2014年10月19日

巨大市場の底流 No6   

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https://www.blwisdom.com/strategy/series/china/item/9394-56/9394-56.html?start=2

「全知全能」の権力の終わり〜「政府頼み」の限界でバブル崩壊の懸念も
中国の社会は国民が政治を監視する機能に乏しく、「カネ」と「力」(強制力、暴力)の圧倒的な部分を政府機関が握っている。そのため中国の権力者はやりたいことは基本的に「何でもできる」し、国民も権力者は「何でもできる」ことを前提に、権力を頼り、時にそれを利用して自らの利益を図ろうとする傾向がある。要は官民ともに「権力頼み」の社会である。そのことが今、中国経済の非常に大きなリスクになっている。今回はそういう話をしたい。 

日本で生活していると想像しにくいことだが、中国内陸部の地方都市で政府機関や国有企業の関係者などと話をしていると、その発想のあまりの違いに驚くことがある。  先日、内陸のある省の国家機関で働い
ていた友人と久しぶりに話をした。この省は人口が1億人弱もいて、省都には巨大なビルが林立している。この友人の出身地はそこから車で2時間ほどの人口数百万人を擁する中規模都市である。

この友人はかつてその街の警察・公安関係機関で働いていたのだが、いまは辞めてコンサルタント兼貿易会社のようなことをしている。地方都市で大きな産業もなく、同級生の多くは今も国家機関で働いている。辞めて民間に出たのは自分しかいないという。 この友人は経営者なので市場原理の中で生きているから、競争に勝たねばなら
ないし、従業員のマネジメントや顧客とのつきあいなど、常に課題は山積で、いつもバタバタと走り回っている。経営者とはそういうものだろう。

そういう友人がかつての同僚や同級生などと会うと、毎回不思議そうな顔をされるのだという。「いつも深刻な顔をして“大変だ大変だ”と言っているけど、いったい何が大変なんだよ?どうしてそんなに問題ばかりなんだ?」  友人が
商売にまつわる苦労や経営努力の話をしても、かつての同僚や同級生たちにはどうもピンと来ない。なぜそんなことで悩むのかわからないのである。「だってそんな話、簡単じゃないか。

〇〇局の〇〇先生に願いして、ちょっとお礼をすれば片づくことだろ?」「そんな商品、〇〇庁の〇〇女史のところで買ってもらえばいいじゃないか。すぐ電話するよ」「そんな奴、公安局の〇〇さんに頼んで、ちょっと言ってもらえばすぐに黙るよ。後でお礼をしとけばいい」 万事がこんな調子で、話が噛み合わない。その友人は言う。「彼
(女)らは自分たちは何でもできる。そう思っている。そしてそのことに何の疑問も感じていない」。引き続き友人の表現を借りれば「党や政府機関で育った人間にとっては、『できないことはない』という感覚が当たり前になっている。

自分が何かやりたいと思ったら、やるべきことは2つだけ。ひとつはそれを誰が担当しているのかを調べる。2つめはその人を訪ねてお願いして、しかるべきお礼をする。それだけ。それで後のことは全部カタが付く。だって権力があるから」。 も
ちろんこの表現はやや極端で、現実にはさすがに「何でもできる」というわけにはいかないだろう、とは思う。しかし一党独裁国家の権力者は選挙で選ばれるのでもなく、メディアの厳しい監視があるわけでもない。

さらにその権力者から任命された役人たちも同様に、議会や国民のチェックがあるわけでもない。もちろん中国にも形のうえではさまざまな権力の牽制機構はあるが、北京や上海のような大都会はまだしも、地方都市になれば事実上、有名無実である。地元は地縁・血縁・同級生といった関係でほぼ固まっており、利益共同体になっているから、大概のことは内々に処理されてしまう。

 

 

posted by タマラオ at 06:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記