2014年10月12日

民主派デモで問われる一国二制度の真価  No1

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http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/41858

中国にとっては、まさに多事の秋である。 かつて最高実力者である」小平はイギリスのサッチャー首相(当時)と、返還後の香港では中国(大陸)と異なる資本主義の存続を保障する、いわゆる「一国二制度」を約束した。それでも多くの香港市民は、返還後の香港が中国の統治下に入ることを恐れ、返還の前に相次いでイギリス、カナダ、オーストラリアなどへ移住した。こうした移民ブームの背景に、北京政府に対する香港市民の不信があったことは明らかである。

その後、中国経済の高度成長は香港経済にも多大な恩恵をもたらした。特に中国政府は香港の人心を掌握するために、大陸住民による香港での投資を許可し、「自由行」(香港への個人旅行の自由化)を認めるなど様々な政策を打ち出した。 香港と大陸の政治的な一国二制度は続いているが、経済は一体化が着実に進んだ。大陸の不動産バブルは香港の不動産市場にも波及した。今や香港は坪当たりの単価が世界で最も高くなっている。

ただし、香港経済の過熱は、投資家にとってはグッドニュースかもしれないが、香港の一般市民にとって必ずしも朗報とはならない。不動産価格の上昇はマンションとアパートの賃料に波及し、低所得層には大きな負担になっている。香港と大陸経済の一体化を熱烈に歓迎する投資家と事業者がいる一方、一般の香港市民の間では不満が募っている。

問われる一国二制度の真価
」小平がサッチャー元首相に約束した一国二制度は、そもそも一体どのようなものだったのか。」小平の言葉を援用すれば「香港のことは香港人に任せる」ということである。イギリスの統治下で築かれた香港の資本主義の諸制度は向こう50年変わらない。それを定めているのは「香港基本法」である。 「香港のことは香港人に任せる」という大原則はおそらく今も変わっていない。ただし、「香港人」とは誰のことなのか。中国への返還後、香港人の一部は海外へ移住し、その代わりに大陸の人々が大挙して香港へ移住してきた。

言い換えれば、オリジナルの香港人の濃度は年々薄れている。香港返還当初、先進主要国の中国ウォッチャーたちは香港の中国化を心配していた。その中には、中国の香港化を期待する者もわずかだが存在していた。 だが、現実的に考えれば、数百万人の香港人が13億人の中国人を変えることは不可能である。一国二制度の下では、香港と中国の2つのベクトルが交わることはない。香港はかつてのようなレッセフェール(自由放任主義)の国際都市ではなくなり、「中国の香港」になったのである。

表向きは、中国は香港への関与を強めてはいない。なぜならば、中国は同じ一国二制度の枠組みで台湾を統一したいからである。 最近、習近平国家主席は「一国二制度で台湾と統一する」との談話を発表している。それに対して、台湾の指導者は猛反発した。台湾は現状維持を堅持するということである。馬英九総統の言葉を借りれば、「独立もしなければ、統一もしない」というのが台湾のスタンスである。

 

 

posted by タマラオ at 05:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記