2014年11月30日

イオンがコメをつくるわけ No1

028.JPG
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20141029/273165/?n_cid=nbpnbo_bv_ru

イオンが稲作に参入する――。10月初めに報じられたこのニュースについて、コメ農家に感想を聞くと、「イオンが出たあとはぺんぺん草も生えないらしいな」と言って眉をしかめた。なんとも過激な言い方だが、ようは大企業が農業に入ってくることへの警戒感を映しているのだろう。 この農家のあたまに渦巻く疑念をもっとふつうの言葉に直すと、つぎのようになるだろうか。そもそもなぜ、米価の下落が深刻なこの時期に、あえてコメづくりを始めるのか。

大企業がやれば日本の稲作は再生できるのか。なにより、本当に責任をもって農業をやってくれるのか。

羽生市の要請で2015年開始、100ヘクタール目指す
作付けを始めるのは2015年。埼玉県羽生市で11ヘクタールの田んぼを借り、県が推奨するコメ「彩のかがやき」を栽培する。イオンはすでに全国15カ所の農場で野菜や果物をつくっているが、コメをつくるのは初めてだ。将来的にはここを100ヘクタール以上に広げることを目指している。 ねらうのは、スーパーのおもな顧客層であるボリュームゾーンだ。だから、極端に高いブランド米をつくるわけではない。子どものいる、ふつうの家庭でふつうに買えるコメだ。

栽培がうまくいけば、来年の秋ごろから、埼玉県の店舗を中心にイオンブランドのコメが店頭にならぶ。これが事業の概要だ。 そこで、まず最初の疑問。なぜ稲作に参入するのか。この問いに、イオンの子会社、イオンアグリ創造(千葉市)の社長、福永庸明は2つの面から答えた。1つは「稲作をやってほしいという要請が羽生市からあった」。冒頭にかかげた農家のセリフからすれば、「大企業は恐ろしい」はずなのに、なぜ羽生市はイオンに農地をたくそうとするのか。

イオンが羽生市で農業を始めたのは、2010年。当時も羽生市から「条件のいい平地の田んぼでも、耕作放棄地が増え始めている。ぜひコメをつくってほしい」という相談があった。そのときは、ほかの地域でつちかったノウハウをいかし、キャベツや白菜をつくることにした。農場を開いてすでに4年がすぎ、運営はほぼ軌道にのった。イオンの側でも「そろそろコメをやろう」と思い始めていた。そこにあらためて市のほうから「稲作の継続が難しい地域が、イオンに来てほしいと言っている」という連絡がきた。

これが、コメづくりに乗り出す第一の理由だ。 もう1つのねらいは、コメがどうやってつくられているかを自分でつくって理解することにある。これは、「なぜ米価が下がっているのに稲作を始めるのか」という疑問とも関係する。

減っているが、やっていけない水準なのか
「日本人がコメを食べなくなり、市場がシュリンクしているということはわかる。だが、生産コストを割り込むほど値段が下がっているのかどうかはわからない」。福永はそう話す。「もうけは減っているだろうが、やっていけないほどの水準なのだろうか」。 それを確かめるため、11ヘクタールの田んぼでは、稲作のコストを劇的に下げる農法として期待される「直播き」という手法を試す。田植えをせず、田んぼにタネをじかにまく手法で、この連載でも以前紹介した(7月11日「最強の農業経営のヒミツ」)。

 

 

posted by タマラオ at 05:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年11月29日

日本料理の幅を大きく広げたすり鉢のぎざぎざ「櫛目」 No1

026.JPG
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/42080

蕎麦屋や和食店で、小さな「すり鉢」と「すりこ木」が出てくることがある。すり鉢のなかにはゴマやクルミなどの薬味が入っている。自分でお好みにすってくださいというわけだ。料理を待つ間、ゴリゴリとやる。最初は押しつぶすようにして砕き、ほどよく細かくなったら、ぐりぐりとすりこ木を回す。だんだんと油がにじんできて、ほのかな香りが漂う。すりこ木が快調に回り出したら、ずいぶん細かくなった証拠。そうこうしているうちに料理が運ばれてくる。料理が来るまでのちょっとしたアトラクションだ。 すり鉢と、山椒の木でできたすり
こ木。すりこ木の材は、櫛目を傷つけない適度な硬さのものが適しているとされ、山椒を第一に、柳や桑なども使われてきた

「する」道具といえば、ふだんから家で使っているかどうかはさておき、多くの人はすり鉢とすりこ木を思い浮かべるのではないだろうか。「する」道具を調べていて、ことのほかすり鉢礼賛の記述が多いのに驚いた。 たいていは「あまり使われなくなったけれど」といったような前置きがある。それから「でも」と逆説がきて、そのあとに「いろんな料理に使える」「すり鉢ですると風味がいい」とすり鉢のよさが強調され、「ひとつあると便利」と締め括られる。

私が見たなかで、もっとも古いのは1975(昭和50)年4月号の『暮しの手帖』で見つけた<すり鉢を見直す>という記事。となるとすり鉢は、いまから40年ほど前からずっと見直され続けていることになる。 便利な電動のミルやミキサーがたくさんあるにもかかわらず、なぜこれほどまですり鉢は消えそうでいてしっかり残っているのだろうか。そこには、なにかしら理由がありそうだ。

昔のすり鉢には櫛目がなかった
すり鉢の歴史はかなり古い。大阪府の陶邑(すえむら)や愛知県の猿投(さなげ)など6世紀の遺跡から、すり鉢の原型とされる形状の須恵器(すえき)が出土している。この頃のすり鉢は、現在のものよりも口が狭く、高さがあり、底の高台にあたる部分が広がっている。 それ以前はどうやって木の実などをすり潰していたかというと、窪みのある石皿と磨石(すりいし)がセットで使われていた。石などの硬い材質を使った「する」道具というと、メノウのほかに磁器やガラスなどが使われる乳鉢と乳棒の組み合わせを思い出す。

だが、日本では乳鉢と乳棒はもっぱら薬などを調合するのに用いられ、食材をすり潰すための陶器のすり鉢やすりこ木と、明確に使い分けられてきた。 話をすり鉢に戻すと、その出土例が増えるのは平安時代の半ばからだ。平安時代末期から鎌倉時代にかけて書かれた中山忠親(なかやまただちか)の日記『山塊記(さんかいき)』では、1179(治承3)年の記述に「摩粉木(まこぎ)」という、すりこ木を示す言葉が登場している。

このようにすり鉢は鎌倉時代から徐々に広まっていき、南北朝時代から室町時代にかけて広く浸透した。1351(観応2)年制作の『慕帰絵詞(ぼきえことば)』という、親鸞のあとを継いだ本願寺三世覚如を描いた絵巻物では、囲炉裏のそばにすり鉢とすりこ木が置かれているのが見てとれる。寺の厨房が描かれた『慕帰絵詞』の一場面。ざるや水桶と並んですり鉢とすりこ木が置かれている(国会図書館蔵) 普及に伴い、すり鉢に1つの大きな変化が生まれた。それは、内側に櫛目が刻まれるようになったことだ。

現在使われているすり鉢には、内側に放射状に隙間なく櫛目がつけられている。だが、古いものには、実は櫛目はない。それが鎌倉時代の備前焼のものに、数本の櫛目が現れる。それからだんだんと櫛目が増えていき、室町時代後期ともなると、だいぶ細かい櫛目が施されるようになる。現在のようにびっしり筋目がついたものは、江戸時代になってから登場したものだ。 となると、この櫛目の変化はいったい何を意味しているのだろうか。

 

 

posted by タマラオ at 05:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年11月28日

職人の技術は不可能を可能にする No1

025.JPG
http://diamond.jp/articles/-/61595

日本は「木の文化」、西欧は「石の文化」とよく言われるが、木の良さが最近見直されている。建築のジャンルではかつての鉄とコンクリートの時代が終わり、木造の再評価が世界的に進んでいる。料理にも同じようなことが起こっていて、エルブジなどに代表される一時期の行き過ぎたものから、自然に回帰するような流れがある。業界外の人には気づきにくいことだが、器にも流行がある。例えばかつてフランス料理といえば、装飾が施された丸い陶磁器の皿に盛りつけられるものだった。

それがモダニズムの流れに従うように装飾が落とされ、民主的でフラットな白い皿に料理は盛られるようになった。そして、数年間だけ四角い皿が流行った後、やがて自由な造形の皿が用いられるようになった。このところはこれまでの冷たい印象のある陶磁器の器から、木や石などの温かみのある素材に関心が集まっている。なかでも木は自然をダイレクトに感じられる触り心地の良さと、温かさがあるので、心の落ち着きを求める現代人にぴったりだ。

北海道の木工の街で生まれた紙のように薄くて軽い「木のコップ」
以前、この連載で『折箱』を扱った際にも言及したが、日本の森林資源量は年々増加し続けているものの、利用率は40%に過ぎない。6割の森が放置されているわけで、日本はその資源を有効に活用できてはいないのだ。普段の生活のなかから木は遠ざけられた。極端な例かもしれないが、朝起きてから眠るまで一度も木に触れることなく時間を過ごすことだって可能である。そうした暮らしのなかで普段、森林について考える機会などない。

木工の街として知られる北海道、旭川にある高橋工芸は『Kami』シリーズなどで名前が知られる会社だ。現代の生活様式に溶けこむ製品をつくり、北海道産の落葉広葉樹であるセンの木でつくられたコップは特に有名で、セレクトショップなどで見かけたことのある人も多いかと思う。手に持ってみると誰もがその軽さに驚く。透けて見えるのではと思うほど薄いが、華奢な印象はない。実際、割れにくいそうだ。僕らがお邪魔させていただいた工房は、驚くほど小さく古い建物だった。ここで製造された商品が並べられている洗練された都会のセレクトショップとのギャップはかなりのものだ。

高橋工芸はもともと、家具の脚(飾り柱)などを手がけていた。やがて、家具の需要の低迷に伴ない、1980年台からカップやシュガーポットなどの制作をはじめる。大きな転機となったのは紙のガラスのように薄い木製品Kami Glassを発表した
ことだ。「あるバイヤーさんからそんな商品があったら面白いよね、というご意見をいただいて。やらないでできないというのは嫌なのでとりあえずやってみよう、と」代表取締役社長の高橋秀寿さんはいかにも職人肌という印象の方だ。

 

 

posted by タマラオ at 05:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年11月27日

美味しいものは骨まで味わう、日本の優れた食文化 No1

024.JPG
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/42150

西武新宿線と都営大江戸線が交差する「中井」駅を降りて徒歩1分、新宿区中落合在のうなぎ串焼き「くりから」をご紹介します。 ニンニク醤油でうなぎを食べる 逸品です! すぐに売り切れ続出  私が愛してやまない「くりから」は、うなぎの串焼きで飲ませてくれるお店です。能書き以前にまず「短冊串・ニンニク醤油」の風景から。 ただでさえ精のつくウナギをニンニク醤油で食べていったいどうするんだ、とか聞かないで、まずは華麗な食の演出をご堪能下さい。

キモ、レバー、エリ、バラ・・・様々なウナギの串が楽しめますが、希少部位も多く入荷しない日、入ってもすぐに売り切れてしまう品も多く、全部の品数を制覇するにはしばらく通わねばならないかもしれません。ウナギというと多くの人が思い浮かべるのは蒲焼でしょう。しかしウナギは蒲焼のみにあらず。これも知る人は知る定番で、ウナギの骨は揚げれば何よりのビールのお伴です。 「くりから」は飲み物もウナギと相性のいいものを・・・しかも気軽にお替わりできる設定で供してくれます。

ビール、ホッピーなどポピュラーなものから「金宮焼酎」さらにはチューハイの元祖「ホイス」といった、なかなかほかではお目にかかれない幻の酒のラインナップ。 ウナギの「皮」の美味は誰しも知るところですが、開いて下ろしたバラの部分をポン酢でいただく、さらにはキモで調味したバーニャ・カウダなど、一匹のウナギの頭から尻尾まで・・・どこからが尻尾かよく分かりませんが・・・捨てるところがほとんどありません。そう、ウナギという食材は「一身具足」を丸ごと食べられる。ここは大事なポイントだと思うんですね。

一身具足:役者のすべてを生かす ビールの定番ウナギボーン「ホネ」
実はご亭主の鈴木規純さんは、あまり強調しておられませんが、演劇人としても長いキャリアをお持ちです。 劇作家・演出家が選りに選ったウナギを一串、一串丁寧に供している。私も一楽隊として共感しつついただいている次第です。
そして舞台に登場する主役:ウナギですが、ウナギは1つとして捨てるところがない。すべてを生かし、最も良い形で一品として供したい、という職人気質は、ステージ上の役者が持てるすべてを生かし切る演出家の目と耳、嗅覚と味覚と一本キリッと筋が通っている、そんなふうに思っています。

 

 

posted by タマラオ at 05:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年11月26日

健康寿命 No3

023.JPG
この結果を見る限り、何か特別な健康管理を行っているという人は少ない。「定期的健康診断や人間ドッグを受けている」(42歳女性/事務系会社員)、「酵素やセサミンなど、食事以外の栄養を取っている」(30歳女性/技術系会社員)などはごく少数派だ。効果のあるなしは個人の捉え方によるのだろうが、ほとんどの「健康に自信ある派」は、「一番の健康法は日常の過ごし方にある」と考えていることがうかがえる。

一方、「健康に自信ない派」は、日常生活でどんな健康リスクを感じているのだろうか。「あなたが日常生活で『健康に悪い』と自覚している生活習慣は、どんなものですか」という問いかけに対する回答をざっと見て気づくのが、「喫煙、飲酒」(44歳女性/自由業)、「タバコ大食い」(34歳男性/技術系会社員)など、酒とタバコが体に悪いと感じている人が、圧倒的に多かったことだ。「わかっちゃいるけど止められない」ものではあるが、やはり本人たちはリスクを強く感じているのだろう。

他には「ラーメン食べ過ぎ」(37歳男性/技術系会社員)、「カップラーメンばかり」(34歳女性/事務系会社員)、「きちんと食べていない」(44歳男性/技術系会社員)、「暴飲暴食」(56歳男性/事務系会社員)といった、食生活のバランスの悪さを自覚する声も多数あった。 「肥満」(40歳男性/営業系会社員)、「運動不足」(47歳男性/経
営者)などメタボを気にする声や、「睡眠不足、ストレス」(34歳男性/事務系会社員)などメンタル面に通じる不調を指摘する声も少なくなかった。

「健康に悪い生活習慣」の原因は仕事のストレスと密接な関わりがあった?
特徴的だったのは、タバコ、飲酒、バランスの悪い食事、運動不足や肥満、睡眠不足など、体に悪いと思われる生活習慣の原因が、長時間労働や職場の人間関係といった労働環境の問題に端を発するストレスにあるように見える人が多いことだ。たとえば、「夜遅くの食事と、運動不足」(44歳男性/技術系会社員)、「飲酒とストレス」(58歳男性/会社役員)、「お酒毎晩なのと、不規則な勤務」(38歳男性/技術系会社員)、「常に過労気味・仕事柄の睡眠不足」(41歳女性/事務系会社員)という回答も少なからずあったことから、働き方と体に悪い生活習慣のあいだには根深い因果関係があることがうかがえる。

なかには、「上司からの人格を否定される毎日」(34歳女性/事務系会社員)と、職場にいること自体が悪い生活習慣になっていそうなケースもあった。巷でブラック企業、過労死、超成果主義などのトピックが当たり前のように飛び交う昨今、我々が1日の大半を過ごす「仕事の現場」は確かにストレスフルだ。仕事のストレスが悪い生活習慣を生み、健康を害することによって仕事そのものにも悪影響を与えるという「負のループ」に陥らないよう、注意が必要である。

 

 

posted by タマラオ at 05:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年11月25日

健康寿命 No1

022.JPG
http://diamond.jp/articles/-/59827

日本人の平均的な「不健康な期間」 男性9.13年、女性12.68年
最近「健康寿命」という言葉を、よく耳にするようになりました。よく知られている「平均寿命」とは、どう違うのでしょうか。平均寿命はその時の0歳の人が、その後どれくらい生きるのかを示しています。これに対して健康寿命は、2000年にWHO(世界保健機構)が提唱した概念です。厚生労働省の定義によれば、「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」のことを言います。要は、日常的に介護などのお世話にならず、自立した健康な生活ができる期間のことです。

ということで、当たり前のことながら、平均寿命と健康寿命には差があります。厚労省の調査によれば、我が国の場合、男性の平均寿命が79.55歳、健康寿命が70.42歳、女性が86.30歳と73.62歳となっています。平均寿命と健康寿命の差が、日常生活に制限のある「不健康な期間」で、男性は9.13年、女性は12.68年となっています。みなさんの実感と比べてどうでしょうか。案外、長いと思いませんか。この両者の差を縮めることは、国の目標にもなっています。

「幸せな老後」と「持続可能な社会」のため健康寿命を延ばすことが必須
では、なぜ健康寿命を延ばし、平均寿命との差を縮めることが重要なのでしょうか。もちろん第一は、個人が幸せに老後の生活を送るためです。多くの人は自らの最後の姿として、「ピンピンころり」を望みますが、そのような最期を迎える人は多くありません。ですから、いくら平均寿命が延びても、不健康な期間が延びるだけでは、本人はもとよりお世話をする家族の心身両面の負担が重くなってしまいます。

ましてや少子化と相まって、家族の形がすっかり変わったいま、家族の負担はますます大きなものとなっています。加えて、社会全体で考えても、急速な高齢化が進む日本にあっては、不健康な期間が延びると、介護費用、医療費用が膨大なものになってしまいます。ご承知のように、現在、年金、介護、医療などの社会保障は現役世代(20歳〜64歳)2.4人で一人の老齢者(65歳以上)を支える「騎馬戦型」となっています。

これが2050年に、現役世代1.2人で1人を支える「肩車型」になると予想されているのです。ごく大雑把にいって、現役世代の5割を保証しようとすると、現役世代はお給料の半分50%を社会保障に回さないといけなくなります。このような社会は持続可能とは思えません。だからこそ一人一人が自立した幸せな老後を送るためにも、日本の社会を維持していくためにも、健康寿命を延ばして平均寿命との差を縮めることはとても重要なことなのです。

厚労省が対策に重点的に取り組むべきとして指定している疾患は、「ガン」「脳卒中」「急性心筋梗塞」「糖尿病」「精神疾患」の5種類で、5大疾病と呼ばれます。健康寿命を延ばすには、治療も大事ですが、食生活やエクササイズなど、若いころからの生活習慣の改善がとても大切です。厚労省の調査によれば、日本人の平均寿命と健康寿命は、男性の場合で79.55歳と70.42歳、女性の場合で86.30歳と73.62歳だという。

つまり、男性は一生のあいだに健康で暮らせない期間が9.13年、女性は12.68年もあるということだ。普通に考えれば、長生きは誰でもしたいもの。しかし、いくら長生きできても、晩年を寝たきりや大病を患った状態で過ごすことになったら、仕事や趣味、家族や友人との思い出づくりなどを十分に謳歌することはできない。メディアでは何かと「平均寿命」「長寿」が話題になるが、実は健康寿命こそ我々が最も重視しなければいけないものなのである。

 

 

posted by タマラオ at 05:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年11月24日

熊本発のブランド魚「田浦銀太刀」 No3

021.JPG
タチウオの歯は剃刀のようで「うっかり噛まれると血が噴き出してとまらない」(岩田さん)くらいだというほど、鋭利なのだ。タチウオは季節や時間によって浅い場所にいたり、深い位置にいたりと遊泳層が異なる。釣り糸を沈める深さや、潮流に合わせた漁船のスピードは長年の経験と勘がものをいう。ゆっくりと船を走らせながら40分ほど待つ。おおむね田浦ではタチウオ漁は小型漁船に乗り、ひとりで行われる。「ひとりの作業。気兼ねがなくて、よかですよ」と岩田さんが笑う。

漁はだいたい1日に10回程度。ほかの船と「どぎゃん状況とね」と無線で連絡を取り合いながら、タチウオの群れがいる場所へと舵をとる。1日で30キロ水揚げできれば上出来だ。「おっ、そろそろかかったと」。岩田さんが釣り糸を引き上げると、キラキラとしたタチウオが姿を現す。太陽を映す鏡のように 銀白色の眩しい光を放つ。キラキラを超えて「ギラギ
ラ」といったほうが正しいかもしれない。そして、シュッとシャープな姿は太陽に輝く剣のようだ。まさに「泳ぐ日本刀」。その姿は1.5メートルもの長さになることもあるという。本当に「太刀」である。

岩田さんは手早く、そしてタチウオに触れないように慎重に釣り針からはずす。「鱗がなかけんね、ちょっとでもこすれたらあっという間に色が変わるし、シワができるとですよ」。いわば「アルミホイル」を扱うようなものだ。釣り針からはずしたタチウオは、すかさず体表の保護と鮮度維持のため「氷打ち」を行う。田浦の漁師たちが徹底的に研究して開発した独自の方法だ。海水を入れた保存ケースに入れ、直接タチウオの表皮に当たらないようにナイロンでくるんだ氷をバランスよく入れて、冷やす。

一見簡単そうに見えるが、船の揺れを想定して、入れる海水の加減ひとつも気を遣う。「みんなで本当によく勉強して、覚えて、しっかりそれを守ってここまできました。どこにも負けん田浦の太刀魚ば食べてもらうために、徹底して取り扱わんと」と岩田さんは語る。港に戻ると、次々と選別、箱詰めを行う。もちろん慎重な手作業だ。水揚げされたタチウオのなかでも大きく、肉厚で、見た目も美しいものだけを選び「田浦銀太刀」として出荷する。選り抜きの「ギンギラギン」効果で価格上昇!焼いても煌めきが美しい田浦銀太刀。
ふっくらした身、上品な味わいがたまらない すっかり「切れ味のいい日本刀揃い」となった田浦銀太刀は新風を巻き起こす。ブランド化後、だんだん価格が上昇し、現在は約2倍近い値がつくこともある。タチウオの値段が上がり、有名になるにつれて、漁師たちの意識も変わり「もっといいものを」と、たゆまぬ努力を始めるようになった。少ない漁獲量でも利益を生む「やりがいのある」漁業が始まったのである。

タチウオ漁専門の船も増え、嬉しいことに新たにタチウオ漁に取り組む若い人も出てきた。田浦銀太刀を食べてみた。刺身はコリコリ、そして脂がのって口の中でとろけるよう。食べた後にも、じんわりやさしい後味が残る。余韻のある美味しさだ。着物の柄のように美しく輝く皮目の塩焼きは、ふんわりした身がホクホク、もちもち。じつに上品な味わい。タチウオはこんなに旨い魚だったのかと驚く。田浦銀太刀は関東へも出荷され好評となっている。組合では、今後はネット販売含めて、さらに田浦銀太刀の名を日本中に広めたいと意欲を燃やしている。

 

 

posted by タマラオ at 05:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年11月23日

熊本発のブランド魚「田浦銀太刀」 No2

020.JPG
そして、決まった名前は「田浦銀太刀」。やはりしっかり、「キラキラネーム」だった。いきなりタチウオ業界へ「宣戦布告」 釣り上げられたタチウオ。その輝きは眩しすぎる!ブランド
化のために、鮮度維持の研究や扱いの徹底をはじめたものの、実際のところ当時は組合員全員にその意が届いていたわけではなかった。「そこまでやってもタチウオの値段が上がるとやろうか」という懐疑的な声も多かったという。しかし、ちょうどそのころ、熊本県が「くまもと四季のさかな」にタチウオを認定。

「田浦銀太刀」に白羽の矢があたり、熊本ブランドとして大々的にPRしようという話になった。ならば、宣材がなくては話にならない。県水産振興課のコーディネーターの指導のもと、田浦銀太刀のポスターを作成することになった。
キラキラの輝き、頭から尾までかけて途切れなく続いた背びれが美しくうねったバツグンに美しい、田浦銀太刀の「ポートレート」が撮影された。「ものすごく撮影には時間をかけた力作です」と野口さん。

たしかにカッコいい。“ギンギラギンのスター誕生”である。
その素晴らしい姿を強調するために、いさぎよくポスターは真っ白に。このテのポスターにありがちな「きれいな海」や「水揚げシーン」や「漁師の姿」も一切排除。さらには墨文字で大きく踊るように、勢いよくしたためられた「田浦銀太刀」の文字。かなりのインパクトだ。こうなったら、キャッチコピーもこの迫力に負けないものが必要だという話になった。そこでコーディネーターから提案されたコピーは、たしかに迫力があった。が、組合員一同、迫力がありすぎて、たじろいた。

「そ、そこまで言ってよかっだろか」「こんくらい言いきらんと、このポスターでは目立たない!」と説得され、「そう言われればそうかもしれないと思いまして……」(野口さん)と、かくしてその“衝撃的”なコピーは採用。ポスターにでかでかと掲載。
「これ以上の太刀魚あったら、出てこい!」 田浦銀太刀のポスター。しゅっとしたタチウオの艶姿に強気なコピー!いきなり「タチウオ業界」への宣戦布告。「ああ、言っちゃったって感じですよね…」と野口さん。

とはいえ「ここまで言ってしまったら、とにかく、徹底的にやるしかなかったんです」。究極の有言実行である。しかもポスターは大好評。あちこちから「貼りたい」とひっぱりだこで、組合には1枚しか残らなかったほどだ。万が一、「これ以上」が出てきちゃったら大変だ。そもそも味には絶対的な自信のある田浦のタチウオ。コピーの名に恥じないタチウオを世に送り出すための漁師たちの取り組みが本格化した。

不知火海に輝く「泳ぐ日本刀」 ベテランのタチウオ漁師・岩田栄治さん。最近まで、研修生にタチウオ漁の指導も行っていた 田浦のタチウオ漁は早朝4時頃から行われる。タチウオ漁歴
30年以上のベテラン漁師・岩田栄治さんの漁船は静かな入り江から不知火海の沖へと向かう。「ほかの場所のタチウオも食べたことがあるけれど、このあたりのタチウオは別格。外海とは味が違います。ほんなこつ、うまかとです」と岩田さん。タチウオは通年漁獲される。

「このへんでは1年中、よく食べますね。わたしは塩焼きがいちばん好きですね。あ、でも大きかものを煮つけにしてもおいしかですね。かき揚げもよかですよ」田浦のタチウオはひき縄漁で漁獲される。1本の釣り糸に、サンマを細長く短冊状に切った餌や疑似餌を仕掛けた60本程度の釣り針を取り付けて、水に投げ入れる。そして、船を出して釣り糸をひき、魚が泳いでいるように見せかけてタチウオをおびきよせる。タチウオにエサを噛み切られないように、船に対して釣り糸は45度の角度を保って進行する。

 

 

posted by タマラオ at 06:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年11月22日

熊本発のブランド魚「田浦銀太刀」 No1

019.JPG
http://diamond.jp/articles/-/61828

細長い身体、銀色に煌めきながら、まるで侍が日本刀をかまえたように「立って」泳ぐタチウオ。料亭や割烹のメニューで重宝される高級魚は、都心のスーパーでその姿を見かけることは少ないが、熊本ではなじみが深い。県を代表する地魚として熊本県が選定した「くまもと四季のさかな」でもあり、漁獲量も多く沿岸部では昔から日常的によく食べられている。熊本県南部の芦北町に位置し、八代海が育んだ海の幸が水揚げされる田浦漁港。

芦北町漁業協同組合田浦支所では、一匹一匹ていねいに釣ったタチウオの中から、選り抜きのものを「田浦銀太刀」と名付けたブランド魚として販売し、注目を集めている。 「田浦支所の3分の1の漁船がタチウオ
専門。昔からこのあたりは、タチウオ漁が盛んです」と芦北町漁業協同組合田浦支所(旧・田浦漁業協同組合。2013年に芦北漁業協同組合と合併)の野口修さんは語る。 「通称『不知火海』とよばれる八代海は、
九州本土と天草の島々に囲まれたおだやかな内海。

温暖な気候、山から大地を巡り流れ込む球磨川水系から運ばれた恵みで、栄養豊かな水質のため、魚介類のエサとなる小魚などの生物が多いんです。豊富な餌を食べて立派なタチウオが育つんですよ」肉厚で身がしまり、脂がのった田浦のタチウオ。「そりゃあもう、地元の漁師は絶対の自信を持っていますよ。よそのタチウオより、田浦のタチウオは美味しかけんね」と野口さんは胸を張る。しかし、それほどまでに漁師たちが誇る田浦のタチウオは、残念なほど認知されていなかった。

九州で主にタチウオの産地とされている、長崎や大分に比べると知られていないばかりか、その価格はとんでもなく差があったのだ。 「こぎゃん旨くて上質な、田浦のタチウオが安いのはおか
しか」組合員たちが、田浦のタチウオの実力をアピールするために立ち上がった。2002年、田浦のタチウオをブランド化することを決めたのだ。ブランド化は「キラキラ」の徹底から始まった ブランド化をするならばと、
まずは、タチウオの徹底した品質管理を目指すことになった。

タチウオの場合、「見た目」もブランド魚として大切なポイントになる。タチウオならではの「キラキラ」。この美しい銀色の輝きを維持することが必要になってくる。タチウオは魚界における「ビジュアル系」なのだ。鱗のないタチウオは、そのまま皮ごと刺身にできるので、その銀色に光る美しさは料理の華やかさも醸し出す。巻き網で釣られた場合は、この銀色が剥がれ落ちていることがほとんどだが、一本釣りは味の良さだけでなく、その美しさからも高値で扱われるのだ。

しかし、この「キラキラ」が厄介な代物。鱗がないタチウオの身体を覆う銀箔は模造真珠や銀紙、マニキュアのラメなどにも使われるグアニンという物質。どこかに体表がぶつかれば、あっという間に変色しシワがよる。迂闊に手で触ろうものなら、勝手に“指紋捺印”状態。扱いがとても大変なのだ。一方、当時の田浦では、タチウオの扱いが徹底されていなかった。ロープにぶつけるわ、素手で握りしめるわで、いわば「刃こぼれアリの鈍った日本刀」状態のタチウオも混じった状態で出荷されていたのだ。

組合では扱いを改善するとともに、傷みの早いタチウオの鮮度維持の向上も組合員同士で研究に研究を重ねた。鮮度が落ちれば味が落ちるだけでなく、これまた、あの「キラキラ」も色褪せる。輝きを保つということはスター同様、タチウオも大変で、大切なのだ。しかしやっぱり「キラキラ」は大事なのである。ブランドにあたってのネーミングを検討する際にも、組合員から出てきた案はほとんどが「銀ぺえ」「銀ちゃん」はじめ、ほとんどが「銀なんとか」。やっぱり、銀はどこかに入れたくなるらしい。

 

 

posted by タマラオ at 05:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年11月21日

村人を殺す工場の排ガス No3

018.JPG
絶大な公権力の前では非力な村民たちは何することもできず、強制的な土地収用に従うことを余儀なくされたのだった。こうした経緯を経て建設された桐梓煤化工の工場が2012年1月に試運転を終えて操業を始めると、次に油草村を襲ったのが工場から排出される有毒ガスだったのである。多数の村民が肺疾患や白血病、がんなどで早死にするとして桐梓県政府に窮状を訴えても、相手にされず、油草村の村民たちはただ耐えるしかない実情にある。

桐梓煤化工は今や桐梓県の経済を支える柱石であり、排出される有毒ガスによって油草村の村民が早死にすることなどは些細な問題に過ぎないのである。「政府は自己の業績が全てで、庶民の生死は考慮の外であり、役人は自己の出世のためだけに任務を果たし、自己の懐を温めるために勤務する」とは、良く言ったものである。俗に「“寧可?死, 不願餓死, 寧可薫死, 不願窮死(食
物を食べてむせても良いが、餓死はしたくない、裕福ならガス中毒で死んでも良いが、困窮で死にたくない)”」とも言う。

これらの言葉は現在の中国の現状を言い表している。過去数十年にわたって、中国の地方政府の多くは経済発展を最大の目標として掲げ、その代償として環境資源を犠牲にして来た。この結果、生態環境は日に日に悪化し、現在の救いようのない劣悪な環境状況をもたらした。これは地方政府が経済成長という近視眼的な物の見方に捉われ、生態環境を破壊し、庶民の健康を破壊したことに他ならない。

庶民の生死は考慮の外
中国政府“衛生部”の“陳竺”前部長は英国医学雑誌「The Lancet(外科手術で使う両刃のメス)」の2013年12月号に寄稿した文章の中で、中国では空気汚染により毎年50万人以上が早死にしていると述べた。また、英国放送協会(BBC)は2014年3月25日の放送で、“中国国務院発展研究中心”と“世界銀行”が共同で発表した報告書に基づき、空気汚染が引き起こす“過早死(早すぎる死)”と健康問題は、中国に毎年1000億元(約1兆7600億円)から3000億元(約5兆2800億円)の損失をもたらしていると報じた。

2014年9月20日に北京市で開催された生態問題に関する会議の席上、環境問題の専門家は、「中国経済の発展は環境と国民の利益を犠牲として得られたGDP成長によるものであり、国土に蔓延する深刻な汚染は全ての中国国民から逃れる場所を奪い、全国で6分毎に1人ががんと診断されている」と述べた。中国政府“環境保護部”が発表したある研究報告によれば、2013年に調査を受けた中国の74都市中で、環境保護部が規定した「“環境空気質量標準(環境空気品質基準)”」に適合したのはわずか3都市に過ぎなかった。

こうした現実を前にして、中国各地では汚染をまき散らす化学工場に対する抗議活動がますます活発化している。報道管制の厳しい中国ではこの種の抗議活動が報じられることはあまり多くないが、メディアが報じた大型抗議活動の例を挙げると以下の通り。

 

 

posted by タマラオ at 05:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年11月20日

村人を殺す工場の排ガス No1

017.JPG
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20141111/273667/?n_cid=nbpnbo_rank_n

2014年11月6日の早朝、貴州省“遵義市”の管轄下にある“桐梓(とうし)県燎原鎮”の“油草村”で、同村“天馬組”の村民“趙水丘”が「がん」で死亡した。享年51歳だった。趙水丘は油草村で生まれ育ち、地方へ出稼ぎに行ったこともなく、長年にわたって農業に従事していた。これより先の10月18日には、油草村“紅籽(こうし)組”の“牟朝江”が65歳で死亡したが、死因は白血病であった。油草村で過去2カ月間に村内の化学工場が排出する有毒ガスによって死亡したのは7人で、牟朝江は6人目、趙水丘は7人目の犠牲者だった。

排出基準の達成実現のはずが…
桐梓県は貴州省の省都“貴陽市”から北に約200kmに位置し、16の“鎮”と8の“郷”からなる。2012年末の戸籍人口は71万5319人であり、このうち農業人口が86.5%を占めている。桐梓県に属する燎原鎮は人口約1万8700人で、油草村を含む7つの“村”で構成されている。その油草村にあるのが問題の化学工場“桐梓煤化工(石炭化学工業)”である。

桐梓煤化工は国有企業である“貴州赤天化集団”傘下の企業として2007年5月に設立された“貴州金赤化工有限責任公司”によって建設されたもので、その総投資額は約48億元(約845億円)。2007年7月28日に工場建設の起工式を行い、4年の歳月を経て工場が完成し、2012年1月10日に試運転に成功したのだった。桐梓煤化工の主要製品は、合成アンモニア(年産:30万トン)、メタノール(年産:30万トン)、尿素(年産:52万トン)であり、副産物として硫酸アンモニウム(年産:10万トン)、硫黄(年産:2万トン)が生産される。

この工場はエンジニアリング会社“北京化福工程有限公司”が、地元の貴州省で産出される“煤(石炭)”を原料とし、「石炭・水スラリー気化技術」を採用して建設したものであった。この工場は貴州省の重点建設事業である「三大石炭化学工業基地」の一つで、環境保護に力点を置き、資源とエネルギーの高率利用、廃棄物と汚染物の環境保護的処理と排出基準達成の実現を確保したはずのものだった。なお、桐梓米化工の原料となる石炭の年間消費量は、“原煤(原炭)”150万トンとされる。

ところが、桐梓煤化工の操業が始まると、毎日排出される大量の有毒ガスが油草村をむしばみ始め、工場の工員や工場周辺の村民が肺疾患やがんに侵されるようになったのである。桐梓煤化工の工員が語ったところによれば、2000人の工員がいる同工場では排出される有毒ガスによってすでに多数の工員が死亡しており、これら死亡した工員の遺体は人目につかぬよう密かに工場から運び出されているという。

会社側は工員たちがこの事実を口外しないように、かん口令を敷いて外部への情報漏えいを防いでいるのだという。一方、工場周辺の村民は毒ガスを吸い込んだことによる中毒で、一時期には20日間に3人が死亡したこともあったが、彼らは全員が50〜60歳であった。

 

 

posted by タマラオ at 07:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年11月19日

ネズミ肉のシシカバブは都市伝説ではなかった いまの中国の食品安全を考える   No2

016.JPG
流通記録などによれば、これらの肉が羊肉火鍋屋チェーン「小肥羊」や「澳門豆撈」といった有名火鍋レストランチェーンにも流入している可能性が疑われているとか。卸売市場関係者によれば、こういう偽羊肉が売られていることは、業界内ではいわば公然の秘密だという。「そもそも高級な羊肉がこの値段で売られているわけがない」という。

今年に入って発覚した十大食肉流通犯罪というのが、メディアで挙げられている。先に述べた2件以外に以下のものがある。

・内モンゴルで大腸菌に汚染された偽ビーフジャーキー14トン以上を押収
・違法添加物入りの貴州省貴陽の「鳳爪(鶏の爪)」製造拠点を摘発
・食品に使用を禁じている工業用松脂を使って脱毛処理した豚の頭を原料に豚肉加工品を製造していた江蘇省鎮江市の闇工場摘発
・農薬の混じった飼料を食べて死んだ羊を調理して販売、多くの中毒者を出し1人を死亡させた陝西省鳳翔の事件
・遼寧省瀋陽市の病死鶏2万羽を加工、販売し、市場やレストランに販売
・四川省自貢市の水増し豚(解体する前に大量の水を飲まして肉の重量を増した豚)加工拠点を摘発
・安徽省宿州の病死豚肉を加工し20トン以上を売りさばいていたヤミ工場を摘発

公安部によればこうした有毒食肉製造、販売拠点の摘発は382件に上り、押収した問題肉は2万トン以上、逮捕者は904人に上るという。 北京人の間で最近、神経をとがらせるようになったのは、山
東省?坊市産の「劇毒生姜」である。CCTVの人気番組「焦点訪談」が最近報じたのだが、山東省?坊市で生姜農家が使っている「神農丹」(成分・アルジカルブ)と呼ばれる農薬(殺虫剤)は、50ミリグラムで体重50キロの人間が死ぬほどの劇薬であり、中国農業部はこれを綿花やタバコ、バラ、落花生やサツマイモなどに使用することを認めているが、生食の野菜には認めていない。

ところが報道によれば、山東省?坊市ではこれを使って生姜を栽培しており、畑には「神農丹」の青い袋が普通に捨てられているという。しかも、使用規定を完全に無視しているとも。 たとえばサツマイモに使うとき
は最低でも収穫までの安全期間として150日を開けなければならないが、この生姜栽培では最後に神農丹をまいてから60日前後で収穫しているので、かなり農薬が残留していると見られている。

しかも、栽培農家は自分たちでは絶対、これら神農丹使用の生姜を食べないという。さらに言えば、中国農業大学の専門家はCCTV番組中で、神農丹の乱用が地下水を汚染する可能性を指摘している。 今のところ北京では、この?
坊産の農薬汚染生姜は見つかっていないが、北京市で売られている野菜は山東省産が多いだけに、「意識の高い都市民」は少々、山東省産生姜に敏感になっている。

このように食品衛生安全違反の事件は、中国でかなり頻繁に報道されるようになった。特に、日本でも大きく報道された2008年のメラミン汚染粉ミルク事件の初期の隠ぺいによって、健康被害乳児が30万人以上に拡大してしまった後は、食品安全監督が地元政府官僚の「政治成績」と関わるようになってきたので、タレコミやメディアによる潜入取材と暴露が多くなっている。

 

 

posted by タマラオ at 05:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年11月18日

ネズミ肉のシシカバブは都市伝説ではなかった いまの中国の食品安全を考える   No1

014.JPG
日経ビジネス   http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20130506/247599/?P=1

世界で一番危険な食べ物を販売する悪魔の国
北京では鳥インフルエンザのせいで北京の鶏肉や卵の値段がずいぶん下がっていた。加工肉で鳥インフルエンザに感染する例はないと聞くが、それでも敬遠されるようだ。  豚肉の価格も下降ぎみだ。病死豚肉
が違法流通している状況が最近発覚していることも影響しているといわれている。今年3月に長江下流域で1万6000頭の豚の死骸がぷかぷか流れていた事件があったが、あれも豚の病死と病死豚肉の流通問題が背後にあると言われている。今回は最近、中国でいくつか発覚している「危険食品」問題を紹介したい。

「四足は机以外食べる」という広東人でもビックリ
5月上旬に一部中国メディアで報道され、強い関心を呼んだのが、福建省?州市南靖県で地元鎮政府から「病死豚の無公害化処理」業務を請け負った業者3人が実は病死豚肉の流通に加担していたことが発覚した事件だった。この3人はわずか3カ月の間に40トンの病死豚肉を広東省や湖南省地域に流通させ、約300万元相当の売り上げを得ていたという。 3月に地元警察が「タレコミ」をもとに
地元鎮政府の冷凍車を抜き打ち検査すると、確かに病死豚肉7トンが押収され、冷凍車に乗っていた運転手と3人の業者を逮捕した。また3人が借りていた冷凍倉庫からも約32トン相当の病死豚が押収された。

地元動物検疫当局によると、この倉庫内の豚肉からは俗称「青耳病」(豚繁殖・呼吸障害症候群)と偽狂犬病(オーエスキー病)のウイルスが検出された。青耳病は「豚のSARS」と言われ、空気感染し、感染力が非常に強く致死性も高い。偽狂犬病は豚の唾液や鼻汁などの直接、間接接触で感染が広がり、豚がかかると脳軟化など神経障害を起こす。 逮捕された3人は鎮内の各村で病死
の豚の検死を行い、その死骸を安全に処理する仕事を請け負っていたが昨年8、9月ごろから、病死豚の肉を横流しで売り始めたところ、よく売れたため、今年1月から本格的に倉庫を借りて、病死豚専門に大量販売を行うようになったという。

3人は、路上に捨てられている病死豚を拾い集めたり、農家から病死の豚を1斤(約500グラム)あたり0.1元から0.8元程度の安価で買ったりして、人を雇って解体、20キロずつ袋詰めにして、販売していた。これの流通先はまだ調査中だが、広東や湖南の食肉業者に転売され、最終的には食卓に並んでいる可能性もあるという。逮捕者はさらに増える見込みだ。 もう1つ、最近世の話題となったの
は偽羊肉だ。

路上の屋台で売られているシシカバブがネコやネズミの肉などを羊の油に付け込んだ偽羊肉が使われていることは「都市伝説」として語られてきたことだが、それはまぎれもない事実だった。

上海紙「解放日報」が公安当局の摘発した食品安全犯罪として報じた。 それによると、偽羊肉にはキツネやタヌキ、カワウソ、果てはネスミなどまで含まれていたことがDNA検査で判明。ネコ肉は、中国の南部では薬膳料理として普通に食されているが、さすがにドブネズミの肉まで使用されていたとあっては、「四足は机以外食べる」といわれた広東人ですら、驚愕だろう。

有名レストランチェーンでも流通
この偽羊肉は江蘇省無錫の警察当局が「タレコミ」をもとに卸売市場にがさ入れしたところ、発覚した。これら肉は上海の農産物市場にもすでに流入しているという。 卸売市場で押収された11トンの偽羊肉は
ニュージーランド産ラム肉加工品(シシカバブ)などとして、定価の半額から8割引きの1斤7元前後で売られていた。この商品を取り扱っていた業者は山東省陽信の業者から仕入れたという。  

 

 

posted by タマラオ at 05:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年11月17日

中国における環境破壊と食糧危機 No7

013.JPG
防衛省の幹部OBは、『中国在外公館の派遣軍人は、これまですべて陸軍軍人で構成されてきた。陸軍が外に向けた窓口を持ち、あらゆる軍産複合体を有し、その利権を継承して拡大させてきた』と語る。その権力はビジネスと同時に、特務とも表裏一体となっている。 全人代では国家海洋委員会の新設などを明記した機構改革案を提出、対外工作部門も新たに発足していくと考えられる。……保守系に概してウケの良い(エセ)民主化活動家の類や知日派≠ニ呼ばれる人材をエージェントとして使い、中国のイメージ回復も狙っていく。
 ……
これから5年、尖閣・沖縄だけではなく。中国総領事館のための5,000坪弱の新潟の土地取得と巨大化計画についても、海軍利権と北朝鮮、ロシアが絡む場になるだろう。
 ……
これらの動きを今後も注視する必要がある。中国は『利権で動く』国なのだ」
   ・   ・   ・   
週間「SPA」4月23日号(扶桑社)「衝撃『中国毒食品』の死に至る恐怖
東日本大震災と原発事故で、我々は少しの間、忘れていたのかもしれない。そう、毒ギョーザ事件で露呈した中国産食品の危険さを。しかし、状況はもっと悪化していた! 農薬、発がん性物質、ウイルス・・・もはや『食い物』とは呼べない。
 ……
厚生労働省の検疫官・木村盛世氏も行政の無策ぶりについてこう断罪する。 『中国に人員を駐在させ、密な情報収集を行うこともせず、有事の際に中国産食品の輸入を即座に止めるなどの強い意思決定ができない現状では、国民を守ることは不可能でしょう』 そして、もはや中国産食品について心配するべきは鳥インフルエンザだけではない。中国国内では、重金属や有害物質を含んだ毒食品やそれによる健康被害が、連日のように報道されている。

福島第一原発の事故で、日本人の関心は食品含まれる放射能に集中し、中国産食品のヤバさを少し忘れていた。しかし、今年に入りPM2.5をきっかけに中国の救いようのない環境汚染が改めてクローズアップされた。食品に関して言えば、07年の毒ギョーザ事件より状況はさらにひどくなっている。 中国在住のルポライター・飯塚竜二氏は言う。 『食品のインフレが進む近年、状況はますます悪化しています。

中国の食の安全問題は、教育問題、拝金主義や超格差社会、衛生観念の欠如など、要因が複雑に絡み合った結果。仮に政府が取りを強化したとしても、簡単に撲滅できないのです』
 ……
3万t下水油製造業者大摘発! 150万人の1年分に相当!!
 ……
偽ブランド食品の横行は、毒食品氾濫の温床となっている。他人の看板で商売をする偽食品業者は、消費者の健康被害など気をつける必要がないからだ。
 ……
こうした環境のなか、毒食品の摂取による健康被害は、中国ではもはや日常茶飯事だ。そして多くの日本人も被害に遭っている。

 

 

posted by タマラオ at 05:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年11月16日

中国における環境破壊と食糧危機 No5

012.JPG
  
週間文春 4月18号「列島震撼『中国猛毒食品』
鳥インフル(H7N9)は日本に上陸している! 流行地は中国屈指の商都かつ食糧生産地。 中国では、消費者の安全より、生産者の目先の利益が優先される。だから、病気で死んだ鶏であろうとH7N9感染が疑われる鶏であろうと、平気で市場に並ぶ。 最大の懸念は、中国から日本に輸入されている鶏肉だ。 これらは唐揚げや焼き鳥、さらには冷凍食品などに入って我々の食卓に上る。 鶏肉加工品の中国からの輸入量は、年間約19万トン(11年)にものぼる(農水省動物検疫所調べ)。それらの鶏肉は『加熱済み』とされている。

『「加熱済み」が信用に値するとは到底思えません。「農林省指定」と言っても、数年に一度、視察に行くだけ。実際に加熱処理を行うのは現地人です。しかも視察は抜き打ちでなく、あらかじめスケジュールを伝えた上での視察ですから、その時だけきれいに繕う。ほとんど効果はありません』(食料問題専門家も小倉政行氏) 直接われわれの口に入る以外にも、恐ろしい抜け穴がある。 農水省の監視は加工食品でも甘い。

輸入業者がその危険性を知らない訳はない。それでもなぜ、中国産鶏肉の輸入は続くのか。前出の小倉氏によると、これは中国に依存してきた業者の体質が大きいという。 いったいどうすれば安全な鶏肉を食べられるか。前出の高橋教授は、同じ中国産でも、日本人が携われば安全が確保できるという。『今は現地の9割方の工場が中国人任せになってしまっていますが、日系企業で日本人自身が動き、加工の全課程で現場に厳しい管理を根付かせることができれば安全は確保できる。逆に言えば、そうでもしなけrてば、中国産への不安は解消できません』」
    
日本の農産物は、高値ではあるが、安全で美味しいという国際的評判を得ていた。 日本の農業は、TPP参加と円安で、国際競争力がある農産物だけを生産して輸出する機会を得た。 TPPは、日本の農家を危機に陥らせるのではなく、寧ろ、若者を農業に引き戻す好機になるかも知れない。 ただし、日本の低所得な消費者には不利益になる。 

WiLL(ワッツ出版) 5月号特大号 福島香織「現代中国残酷物語 
環境汚染はいまや、中国人民にとって最も切実な脅威の一つとなった。インターネットから情報をとり、それなりの知識と組織力を持てる都市では、汚染を引き起こしそうな企業・工場の誘致計画をいち早く察知し、抗議デモといった形の社会運動を盛り上げて、誘致計画を阻止する例が最近、増えている。 その結果、汚染源工場はより貧しい農村へと追いやられ、公害もより弱い農民にと、しわ寄せが状況がある。虐げられた農民たちは最後にはどうするか? たまりかねて集団武装して汚染源企業を襲う、という事例も近年、目立つ。

土地も水も汚染され、健康も命も奪われかけている村民はもう、恐れるものもない。 高度経済成長に伴って発現する汚染問題、公害問題は日本も通って来た道だ、という人がいる。日本が公害問題を克服できたように、中国もいずれ克服できる、と。だが、本当にそうなのか。ガン村の多さ、被害の人数、政府の無情、弾圧の凶暴さ・・・・日本人は『知っている』と言えるのだろうか」
 

 

 

posted by タマラオ at 05:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年11月15日

中国における環境破壊と食糧危機 No3

011.JPG
工場廃水や生活排水がたどりつく先の水質汚染も見逃せない。05年に中国国家環境保護総局は『中国の都市部の地下水の97%が有毒物質に汚染されている』と発表した。中国は資源の大量投資、大量消費、大量廃棄を繰り返し、環境を悪化させながら高い経済成長を進めてきた。そのツケが回ってきたのだ。 この巨大な隣国の飢えと渇きに日本はどう対処すべきか。日本は毎年3,000万dの食糧を輸入している。

中国の食糧輸入が拡大すれば、高騰している食糧価格がさらに跳ね上がることが予想される。日本の食糧の安全保障を考えれば、国内の生産力を回復させ結果として自給率を上げることが急務だ。そのためには耕地を遊ばせず、農産物をフル生産する必要がある。北海道など競争力のある農産物は輸出に活路を見出すべきだ」

週刊春秋 4月4日号 「『中国猛毒食品』
上海市を流れる黄浦江は、飲料水などの生活水源として上海市民2,400万人にかかせない存在だ。 そんな黄浦江に、今年3月上旬から大量の豚の死骸が漂着するようになった。その数、約1万対。中国政府は『衛生上問題ない』というが、上海郊外は中国屈指の食糧生産地でもある。豚の死骸が浮かぶ水で日本向け食品の加工もされているのかと考えると、これはけっして他人事ではない。

黄浦江で川エビを捕っていた漁師は、こう語った。……「……この川エビ?街に持って行って売るんだよ」  上海でエビ料理に舌鼓を打つ人たちは、この川エビがどこからきたも
のなのか想像すらしていないだろう。豚が川に流された原因は、『病死した豚肉を売買する闇市場に対し、昨年から当局の取り締まりが強化されたから』(香港の英字紙『サウスチャイナ・モーニングポスト』)だとも報じられている。 じつは中国では、伝染病などで病死した豚も一頭数十元で引取され、ミートソースなどの加工品として流通されてきた。

ところが昨年、取引業者たちが相次ぎ摘発された。そのため、行き場を失った豚の死骸が投棄されたというのだ。…… 『今回は豚が流されてむしろ良かった。だって、普段はあれが食品に加工されているのだから』(市場にいた20代女性)
こうした危険な食品は、豚だけではない。しかも日本人の口に入っている可能性が非常に高いからである。

『中国人も食べない日本向け食品』リスト
危険なのは豚肉だけではない。中国で重要な汚染事故をおこした食品のうち、かなりの品目が日本にも輸出されているのだ。…… 15分ほど走ると、緑色に変色した汚水が流れる、幅4メートルほどの川があった。ゴミに混じって油が浮いている。車の窓を開けると腐臭が鼻をついた。このどぶ川が、ビニールハウスや小麦畑の間を縦横無尽に走っている。この汚水で日本向け野菜が栽培されている。…… 川の上流へと車を走らせると、レアアースの工場があった。

レアアースの鉱滓には、有害な重金属が含まれる。工場の煙突からはもうもうと煙が上がり、その周りを養鶏場や麦畑が取り囲んている。……」 現地でも連日のように食品汚染が報道されている。そして、これらは、日本にも輸入されているのだ。…… 日本の農業団体の中国担当者が嘆息する。 『農民は儲けるために、農薬を濫用します。また、農薬や化学肥料の販売者は、安全性より農業資材業者の利益優先。

 

 

posted by タマラオ at 07:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年11月14日

中国における環境破壊と食糧危機 No1

010.JPG
http://d.hatena.ne.jp/nisikiyama2-14+zero/20130424/1366808074

日本の消費者が被る被害。人間不信の中国人は、金儲けの為なら如何なる行為もいとわない。

環境汚染 川は工業廃水で7色に、地下水は97%が汚染、電子製品廃棄物は野ざらし
 拓殖大学教授 原嶋洋平 
日本では、例年3〜5月にかけて飛来する黄砂に乗って大気汚染物質が大量に運ばれ、さらに大きな問題を招くのではないかと懸念されている。中国で健康被害が生じ、風下に当たる日本にも影響が出ていることは大変残念だ。目の前の季節的な事象に注目するあまり、大気汚染問題を短期的に捉えるのはもちろん適切ではない。 中国の環境問題がピークを迎えるのは2015年頃と考えられる。

『環境問題のデパート』と言われる中国は大気以外にもあらゆるものが汚染されている。深刻なのは水の問題だ。『7色の川がある』などと自嘲気味に語られているが、工業廃水などで汚染されて緑や青、紫に染まった河川があちこちにある。
都市では地下水汚染が進行している。中国メディア『南方都市報』は118都市のうち64%で重度の地下水汚染が生じ、33%の都市で軽度な汚染があると報じている。汚染されていないのはわずか3%ということになる。
 
さらにゴミ問題がある。各国で廃棄物規制が厳しくなった結果、『リサイクル資源』が中国に集まっている。……それは適切に処理されず、野ざらしで放置されるケースが多い。他にも、内陸部での砂漠化が進み、都市部では生活ゴミの処分問題もある」
「食糧・水 黄河は干上がり、農地は荒廃。 13億人の巨大な胃袋と渇きを満たす食糧と水はもはや確保できない

資源・食料問題研究所代表 柴田明夫 
中国は主食類だけで年間5億トン以上生産する農業大国である。しかし予想以上の消費の急拡大で供給が追いつかず、かつての自給自足体制は崩壊しつつある。慢性的な水不足も解決策は見当たらない。 世界の2割の人口を抱える中国だが、国内の耕地面積は世界の全耕地の7%しかない。特に80年代以降、経済発展に伴い沿岸部を中心に都市化が進むにつれ、工場団地や住宅などが乱立し、耕地が急速に減少していった。

工場の汚水や廃棄物などで土壌汚染が進み、使用できなくなった耕地もある。このままいけば、食糧生産に大きな打撃となることは必至だ。 94年、アメリカの民間研究機関ワールドウォッチ研究所のレスター・ブラウン氏が『誰が中国を養うのか』と題したリポートを発表した。『中国は人口増加による消費拡大や工業化による耕地の減少などで食糧輸入太国になる』と警鐘を鳴らしたのである。 中国にとって食糧確保は最重要課題の一つだ。

毛沢東は58年から60年にかけて『大躍進政策』を推進した。共産主義理論に基づいて農工業を大発展させようという政策だったが、3,000万人ともいわれる餓死者を出すなど、惨憺たる結果に終わっている。2008年12月、中国政府は総耕地面積1億2,000万ヘクタールを堅持すると発表したが、それ以降、耕地面積の統計を公表しなくなったため、実際に耕地の減少に歯止めがかかったかどうかは確認できない。ただ高い経済成長を続けなければならない中国は、工場や住宅地を新たに作らねばならず、現状の耕作面積を維持することは簡単ではない。結果的に無理な農業が増えていると思われる。

 

 

posted by タマラオ at 05:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年11月13日

中国で一番有名な日本の外食チェーン     No3

009.JPG
“核となるノウハウ”だけは絶対に教えてはいけない
――フランチャイズを行なう企業であれば、通常収入の核となるのが、ロイヤリティだ。しかし、味千ラーメンは日本では月額1万5000円、中国はそれより高いとはいえ、3500元(5万円程度)に設定している。なぜロイヤリティをこれほど安く設定しているのか。

現在、味千ラーメンの本部である重光産業は、中国の味千ラーメンを運営する中国味千ホールディングスとフランチャイズ契約を結んでおり、食材の供給、中国味千の店舗展開のバックアップ、支援を行なう関係にあります。そして、味の指導や品質管理、商品提案などを行なっています。そうしたなかで、主に食材の販売とロイヤリティなどによって収入を得ている状況です。ロイヤリティに関しては、売上に対する歩合で決めると管理も大変ですので、固定にしています。

多くのお金をいただかないのは、「先代である創業社長のお店で頑張っているオーナーにお金が残るようにしないといけない」という思いがあるからです。我々はメーカーとして食材の販売ができるわけですから、あとはお店で働いている人たちが幸せになれるように、と。 それに、我々が何でも吸い取ってしまうと仲も悪くなるだろうし、高かったら彼らは払いたくなくなるでしょ? そうすると、店舗を守る努力をせずに、「いかにごまかしてロイヤリティを少なく済ませようか」ということに腐心する可能性もあります。

そんなことに力を注いでもらうのではなく、店をどんどん出したり、発展させることに力を注いでくれたほうが、数も増えて我々にメリットがあるのです。

――中国に進出する日本企業へのアドバイスをするとすれば、どのようなことに一番気をつけるべきだろうか。
大事なのは、100%ノウハウを開示するのではなくて、核や決め手となるところを日本側として1つはとっておかなければならないということ。つまり、「これだけは教えられない」という部分を持たないと、ノウハウを全部とられてしまったり、真似されてしまう恐れがあります。もっともこれは、全ての中国人に当てはまるわけではありませんが。我々の場合は、「味の決め手」になる部分がそれに当たります。実際、セントラルキッチンや麺は現地法人に任せていますが、スープの工場に関しては我々が所有しています。

つまり、スープの味の決め手になるものは、我々が握っているのです。ただしその一方で、味の決め手以外は全部オープンにして、自由な発想や発展の可能性に委ねています。また、いったん進出を決めたら熟慮するのではなく、スピード感が必要でしょう。相手を信頼できないといった素振りを見せるよりも、「信用しているから一緒にやっていこう」という姿勢でどんどん決めていったほうがいいかもしれません。もちろん、それまでに何度か会って相手を見極めなければいけませんが、見極めたあとはスピード感を持って進めることが大切でしょうね。

主軸は日本に置きつつ、 夢の1000店舗とシャンゼリゼ店オープンへ
――最後に、これからの味千ラーメンの展望とは。

これからも、あくまで日本に主軸を置き、「待ち」の構えで積極的には海外進出を進めないというスタンスを、変えるつもりはありません。しかし、オファーがあれば積極的に協力とバックアップをしていきます。海外進出は、焦れば焦るほど失敗する恐れがありますから。 当面の目標は、先代が当初の目標としていた1000店舗の達成です。そして、先代の夢だったフランス・シャンゼリゼへも必ず出店したいですね。

 

 

posted by タマラオ at 05:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年11月12日

中国で一番有名な日本の外食チェーン     No2

008.JPG
――多くの企業にとって、中国進出で最も大きな壁となるのがパートナー選びだろう。良いパートナーと巡り会うには、どうすればよいのだろうか。
相手の会社の規模などは関係なく、「本当にやりたいかどうか」という気持ちを見ること。リッキーはその当時27歳と若かったのですが、非常に熱心でした。金儲けのことだけでなく、とんこつラーメンを売りたいという強い思いを感じたので、我々もそこを信じたのです。 また、実際に海外から出店の問い合わせを受けると、「日本に来い」と言って呼び寄せ、必ず意気込みを確認しています。

そして、基本的にオーナー研修を1ヵ月間、本店で行なっています。研修期間中は、夜一緒に食事をする機会もできるし、色々な話もできるので、信頼できるかどうかを見極めることができますから。

なぜ味千ラーメンが中国人に受け入れられたのか
――本場である中国人に日本のラーメンが受け入れられることは、非常に難しいようにも思える。なぜ、味千ラーメンはここまで受け入れられたのだろうか。

味千ラーメンの先代は、台湾人なんです。日本に来て九州に住み着いて、とんこつラーメンを食べるようになった。そこで、台湾にいたときに好きだった味をとんこつラーメンにプラスしてできたのが、味千ラーメンです。言うなれば、日本と中華系の人たちの好きな味がうまく融合したために、中国人の舌にも合ったのではないでしょうか。また、基本的なラーメンの味は大事にしているため変えていませんが、メニュー構成を日本とは変えています。

つまり、現地の人たちが好むものにするために、メニューの幅を広げていくことで克服しているのです。ラーメンに関しては、現地の人でないと思いつかないようなトッピングをしたりしていますね。代表的なのが、大きな海老を乗せたラーメンです。これは最初から香港などでも人気です。 日本だったら、皮のついた海老を乗せると食べにくい上に、面倒くさいですよね。でも、香港の人たちが好きな味付けにした海老を乗せたところ、非常に好評でした。

こういうこともあるので、アイディアは現地のオーナーに任せ、味についてはお互いにチェックしながらメニュー開発をしています。 また、サイドメニューなどおかずのメニューも充実させていますよ。中国の人たちは、テーブルに料理がいっぱい並ぶスタイルで食事をします。我々がごはんとおかずを食べるように、主食であるラーメンにおかずをプラスして食べるというスタイルを、つくれるようにしています。

上場によって得られた出店戦略と人材獲得の利
――96年の香港1号店のオープンから14年。さらなる飛躍のきっかけとなったのが、2007年に味千中国ホールディングスが上場したことだろう。上場によって、どのようなメリットが得られたか。

店舗数はなだらかに増えていましたが、07年の上場をきっかけにぐっと増えました。07年には年間100店舗、翌年には120店舗以上をオープンしましたから。 その理由は、上場によって信用度が増したことでしょう。物件の取得がしやすくなりました。現在は、発展地域だけでなく、徐々に郊外や内陸にも出店を進めています。中心部に出稼ぎに来ている人たちが地元に帰っても、味千ラーメンを食べられるようになりました。

また、社員のレベルもかなり上がりましたね。いろんな大手外食チェーンの幹部も入社してきてくれましたから。 そもそも、人材に関しては課題がありました。中国人は、1000人ほど入社しても600人くらい簡単に辞めてしまうんですよ。それはある程度仕方ないという感じです。全員がそうというわけではありませんが、待遇面で不満があると辞めたり、ストライキを起こす社員もいました。

上場によって、急拡大するのはいいですが、人材の確保が追いついていかないことが一番心配でした。上海で1号店を出したときに、「すぐに2号店を出したい」と言われましたが、人材がまだ揃っていなかったので、「人材教育をしてから出店しよう」という話を私からしましたね。ですから、最近では魅力ある人事制度をつくるように努力しています。

 

 

posted by タマラオ at 05:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年11月11日

中国で一番有名な日本の外食チェーン     No1

007.JPG
http://diamond.jp/articles/-/9737

経済発展著しい中国において、“日本の味”であるラーメンが人気を博している。なかでも人気を牽引しているのが、中国で450店舗を展開し、2010年に中国料理協会が発表した中国ファーストフード企業トップ50のなかで第4位に選ばれた「味千ラーメン」だ。今や、中国で最大の店舗数を展開している日本の外食チェーンである。「味千ラーメン…?」と首をかしげる方もいらっしゃるかもしれない。それもそのはず。同社は中国でこそマクドナルドやケンタッキーと肩を並べるファーストフードチェーンであり、約1万人もの社員を抱えている。

それに対して、日本の社員はわずか80名ほど。店舗も全国各地にあるとはいえ、その多くは熊本県を中心とした九州地区に集中しているため、日本人でも馴染みの薄い人が少なくないからだ。では、熊本県の小さなラーメン屋だった味千ラーメンが、なぜ中国で大きな成功を収めることができたのだろうか。味千ラーメンを運営する重光産業の重光克昭社長に“成功のかくし味”を教えてもらった。

あくまで主軸は日本 “消極的”な中国進出が功を奏す
――現在、中国では451店舗、世界で602店舗(2010年10月現在)を誇る味千ラーメンだが、そもそも中国へ進出することになったきっかけとは。

重光産業 重光克昭社長  実は最初から「中国進出しよう」とか、海外戦略を強化しようと思っていたわけではないんですよ。日本経済の未来は暗いし、市場が飽和しているから、海外に活路を……という考えはありませんでした。
日本をメインの市場に据えていたところに、たまたま海外から出店のオファーが来て、色々な方との出会いをきっかけに、香港の出店につながりました。それがうまくいったことによって、徐々に「経済発展しつつある中国本土へも出店しよう」という考え方になってきただけです。

国内をメインにしながら、海外からのオファーに対応するというスタンスだったから、よかったのかもしれません。「国内がダメだから中国に活路を!」という考え方をしていたら、契約の内容や運営の方法も、今とは違っていたかもしれませんから。

最初の台湾進出は大失敗 信頼できるパートナーこそ成功の鍵
――今は中国で大成功を収められているが、それまでにはどのような失敗や挫折があったのか。

実は、1994年に最初に出店した台湾の店は失敗してしまいました。フランチャイズ契約をした台湾の現地オーナーに対して品質や食材へのこだわりを伝えきれず、考え方を共有できなかった。そのために、我々が味の管理を十分にできず、失敗を招いてしまったのです。うちの商品を簡単にアレンジしないで、オリジナルのものを尊重していくことをきちっとやってくれる人たちじゃないと、うまくはいきません。しかし幸いなことに、その後新たなパートナー2人と出会うことができました。

1人は、実際に「香港でラーメン店をやりたい」と我々に問い合わせをしてきたリッキーという人物。もう1人は、熊本と香港の経済交流のなかで、うちの食品の製造に興味を持って視察に訪れたデイシーです。そして、無事1996年に香港店をオープン。成功へとつながっていきました。なぜ香港への出店は、うまくいったのか。それは、日本のオリジナリティを尊重してくれたことです。「日本の味のまま香港で出したい」というオーナーの強い思いがあったので、「自分たちのやっている味千がそのまま出せるんだ」という信頼関係が生まれていました。

また、香港1号店を出すときには、出店場所に気を遣いました。香港の最も目立つ場所に出店できたことによって、大きな広告宣伝効果が得られたし、お客さんが並ぶことで話題性もありました。

 

 

posted by タマラオ at 05:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記