2014年08月11日

海を渡るおじいさんのトラクター No3

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──すぐに売れたんですか。
幸田 いいえ。コンテナ船が神戸港を出港してから1カ月くらい経っても連絡がないんですよ。1カ月でエジプトには着いているはずなんです。「あの人は嘘をつく人ではない」と信じていました。でも、何回電話しても出てくれないんですよ。

──これは騙されたと。
幸田 ただ、自分の決断に後悔はありませんでした。輸出のやり方が分かったから無駄ではないと思っていました。そうしたら、しばらくして連絡が入ってきたんです。「幸田さん、全部売れちゃったから、また送ってくれ」と言うんですね。「いやいや、売れたのはいいんだけど、お金を送ってくれ」とお願いしました。そうしたら彼が「オーケー、オーケー」と(笑)

──結果的に売れてお金も入ってきましたけど、ずいぶん勇気がいる決断だったんじゃないですか。
幸田 自分たちで直接輸出できるようにならないと、いつまで経っても下請けの状態ですからね。また、それまでに自分で海外に行って農機具店を見てきた経験から、日本の中古農機具は海外で売れるという自信はあったんです。だからこそ彼に託してみた、というのはありましたね。

相手にしてもらえないので作戦を変更
──それを機に、商社を通さずに輸出をするようになったわけですね。どのようにして販路を開拓していったのですか。
幸田 最初はフィリピン、ベトナムなど東南アジアに行って農機具店を回り、自分で交渉するということをどんどんやりました。

──現地の農機具店は商社を通して輸入しているわけですよね。いきなり行っても「お前は何者だ」という感じではありませんか?
幸田 ええ、どこに行っても話を聞いてもらえませんでした。あまりにも相手にされないので、やり方を変えることにしました。いちからお客さんをつくった方がいいなと思ったんですよ。

──いちからお客さんをつくるとは。
幸田 例えば、中古車や中古バイクなどを日本から輸入している会社があります。そうした会社に、日本の農機具を扱ってみませんかと持ちかけてみました。すると、けっこう飛びつく会社があるんですよ。

──農機具店をターゲットにするのではなく、日本製品を輸入しているけど、まだ農機具を扱ってない会社に目をつけた。つまり、新しい商材を探している会社ですね。
幸田 そういうことです。そのやり方がうまくいって、お客さんをどんどん増やしていくことができました。今は約80カ国に輸出して、海外の約400社の会社がお客さんになっています。

 

 

posted by タマラオ at 05:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記