人初のISS(国際宇宙ステーション)船長を務めた若田光一さんのことを尊敬されているとお話をされていました。一方で、若田さんにも負けない部分を挙げるとしたら何でしょうか。
その質問に答えるのは非常に難しいですね(笑)。努力することに関しては自信があります。目標が非常に高いところにあり、そこに向けて毎日少しずつ努力できるところが私の強みの一つです。アメリカやロシアの飛行士からも、それについてはそれなりの評価を受けていると思っています。ただ、若田さんは努力でも私より上ですからね。自分でも努力したと自負しているのは、言葉の面です。周囲も、「お前は本当に上手にロシア語を話す」と言ってくれます。

言葉がわからなければチームワークも生まれません。若田さんのように、冗談まで言えるほうが結束力は高まります。冗談を教えてもらうこともありますよ。「おもしろいフレーズはあるか」と聞いたことがあります。そのフレーズを覚えておいて、使える状況が来たときにパッと言うと、笑ってくれます。場が和むし親近感を持ってもらえるので、そのための努力もしていました。

 

 

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2015年03月05日

自衛隊出身者初の宇宙飛行士 No3

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宇宙飛行士になって学んだ アメリカ、日本以外の視点

――宇宙飛行士になってから新たに学んだことはありますか。

宇宙飛行士になってからは、自衛官のとき以上に幅広い視野を持てるようになりました。自衛隊にいたときは、アメリカとの関係がまずメインにあり、そこから世界を見るという形でした。もちろん、その中心には日本がいます。宇宙飛行士になってからは、ロシア、アメリカ、カナダ、ヨーロッパとISSの参加国のすべてを考えながら世界を見られるようになりました。一つレベルがあがったのではないかなと思っています。

宇宙飛行士になってアメリカで訓練を受けていたときは、みんな似ているなと思うくらいで、まだアメリカと日本の関係ばかりを考えていました。

しかし、ロシアに行って訓練を始めるようになってからは、一気に視野が広がりましたね。ロシアの人々と交流を図ったり、文化だけではなく歴史を学んだりしたときに、自分のいままでの世界の見方はアメリカと日本からしか見ていなかったと気づいたんです。それに気づいてからは、ほかの国からの見方があるはずだと思えるようになりました。とくに、日本と問題を抱えている国があったとしたら、そこの国の歴史や文化を勉強したいなと思っています。

いまは時間がないのでそれができず残念ですが、こちらがいい、こちらが悪いだけではなく、向こうにも言い分があるはずだと考えられるようになったことは成長です。

――具体的に、ロシアではどのような経験をされたのでしょうか。
最近のことで言えば、バックアップクルーとしてプライムクルーとほとんど一緒に行動していたときのことはよく覚えています。プライムクルーのロシア人の船長は、ロシアの空軍にいた方でした。ミグ29という戦闘機を操縦していた人ですが、ミグ29は私が乗っていたF15とライバル関係に近い戦闘機です。パイロット同士で酒を飲んだり、サウナに入りながら裸の付き合いもしたりしています。そのなかで非常に親しくなりました。

最初は友だちから始まって、「お前は兄弟だ」と言ってくれるまでになったとき、こんなことを口にしていました。「自分を含めて、世の中に戦いたいと思っているヤツがどこにいるんだ。そんなヤツはいるはずない。俺が日本と真剣に友好を望んでいる気持ち、ロシア人のそうした気持ちを日本の人たちに伝えてくれ」。彼の想いを日本の人に伝えること、宇宙飛行士として得た経験をみなさんに伝えることは、私の義務だと思っています。

本番を想定した過酷な訓練
――前回、テスト・パイロットの経験が宇宙飛行士にも活かされるとおっしゃっていました。その一方で、豊富な経験が油断につながることはありませんか。

それは非常に危険だという認識を持っていました。上司からはこのように言われました。「パイロットには、絶対に避けなければいけない状況が二つある。一つは、初心者が技量未熟であること。もう一つは、熟練者が油断をすること。自分は熟練者になったなと思ったら、油断は絶対にするな」。このように日々指導をされていました。小さな油断から学ぶこともあります。あるときはシミュレーターであったり、あるときは現場であったり。

飛行中にはいくつかの不安要素があり、すべての要素が絡んだときに事故が起こります。誰かに防いでもらえれば事故にはなりませんが、自分で「これは危ない」と思った瞬間、それは自分の油断であったことを自覚する必要があります。
実際には、組織として危険なことは防げていたので、その意味では組織が機能しているとも言えます。ただ、ほかの人に助けられたときには、自分の油断を振り返りますよね。

――訓練に本番と同じリアリティを持って臨むことは容易ではありません。特別なことはされていますか。
宇宙飛行士の訓練では、リアリティを持てるような準備をしてもらっていると思います。たとえば、火災訓練の場合、前が見えないほど煙が充満するような状況をつくり出してくれます。ガスマスクをつけるので、蒸れて熱くなり、曇って前が見えないこともありました。それでも外すことはできませんし、訓練は続けられます。自衛隊でもそうでしたが、訓練を実際の状況に近づける努力は訓練を準備する側がしてくれているので、本当に感謝しています。訓練のための訓練にはなっていません。

 

 

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2015年03月04日

自衛隊出身者初の宇宙飛行士 No2

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――油井さんは、初の自衛隊出身の宇宙飛行士です。ご家族は覚悟を必要とされる状況に慣れているようにも思いますが。
それはあるかもしれません。前職のときから、「私を頼りすぎると何かあったときに大変だ」と伝えていました。万一の事態をどこまで真剣に考えていたかはわかりませんが、やはり考えていたとは思います。それだけの危険を伴う仕事でしたから。

テストパイロット経験から たどり着いた死生観
――打ち上げに際しては、ご自身でも期待と不安の両方があるかと思います。

最も大きな不安は、多くの予算をつぎ込んでここまでトレーニングをしてきて、国の代表として仕事をするため、自分にその実力があるのか、ミスなくできるのかということが挙げられます。ただ、不安を感じるという現象自体、私はポジティブに捉えてもいます。何かしらの理由があるから不安を感じるわけです。その理由を分析して、不安がなくなるように努力すればいいだけだと思います。自分のどの部分、どんな能力が足りないのかを見つけて、そこを鍛えればいい。

それでも得手・不得手はあるので、自分の弱点だと理解しながら事前準備をできないのであれば、それを仲間に話して、手伝ってもらいながら備える方法もあります。そうして不安を和らげていくことで、前進できるのではないでしょうか。
期待としては、実験すること自体を非常に楽しみにしています。小さなころから実験が大好きで、休み時間に理科室に行っては、先生に「実験させてください」と頼むような子どもでした。今回は仕事の一部ですが、実験は楽しみですね。

――自衛隊のテストパイロットとしての経験は、宇宙飛行士の訓練でも活かされると思いますか。
はい、テストパイロットで培った能力はとても役立つと思っています。国際宇宙ステーション(ISS)でも、手順に従い、ISS船長と協力しながら仕事を進めていくことになります。なぜこのボタンをこのタイミングで押しているのか、その影響にはどのようなものがあるのか、入れ替えたとしたらミスが少なくなるのか……テストパイロットはそうしたことまでを考えて操作する習慣が身に付いています。それは宇宙飛行士にも必要な能力です。

このスイッチはいつ押しても大丈夫なのか、ヒューマン・マシン・インターフェイス的にはミスが減るのかまで考えるには、非常に高い知識が要求されますが、そこにもテストパイロットで飛行機を操縦していた経験が活かせます。ロシアでもアメリカでも、当時の経験を活かしてコメントすると、専門のエンジニアが動いてくれることもありました。技術的な面以外では、いざというときの覚悟を持つ準備の必要性を自覚しているのは大きいと思います。

テストパイロットは死と隣り合わせの仕事でもあったので、人はなぜ生きるのか、それは死生観に近いものまでを考えて仕事をしていました。宇宙飛行士にもそれと似た部分があるので、助かっています。

――油井さんの死生観について、もう少し詳しく聞かせてください。
人は何のために生きるのかと考えを巡らせるなかで自分を納得させたのは、他人にどれだけのことをできるのかに人生の価値がある、ということです。人の命は有限ですが、私を含めて、多くの人が長く生きたいという欲望を持っていると思います。そこから、「では、究極の長生きとはなんだろう」と考えたとき、自分がやってきた行動が周りの人たちの心の中に生き続けることだと思いました。たとえば、私が一人の人を助けて恩に感じてくれれば、助けた人が生きている限り、私はその人の心のなかに生き続けることになります。

そう考えると、自分自身の肉体の死はそこまで怖いものではない。宇宙飛行士の仕事は、私の死生観にも合っていると思います。国を代表して、全人類のために仕事ができることを誇りに思っていますし、そこで何かがあったとしてもまったく悔いはありません。

――そうした考えは自衛隊で養われたものなのですね。
そうですね。やっぱり死ぬのは怖いと思っていましたし、飛行機に乗る直前まで、その恐怖を感じていました。実際に事故もあり、身近な方が亡くなったこともあったので。そのなかで死ぬとはどういうことかなと考える機会も多く、そうした考えに至ったのだと思います。こういう話は、勤務中に同期や先輩とすることもあります。四六時中一緒に仕事をしていると、本当に親密になります。たとえば、パイロット同士が飛行機の傍で待機しているとき、何もすることがなければ真面目な話もする。先輩などに相談しながら、自衛隊として、パイロットとして勤務している間に少しずつ養われていった感覚なのでしょうね。

 

 

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2015年03月03日

自衛隊出身者初の宇宙飛行士 No1

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http://diamond.jp/articles/-/65758

自衛隊出身者初の宇宙飛行士として、大きな話題を呼んだ油井亀美也氏。航空自衛隊でテストパイロットの飛行隊長という夢の実現が見えていたにもかかわらず、宇宙への挑戦を選び、見事その切符を勝ち取った。2015年5月下旬の打ち上げを控えたいま、何を思うのか。

油井亀美也 ; JAXA宇宙飛行士。1970年、長野県生まれ。1992年、防衛大学校理工学専攻卒業後、防衛庁(現防衛省)航空自衛隊入隊。2008年、防衛省航空幕僚監部に所属。2009年、宇宙航空研究開発機構(JAXA)より国際宇宙ステーション(ISS)に搭乗する日本人宇宙飛行士の候補者として選抜され、同年、JAXA入社。2011年にISS搭乗宇宙飛行士として認定され、2012年10月、ISS第44次/第45次長期滞在クルーのフライトエンジニアに任命された。

宇宙に行くための覚悟が自分にはまだ足りない――今年の5月の打ち上げに向けて、現在はどのような準備を進めていますか。
昨年の11月下旬、第42/43次長期滞在のバックアップクルーとして、カザフスタンのバイコヌールで打ち上げを見届けました。バックアップクルーは、プライムクルーに何かあったときに代わりに宇宙に行かなければならないため、プライムと同じ試験を受けます。宇宙に行くための試験にすべて合格したことは自信になりました。また、バイコヌールに行ってからも同じ訓練・準備をして、打ち上げ直前の2週間は彼らと同じ行動を取ります。同じ場所に泊まり、同じ食事を取るため、ほとんど一緒にいる状態です。

寝食をともにした仲間が宇宙に旅立って行くのを見たとき、6ヵ月後の自分の打ち上げをより具体的にイメージすることができました。同時に、打ち上げのときには自分もこのレベルにならなければいけないと、気が引き締まりました。

――打ち上げ目前の宇宙飛行士と自分を比べて、何が最も足りないと感じましたか。
現時点で、担当する実験がまだ確定していないので、実験の細部の訓練を受けていません。また、実験機器を打ち上げる時期がずれれば実験内容も変わります。バックアップクルーとプライムクルーの差として仕方ない面もありますが、訓練ができていない状況は明らかに足りていない部分です。より精神的な側面では、宇宙飛行士としての覚悟です。プライムクルーには、家族を残して打ち上がることへの覚悟があります。家族側の準備も同じです。

家族とクルーがガラス越しに話をしているのを見ると、私たちにもこみ上げてくるものがありました。そうした心の準備をできているかと考えると、自分の家族を含めて、まだまだ準備しなければいけないことは多いなと思います。実験の準備は決められたスケジュールで進行していきますが、自分の気持ち、家族の気持ちの準備はそれぞれのペースがあります。私は、この時期にこれを準備しなければいけないということは考えています。私が宇宙にいるときに、家族はきっとこんな生活をしているはずなので、こういう助言が必要だろうな、ということまでを事前に考えなければいけません。そうした心の準備は、打ち上げが迫るにつれて加速度的に進んでいくと思います。

――現在、ご家族は油井さんの活動をどのようにとらえていますか。
バックアップに行ったことで、打ち上げが迫ってきているなという気持ちは生まれたようです。ただ、正直に話しますが、「万が一、プライムクルーの代わりに宇宙に行かれたら、それは困る」と言っていました。「私は準備ができているのか」と妻自身が不安を感じていたので、家族の気持ちの準備はまだまだでしょうね。打ち上げまでには、もっと準備をしていかなければいけないと思います。

妻に比べると、子どもたちは意外とあっさりしています。私の前職は自衛隊で、家を留守にすることがとても多かったからなのか、「お父さんは、いつも通り家にいない」と思っているのでしょう。ただ、会話に飢えているなと感じることはあります。車で一緒に移動するときは、子どもたちから話しかけて来ることが多いですね。私の親は、打ち上げに期待している部分も、不安を感じる部分も、いろいろな気持ちが複雑に混じっている状況だと思います。前職の影響もあってか、私は自分の仕事についてそれほど細かくは話しません。それ自体が禁止されていたときもありました。それもあって、もともと私の仕事をすべて理解しているかというとそうではなく、Twitterで知るくらいでしょうね(笑)。

 

 

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2015年03月02日

「3月末に日経平均2万円突破」 No1

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http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20150225/277951/?n_cid=nbpnbo_bv_ru&rt=nocnt

日経平均株価が節目とされてきた1万9000円に迫ってきた。IT(情報技術)バブルに沸いた2000年4月以来、約15年ぶりの高値に、市場関係者の間では「3月末には2万円奪回」の期待も膨らむ。日本株のうなぎ上りは続くのか――。株価の基礎となる主要企業の業績から試算してみると、日経平均は2万5000円程度まで上昇余地のあることが分かった。 「株価の方程式」が、日本株の強気相場を代弁している。

日経平均を構成するのはトヨタ自動車、三菱UFJフィナンシャル・グループ、ファーストリテイリングなど日本を代表する225社。これを225事業で成り立つ「ニッポン株式会社」と捉えると、「日経平均=225社の一株当たり利益(EPS)×予想株価収益率(PER)」に分解できる。 業績好調でEPSが上昇するか、投資家が将来の利益成長を期待して高いPERを見込めば株価の上昇に弾みが付く。「株価は収益と期待の掛け算」と言われるゆえんだ。ニッポン株式会社は、リーマンショックの損失が一巡した2009年度以降、5期連続で経常増益をたどっている。2015年度も好調な業績が続く見込みだ。

ニッポン株式会社の2ケタ増益は続く
では、相場はどの程度まで上昇するのだろうか。日経ビジネスが主要証券7社に聞き取り調査したところ、2015年度の経常増益率見通しは平均12.6%だった。日経平均のEPSは、1万8000円台を回復した2月16日時点で1105円。ここを出発点に証券7社の期待通りに企業が業績を伸ばした場合、EPSは1244円まで上昇する。業種別では「自動車などの輸出関連のほか、小売業やサービスの内需関連でも高い伸びが期待できる」(野村証券の松浦寿雄ストラテジスト)との見方が多い。

次に焦点となるのがPERだ。日本株のPERは2003年4月以降、構造改革やM&A(合併・買収)への期待感から上昇ピッチを強め、「小泉郵政解散相場」(2005年8月〜2007年7月)では23倍前後と、欧米株の10〜15倍前後より高めでも問題ないとみられていた。 しかし2008年秋のリーマンショック以降、少子高齢化を背景にした構造的な低成長社会も重なり、状況は一変した。PERは足元で17倍弱に過ぎない。2014年の年間平均も15.96倍だった。

市場の想定するメーンシナリオは、企業業績が12%強拡大し、PERが現在とほとんど変わらない17倍で推移した場合、日経平均の「実力」は2万1150円程度となる。短期的に大幅な相場上昇は見込めないとしても、1万9000円前後の水準は「業績面から見れば、まだ割安感がある」(ゴールドマン・サックス証券の鈴木博美ストラテジスト)。 市場関係者が「3月末に2万円台乗せ」と自信を見せる根拠も、このあたりにありそうだ。

PER20倍なら、日経平均は2万4880円を超える
では、仮に将来の利益成長とアベノミクスによる構造改革を織り込む形でPERが上昇したらどうか。PERが20倍まで上がれば相場上昇に弾みがつき、日経平均は2万4880円を超える計算になる。 ただ、景気や企業業績の先行きには不透明感も漂う。例えばトヨタ自動車は2016年3月期のEPSが市場予想平均で776円。今期より12%高いが収益は為替相場に左右されやすい。1円円高に振れると営業利益は年間417億円吹き飛ぶという。

製造ラインで10銭単位のコスト削減努力を重ねているトヨタにとって、為替の影響は大きい。円安で輸出採算が改善しているとはいえ、いったん為替が逆戻りすれば増益率が市場予想まで伸びるとは限らない。 仮に日経平均のEPSが直近の1105円から伸びずPERも17倍に据え置くと、株価の戻りは1万8800円前後が精いっぱいだ。現時点で1万9000円に迫る株価水準は、既に投資家の期待がやや行き過ぎている状況とも映る。

 

 

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2015年03月01日

北陸新幹線の進化・・・・  3回変わる周波数・乗務員交代      No1

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http://www.nikkei.com/article/DGXMZO83651200V20C15A2000000/

3月14日、東京と金沢を最速2時間28分で結ぶ北陸新幹線が開業する。東京から数えると7都県を走るこの路線、実は4つの電力会社の管轄エリアを通り、3回も周波数が変わる。JR東日本とJR西日本にまたがって走るが、乗務員の交代は境界駅ではない。なんとも複雑な北陸新幹線のトリビアを集めてみた。

■東電と東北電は50Hz、中部電と北陸電は60Hz
「北陸新幹線は、『軽井沢―佐久平』間、『上越妙高―糸魚川』間、『糸魚川―黒部宇奈月温泉』間でそれぞれ周波数が切り替わります」 JR東日本に尋ねると、担当者が教えてくれた。東京方面から向かった場合、軽井沢駅(長野県軽井沢町)、上越妙高駅(新潟県上越市)、糸魚川駅(新潟県糸魚川市)を通過した直後に切り替わるという。なぜか。 「管轄する電力会社が変わるからです。

東京駅から軽井沢駅までは東京電力、そこから上越妙高駅までは中部電力、糸魚川駅までは東北電力、金沢駅までは北陸電力となります」電力会社によって周波数は違う。一般に東日本は50ヘルツ(Hz)、西日本は60Hzといわれるが、東京電力と東北電力が50Hzで中部電力と北陸電力が60Hzとなる。北陸新幹線はちょうどその境界を縫うように走っているのだ。

■北陸新幹線の車両、2つの周波数に対応
周波数が違うと何が問題なのか。まずは車両だ。東北新幹線や上越新幹線の車両はほとんどが50Hzのみに対応しており、軽井沢駅より西を走ることはできない。2つの周波数に対応した車両が必要となる。境界対策も重要となる。異なる周波数同士が接触しないよう、絶縁部分を設けるなどの対策をした。専用の保護装置なども開発したという。 ちなみに東西をまたぐ東海道新幹線の場合、すべての区間が60Hzだ。

鉄道ジャーナリストの梅原淳さんによると、車両側で2つの周波数に対応するには当時の機器が重すぎたため、断念したという。そこで富士川以東の50Hz区間では、周波数を変換する変電所を新設して対応した(『新幹線の科学』)。

■JR東西の境界は上越妙高駅 乗務員は長野駅で交代
ややこしいのは周波数だけではない。乗務員の運用も面倒だ。北陸新幹線のルート上で、JR東西の境界がどこか、お分かりだろうか? 答えは上越妙高駅。東京方面から向かった場合、ここまでがJR東の管轄となる。同じ新潟県内なのに、糸魚川駅はJR西のエリアなのだ。 JR各社の管轄は、必ずしも行政区分とは一致しない。例えば長野県は北信・中信地方がJR東、南信・木曽地方がJR東海、大糸線の一部区間がJR西の管轄となっている。

同じ県でも3社に分かれている。 ただ北陸新幹線の場合、運転手や車掌など乗務員は上越妙高駅では交代しない。長野駅だ。なぜか? 「上越妙高駅を通過する列車があるためです。長野駅だとすべての列車が停車するので」。JR東の担当者は言う。確かにその通りだが、JR西の乗務員はJR東の管轄する駅まで「出勤」することになる。少し不思議な感じもしてくる。

■N700系のNの意味は
JR東西にまたがる北陸新幹線は、車両も両社が共同で開発した。最新型はE7系とW7系で、どちらもほぼ同じ仕様だ。EはJR東が所有する車両で、WはJR西。East(東)とWest(西)の頭文字だ。話はそれるが、東海道新幹線の最新型はN700系。なぜ社名ではなくNなのか? JR東海に聞いてみた。 「NはNew、あるいはNextの頭文字です。それまであった700系車両の発展型という意味を込めました」

2013年にはさらに進化させたN700Aという車両もデビューした。AはAdvancedの略だとか。ちなみにJR東海の英語表記はCentral Japan Railway Company。中日本ということのようだ。仮に社名を冠したとしても、TではなくCとなる。こうしたJR各社の英語表記は外国人からはわかりにくいかもしれない。JR東はEast Japan Railway Companyだが、英語版のアニュアルリポートでは社名の前に「Tokyo and Eastern Honshu」と表記してある。セントラルとトウキョウ。両社の思いが垣間見える。

 

 

posted by タマラオ at 06:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記