2014年06月26日

世界が真似できない「日本の卵」の凄さ No1

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DIAMOND 2014年4月2日 http://diamond.jp/articles/-/51018

81年生まれ。服部栄養専門学校卒。料理人として活動する傍ら、2005年、『さよならアメリカ』で群像新人文学賞を受賞し、小説家としてデビュー。ほかの作品に『月とアルマジロ』(講談社)、『大人ドロップ』(小学館)、『星空の下のひなた。』(光文社)、『ヒマワリのキス』(徳間書店)、『アクアノートとクラゲの涙』(メディアファクトリー)がある。

日本の卵が世界に誇れる理由は、国産食材の安全性を象徴しているからだ。外国では基本的に卵の生食を勧めていないが(殺菌された卵はある)、日本は生食を基準としている。たしかに日常的に卵を生食する食習慣があるのは世界広しといえど日本だけ、とはいっても、これはすごいことだ。かつて外国人から刺身を食べることを『魚を生食するなんて野蛮』と揶揄されたこともあった。しかし、今では世界中の誰もが寿司に夢中だ。時代が変われば人の認識も変わる。

そのうち日本の卵も外国人から珍重される時代が来るかもしれない。なにより日本人は卵が大好きだ。数年前の調査だが、1人あたりの鶏卵消費量は世界2位という数字も出ている(ちなみに1位はメキシコ)。最近は消費量が低下していく傾向があるが、それでも少なくない数字である。ところで、日本人はいつからこれほどの量の卵を食べるようになってきたのだろう。古い日本映画のなかで病気の人のお祝いに卵を持っていく、というシーンを見たことがあるが、かつて──戦後まもなくくらいまでは──卵はそれなりに高級な食べ物だった。

まもなくして食事情がよくなってくると、卵の消費量は伸び続ける。消費が伸びれば普通、価格は上昇するが、鶏卵の価格は落ち着いていた。大きな理由は昭和30年代に起きた飼育法の変化だ。産卵効率の高いニワトリの導入。さらにはそれまでの『平飼い』から『ケージ飼い』に変わり、生産管理が容易になった。餌もアメリカから入ってきた飼料用の安価なトウモロコシに変わった。その結果、大量生産が可能になった。そうして卵は『物価の優等生』と呼ばれるに至る。一方で大量生産、大量消費の流れのなかで、コスト的に太刀打ちできない小規模な養鶏場は姿を消していった。

「物価の優等生」を襲う価格上昇の波
そんな鶏卵事情に変化が起きているのはご存知だろうか?このところ鶏卵価格が上昇しているのだ。きっかけは2004年の鳥インフルエンザウイルス。その後も、東日本大震災の影響、また餌となる輸入トウモロコシの価格上昇の影響を受けた。また昨年、夏の猛暑でニワトリが減ったこと、生産調整に失敗したことなどを、3月6日付けの朝日新聞は伝えている。戦後の安定した成長を支えてきた『物価の優等生』に起きた変化は、時代の転換点を象徴しているように思う。

今後、バイオエタノールなどの需要増が見込まれるトウモロコシに、価格が下がる要因はない。つまり、今までように卵は安価だと喜んでいるだけでいられなくなってきているのである。ここで立ち止まり、改めて卵をめぐる状況を考え直そう。
ご存知のようにニワトリたちはいわば経済動物として、今日もケージのなかで卵を産み続けている。安全な無菌状態にされたニワトリたちは、商品を生産する歯車の一部。そうした企業養鶏の努力によって卵の価格は守られてきたのだ。

でも、大量生産して価格を安定させることは、はたして正しいことなのだろうか?卵とはなんだろう。そもそものところから考える必要がある。茨城県、石岡市八郷地区。石岡駅から車で20分あまり、里山の風景が織りなす、のどかな雰囲気の道を進むと『魚住農園はこちら』という小さな看板が見えてきた。坂道を上ると、鶏舎と畑、そして農園の主である魚住さん家族の住む母屋がある。魚住道郎さん、美智子さん、昌孝さん。少しずつ理想とする家族農業を実現している。

 

 

posted by タマラオ at 05:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記