2014年06月10日

料理人のパフォーマンスで発達した日本の包丁 No1

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変わるキッチン(第1回)〜「切る」 JB Press
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40526 2014.04.25(Fri)

澁川 祐子 1974年、神奈川県生まれ。東京都立大学人文学部を卒業後、フリーのライターとして食や工芸・デザインを中心に、読むこと、食べること、暮らすことをテーマとしたインタビューやルポ、書評を執筆。『森正洋の言葉。デザインの言葉。』(ナガオカケンメイ監修、美術出版社)、『最高に美しいうつわ』(SML監修、エクスナレッジ)の取材構成ほか、近著に当連載をまとめた『ニッポン定番メニュー事始め』(彩流社)がある。

【「食べる」ことの歴史は、料理の技術とともに発展を遂げてきた。本連載では、毎回、料理にちなんだ動作をテーマに、その道具の歴史を追い、いかにして日本人が食べてきたのかを明らかにする】  料理をしている時間と
いうのは、その大半が下ごしらえに費やされている。材料を切り分けたり、薬味をすりおろしたり、下ゆでしたり。しかも手を抜くと、ばっちり味に反映されたりするから、あなどれない。煮たり焼いたりする段階までくれば、あとは火の扱いに気をつけて、味つけをするだけ。下ごしらえさえ済めば、料理は8割がた完成したも同然だ。

そして下ごしらえのなかでも、とりわけ避けては通れないのが「切る」作業だ。 タマネギを使って肉じゃがを作るなら、くし切りに。ミートソースなら、みじん切り。サラダだったら、できるだけ薄くスライス。作る料理によって、種々の材料を適当な大きさに切り分ける。 実家を出るまでろくに包丁を握ったことがなかった私にとって、まず立ちはだかった壁が、この「切る」作業だった。 夕飯にダイコンのサラダが食べたいと思ったのはいいが、ダイコンを千切りにするのにひと苦労。

手元ギリギリに顔を近づけ息を止めて、ようやく包丁をトンとひと振り。ポジションを調整し直して息を止めて、またトン。そんなふうだから、腰は痛くなるわ、時間はかかるわで、結局おかずまでたどりつかなかった記憶がある。 あれから10年、お世辞にも手際も見た目も褒められたものではないが、そこそこ早く切れるようにはなった。そして1年ほど前には、切れ味がいいと評判の和式の万能包丁も手に入れた。熱した鋼をハンマーなどで叩いて刃を形づくっていく手打ち鍛造のものだ。

よく「切れる包丁より切れない包丁の方が危ない」と言うが、その包丁を持つまでは「いやいや、やっぱり切れる包丁は怖いでしょ」と思っていた。だが、新しい包丁を使ってみて、その考えを撤回せざるをえなかった。 トマトにすっと刃が入っていく。きゅうりの輪切りもトントンと軽妙に薄く切れる。清々しい切れ味に、遅まきながら「切れる包丁とはこういうことか」と合点し、「切る」のが楽しくなった。

道具は、料理を変える。切れる包丁を手にして、そのことを実感した。ならば、台所にある道具の歴史をたどっていけば、日本の食卓の変遷も浮かび上がってくるのではないか。まずは、料理の基本中の基本である「切る」道具から始めてみよう。

職業を指していた「庖丁」
人類史上、最も古い「切る」道具は石器である。それから時代とともに青銅、鉄、鋼へと素材が移り変わっていくのは、世界共通の流れだ。 青銅は軟らかく、もともと「切る」道具には向いていない。鉄は青銅よりも硬いが、すぐにさびて刃先が丸くなってしまう。鋼は鉄に炭素を加えた金属で硬さや耐久性に優れており、鋼を手にしたことで、「切る」道具は格段に進化したのだ。

日本で最初に包丁の祖先らしきものが現れるのは、奈良時代のことだ。奈良の正倉院には、「刀子(とうす)」と呼ばれる料理用の小刀が保存されている。片刃で、柄から刃が突き出ている「アゴ」とよばれる部分がなく、どちらかと言えば日本刀みたいな形だ。また同じ頃、まな板も「切机」と呼ばれて大陸から伝わっている。 平安時代ともなると、刀子は食材によって使い分けられ、料理道具としての性格を強めていく。平安時代に編纂された『延喜式』の内膳司の条項には、1年間で77枚の刀子が計上されており、カキの殻を割ったり、アワビを切ったりするための専用のものが記されている。

 

 

posted by タマラオ at 06:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記