2015年01月12日

人間は150歳まで生きられる」 No3

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最高齢エベレスト登頂者が挑む“攻めの健康”
http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20150105/275812/?P=1

90歳で4度目のエベレスト登頂に挑戦する
高齢化が進む日本にとって、100歳の「センチュリアン」が1つの節目になっていく。あと10年もすれば、60歳の還暦を2回祝う、120歳の「大還暦」がテーマになる時代が来ると思うんです。100歳になってもまだまだこれからだ、と。高齢者はみんなそう思わなきゃいけないし、そうなれば、今度は個人も社会も、どうしなきゃいけないかが分かってくる。つまり80歳というのは、人間がどんどん衰退する状態ではなく、100歳に向かってまだまだ挑戦していく年齢になる。

僕の当面の目標は、85歳でチョーユーというヒマラヤの8200m地点からスキー滑降をすることです。それを達成したら、次は90歳でエベレストに4度目のトライをしたい。僕の一番の欠点は心臓の不整脈なんです。スポーツをやっているうちは心臓が肥大して、これが高齢になると心臓が変形しちゃう。ただ、ノーベル賞を受賞した山中伸弥さんのiPS細胞とか、再生医療も随分進歩していますよね。心臓も今、実験中だそうです。

うまく技術を生かして、若返る心臓を作れる可能性が見えています。まだ、これから10年近くありますから、他力本願だけれど、再生医療の進化を期待しながら、90歳でエベレストに登頂できる可能性があるんじゃないかと思っています。
今もまだ休んでいますが、足にはそれぞれ1.4kgのウエイトを付けていますよ。今晩(取材時の2014年11月18日)は、これから小泉(純一郎)さんや豊田章一郎さん、御手洗(富士夫)さんを含めた財界人のパーティーが夜にあるんです。

いつも通り、これにも重りを付けて参加します。いつも、そうやってうろうろしているとみんなが寄ってきて、「今日は何キロ?」なんて聞かれたりして(笑)。

「63歳で余命3年と宣言された」
実は一旦、50代後半でもうリタイアだと思っていたんですね。仲間がみんな死んでいきましたから。植村直己や加藤保男、山田昇、長谷川恒男…。僕より若い、世界に誇る登山家や冒険家が、次から次へと死んでいった。 僕は運が良かっただけだとは思うけれど、よく今まで助かったものだと感じて、60歳にリタイアしようと考えていた。 でもね、リタイアした途端に、典型的な怠け者になったんです。飲み過ぎや食べ過ぎで運動不足になってしまった。

すると63歳くらいの時に、寝ていて、気持ち悪いなと思った途端、心臓が何かにつかまれるように痛くなったんです。狭心症の発作でした。本当に危ない状態になって、病院で検査を受けたら「余命3年どころか、明日だって危ない」と言われたくらいです。 狭心症の発作以外に糖尿病も患っていたし、血圧も高くて190ぐらい。人工透析も、もうすぐというぐらいで、本当に「余命3年」と宣言されてしまった。 それで、思い切って足に重りを付けて、背中にザックを背負うようになったんですね。

1年目はそれぞれ1kgずつ、2年目から3kgずつ、3年たって5kgずつ。最後には10kgずつ、合計で30kgを背負って歩くようになりました。こうしたらメタボが完全に治って、膝の半月板損傷や腰の痛みも全部治っちゃった。 エベレストに登ってみたいという目標を立てた時、僕は走れなかったんです。だから苦し紛れに足に重りを付けてゆっくり歩き始めた。 例えば新幹線で大阪に行く場合は、(東京の)北参道にある事務所から東京駅までの約9kmの道のりを、片足5kgずつ、背中に25kgの重りを背負って歩いて行きます。ちょうど富士山に登ったのと同じくらいの運動量で、やっとの思いでふらふらしながら新幹線によじ登る。それで、トイレでびっしょり汗をかいた洋服を全部着替えていくんです。

 

 

posted by タマラオ at 05:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記