2015年02月14日

転落した元エリート官僚からの進言

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http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20141001/271982/?n_cid=nbpnbo_rank_n

毎度のことだが、今年も企業絡みスキャンダルで失脚する経営者が絶えない。反社会的勢力への融資を放置していたとして、みずほフィナンシャルグループの塚本隆史会長が辞任し、トラブルが相次ぐJR北海道の野島誠社長は安倍政権によって更迭させられ、ゲーム・コンテンツ制作会社インデックスの落合正美会長と、妻の落合善美社長は粉飾決算の疑いで逮捕された。 スキャンダルの渦中にいる人には、余人には想像できないほどの重圧がかかっているに違いない。
STAP細胞を巡る疑惑を追及されていた理化学研究所の笹井芳樹氏のように、最悪の場合、自殺に至る時もある。

「当時の心境を教えてほしい」
セーラー万年筆の中島義雄社長。大蔵官僚時代にスキャンダルで失脚したが、経済界に居場所を見つけた  今年8月、セーラー万年筆の中島義雄社長をインタビューしていた時、
そう尋ねた。中島氏は大蔵省(現財務省)の元キャリア官僚である。同期の出世レースで先頭集団を引っ張り、事務次官候補の一人と目されていた。しかし、順風満帆に思えたキャリアに突然、終止符が打たれる。民間から過剰な接待を受けていたなどとして、マスコミの集中砲火を浴び、1995年に“失脚”した。

「何を信用していいか分からず、茫然自失に陥った。報道は、身に覚えのない下半身にまつわる話など、でっち上げが少なくなかった。人格的にも随分と傷付けられ、心はボロボロになった。親しい弁護士に依頼してマスコミ各社に抗議文を送り付けたが、全く効果はなかった。一度、世論が形成されると、もはや抵抗はできない」 マスコミや世間の餌食となった中島氏は、一方で本当の友人が誰であるかを知った。「つらい思いで大蔵省を辞めた時、私から去っていった人がいた。

大蔵官僚の権力を目当てに、打算的な意図をもって近寄ってきた人たちがいかに多かったかを、思い知った。今思えば、上辺だけの人付き合いだった。ただ、信用してくれる先輩や、古くからの友達は、随分と激励してくれた」

京セラ稲盛氏に与えられたチャンス
エリート官僚という衣を脱いだ時、虚飾の人間関係が削ぎ落とされ、中島氏は「素の自分」として新たな人間関係を育んでいく。 「大蔵省を辞めて留学していた米国から帰国すると、京セラの稲盛和夫・名誉会長が声を掛けてきてくれた。自分が若い頃、次世代の経済界リーダーと嘱望されていた稲盛さんを、大蔵省や通産省(現経済産業省)の官僚が囲む勉強会があった。私は大蔵省の幹事として出席し、随分と生意気なことを言っては叱られたりしていた。

その頃のことを稲盛さんは覚えていてくれて、『出直す気があるならウチにこないか』と言ってくれた」収入もなく、藁にもすがる思いだった中島氏は京セラに入社し、当時、経営を支援していた三田工業(現京セラドキュメントソリューションズ)の立て直しを任された。その後、船井電機に移り、2009年にセーラー万年筆の社長に就く。スキャンダルにまみれて失脚した元官僚は、経済界で第二の人生を歩んでいる。

再起に必要なのは志と努力と笑顔
「残念ながらこれからも企業のスキャンダルは絶えないだろう。突然人生が暗転する経営者がいたら、どんなアドバイスができるだろうか」。取材の最後にそう聞いてみた。「明るい顔をしていれば、道は開ける」と言うセーラー万年筆の中島義雄社長
 「偉そうなことは言えないが、人生は七転び八起きだ。志を捨てずに、負けてたまるかという気持ちで、前向きに努力し続けてほしい。そうすれば、おのずと周囲が手を差し伸べてくれる。最初から他力に頼って、努力もせずに助けてもらおうとしてもうまくいかない。

またつらそうな顔をしていても、いい知恵は出てこないし、周囲もさほど同情してくれない。あまりくよくよせずに、明るい顔つきをするよう努めれば、道は開けてくる」 どこかで聞いたことのあるような平凡な助言だが、中島氏は志と努力と明るい顔で、確かにどん底から這い上がった。復活への近道はないということだ。 絶望的状況にあって、希望を捨てずにいられるかが試される。陳腐な結論かもしれないが、実際に中島氏のように復活できる人が少ないという事実は、それがいかに難しいことなのかを物語る。

 

 

posted by タマラオ at 07:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記