2014年10月31日

深層中国 ?巨大市場の底流を読む No3

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しかしもう少し広い視点で見てみると、人々が豊かになり、自動車という新たな「ぜいたく品」が普及したことで、その「ぜいたく」を支える「技」を持つ大量の人材が必要になった。しかし、その供給が間に合わないので、その「技」を持つ人材の価値が急上昇している――ということになる。 社会が豊かになって生活のクオリティが上がると、その
「質」を支えるために大量の新しい仕事が生まれる。豪壮なビルを建てれば、外壁を清掃する人が必要になる。

人がお洒落をするようになれば、美容師が求められる。そうした仕事の大半は「現場」の仕事である。伝統的な「文」=「官」志向の強い中国社会では、あまり社会的な地位は高くない。でもいま中国社会で最も求められているのはこうした具体的な「技」であって、それを持つ人の賃金が上がる。こういう状況が続けば、次第に世の中の観念も変わってくるだろう。これは中国の社会にとってよいことである。

月収20万円の建設労働者
賃金が上昇しているのは自動車修理工ばかりではない。例えば建設工事の世界もそうである。中国ではいま「都市化」が大きなテーマになっていて、農村から都市部に数億単位の人が移り住む壮大なプロセスが始まっている。仮に2億人を新たに都市部に定住させようとすれば、そのためだけでも数千万戸の住宅が必要になる。上海もそうだが、近隣の蘇州や杭州をはじめ、武漢や成都、重慶など地方の拠点となる都市の周辺では大規模な住宅建設プロジェクトが数えきれないほど進んでいる。

そうした建築の現場でも「技」を持つ人材の賃金が急激に上昇している。多くの現場では型枠工や鉄筋工などの技能労働職種の賃金は1日当たり300〜400元(4800〜6400円)に達している。仮に1日5000円、月に25日働けば12万5000円、これに残業(長時間労働)や休日・祝日労働の割増分などがつくと、1カ月に1万元(16万円)ほどの収入を得ているケースは決して珍しくない。夫婦の月収を合わせると20万円を超える。これが中国の、それなりの技能は持っているとは言うものの、決して特殊な例ではないブルーカラー層の賃金水準である。

参考までに、東京の型枠工の賃金をインターネットで検索してみると、1日当たり1万7000〜1万8000円程度らしい。だとすれば、中国の賃金水準は日本の3分の1に満たず、まだまだ低い。しかしながら、2000年当時の記録を見ると、中国のこうした技能労働者の賃金は1日あたり500〜700円、月収2万円程度であったことを考えれば、まさに隔世の感がある。

 

 

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2014年10月30日

深層中国 ?巨大市場の底流を読む No2

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自動車修理工の賃金が急上昇
そのひとつの例が自動車修理工の急激な賃金上昇だ。それなりのレベルの修理工の月収はすでに1万元(16万円)を超え、高級輸入車などの整備ができる人材は月収3〜4万元(50〜60万円)に達する例もある。それでも人が集まらず、各地の自動車販売店や修理工場の悩みのタネとなっている。 中国の自動車販売台数は今年2013年、初めて2000万台の大台に乗る
ことが確実になった。もちろん世界最大である。

中国汽車工業協会の予測では、今年末には2100万台前後に達し、昨年の1930万台を超えて過去最高を更新する。これは米国の約1.4倍、日本の約4倍の規模である。 累計保有台数も12年末で1億2000万あまり
と、米国(2億5000万台)には及ばないものの、日本(7900万台)はすでに大きく上回っている。2004年、中国の自動車販売台数は500万台、総保有台数も3000万台程度だった。ともにこの10年で4倍になった計算になる。

それでも中国の自動車保有者の割合は1割未満で、すでに普及率が6〜8割に達している日米欧と比べればまだまだ伸びると考えられている。 車が増えれば、点検・整備、修理などの仕事も増え
る。特に近年、中古車市場の整備が進み、車のオーナーは買い換え時のリセールバリューを考慮するようになり、車のメンテナンスに以前にも増して気を遣うようになった。自動車販売店や修理工場のビジネスは急成長している。

「技」を持つ人材の価値が高まる
ところが最大のネックは人材である。中国の各地には日本の工業高校に相当するような学校があって、そこには必ず自動車関連の学科がある。自動車修理業界の関連ウェブサイトを見ると、自動車メーカー系のディーラーや自動車修理工場、板金会社、自動車部品販売店など、数多くの会社が人材を募集している。自動車関係の学科を卒業していれば、高卒でも月収3000元以上という例が多い。これは大卒ホワイトカラーの平均的な初任給を上回る水準である。

自動車修理工場の平均的な状況では、工業高校卒で数年間の現場経験を経て、とりあえず一通りの仕事ができるようになると、月収は6000〜8000元(9万6000円〜12万8000円)ぐらいになる。10年程度の経験を持ち、輸入車など高級乗用車の整備ができるレベルになると最低でも1万元(16万円)を超え、中には日本円で数十万円クラスの人も出てくる。 上海で高級車のブローカーをしている友人の話に
よると「車の買い手はいる。

それなりの販売店だったら黙っていても売れる。ところが整備ができる人間がいない。現実には車はアフターサービスのほうが収益源なので、これは死活問題だ。メンテができる人間がいないと車が売れないので、とにかく高給を払ってでも引き抜いてくる。それをみんながやるから、どんどん相場が上がっていく」。 この構図を業界の中だけで見れば、「人手が集ま
らないから、賃金を上げざるを得ない」という、どこにでもある話である。

 

 

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2014年10月29日

深層中国 ?巨大市場の底流を読む No1

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「新ブルーカラーの時代」がやってきた〜社会の格差は縮まるか 経営・戦略
WISDOM

https://www.blwisdom.com/strategy/series/china/item/9296-54.html?mid=w438h90100000995646田中 信彦 ; 中国・上海在住。1983年早稲田大学政治経済学部卒。毎日新聞記者を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、大手カジュアルウェアチェーン中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。中国では最近「新ブルーカラーの時代」という言葉がメディアなどでしばしば聞かれるようになってきた。「新ブルーカラー」とは、マーケットで求められる高度な「技」を持ち、ホワイトカラーを上回る高い収入をあげる高級ブルーカラー層のことである。中国社会が豊かになり、求める商品やサービスの品質が高まるにつれ、こうした「高級ブルーカラー」の存在感がますます大きくなっている。このことは中国の「学歴信仰」を緩和し、中産階級の厚みを増して社会の安定を高めると同時に、購買力を持つ消費者としても大きな地位を占めていくだろう。急速に力をつけつつある「新ブルーカラー」の動向を考えてみたい。「便利なこと」「快適なこと」にお金を払う時代中国では最近「新ブルーカラーの時代」という言葉がメディアなどでしばしば聞かれるようになってきた。  日本の「ブルーカラー」は事務職としての「ホワイトカラー」との対比で「工場の現場労働者」というイメージが強い。一方、中国の「ブルーカラー」は、それよりも広い概念で、工場労働者も含むが、いわゆる「職人」や調理師、美容師などの専門的な技能を持つ人、建設作業員や警備員、場合によっては農民までも含むことがある。なぜ今「新ブルーカラーの時代」なのか。それはこれまで陽の当たることが少なかった中国の「手に職」を持つ人たちの収入が急激に増加しつつあり、それにともなって社会的地位や職業イメージも確実に変わり始めているからである。中国社会は歴史的に「文」を尊ぶ気風が強く、机の上の学問を通じて知識を得て、それを活かして「官」になる――ことが社会的な尊敬や高い報酬を得る道であるとの観念が強い。ここで言う「官」の原義は役人になることだが、現代では「ホワイトカラー」とか「事務職」「管理職」と言い換えてもいいだろう。要は「自らは手を汚さない」仕事に就くことである。 こうした考え方は今でも根強い。特に社会の主流をなす高学歴の家庭においてはそうである。社会の観念が変化するには世代単位の時間がかかる。しかし、一方で現実の世の中はもっと速く動いている。中国社会が豊かになって、さまざまな新しい商売やサービスが次々と生まれている。「便利なこと」「快適なこと」に対してお金を使う余裕のある人が増え、それらを実現してくれる人に相応の対価を払ってもいいと考える人が増えてきている。「新ブルーカラーの時代」という言葉が生まれた背景にはそういう社会の変化がある。

 

 

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2014年10月28日

中国の新たな負け組    No2

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次の場面になると、男は首にギブスをしており、鼻の骨が折れている。 ジューさんは、自分が吊絲であるのは、工場労働者の息子だからだと話している。彼は富裕層2世を意味する「富二代」でもなければ、権力を持つ政府高官の息子を意味する「官二代」でもない(その2つの階層が概して重複することを、吊絲たちは見逃していない)。ジューさんと仲間の吊絲たちは、コネかカネがあれば、もっと良い大学に行き、もっといい仕事に就くことができたかもしれないと感じている。

平均以上の賃金をもらっても「負け組」と感じる理由
手取りの年収が8000ドル近いジューさんは、多くの中国人から見れば、楽々と中間層に向かって歩みを進めているように見えるだろう。上海の張江高科技園(張江ハイテクパーク)で働く人の中では低賃金の方だが、もっと稼ぎのいい人でさえ自分のことを吊絲と見なしたり、「IT労働者」と自称している。 彼らの給料は上海市内でも平均より高い(上海は2012年の1人当たりの年間平均可処分所得が4万元と、中国の都市部で3番目に高かった)が、成功者に見えるためにかかる費用は法外に高い。

豪華なマンションや格好いいクルマには全く手が届かない。彼らは、背が高く、金持ちでハンサムな「高帥富」になり、肌が白く、金持ちで美人な「白富美」の女性と結婚することを望めない賃金奴隷なのだ。 急速に発展している経済国では、これは極めて当たり前のことのように思えるかもしれない。しかし、北京の政府系シンクタンク、中国社会科学院の社会学者、張翼氏は、相対的な貧困を感じる吊絲の感情は、中国で拡大するある貧富の差から生じた厄介な結果だと話している。

張氏は、香港の衛星テレビ局、鳳凰衛視(フェニックステレビ)のウェブサイト上で吊絲を特集した特別インタビューで、下層階級の人たちは完全に疎外されていると感じていると結論付けた。彼らは、地位が少しでも上がり始める前よりも、いっそう希望が持てなくなっていると張氏は述べている。だが、この状況にもかかわらず、吊絲がマーケティング機会を提供していることに変わりはない。結局のところ、ターゲット市場を定義するのが難しいとしても、彼らの数は大金持ちの数よりもずっと多いからだ。

シューベルト・ヨウ氏は飲食店情報サイト「大衆点評網(dianping.com)」上でクーポンや団体割引サービスを提供して小規模都市の低所得者層(月給が150〜450ドル程度)を取り込もうとしている。ヨウ氏は、上海や北京のIT労働者が、真の吊絲であると考えてはいない。 だが、彼ら自身は、自分のことを吊絲であると考えていることが調査で示されている。昨年、在北京の調査会社、易観国際(アナリシス・インターナショナル)は、幅広い層のオフィスワーカーに、自分が吊絲であると考えているかを尋ねる調査を行った。

プログラマーとジャーナリストの9割以上、そして飲食業、サービス業、マーケティング関係に従事する約8割の労働者が自らを吊絲と考えていると答えた。自分が敗者であると考える回答者が最も少なかったのは、政府か共産党に勤めている公務員だった。

 

 

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2014年10月27日

中国の新たな負け組    No1    

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 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40551     2014.04.28(月)

急発展を遂げた中国の都市部だが、上海や北京のオフィスワーカーの間に、落伍者を自称する世代が出現している(〔AFPBB News〕製品検査の仕事をする25歳のジュー・グアンさんは、赤いア
ディダスのジャケットとキャンバス地のシューズを身に着け、カジュアルな格好よさを醸し出している。顎ひげを伸ばす野心があるけれど伸ばす力がないかのように、薄い口ひげとヤギひげを生やしている。

彼は表向きは、何百万人といる前途有望な中国経済の勝者の1人だ。大卒で、上海の工場労働者夫婦の一人息子、そして中国最大手クラスのパソコンメーカー、レノボ(聯想集団)に勤めている。 しかしジューさんは、自分を勝者ではなく敗者だと考えている。毎月手取りで4000元(650ドル)稼いでいながら、顔のない働き蜂のように感じると話している。社員食堂で食事をし、夜になると共同賃貸アパートの20平米の自室に帰宅し、オンラインゲームをする。恋人はおらず、見つけられる当てもない。なぜかと問われると、「自信がないから」と答える。

似たような生活を送る何百万人もの若者と同じように、彼は自分のことを自嘲気味に、刺激的なスラングで「吊絲(ディアオスー)」と呼ぶ。吊絲は文字通り直訳すれば「男性の陰毛」という意味で、敗者を指す言葉だ。比喩的には、普通の人が成功することが難しくなっている中国経済において、無力感を宣言する言葉である。 この自虐的な呼び名を使うことは「ガンジーのように」叫び声を上げる方法だと、ジューさんはほんのわずか冗談めかして言う。

「これは静かな抗議なんですよ」 「吊絲」を自称することは、富裕層の腐敗と見なされているものに対抗する、大衆との連帯感を示す誇らしい宣言にもなった。この言葉が中国語に加わったのはつい最近のことで、中国全土の会社員、特にIT(情報技術)産業の労働者の心に訴えている。

日本の「草食系」男子は自らの選んだ生き方だけど・・・
概ねは男性の吊絲は、社交術に乏しく、オンラインゲームに夢中になっている夢想家が多い。結婚に消極的な日本の「草食系」男子と若干違うのは、その生き方を自ら選んだ吊絲が少ないことだ。特に不動産価格が全く手が届かないレベルまで上昇していることから、社会の方が彼らの地位を定めたのだ。 最近のいくつかの研究では、中国社会全体で所得が上昇し続けているが、社会的流動性は低下していることが示されている。

南京審計学院のイー・チェン氏とロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)のフランク・A・コーウェル氏の研究では、中国社会の最下層にいる人たちが最下層にとどまる確率は、2000年以降の方が1990年代よりも高かったことが分かった。「中国は硬直化が進んでいる」と2人は結論付けた。同国ポータルサイト大手の捜狐で放映されているオンラインコメディ番組「吊絲男士」は、容赦なく彼らを笑いものにしている。2012年の開始以来、この番組の各エピソードは合計15億回以上視聴されている。

最近放送された回では、ある男性がどんなに仕事が忙しいかアピールし、美しいディナーデートの相手に好印象を与えようとしていた。そこで彼は職場からの電話を受け、仕事へ戻るために申し訳なさそうに中座する。そして残されたデート相手が会計を頼むと、ようやく当人がウエイターとして戻ってくる。 同じエピソードでは、イライラの募った初心者ドライバーが、隣の車線のランボルギーニに繰り返し悪態をつき、「俺に交通警官の知り合いがいないからといって、いじめるのか?」と叫ぶ。

 

 

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2014年10月26日

「俺は中国から脱出する!」    No2

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「撤退しない限り、赤字を垂れ流すことになる」
すでにこのとき、A社長を支配していたのはこうした強い危機感だった。「撤退するなら今しかない」と腹をくくった。中国から撤退するには、会社自体を解散する清算や破産以外に、合弁パートナーに自社持分の譲渡をするという方法が採られることが多い。いずれのケースも董事会での承認が必要となるが、そもそも中国人役員らにとっては職を失うことにもなりかねず、なかなか彼らは首を振らない。

中国ではよく台湾人が“夜逃げ”という手段を選ぶが、それにはもっともな理由がある。つまり、撤退を正攻法でやっても埒が明かないのである。しかも、「撤退させたくない」のが地元政府の本音だ。「はい、そうですか」とハンコを押してくれるわけがない。前述の本連載第147回でも記したが、撤退は経営者が最後に課される「悶絶の苦しみ」であり、中国脱出のための「最後の闘い」となるのである。

かくなる上はゲリラ戦法 “風林火山”を地で行く
だが、A社長には“秘策”があった。言ってみれば「ゲリラ戦法」である。その戦術はまさしく、武田信玄の風林火山だった。 「疾(と)きこと風の如く」は「スピード」を、「徐(し
ず)かなること林の如し」は「隠密裏に行動」、また「侵掠(しんりゃく)すること火の如く」は「勢いを持って団結を解く」、「動かざること山の如し」は「決意を翻さない」というのが、中国撤退のキモなのである。A社長はまさにこれを地で実践した。決行日は2014年5月5日。この日に向けて昨年後半から、着々と手を打ち始めた。

迷ったのは、この計画をまず誰に打ち明けるか、だった。隠密裏に行動しなければならないとはいえ、決行には仲間が必要だ。「金を積まれればなんでもしゃべってしまう連中、そこは警戒した」とA社長、だが意外にも腹心を得ることに成功する。力になってくれたのは、皮肉にも地元政府に勤務する5人の友人だった。日頃の腹を割ったつきあいがこのとき活きた。協力的な中国人弁護士も現れた。“中国流ゲリラ戦法”を示唆したのもこの弁護士だった。

撤退計画の第一歩を踏み出すには、大義名分が必要である。企業が撤退すれば、地元の税収にも雇用にも影響する。基本的に撤退を承諾したがらない地方政府に、いかにしてそれを認めさせるかだ。それには「現地法人を存続させる」という前提が必要だ。そこで有効なシナリオは、「A氏は現地法人の董事長を退任するが、後継者がいる、すなわち現地法人はなくならない」という絵図を描くのが理想となる。しかも、退任理由はA社長個人の「体調を壊したので日本で入院する」。これなら地元政府も文句は言えまい。

A社長はまずは関係当局に出向き、「体調を壊しこれ以上事業が継続できない」と訴え、「自分は退任するが、新しい社長がいる」と伝えた。A社長にとっては事実上の撤退だが、地元政府にとっては“代表者の交代”だと理解させたのだ。しかし、水面下でA社長は、中国人新社長と“工場売却の密約”を取り交わしていた。他方、新社長はこれまでとは異なる新事業を立ち上げるため、社名変更と営業許可証の申請が必要となった。

この営業許可証の取得は難儀で、たいてい書類はたらい回しにされ時間ばかりが過ぎて行く。これがうまく行かないと、A社長の計画も水泡に帰す。だが、これもA社長の“友人”が裏で手を回し、ものの数時間で許可が下りた。

Xデー目指し一気呵成に決行 「今日から新しい董事長になるCさんです」
「撤退決行Xデー」は5月5日に決めていた。もともと中国では3日間の連休だったが、従業員には連続して6日の長期休暇を与えた。その間、A社長は工場の機材や私物を運び出した。手助けしてくれたのは、地元の“威勢のいいお兄ちゃん”たちだった。彼らはこの休日中に40トントラックを運転し、5人の人足とともに工場にやってきた。設備や機械などは分解し、これをトラックに搭載した。エアコンなどの室外機も近所から専門業者を探し出し解体させた。

 

 

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2014年10月25日

中国ビジネス最前線    No3

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さらに、団結させない、作戦タイムを与えないためには、金額の提案をしてから合意までのリードタイムを3日以内とすることも肝要だ。撤退の戦術を高居氏は「武田信玄の風林火山だ」と言う。孫子の兵法に由来する「風林火山」は、中国においても有効な戦術である。

「疾(と)きこと風の如く」=スピード
「徐(しず)かなること林の如し」=秘密裏に行動
「侵掠(しんりゃく)すること火の如く」=勢いを持って団結を解く
「動かざること山の如し」=案を翻さない

果たして、日系企業はこの最後の闘いで首尾よく勝利を収めることができるだろうか。


「そう簡単に中国を切り離せない」このご時世に新規ビジネスも
2012年まで「中国進出」に大きく振れていた振り子は、それ以降「中国撤退」に振れるようになった。日本企業はブームやムードに左右されやすいとも言うが、進むも退くも、やはり今が判断のしどころなのだろう。そんななか、筆者は対中ビジネスに積極的なある視察団に上海で遭遇した。鹿児島相互信用金庫(鹿児島市)が主催する貿易ミッションには、焼酎や水産物など地元特産品の輸出を志向する企業もあれば、環境技術や有機農法などの分野でパートナー企業を探す企業も参加していた。

この時期に、30人の参加者を集める視察団は非常に珍しい。その上、時代的逆風の中で「今から中国」を検討するその積極性は注目に値する。同信用金庫室長の村田秀博さんは、こうコメントする。 「チャイナプラスワン
はあってもネクストチャイナは有り得ません。東南アジアを目指しても、資材調達は中国からがほとんどであり、そう簡単に中国を切り離せるわけではないのです。しかも、地元政府は私たち以上に本気。今だからこそ新規開拓のチャンスだと思っています」

中国進出もブームであったが、中国撤退もまたブームになりそうな機運のなかで、「そうではない選択」をする企業や自治体も存在するのだ。日系企業の撤退は確かに時代を象徴する現象ではあるものの、決して中国における日本企業の経済活動が途絶えたわけではない。しかし、中国ビジネス環境の変化の潮目で「とどまるべきか、退くべきか」の判断に、上海の日本企業が揺れているのも事実である。

上海ビジネス30年という古参の日本人は、ある日中合弁企業の董事かつ総経理を勤めてきた。我慢強く、人望もあり、多くの日本人が世話になった。その日本人総経理は、筆者が尋ねた「今後も続投するのか」という質問に次のように打ち明けた。
「いささか前向きな思考を失いつつあります。個人的な心境でいえば、現況事業の契約満了での譲渡を穏便に遂行することをも考えています」

中国ビジネスは現実の困難さに加え、日中関係の複雑さや中国経済の不透明感が深まるなかで、従来とははっきり異なる戸惑いの表情がいっそう色濃くなってきた。この上海市場の発展に期待をし、そこに人生を重ねてきた日本人は少なくないが、このターニングポイントを複雑な気持ちで受け止めている。

 

 

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2014年10月24日

中国ビジネス最前線    No2

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会社が従業員との間の労働契約を合意解除する場合、日本企業は「従業員をどう満足させるのか」という課題と直面する。経済補償金は、「10年勤続であれば10ヵ月分、5年ならば5ヵ月分(の基本給を支給)」と法定基準額があるが、中国ではそれに“色づけ”するのが常識とされ、ナイキが江蘇省にある靴の生産ラインを撤退させる時には「法定基準額+1ヵ月分」という形で処理した。

日系企業にとってもまた、その“色づけ部分”をどう扱うかが焦点となる。少なすぎれば暴挙に出られ、多すぎればさらに「もっと出せ」と足元を見られるからだ。北京大成(上海)律師事務所で高級顧問として活躍する高居宏文氏のもとには、日系企業から多くの撤退案件が寄せられる。高居氏は「会社の利益よりも事なかれ主義で通そうとする日本企業」を懸念し、その問題点を次のように指摘する。 「『プ
ラス2ヵ月』もしくは『法定金額の20%プラス』が中国の相場です。

この相場前後に収まっていればリーズナブルといえる。財務状況が悪ければ『プラス1ヵ月』の提示でも御の字。けれども、暴動という面倒を回避するために、弁護士事務所や地方政府は『多ければ多いほどいい』と提案することもある。日本の大企業ほど、これを鵜呑みにしてしまうのです」また、この“色づけ”には、現地の総経理職に就く日本人の、微妙な心理が働いているとも語る。 「“色づけ部
分”を引き上げる張本人は日本人総経理、そんな傾向も出てきています。

暴挙に出られるよりは、『ありがとう、総経理』と言われたいのでしょう。従業員に対して『本社からいい条件を引き出すから』と、半ばヒーローを演じようとするために、すっかり従業員の代理的存在に陥るケースもあります。本社の事なかれ主義も問題。暴動の発生を恐れ、結局『総経理が決めよ』と判断を押し付けてしまう。本社から突き放されれば、日本人総経理は中国人従業員のご機嫌を取らざるを得ません。複数の案件からはそんな構図が浮き彫りになります」

撤退に当たって取るべきアプローチは?
では、日本企業は会社清算に当たって、どのようなプローチがベターだと言えるのだろうか。高居氏は5つのポイントを挙げる。すなわち、@日本企業のような民主的解決は避ける、A計画・時期・金額は秘密裏に決める、B一度、案を示したらそれを曲げない、C提示から合意まで一気呵成に行う、D従業員を団結させずできるだけ分散させる、というものだ。「民主的解決」は数年前、某家電メーカーが清算時に採った手法だが、従業員との「話し合い」が仇となり、補償金額がどんどん吊り上げられた。

また、一方で、案を出したなら最後まで踏ん張るのが得策だ。 「初志貫徹しようとすれば対立を生み、従業員からの袋叩きを覚悟しなくてはならないでしょう。しかし、たとえ従業員に囲まれ軟禁されてもせいぜい2日が限度、iPadやゲーム機など楽しめるものを持ち込んで気長に対応するのが肝心です。要は、“提示金額は変えない”という態度を徹底して貫くこと、そうすれば従業員も根負けして合意解除に応じます」と、高居氏は主張する。

 

 

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2014年10月23日

中国ビジネス最前線    No1

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DIAMOND http://diamond.jp/articles/-/50148

中国でのビジネスは“潮時”  引き際でも悶絶する日系企業
今年2月、日本の旅行代理店が上海激安ツアーを売り出した。3日間の滞在で1万円台のこのツアーには、渡航費と宿泊費はもちろん、一部食費まで含まれていた。ホテルは5ツ星の上海でも有名な日系ホテルだ。かつてそのホテルは、現地の一流ホテルとして日本から多くの出張者を受け入れ、宿泊客で賑わっていた。中国に進出する日系企業のニーズを満たすサービス体制が充足した同ホテルでは、新会社設立や新商品の紹介などの各種イベントやパーティが頻繁に行われていたものだった。しかし、活発なビジネス交流の場としても宿泊施設としての役割も、一時代に終止符を打ったかのように、いまやロビーは閑散としている。

日本企業に“撤退ブーム” 日本人向けビジネスも縮小の一途
日本人を運ぶ旅客機もジャンボ機から小型機になり、“巨大市場・上海”における人的交流や商品の流通、資本の流れも縮小の一途をたどる。現地の日本人社会では「新歓パーティ」でなく「さよならパーティ」が極端に増えた。“日本人村”の異名を持つ古北新区でも、家族を先に帰国させたのか、日本人とすれ違うことはめっきり減ってしまった。同時に、日本人とその家族のためにサービスを提供してきた医療、教育、娯楽などの分野も縮小とは無縁ではいられず、従来のような右肩上がりの業績が描けなくなった。

「上海の対日本人ビジネス」に命運を託す企業は少なくないが、収益拡大はもはや限界、経費節減はいっそう厳しいものとなり、今年の春節ではほんのわずかの昇給にとどまった企業が散見された。日本人経営の老舗店舗も閉店する。90年代後半、中国経済が脚光を浴びる以前から進出し、地元経済に根を張りながらも度重なる反日デモに翻弄され、あらゆる艱難辛苦を舐めてきた店である。同店のファンだという日本人女性は「あの店があったから私も上海で頑張ることができた」と惜しむ。

“早期進出組”と言われる一部の日本人の一部には、すでにベトナム、カンボジアなど東南アジアへ渡ってしまった人あり、日本の故郷へ戻ってしまった人ありと、散り散りになっている。辛抱強く奮闘してきた日本人経営者たちは、上海経済の発展に見切りをつけたのだろうか。上海脱出を加速させる背景には、中国のコスト上昇とともに、加速した労働集約型企業の「チャイナプラスワン」へのシフトなどの要素が存在する。また近年の二国間の関係悪化も大きく影響する。だが、同時に「中国の経済発展も一段落」とみなした日本人経営者が少なくないことをも物語っている。

撤退は中国人従業員の暴挙・暴動と背中合わせ
2013年、パナソニックは上海のプラズマテレビ工場を撤退させたが、上海の日系企業でも引き揚げを模索するところは少なくない。市内に拠点を構える法律事務所はここ1〜2年、撤退や倒産などの案件処理がもっぱらの仕事となった。コンサルティング会社の取り扱い案件の中でも、新規の進出は珍しいという。しかし、撤退というこの幕引きも決してスムーズとは言えず、多くの日系企業が悪戦苦闘している。

「中国撤退イバラの道」と日本経済新聞(1月14日)でも報道があったように、会社清算時には「50人程度の中規模の日系企業でも、撤退費用は1億円かかる」というのが相場だ。しかも、日本企業はここでも、中国人従業員が経営陣を軟禁するなど暴挙や、暴動と背中合わせのリスクを負わされている。日本の退職金に相当する経済補償金が十分でない場合、中国人従業員が暴挙に出る可能性は高い。

 

 

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2014年10月22日

なぜ日本に来る中国人旅行者が増えているのか? No1

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尖閣国有化でも個人ビザ旅行者は減っていなかった   http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/41730

中国共産党の幹部は、嬉々として日本を目指す旅行者たちを一体どんな思いで見送っているのだろうか。なにしろ日本に旅行する中国人がかつてない勢いで増え続け、おまけに彼らは帰国すると「日本旅行がいかに素晴らしかったか」を競うようにインターネットで発信し、拡散させるのだ。日本政府観光局の発表によれば、2014年1月から8月にかけて日本を訪れた中国人旅行者は前年同期比84%増の154万2400人に達し、すでに年間の過去最高(2012年の142万5100人)を上回った。

この7月に日本に旅行に来た中国人は28万1200人。これは前年同期比で約2倍の数字である。8月も前年同月比56.5%増の25万3900人が日本を訪れ、7月に続いて台湾、韓国を抑えて単月でトップに立った。中国からの訪日旅行者は12カ月連続で各月の過去最高を記録している。このままのペースでいけば年間200万人の大台突破は間違いない。日本政府観光局 海外マーケティング部の鈴木克明次長
は、「中国からの訪日旅行者はまだまだこれから増えていくでしょう。

いずれは台湾、韓国を抜いて、年間の訪日旅行者数でトップになると見ています」と言う。 2012年の尖閣国有化、反日デモによって、中国人の日本旅行は一気に冷え込んだが、いまや完全にそれ以前の勢いを取り戻した。日本政府観光局は「航空便の増便やチャーター便の就航」「大型クルーズ船の寄港」「夏の訪日プロモーションの成果」などを、その要因として挙げている。 

しかし、ここで素朴な疑問が湧く。たとえ日本に飛ぶ飛行機が増えても、日本に旅行に行きたいと思わなければ乗らないだろう。日中関係は相変わらず緊張状態が続いている。それにもかかわらず、なぜこれほど多くの中国人旅行者が日本にやって来るのか。その疑問を改めて鈴木氏にぶつけてみた。

政治的対立に左右されない中国人もいる
──日中関係がこれほど悪い中、日本に旅行に来る中国人がなぜこんなに増えているのでしょうか。

鈴木克明氏(以下、敬称略 日本政府観光局 海外マーケティング部の鈴木克明次長) まず、一口に中国人と言っても必ずしも一様ではないということを知っておく必要があります。つまり、いろいろなものの考え方の人がいるということです。 そもそも中国は日本とは比較にならないくらい国土が広い国です。そこに14億人近くという、とんでもない数の中国人が住んでいる。地域によって、日本に関する情報量はまったく違いますし、それだけ多くの人がいればいろいろな考え方の人がいます。

必ずしも政治的なものの見方にとらわれる人ばかりではないし、個人主義的な人も多い。 しかも、「改革開放」以降に生まれた世代がちょうど今20代、30代になっています。この世代はある程度自由なものの見方ができる人たちです。また、家庭では一人っ子に教育費をかけて育ててきましたから教育レベルが高く、大卒も多くなっている。その結果、いろいろなものの見方、自由なものの見方ができる若者が増えています。

彼らはネットを使いこなし、SNSを使って日常的にいろいろな情報に触れています。日本の情報もどんどん入ってきます。「优酷(Youku)」という中国版のYouTubeには、日本で放映されたドラマが2〜3日後に字幕入りでアップされるんですよ。日本のドラマをリアルタイムで見ている人たちがいっぱいいるのです。彼らは日本人が思っている以上に日本のことをよく知っています。

 

 

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2014年10月21日

中国、自分の不幸は他人のせい?無責任体質はどこから来るか   No1   

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https://www.blwisdom.com/strategy/series/china/item/9469-57.html?mid=w451h90100000995646

「中国の権力者はやりたいことは基本的に“何でもできる”し、国民もそれを前提に権力に依存し、時にそれを利用して自らの利益を図ろうとする、官民ともに“権力頼み”の社会である」という趣旨のことを書いた。そして、この権力依存型の経済成長が限界に来つつあり、不動産バブル崩壊など大きな調整の可能性が高いという見方をした。  この内容について読者の皆さんか
ら大きな反響があったので、今回はこの論点をもう少し別の角度から考えたいと思う。


「権力依存」の経済的な影響について考えたが、今回は、経済的にはかくも急速に豊かになっているにもかかわらず、中国社会に充満する不満情緒はどこから来るのか、そして「自分さえよければいい」「自分は常に正しい。悪いことはすべて他人のせい」といった無責任体質がどのような原因で発生しているのかを考えてみたい。

あてがわれたものを買うしかない時代
私が初めて中国に来たのは1981年、大学3年生の時である。中国政府の人に連れられて人民公社(農村の生活共同体のようなもの)に見学に行くと、「この家にはテレビがあります」と紹介されるような時代だった。改革開放は始まってはいたが、家電製品に限らず服や食べ物にしても単一の商品を大量生産して供給する計画経済がまだ機能しており、配給制度が生き残っていて、人々は基本的に政府からあてがわれたものを買うしかなかった。「なるほど、これが社会主義というものか」と衝撃を受けたのを覚えている。

80年代後半になると、さすがに商品の数は増えてきたが、それでも国外のデパートや量販店に並ぶ圧倒的な量と種類の商品群とは比較にもならない貧相なものだった。例えば、上海の百貨店でテレビを買うとする。選択肢はほとんどない。それどころか品物があればまだよいほうで、買い逃がすと次はいつ入荷するかわからない。要するに目の前にあるものを買うか買わないか、二つに一つである。  それで
結局、多くの人はやむなく買うのだが、そのテレビがまたよく壊れる。

無理もない。ほとんど独占供給だから、国営メーカーにすれば造れば売れる。品質がよくなるはずがない。当時としては給料の何カ月分、何年分という大枚をはたいて買った製品が壊れ、修理もままならない。私の友人たちは怒り、販売店やメーカーにねじ込むが、相手は国営企業で客を客とも思っていないから、当然のごとく埒があかない。そんなことを繰り返しているうちに、人々は疲れ、諦めて、こう思うようになる。 「仕方がない。悪いのはあいつらだ。私のせいじゃない」  これが諸悪の根源
である。

「自分で選んだのではないから、自分に責任はない」
日本国内でテレビを買おうとすれば、当時でも今でも、たくさんの電気店を回り、販売員の話を聞き、パンフレットを集めて、無数のメーカーの無数の機種を比較検討し、最終的に一台に決める。そうやって最終的に自分の意志で一つの製品を選んだ末、たまたまその製品が思い通りではなかった、もしくは不幸にして不良品だったとする。もちろんメーカーに責任があることは当然だが、選択の過程に透明性があり、根底の部分では自分が決めて選んだということがあるから、「安物買いの銭失いだったかもしれない」とか「運が悪かった」とか自分を客観視して判断する気持ちを持つことができる。

しかし、「欲しければこれを買え。嫌なら買うな」という状態で商品を買った人に、その結果の責任を問うのは無理である。他人に半ば無理やりあてがわれた結果なのだから、責任を問われるべきは自分ではない。つまり「数多くの選択肢の中から自分の意志で、あるものを選択する」という行為は、どこまでが自分の責任で、どこまでが他人の責任なのかを客観的に考えるために欠かせない条件なのである。

社会主義計画経済とは、このテレビの例のような構造が日常生活のすべてに及んでおり、食べ物も服も、住むところも学校も職業も、すべてが自分の意志で選べない時代だった。ということは、自分の生活、自分の人生に自分で責任を持たない(持てない)状況だったということである。当時、中国の人々が何かにつけて「そんなの知らないよ。私のせいじゃないから」という反応を見せる様子を見て、「社会主義とはとんでもない仕組みだ」と改めて認識したのである。

 

 

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2014年10月20日

巨大市場の底流 No8

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反対者がいたらカネを握らせるか、最終的には強制的に追い出せば済む。それでも逆らうなら犯罪者である。デベロッパーに資金が必要なら銀行に命じて融資させればいいし、マンションを造り過ぎて大量の空室が出たら公務員住宅ということにして関係者を住まわせればいい。そうやってとにかくなんとかしてしまうのが全知全能の権力者なのである。 となれば投資する方は安心だ。
失敗する可能性がないからである。だからデベロッパーはどんどん造るし、人民はどんどん買う。

そうやって不動産の値段が上がっていく。値段が上がれば、それを目当てにまた買う人が現れる。そうなると、権力者としては相場を下げるわけにはいかないので、持てる全知全能を動員して市況を支える。だから買うほうは安心してまた買う。
キリがないのでこのへんでやめておくが、要は中国の経済成長はこういう「何でもできる」権力に支えられている部分が多分にある。

思考停止を助長した「4兆元」
こうした中国社会の「権力頼み」の構造を一段と強固なものにしたのが、2008年からの2年間で4兆元、現在のレートで約70兆円という超大型の景気刺激策だった。70兆円の効果はさすがに凄まじく、中国の経済成長率は09年1〜3月に底を打ってV字回復。08〜09年の2年間で中国の輸入は2割も増加、「世界経済の救世主」として各国から高く評価された。そして10年には日本を抜いて世界第2位の経済大国に駆け上がる。

これはまさに「何でもできる」権力者の力業の最たる例といえるだろう。これによって中国経済は確かに成長を維持したのだが、その副作用も大きかった。それは前述したような権力者と人民双方の「権力頼み」の構造をさらに助長したことである。人民にしてみれば「世界がどうなろうと安心して投資してよい。権力の力でなんとかする」というお墨付きを得たようなものだ。これで投資をしないのは愚か者だといった風潮が広がり、不動産価格は再びぐんぐん上昇した。

私の友人の1人はリーマン・ショック後に上海市内の130平米ほどのマンションを処分しようとしたのだが、タイミングを逸して売り損なった。その時に付けた値段が380万元(約6500万円)である。やむなく賃貸に出して保持していたのだが、それがみるみる値上がりして現在では600万元(1億円強)になっている。先日会ったら、「売らなくてよかった。まだまだ上がる」とニコニコしていた。権力とはありがたいものだ。
だが、これでは社会の効率は低下する一方で、いつか必ず破綻する。いずれはどこかで止めなければならない。

制約が強まる権力者の「カネ」と「力」
このように中国経済は「何でもできる」権力者と、それに乗って儲けようとする人民という構造の上に成長している。改めて言うまでもないが、これは甚だ危なっかしい構造である。権力者が「何でもできる」ことが経済成長の重要な要素だとすれば、権力者が「何でもできるわけではない」ことが明らかになれば、成長の土台は崩れる。平たく言ってしまえば、中国が常識ある「まともな」体制の国になればなるほど、経済成長の条件が崩れていくと言っているのに等しいからである。

そもそも権力者が「何でもできる」源泉はカネと力(強制力、暴力)の2つである。そのうちカネについては、中国政府はすぐカネに困る状況ではないが、地方政府の債務は急増している。中国審計署(日本の会計検査院に相当)は昨年末、13年6月末時点での地方政府の債務残高が約17兆9000億人民元(約311兆円)に増加、10年末比で67%も増えていると発表した。だいたいこういう具体的な数字を政府自身が発表するようになったこと自体、政府が「まともな」方向に進みつつあるひとつの証左といえる。

 

 

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2014年10月19日

巨大市場の底流 No6   

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https://www.blwisdom.com/strategy/series/china/item/9394-56/9394-56.html?start=2

「全知全能」の権力の終わり〜「政府頼み」の限界でバブル崩壊の懸念も
中国の社会は国民が政治を監視する機能に乏しく、「カネ」と「力」(強制力、暴力)の圧倒的な部分を政府機関が握っている。そのため中国の権力者はやりたいことは基本的に「何でもできる」し、国民も権力者は「何でもできる」ことを前提に、権力を頼り、時にそれを利用して自らの利益を図ろうとする傾向がある。要は官民ともに「権力頼み」の社会である。そのことが今、中国経済の非常に大きなリスクになっている。今回はそういう話をしたい。 

日本で生活していると想像しにくいことだが、中国内陸部の地方都市で政府機関や国有企業の関係者などと話をしていると、その発想のあまりの違いに驚くことがある。  先日、内陸のある省の国家機関で働い
ていた友人と久しぶりに話をした。この省は人口が1億人弱もいて、省都には巨大なビルが林立している。この友人の出身地はそこから車で2時間ほどの人口数百万人を擁する中規模都市である。

この友人はかつてその街の警察・公安関係機関で働いていたのだが、いまは辞めてコンサルタント兼貿易会社のようなことをしている。地方都市で大きな産業もなく、同級生の多くは今も国家機関で働いている。辞めて民間に出たのは自分しかいないという。 この友人は経営者なので市場原理の中で生きているから、競争に勝たねばなら
ないし、従業員のマネジメントや顧客とのつきあいなど、常に課題は山積で、いつもバタバタと走り回っている。経営者とはそういうものだろう。

そういう友人がかつての同僚や同級生などと会うと、毎回不思議そうな顔をされるのだという。「いつも深刻な顔をして“大変だ大変だ”と言っているけど、いったい何が大変なんだよ?どうしてそんなに問題ばかりなんだ?」  友人が
商売にまつわる苦労や経営努力の話をしても、かつての同僚や同級生たちにはどうもピンと来ない。なぜそんなことで悩むのかわからないのである。「だってそんな話、簡単じゃないか。

〇〇局の〇〇先生に願いして、ちょっとお礼をすれば片づくことだろ?」「そんな商品、〇〇庁の〇〇女史のところで買ってもらえばいいじゃないか。すぐ電話するよ」「そんな奴、公安局の〇〇さんに頼んで、ちょっと言ってもらえばすぐに黙るよ。後でお礼をしとけばいい」 万事がこんな調子で、話が噛み合わない。その友人は言う。「彼
(女)らは自分たちは何でもできる。そう思っている。そしてそのことに何の疑問も感じていない」。引き続き友人の表現を借りれば「党や政府機関で育った人間にとっては、『できないことはない』という感覚が当たり前になっている。

自分が何かやりたいと思ったら、やるべきことは2つだけ。ひとつはそれを誰が担当しているのかを調べる。2つめはその人を訪ねてお願いして、しかるべきお礼をする。それだけ。それで後のことは全部カタが付く。だって権力があるから」。 も
ちろんこの表現はやや極端で、現実にはさすがに「何でもできる」というわけにはいかないだろう、とは思う。しかし一党独裁国家の権力者は選挙で選ばれるのでもなく、メディアの厳しい監視があるわけでもない。

さらにその権力者から任命された役人たちも同様に、議会や国民のチェックがあるわけでもない。もちろん中国にも形のうえではさまざまな権力の牽制機構はあるが、北京や上海のような大都会はまだしも、地方都市になれば事実上、有名無実である。地元は地縁・血縁・同級生といった関係でほぼ固まっており、利益共同体になっているから、大概のことは内々に処理されてしまう。

 

 

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2014年10月18日

巨大市場の底流 No4

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農地の資産化、現金化に途を開く
こうした状況に対応するために出てきたのが冒頭に紹介した政策である。農民の土地使用権にハッキリと私有財産権が認められ、法的に保護されるのであれば、農民はその権利を有償で誰かに貸し出し、自分は都市部に働きに出ることもやりやすくなる。また村の中で農業が得意な人が中心になって、村内の他の農民から耕作権を借り集め、集団化、大規模化した農業を経営して生産性を上げるといったこともできる。

さらに言えば、高い農業技術を持つ村外の企業が参入し、農民たちに耕作権による現物出資で株主になってもらい、近代的な農業企業として生産活動をするといった形も考えられる。いずれにしても農地の増値ぶんを農民の手に還元することが可能になる。 加えて、土地の財産権が法的に確立されれば、それに対する侵害行為はやりに
くくなる。いかに地元の権力者が腐っていても、いったん農民が「自分の財産」と認識した土地を白昼堂々と奪っていくことはさすがに難しい。

その農地を何らかの目的のために収容するとなれば、その資産価値に見合った補償をしなければならなくなる。農村戸籍の人々も、都市部の人々と同様に、人として最も基本的な権利がようやく認められる時代になったことは明らかな社会の進歩であり、喜ばしいことである。 もっとも、農地の財産権を確立するとはいっても、現時点では農地が自
由に売買されるところまでは想定していない。

冒頭に紹介した会議の決定でも「農村の土地の集団所有という形態そのものは今後も堅持し、農業集団を基礎とした農業の大規模化、集約化を促進する」という趣旨の方針が示されている。つまり、財産権は認めるが、その財産の処分の仕方についてはタガをはめる。貸与や現物出資はできるが、自由に売却できるわけではない――というあたりが基本線となる見込みだ。別の言い方をすれば、「土地」そのものを個人に分配するわけではなく、「土地から上がる収益」を分配するのが原則ということになる。このあたりが日本などの農地改革とは異なるところだといえる。

「バーチャル財産権」の試みも
こうしたやり方はすでに一部地域では試験的な先例があり、例えば安徽省繁昌県平鎮という村では2012年からすでに「バーチャル財産権(虚擬確権)」という考え方を導入し、個々の農民が自らの耕作地を村の共同体に差し出し、その「バーチャル財産権」の額に応じて収穫後に配分を受けるというやり方を始めていると報道されている。村は村民から集めた細切れの農地を区画整理し、農道や水路を整備、大型農業機械を導入して生産性を上げているという。

大規模効率化によって人員は少なくて済み、大半の農民は村外に働きに出ている。つまりすでに大部分の村民は「農業集団の株主」と化していて、厳密な意味での「農民」ではなくなっていると言ってもいい。 また、農村の土地の
中で農地以外の部分、つまり農民の居住地や公共施設、商店、倉庫、道路など(「集体建設用地」と呼ぶ)については、農地に比べてより大胆な形で市場化が進められる予定だ。

 

 

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2014年10月17日

巨大市場の底流 No1

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「現金化」する中国の農地〜6億農民が資産家になる日 WISDOM 2013年12月20日 https://www.blwisdom.com/strategy/series/china/item/9364-55.html

田中 信彦 ; 中国・上海在住。1983年早稲田大学政治経済学部卒。毎日新聞記者を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、大手カジュアルウェアチェーン中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。

中国で先ごろ、共産党の重要な会議があって大胆な政策がたくさん決まった。その中に、これまで売買や貸借が原則的に禁止されてきた農村部の土地の「現金化」に道を開く明確な方向性が打ち出された。これによってこれまで「耕作」か「出稼ぎ」しか収入の途がなかった中国6億の農民が、一気に土地という資産を手にする可能性が出てきた。うまくいけば中国が真の大国に成長する基礎になり、一歩間違えれば天下大乱という政策だが、果たしてどうなるか。

中国都市部の「夢のような善政」
今年11月、中国共産党の5年に一度の重要な会議があり、そこで中国の将来に大きな影響を及ぼす政策がたくさん決まった。会議の名称は「中国共産党第 18 期中央委員会第三回全体会議」(略称・三
中全会)、発表された決議は「改革を全面的に深化させるための若干の重要問題に関する中央委員会の決定」というのだが、現実に実行できるかどうかは別として、内容的には大胆な改革のオンパレードで、これが実現すれば中国の社会構造は今よりはるかに良くなるだろうと思わせるものがある。

目玉はいくつもあるが、そのうち最も重要だと考えるのは農村の土地問題に関する部分だ。 言うまでもなく土地政策は社会の発展に決定的に重要である。どこの国でも、
普通の国民がまとまった資産を持とうと思えば、経済発展前の地価が安い時期に不動産を買い、それが経済成長のプロセスで値上がりするというパターンが最も確実である。日本もかつてはそうだったし、香港やシンガポールなど戦後の成長したアジアの大都会もそうだし、上海や北京など中国の大都市はまさに今その渦中にある。

そうやって多くの中産階級が誕生して、購買力がつき、教育水準も上がって社会が安定していくものだろう。 いまや上海の私の周囲にいる友人たちは、ほとんど例外なく数千万円
以上の資産を持っている。これは一部の金持ち層というわけではなく、職業や学歴を問わず、マンションのガードマンさんでも、駐車場の料金収受係のおじさんでも、1990年代に中国都市部の住宅制度改革が始まる前から市街地に生まれ、育ってきた人なら、いずれ相続するはずの親の資産も含めれば、ほぼ全員がそうである。

このあたりの仕組みは過去の連載で紹介したのでぜひ参照していただきたいが、要は本格的な経済成長が始まる前に土地(の使用権)を国家が市民に無償もしくは安く配分したからである。こういう場合、通常は土地の増値ぶんの相当部分を税金という形で国に取られるものだが、中国にはいまだその種の税金がないので、場所によっては数十倍という地価の上昇分が全て住民の資産になった。これは都市部住民にとっては夢のような「善政」であったと言えよう。

都市部によって搾取された農村
しかしその一方で、農村部に関しては土地の所有概念が全く違い、農民(農業戸籍の人々)は自分が耕している田畑や山林、居住地などを売買したり貸借したりする権利がない。詳しい制度の説明は省くが、都市部住民(非農業戸籍者)が住む土地の所有権は国にあり、住民はその使用権を売買もできるし、貸借も担保に差し出すこともできる。つまり国有の土地の使用権には私有財産権が確立している。それに対し、農業戸籍の場合、土地の所有権は農業集団という、自分もその一員である地元の共同体にあり、国有とは異なる概念になっている。

 

 

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2014年10月16日

いつまで続ける対中国ODA…年間300億円、なぜ日本は「貢ぐ君」か No1

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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140205-00000531-san-pol

尖閣諸島(沖縄県石垣市)への領海侵犯を繰り返し、東シナ海上空に防空識別圏を一方的に設定するなど、中国が膨張主義的な政策を取り続けている。その国に対し、日本が政府開発援助(ODA)をいまだに続けている。その額は実に、1年で300億円。日本固有の領土である尖閣諸島を虎視眈々と狙い、歴史問題を振りかざして国際社会における日本の名誉を徹底的におとしめようとしている中国に資金提供とは…。にわかには信じられないが、動かぬ事実でもある。(笠原健)

■対中ODAは3兆6500億円に上る
ODAは、低利で資金を貸す円借款、返済義務のない資金を供与する無償資金協力、技術や知識のある専門家の派遣や開発計画を支援する技術協力の3つに大別されている。 中国に対するODA供与は昭和55年に始まった。以来、平成23年度まで、日本は円借款3兆3164億円、無償資金協力1566億円、技術協力1772億円を中国に対して供与している。

円借款はかつて中国国内の空港・港湾、鉄道・交通網整備、発電所などの大型インフラ整備に投下され、中国の経済発展を支える基盤となった。しかし、「インフラの整備は結果的に中国の軍事力増強を下支えすることになりかねない」「円借款が中国国内でどのように使われているか不透明な部分がある」などの批判を受けて、20年の北京オリンピック前までに新たな供与を終了することで日中両国政府が折り合い、19年12月に日中双方が確認した6つの案件を最後に円借款を新たに供与することを中止した。だが、無償資金協力と技術援助についてはいまだに継続されている。

外務省が出している24年のODAに関する国別データブックによると、23年度の中国に対する無償資金と技術協力の額の合計は約41億円に上る。ただ、これはあくまでも外務省分であって、経済産業省や文部科学省などほかの省庁を合わせた数字はさらに跳ね上がる。

■中国に1年に300億円も「贈与」する日本
改めて外務省が出している24年版ODA白書をみてみると、23年の中国に対する無償資金協力は約1300万ドル、技術協力は2億8700万ドルの計約3億ドルに上る。1ドル100円で換算してみると、300億円にも及ぶ資金が日本から中国に流れていることになる。  低利で資金を貸し出す円借款は、中国が拒否しない限り、いずれ日
本に回収される。しかし、無償資金協力と技術協力は「贈与」であり、日本には1円も返ってこない。

円借款の供与中止を決めた際、無償資金協力と技術援助が継続されたのは、黄砂、感染症、大気汚染など対策や留学生を軸とした人材交流を深めて、日中両国の互恵的な関係を構築しようという狙いがあった。背景には巨額の資金を提供する円借款では日本国内の理解は得にくいが、環境対策や日系企業の進出を念頭に置いた中国国内の社会制度整備に対する援助ならば、大きな反対の声は上がらないだろうとの読みも政府内にはあったという。

 

 

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2014年10月15日

投資失敗に「騙された!」と熱くなる中国人民 No1

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DIAMOND 2014年4月11日 http://diamond.jp/articles/-/51470

不動産や理財商品が国家崩壊の引き金に!?
分譲住宅を購入するとき、足を運ぶのがモデルルームだ。そのモデルルームにはたいてい、完成時を予想した住宅と街区の模型が設置されている。その模型がある日突然、暴漢らに襲われた。高層住宅をかたどった多くの模型は見るも無残に“倒壊”し、模型を囲うガラスも粉々に砕け散った。この暴漢の正体は、このマンションをすでに購入し居住している所有者たちだった。

かつて日本も経験した不動産暴落 中国の所有者たちの反応は
場所は浙江省杭州市、マンションの名称は「天鴻香鯀里」。破壊活動時のスローガンは「住宅販売は詐欺だ!金を返せ!」。怒りの理由は、次期分譲区画の販売価格が、自分たちが購入した区画よりも3割近く安価、つまり値下がりしたというものだった。振り返れば日本も、不動産価格の下落を経験した。1990年夏までは、住宅価格は一本調子で上昇し、モデルルームには購入検討者が大挙して押し寄せ、申し込み住戸の抽選競争率が10倍ということも珍しくなかった。

それが9月に入ると、客の姿が忽然と消え、それ以来、不動産価格は下落局面に突入した。だが、当時の購入者はどこかで「自己リスク」を認識していた。不動産価格は上昇するときもあれば下落するときもあり、需要と供給で価格が決定されているという「市場原理」も認識していた。従って、こうした抗議行動が表面化することはほとんどなかった。ましてや、物件購入者がその販売拠点を破壊する行為になど及ぶこともなかった。

お国柄の違いや個々の事情の違いもあるだろう。中には、飲まず食わずで爪に火をともすようにして住宅資金を貯めた人もいるだろう。財産価値の目減りで怒り心頭に発し破壊行為を行うというのは、彼ら中国人が「住宅」という固定資産に対して、我々日本人が想像も及ばないような“恐るべき執念”を持っていることを物語っている。

「住宅を買い取れ」「金を返せ」 中国では珍しくない集団抗議や破壊行動
中国では不動産価格が下落して所有者が暴挙に出る沙汰は、今に始まったことではない。2010年代を振り返っただけでも無数にある。特に不動産市場が冷え込んだ2011年は、全国各地で所有者たちの抗議活動が活発化した。
中国では住宅開発を行う場合、一団の敷地に複数の高層マンションを建設し、複数に期を分けて図面売り(青田販売)するのが一般的だ。価格下落に対して抗議活動を行うのは、たいてい分譲初期に所有権を手に入れた世帯であり、怒りの矛先は分譲を行ったデベロッパーに向けられる。

 

 

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2014年10月14日

中国大手企業にバタバタと連鎖倒産の危機 No1  

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「逆回転」を始めた不動産業界 2014.06.10
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40893

姫田 小夏 ;中国情勢ジャーナリスト。東京都出身。大学卒業後、出版社勤務等を経て97年から上海へ。翌年上海で日本語情報誌を創刊、日本企業の対中ビジネス動向を発信。2008年夏、同誌編集長を退任後、東京で「ローアングルの中国ビジネス最新情報」を提供する「アジアビズフォーラム」を主宰。現在、中国で修士課程に在籍する傍ら、「上海の都市、ひと、こころ」の変遷を追い続け、日中を往復しつつ執筆、講演活動を行う。著書に『中国で勝てる中小企業の人材戦略』(テン・ブックス)。目下、30年前に奈良毅東京外国語大学名誉教授に師事したベンガル語(バングラデシュの公用語)を鋭意復習中。

今、中国人の間で経済に関して最も話題に上るのが「連鎖破綻」だ。先日も上海の主婦らが集う食事会で、これが話題になった。彼女たちは子育てに一息ついた有閑主婦だが、株に投資をしていることもあり、企業情報には敏感だ。
5月中旬、地元メディアは「不動産開発大手が経営危機に瀕しており、傘下の上場企業に連鎖破綻のリスクがある」と報じ、警鐘を鳴らしていた。上海人主婦らは目の前の食事を平らげると、お茶をすすりながらこの話を始めた。

不動産開発大手とは「深セン市光耀地産集団」(以下、「光耀地産」)であり、「連鎖破綻の危機がある」と報じられた企業は、深セン市のA株上場企業「深セン新都酒店(以下、「新都酒店」)」(“酒店”とは“ホテル”を意味する)だ。
光耀地産は新都酒店の大株主である。光耀地産が外部から借り入れをする際に、新都酒店は担保を提供した。その際、地下金融から資金調達を行っている。ところが光耀地産は住宅が売れず資金繰りが悪化し、借金の返済が滞った。
その結果、新都酒店も地下金融への返済が不能になった。光耀地産に提供した担保に瑕疵があったことも問題視されている。 光耀地産は、中国では“100強”に数えられる大手不動産デベロッパーである。ここ10年で躍進し、北京や上海などの一級都市、青島や杭州などの二級都市を中心に、全国各地を網羅する展開を行ってきた。行く先々で地方政府から土地を競り落とすためには、常に巨額の資金が必要であり、その資金調達のためには銀行や信託のみならず、高利貸しにまで手を出していたのだった。

これまでは、中国では目覚ましい経済成長が不動産販売の追い風となっていた。不動産の需要は増え続け、資金は滞ることなく回転していた。だが、ここに来て全国的に住宅が売れなくなった。光耀地産は、その“逆回転”の始まりとともに、多額の負債を抱えた。そして傘下の新都酒店までをも巻き添えにした。主婦の1人が言った。「新都酒店の銘柄には“ST”がついてる。やばいわよ。3年目に赤字になれば上場停止だわ」(注:STとはSpecial Treatment、特別処理銘柄の意。投資リスクの高い銘柄を指す)。

中国企業の行き詰まりは、彼女たちの懐具合をも左右するようで、この食事会も以前のような豪勢な内容とは言えないものだった。

 

 

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2014年10月13日

中国人がコンビニバイトに殺到する理由 牛丼屋は「やりたくない」

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http://www.sankeibiz.jp/econome/news/140824/ecd1408241710002-n1.htm

4月に行われた経済財政諮問会議と産業競争力会議の合同会議において、安倍晋三首相は外国人労働者の受け入れ拡大に向け、大きく舵を切った。従来受け入れてきた高度外国人材だけでは、労働人口減少への対策として不十分であるという判断を下したのだ。不可避かつ逼迫した議論が慎重になされるよう見守ることが重要だろう。 ところで、そういった国の在り方を左右する議論がどのように決着しようとも、すでに日本では留学生をはじめとする多くの外国人アルバイトが働いている。

特に都市部であれば、彼らの姿を見ずに1日を終えることはごくまれだろう。彼らの実情に肉薄すべく、中国人留学生である李陳平さん(仮名)にインタビューをした。「新橋の居酒屋と住宅地のコンビニでバイトしています」李さんが流暢な日本語でそう話す。日本にやってきたのは2年前。当時は日本語をほとんど話せなかった。

「まず工場で6カ月働きました。工場なら日本語ができなくてもOKですけど、ずっと立ったまま同じことを続けるからとても疲れます。そのあと中国人が経営する中華料理店で8カ月働きました。わからない言葉があってもすぐに助けてくれます」
李さんのバイト遍歴は留学生にとっては典型的コースだ。日本語が上達するにしたがって選択肢が増えるが、大抵は居酒屋やコンビニといった業種に落ち着く。 

日本語が上達しなければ接客なしの単純作業に従事するしかないので留学生にとって日本語学習は語学習得以上の意味を持つ。 現在、李さんは時給1000円の居酒屋で午後5時から12時まで週に3回、時給900円のコンビニで5時から11時まで週に2回働いているという。なぜ今のバイトを選んだのか。 「居酒屋はやらないといけないことが多いし、たくさん動くし、皿洗いが特に大変。だけど、お給料がいい。コンビニはとても楽ですけど、みんなそのことを知っていて応募するので、シフトを増やすのは無理です。

ただし、セブン−イレブンはお客さんに人気があってとても忙しいから、留学生には人気が少ないです(笑)」李さんは同じ学校の中国人留学生たちとバイトに関する情報を交換している。仲間内で最も人気があるのは、来客の少ないコンビニと、中国語を生かせるデスクワークだ。 「貿易会社でバイトしている友達は時給1200円です。座ってパソコンで仕事するだけなのにお給料がいいから、うらやましい。牛丼屋の友人は『疲れた。死ぬ』と言っているから私はやりたくない」

しかし李さんは週に30時間以上働いていることになる。就労制限に抵触しないのか。 「留学生は1週間に28時間までしか働けません。内緒ですけど、個人営業のコンビニでは、労務管理がいい加減で私の労働時間は公にはバレません。お給料はもらっても、税金はかからない、そういうコンビニはたくさんありますよ」

 

 

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2014年10月12日

民主派デモで問われる一国二制度の真価  No1

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http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/41858

中国にとっては、まさに多事の秋である。 かつて最高実力者である」小平はイギリスのサッチャー首相(当時)と、返還後の香港では中国(大陸)と異なる資本主義の存続を保障する、いわゆる「一国二制度」を約束した。それでも多くの香港市民は、返還後の香港が中国の統治下に入ることを恐れ、返還の前に相次いでイギリス、カナダ、オーストラリアなどへ移住した。こうした移民ブームの背景に、北京政府に対する香港市民の不信があったことは明らかである。

その後、中国経済の高度成長は香港経済にも多大な恩恵をもたらした。特に中国政府は香港の人心を掌握するために、大陸住民による香港での投資を許可し、「自由行」(香港への個人旅行の自由化)を認めるなど様々な政策を打ち出した。 香港と大陸の政治的な一国二制度は続いているが、経済は一体化が着実に進んだ。大陸の不動産バブルは香港の不動産市場にも波及した。今や香港は坪当たりの単価が世界で最も高くなっている。

ただし、香港経済の過熱は、投資家にとってはグッドニュースかもしれないが、香港の一般市民にとって必ずしも朗報とはならない。不動産価格の上昇はマンションとアパートの賃料に波及し、低所得層には大きな負担になっている。香港と大陸経済の一体化を熱烈に歓迎する投資家と事業者がいる一方、一般の香港市民の間では不満が募っている。

問われる一国二制度の真価
」小平がサッチャー元首相に約束した一国二制度は、そもそも一体どのようなものだったのか。」小平の言葉を援用すれば「香港のことは香港人に任せる」ということである。イギリスの統治下で築かれた香港の資本主義の諸制度は向こう50年変わらない。それを定めているのは「香港基本法」である。 「香港のことは香港人に任せる」という大原則はおそらく今も変わっていない。ただし、「香港人」とは誰のことなのか。中国への返還後、香港人の一部は海外へ移住し、その代わりに大陸の人々が大挙して香港へ移住してきた。

言い換えれば、オリジナルの香港人の濃度は年々薄れている。香港返還当初、先進主要国の中国ウォッチャーたちは香港の中国化を心配していた。その中には、中国の香港化を期待する者もわずかだが存在していた。 だが、現実的に考えれば、数百万人の香港人が13億人の中国人を変えることは不可能である。一国二制度の下では、香港と中国の2つのベクトルが交わることはない。香港はかつてのようなレッセフェール(自由放任主義)の国際都市ではなくなり、「中国の香港」になったのである。

表向きは、中国は香港への関与を強めてはいない。なぜならば、中国は同じ一国二制度の枠組みで台湾を統一したいからである。 最近、習近平国家主席は「一国二制度で台湾と統一する」との談話を発表している。それに対して、台湾の指導者は猛反発した。台湾は現状維持を堅持するということである。馬英九総統の言葉を借りれば、「独立もしなければ、統一もしない」というのが台湾のスタンスである。

 

 

posted by タマラオ at 05:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記