2015年01月09日

医者も人間です No1

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http://diamond.jp/articles/-/22940

筆者の尿管結石経験談から 予防法と痛みに襲われたときの対処法を考える 旭 伸一
[医学博士 日比谷公園クリニック院長]

縁石に座り込んでうめいた尿管結石の焼けるような痛み
医者も人間。今回は筆者が尿管結石になったときのストーリーを基に、その予防法と症状が出たときの対処法をお伝えしようと思います。あれは2011年の9月のことでした。仕事から自宅に帰ろうとしたときに、急に上腹部に違和感が走りました。「うっ」と息が詰まるような痛みに、何か悪いものでも食べたのかと思いましたが、その日、生ものを食べたわけでもありませんでした。 便秘のような気もしたのですが、それにしては痛みが強い。

職場を出て、エレベーターに乗って地上に出るころには、痛みはみぞおちから腹部全体に広がっていました。その痛みは、まるで誰かが太陽を腹の中に押し込んだのではないかというような、焼ける痛みになっていました。駅に向かって歩いていくのですが、痛みの強さと質から、これは尋常ではないと考え始めました。そのときは、すでに呼吸がほとんどできないくらいになり、意識もだんだんと遠のいてくるのが分かりました。 「いったい何だ、何なんだ」とつぶやきながら歩いていました。

しかし、もう歩けないと立ち止まり、駅前の銀行の縁石に座り込み、腹を抱えました。額から冷や汗がしたたり落ち、声にならないうめき声を出していたはずです。 「もしかして心筋梗塞ではないか
――」。一瞬、頭をよぎりました。朦朧とする意識のなかで、「確か、心筋梗塞の中でも右冠状動脈がやられて、下壁梗塞になると腹痛になる」と、もう1人の冷静な自分が、痛みに必死に耐える自分に話しかけてきました。そして、「右冠状動脈からは房室結節に動脈が出ているので、不整脈を起こしていたら、オレの人生はもう終わりだ」などと考えていました。

そこで、脈を自分でとってみることにしました。しかし、脈の乱れはないし、血圧が下がっているとも思えませんでした。とりあえず、すぐに死に至ることはないなと、と銀行の縁石に座りながら考えました。そうして、ようやく「これは尿管結石だろう」と考え始めました。以前に救急室でよくみかけていました。まさか自分がこのようなことになるとは思いもよりませんでした。

“お花畑”も見えた!? 2度目の発作
そのあとのことはよく覚えていません(笑)。30分くらい座りこみ、ようやく歩き出したのではないかと思います。電車に乗って、最寄り駅からは歩いて家に帰り着いたはずですが、銀行の縁石から家までは、まったく思い出すことができません。意識はそう簡単になくなるものではありませんが、この時ばかりは意識が低下していたと思います。まるでゾンビのように歩いていたのでしょうが、よく警察のお世話にならなかったものだと思いました。家に着くと、すぐに風呂に入り、寝たようです。

9月で残暑が厳しいころでしたが、筆者は節電に協力するためエアコンは使用せず、窓を開けて寝ていました。水分をしっかり摂ればよかったのですが、汗が出ると困るので、その日は極力、水分を摂るのを控えました。いま、思い返すと、あの日は尿が濃くなっていましたが、そういうものだろうと、気にしていませんでした。そして、一週間後、2度目の発作が起きました。今度は診察室で昼休みになって、食事に出ようとする直前でした。

「また来たか!」あの意識が遠のくほどの苦しみが襲ってくると思い、背筋が凍ったことを覚えています。ただ、救われたとも思いました。なぜなら、今度は院内に薬局があったからです。 「これぞ、役得だ」などと、
心のなかで思いつつ、ふらつきながら、薬局にたどり着きました。「ブスコパン」と「ボルタレン」。まるで呪文のように、その名前を頭のなかで繰り返していました。ようやく手にした薬を、落としたりして、なんとも無様な様子だったと思います。

 

 

posted by タマラオ at 06:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記