2015年02月06日

海外の「盆栽ブーム」     No2

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ハマるほど自然体になる!?摩訶不思議な盆栽の魅力
笠井さんがベランダで育てている小さな盆栽。季節によって棚の風景も変わる。盆栽といえば、日本ではほんの少し前まで老人が楽しむものという認識があった。作家・深沢七郎が盆栽のメッカで暮らす日々をルポした『盆栽老人とその周辺』(文春文庫)には、どこへ行っても盆栽を薦められ、挙げ句、「預かってくれ」と置いて行かれたりして困り果てる様子が小説風に描かれている。単行本の発行は1973年であり、値段があってなきがごとし盆栽はこの頃、農家の副業としてかなり儲かるビジネスでもあったようだ。

──盆栽ってなんだか大変そうですね。毎日、水やりをしないといけないですし。

「それは、慣れたらできるようになります。朝起きたらトイレに行くのと同じ。ぜんぜん苦にならなくなる」

──何鉢くらいやっているんですか?

「50鉢」

──そ、そんなに……。

「最初はぜんぜんキープできなかったんです。仕事が忙し過ぎて。やはり、生活を反映するんですね。植えたら枯れて、枯れたらまた植えて、みたいな状態がずっと続いていました。その頃は1ヵ月に一度、2時間だけ盆栽を習っていたんです。肉体的にも精神的にもかなり疲弊した状態だったんですけれども、不思議と土をいじっている間だけは心が落ち着いた。盆栽がいいなと思ったのは、道端に生えているような、なんてことのない草を鉢に植えただけで生き生きとして見えること。植物と鉢の組み合わせだけで作品になるってすばらしいな、と思ったんです」

──あのー、盆栽をやっているとやはり、心が癒される感覚とかあるんでしょうか。植物に話しかけちゃうとか?

「あ、それはない」

──早起きになったりとかはしますか?

「それもないですね。というより、疲れの度合いが増したかも。それと、以前よりもストレートに感情の表現をするようになった(笑)。趣味が高じて鉢を売る仕事まで始めちゃったから編集仕事の納期に間に合わせるのがたいへんだし、お金はなくなるし……。ただ、盆栽を始めてから自分が何を大事にすべきか、がよくわかるようになってきたかも知れません。軸がぶれなくなった、というか」

──なるほど、盆栽をいじればいじるほど自分自身は自然体になる、と。

「そうかも。盆栽をやって良かったと思うのは、どこへ行っても『この草花はなんていう名前なのかな』とか『あの木、おもしろい形をしているな』とか自然を眺めて楽しめるようになったこと。そういう面では、すごく安上がりな楽しみ方ができるようにもなりました」

 

 

posted by タマラオ at 05:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記