2014年08月14日

限界都市東京からの移住    No2

100.JPG
海士町に見る「3つのK」
行動派の若者が進んで東京圏を離れる、そんな新しい移住は全国の地方の至る所で起き始めているが、その象徴的な存在になっているのが海士町だろう。海士町では5人に1人が島外からの移住者。彼らが熱源となり、地元住民が触発され、新しい産業や文化が芽生えるという好循環が生まれている。その理由を探っていくと、「3つのK」というキーワードが浮かび上がってきた。1つ目は「稼業」の育成だ。職がなければ移住者を受け入れることができない。

海士町では、自足できる安定的な職の創出だけでなく、起業を支援する体制までも整える。それを可能にしたのは、2002年に就任した山内道雄町長が打ち出した「民から官へ」というメッセージだった。 岩牡ガキの養殖業を営む大脇安則さんは海士町にある島根県立島前高校を卒業後、大阪の専門学校に入学。しばらく働いた後、海士町に戻ってきたUターン組だ。2000年ごろから岩ガキの養殖を始めた大脇さん。国や町の資金援助を受け、出荷棟などを建設。

その後、魚介類の細胞を壊さずに冷凍できる「CASシステム」の導入を山内町長に掛け合った。建設費は約5億円に上ったが、同システムのおかげで鮮度を落とさずに本土に出荷できるようになった。年間を通じて一定の売り上げが見込め、「岩ガキの養殖を産業に高められた」(大脇さん)。 大脇さんの会社には現在、Iターンの若者6人が働く。「他人の人生を請け負うのは重いが、若者を育てるのも務めだと思い、必死に向き合っている」と話す。

リスクを取るのは官
町が財政支援を決めたのは、大脇さんのケースだけではない。日経ビジネスの特集で紹介した宮崎雅也さんが運営する干しナマコの加工会社も同様だ。いずれの場合も、町議会から「個人のために公金を支出するのはいかがなものか」という批判が出たが、山内町長はこう反論した。 「支援した事業が大きくなれば、それに関わる人だけでなく、取引先にも効果が波及し、島内の産業全体が盛り上がる。新しい雇用も生まれ、新たな若い移住者が来てくれる。官が起業のリスクを引き受けないと、誰も挑戦しなくなってしまう」

「民から官へ」とは、決して行政の肥大化を意味するのではない。産業育成の取っ掛かりを担うことで、民の力を最大限に引き出せるようにする。移住者が遺憾なく能力を発揮できる環境を作り出すことこそが、官の使命だという信念に基づいている。 山内町長の携帯電話には、地元住民からひっきりなしに連絡が入る。面倒見が良く、かつ開かれた行政――。単に職を用意するだけにとどまらない、このユニークな姿勢こそが移住者を惹きつける要因になっている。

 

 

posted by タマラオ at 05:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記