2015年02月26日

『なぜ、日本人シェフは世界で勝負できたのか』 No12

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フランスで学んだのは料理というより、シェフの考え方
柳川「元々歴史が好きだったんですか?」

松嶋「そうでもないんですが、地方ごとに視点をずらして歴史を掘り下げると、見える景色が全く違うと知りました」

柳川先ほど、タラが地中海で取れないのに、なぜ地中海料理に使われるようになったかお話しくださいましたけど、そういうことに詳しいのは、それが料理に大切だからですか?

松嶋そうですね。僕が幸いこうした考え方になれたのは、渋谷「ヴァンセーヌ」というお店で酒井一之シェフに学んだからだと思います。僕がこの店に修業に入ったのは、彼がフランス在籍期間の最も長いシェフであり、すごく地方料理に対する知識が深かったから。だから、酒井シェフの元で修業するのがフランスへの近道だと思って就職したんです。酒井シェフが翻訳された『フランス料理の源流を尋ねて』という本では、フランスの気候・風土、歴史・文化を地域ごと写真と言葉で紹介していました。それを読んで、「現地に行って本当かどうか確かめなきゃ」と思って、本を持ってフランスへ修業に行きました。

柳川元々歴史が好きだったんですか?

松嶋そうでもないんですが、その本を読み進めると、歴史も知る必要があるなと思って、いろんな地方で修業しました。修業もある程度終わると、ニースでお店を出して、歴史を掘り下げました。ニースという街はギリシャ人に建設され、ローマの時代やスペインに占領される時代を経て、サヴォイア公国、サルディーニャ王国になり、フランスに統括されていて…。その歴史のおかげでいろんなものが交差して、ニース料理ができたとわかったとき、地方ごとに視点をずらして歴史を掘り下げると、見える景色が全く違うと知りました。

そんなとき、僕の出身地・福岡の大先輩でもあるサグラダ・ファミリアの主任彫刻家の外尾悦郎さんから「オリジナルなものをつくりたいときは、そのオリジンを知ることが大切だ」と言われたんです。子どもが生まれるのも、まさしくオリジナルですよね。お父さんのオリジンとお母さんのオリジンをミックスされるわけですから。料理もそういうものだと思うし、ビジネスでもそれがすごく大事だと思います。発想の源を知ることが、次の発想につながるのではないでしょうか。

柳川食材の歴史に詳しくなることで、思い浮んだ新しい料理はありますか?

松嶋ありますね。実のところ僕は、料理の技術やレシピを覚えたくてフランスに行ったわけじゃないんです。なぜこのシェフがこの料理をひらめいたか、アイデアを生む発想を学べるような会話ができるフランス語を身に付けなければ、フランスで修業する意味はないと思っていました。だから、まずきちんと言葉を覚えようとしましたね。

柳川そこからして、ちょっと普通じゃないですね(笑)。

松嶋正直言うと僕は修業時代、すごく手が早いわけでもなく、料理をするのもあまり好きじゃなかったんです(笑)。でも、料理を考えるのは大好きでした。作業するのも汚いから、「お前みたいに仕事が雑な日本人は見たことない」とフランス人に言われるくらいでしたし。ただ、とにかく会話はみんなとしていたし、シェフにも「今回この料理をなぜ考えたんだ」とよく聞いて、教えてもらいました。そうしてコミュニケーションを重ねることで、クリエイティビティとは何かがわかってくると、「自分でできる!あとはいい料理人をマネージメントすれば料理はできる」と思いましたね。

フランスの三ツ星、二ツ星シェフって、元羊飼い、数学の教授を目指していた人など、料理出身じゃないこともあるんです。そんな彼らのすごいところこそ、クリエイティビティです。ある土地の食材を使って、これまで食べてきた・見てきた経験から、自分のお店の料理人に指示しながら、作品を作っていく感じですね。

 

 

posted by タマラオ at 05:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記