2014年11月01日

深層中国 ?巨大市場の底流を読む No5

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こうした社会の変化の中で、顧客の要求水準を実現できる「技」を持った人材の価値が高くなっていくのは自然なことだろう。そこには単に労働力の供給が減り、需要と供給のバランスが崩れて賃金相場が上がるというだけではなく、「仕事の価値」に対する社会の評価が反映されている。この変化を見落とすべきではない。

収入格差は縮小の方向に
1978年に「改革・開放」が始まる前の中国社会は、大卒以上の「幹部」とそれ以外の労働者、農民という明らかな階級が存在していて、「幹部」にならない限りなかなか陽が当たらない格差社会だった。いまはこの区別はなくなったけれども、前述した伝統的な「文」=「官」重視の気風とあいまって、「ホワイトカラー至上」の考え方はまだまだ根強い。その典型的な現れが社会問題化している大学入試の過熱現象である。

しかし、市場経済化が進展し、中国社会が市場原理、競争原理を基本に動く、あえて俗な言い方をすれば「お金という尺度でものごとが測れる社会」になるにしたがって、自分の力で高度な「技」を身につけた人が高い報酬と社会的な認知を得ることができるようになってきた。これが「新ブルーカラー」層にほかならない。  「家柄」「学歴」「権力」といった「市場原
理的でない」世界の人々が易々とお金を儲けていく現象が中国社会には蔓延している。


それはまことに困ったことである。しかしその一方で、市場から評価される「技」を持つ人が認められ、高い報酬を得る。そういう流れもこの社会には起き始めている。まだまだブルーカラー全体が高い報酬を得ているわけではないけれども、そういう動きが中国社会に出てきたことは、とてもよいことだと思う。 中国で貧富の格差が拡大しているのは、総論ではそ
の通りだが、その点ばかりに目を奪われるべきではない。日々の収入という面でみれば、近年のブルーカラー層の収入の伸び率はホワイトカラーを上回っており、収入格差は縮小の方向に向かっている。

中国社会がさまざまな問題を抱えながらもそれなりの安定を保っている大きな背景のひとつがここにある。また、学歴にかかわらず、ブルーカラー層が努力次第でホワイトカラー層を上回る収入を得る道が広がることで可処分所得が増え、購買力を持つ消費マーケットとしての存在感も大きくなっていくだろう。 先日、中国の新聞を読んでいたら、ある建設現場の30
代後半のコンクリート職人がインタビューに応えていた。「故郷の街で30万元(480万円)のマンションを買って、小さいけれど8万元の車も買った。

去年は家族でタイに海外旅行にも行った。生活には満足しているよ」。建設労働者が車を買って家族で海外旅行に行く。一昔前には考えられない話だが、確かにそういうことが可能な時代になっている。中国社会が本当に変わったのは、実はこういうところではないかと思うのである。

 

 

posted by タマラオ at 06:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記