2014年10月23日

中国ビジネス最前線    No1

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DIAMOND http://diamond.jp/articles/-/50148

中国でのビジネスは“潮時”  引き際でも悶絶する日系企業
今年2月、日本の旅行代理店が上海激安ツアーを売り出した。3日間の滞在で1万円台のこのツアーには、渡航費と宿泊費はもちろん、一部食費まで含まれていた。ホテルは5ツ星の上海でも有名な日系ホテルだ。かつてそのホテルは、現地の一流ホテルとして日本から多くの出張者を受け入れ、宿泊客で賑わっていた。中国に進出する日系企業のニーズを満たすサービス体制が充足した同ホテルでは、新会社設立や新商品の紹介などの各種イベントやパーティが頻繁に行われていたものだった。しかし、活発なビジネス交流の場としても宿泊施設としての役割も、一時代に終止符を打ったかのように、いまやロビーは閑散としている。

日本企業に“撤退ブーム” 日本人向けビジネスも縮小の一途
日本人を運ぶ旅客機もジャンボ機から小型機になり、“巨大市場・上海”における人的交流や商品の流通、資本の流れも縮小の一途をたどる。現地の日本人社会では「新歓パーティ」でなく「さよならパーティ」が極端に増えた。“日本人村”の異名を持つ古北新区でも、家族を先に帰国させたのか、日本人とすれ違うことはめっきり減ってしまった。同時に、日本人とその家族のためにサービスを提供してきた医療、教育、娯楽などの分野も縮小とは無縁ではいられず、従来のような右肩上がりの業績が描けなくなった。

「上海の対日本人ビジネス」に命運を託す企業は少なくないが、収益拡大はもはや限界、経費節減はいっそう厳しいものとなり、今年の春節ではほんのわずかの昇給にとどまった企業が散見された。日本人経営の老舗店舗も閉店する。90年代後半、中国経済が脚光を浴びる以前から進出し、地元経済に根を張りながらも度重なる反日デモに翻弄され、あらゆる艱難辛苦を舐めてきた店である。同店のファンだという日本人女性は「あの店があったから私も上海で頑張ることができた」と惜しむ。

“早期進出組”と言われる一部の日本人の一部には、すでにベトナム、カンボジアなど東南アジアへ渡ってしまった人あり、日本の故郷へ戻ってしまった人ありと、散り散りになっている。辛抱強く奮闘してきた日本人経営者たちは、上海経済の発展に見切りをつけたのだろうか。上海脱出を加速させる背景には、中国のコスト上昇とともに、加速した労働集約型企業の「チャイナプラスワン」へのシフトなどの要素が存在する。また近年の二国間の関係悪化も大きく影響する。だが、同時に「中国の経済発展も一段落」とみなした日本人経営者が少なくないことをも物語っている。

撤退は中国人従業員の暴挙・暴動と背中合わせ
2013年、パナソニックは上海のプラズマテレビ工場を撤退させたが、上海の日系企業でも引き揚げを模索するところは少なくない。市内に拠点を構える法律事務所はここ1〜2年、撤退や倒産などの案件処理がもっぱらの仕事となった。コンサルティング会社の取り扱い案件の中でも、新規の進出は珍しいという。しかし、撤退というこの幕引きも決してスムーズとは言えず、多くの日系企業が悪戦苦闘している。

「中国撤退イバラの道」と日本経済新聞(1月14日)でも報道があったように、会社清算時には「50人程度の中規模の日系企業でも、撤退費用は1億円かかる」というのが相場だ。しかも、日本企業はここでも、中国人従業員が経営陣を軟禁するなど暴挙や、暴動と背中合わせのリスクを負わされている。日本の退職金に相当する経済補償金が十分でない場合、中国人従業員が暴挙に出る可能性は高い。

 

 

posted by タマラオ at 06:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記