2014年06月30日

世界が真似できない「日本の卵」の凄さ No5

058.JPG
命という点では野菜も肉も魚も同じだけれども、そうしたものを経済のまな板に載せることは正しいこととは思えない。魚住農園でランチをご馳走になった。柑橘が入ったコールスローサラダに、きんぴらゴボウ。一般市場には出回らない茎の太い小松菜のお浸しに、焼き魚。どれも美味しく、舌だけではなく、心も満たされる。温かいご飯に農園で育った大豆と麦でつくった醤油と初卵をかけた卵かけご飯を食べた。

国産の食材、米と魚、野菜を食べて育った魚住農園の卵は淡い黄色をしている。さらっとしていて油っこくない。まさに日本の味だ。卵の味は実は餌で決まる。かつて昭和40年代に来日したフランス人シェフが「日本の卵は魚臭くて使えない!」と怒ったという話を聞いたことがある。当時はニワトリに脂を絞りとった鰯の残渣を大量に食べさせていたので、卵から鰯の味がしたのだろう。最近は濃い色の卵黄が人気だ。黄身の色はパプリカやにんじんを大量に与えれば、簡単に変えることができる。

トウモロコシをたくさん食べさせれば濃厚な味になる。そうしてつくられた味の卵は不自然な感じもするが、喜んで食べる人もいる。味は結局のところ、好みの問題だから難しい。おそらくほとんどの日本人が「農業は大事だ」と考えてはいる。しかし、どこか自分たちから遠い存在のように思える。おそらく食べ物をつくる現場が、あまりにも自分たちの暮らしから離れていてしまったせいかもしれない。卵かけご飯を食べながらこんなことを考えた。

農業には課題が山積している。課題のいくつかを解決するために、大規模化し、合理化を推し進め、国際競争力を高めるというのも、たしかに方法のひとつだ。しかし、それが唯一の答えだ、と考えるのは早急ではないだろうか。卵は典型的な例だが、大規模なやり方では日本らしい味がつくれない。これだけ日本の味が世界から注目されるなかで、それを捨ててしまうことは、強みを自ら捨てることと同じである。

農業を生き残らせる方法は諸外国の真似をすることだけではないはずだ。日本オリジナルのやり方があるはずなのだ。日本オリジナル。それを見つけるためには消費者も変わる必要がある。僕らは農業への関心と理解をもう少し深める必要があるのだ。そして、いつも卵を食べるときに、少しだけ産んだニワトリのことを考えてみよう。そして新しい命を頂くことに、もう少しだけ感謝をしよう。

 

 

posted by タマラオ at 05:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年06月29日

世界が真似できない「日本の卵」の凄さ No4

057.JPG
「雄鳥は普段、訳に立たないんだけど、いないと雌鳥の落ち着きがなくなるんです」と料理をつくってくれた美智子さんが説明してくれる。「大昔の話ですけど、野外に鶏を放していたのね。そしたら雄鳥がいない日は一晩で野鳥にやられてしまったことがあったの。あんな雄でも雌を守っていたのかもしれないなぁ、なんてって思って」ちなみに雄はたくさんいすぎても喧嘩をはじめるので、少ない方がいい、とのこと。このあたり、人間社会に照らし合わせするとどうだろう?

「農園から届けられる段ボールのなかに卵が入っているとやっぱり喜ばれますよ。野菜セット、食卓が豊かになるよね」魚住農園から卵だけを購入することはできない。他の有機農家と同じように「提携」という方法をとっているからだ。

提携とは日本の有機農業の初期からある考え方で、市場経済に振り回されがちなモノカルチャー農業ではなく、他品種少量栽培の有機農業に適したやり方を模索していくなかで生まれた。農業生産物を一般の市場に流すことなく生産者と消費者が直接つながる。その結果、生産者は収入の安定を図れるし、消費者は様々な旬の生産物を味わえるというメリットがある。また経済から食べ物を切り離すシステムでもある。

「先日のBBCからきた方も提携という言葉はご存知で、関心を持たれていました。どうやら日本的な考え方のように映るようです。提携というのは消費者に自分の農園を持ってもらうことです。普段は都会に暮らしていてもたまにはこうして来てもらって、里山の景色に触れるのもいいでしょ?」魚住さんはそういって笑う。「一年に一度、サポーター(提携している消費者)の方に手伝ってもらって、山の落ち葉拾いをします。落ち葉を発酵させて腐葉土にします。それは苗木を育てるのに使い、そのあと畑の土になるわけです。皆さんに集めてもらったこの落ち葉はお金で買うことができません」

ハウスのなかでは葉物野菜が育っていた。おいしい野菜を育てるには水と肥料を与えすぎないことが重要になる。その点は有機農業も慣行農業も同じだが、窒素過剰にならないように適切な量を調整することが技術だ

大規模化で「日本らしい味」は作れない “日本オリジナル”の模索へ
経済が世界的に行き詰まっているなかで、どうしたら幸せに暮らせるかを人々は真剣に考えはじめている。どこまでを経済という流れに預けるのがいいのか、それとも切り離すか。どうすればみんなが──ニワトリも含めて──幸せになれるのだろう。

「私は近代的なものや、経済そのものを否定しているわけではありません」と魚住さんは言う。「農業には機械を使いますし、消費者に野菜を運ぶ宅配業者のトラックだって必要です。ただ今のような消費者と生産者、あるいは自然との繋がりがすべて絶たれている現状には疑問があります。有機農業運動にはそうした社会を変えていく力があると思うのです」もう一度、冒頭の疑問を繰り返してみる。卵とはなんだろう?答えは簡単だ。卵とはニワトリが産み出した新しい命だ。

 

 

posted by タマラオ at 06:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年06月28日

世界が真似できない「日本の卵」の凄さ No3

056.JPG
米と魚、それに野菜を食べて育つニワトリたちは、純日本風の食生活である。すべて国産品だけでつくられた献立なんて、贅沢なのかもしれない。この日はキャベツなどを与えたが、放り込むとニワトリたちは喜んで(いるように僕には見える)ついばむ。「大型の養鶏場だとクチバシを切ってしまうところがあるけれど、やっぱり餌をついばむにはクチバシがあったほうがいい。カブや大根などの固い野菜でも、クチバシがあればニワトリたちは問題なく食べてしまいます。

あとはミネラルを摂取させるために落ち葉などを発酵させた腐葉土も与えます」毎日、与える野菜のお陰で、ニワトリたちの体調は整う。野菜を食べることで、フンの匂いも和らぐのは、人間と一緒だ。ニワトリの足下にはもみ殻と腐葉土が敷かれているが、動き回るニワトリたちがそれを踏んでかき混ぜる。結果、落ちたフンなどがあわさって、発酵が進み、自然に分解される。だから鶏舎に悪臭はない。

「自然分解できる範囲の飼育数というのが重要。ニワトリたちがつくってくれる堆肥は作物を健康に育ててくれます。ニワトリも循環、自然のサイクルの一部なんです。卵はその副産物といっていい」日が差し込み、風が通るようになっている鶏舎。快適な環境がニワトリのストレス軽減に重要なのはいうまでもない 重要なのは薬を飲ませることでも、無菌状態に置く
ことでもなく、ニワトリを健康でストレスのない状態にすることだ。薬を投与しているわけではないので、サルモネラ菌による汚染の心配もないわけではない。抜き打ちの検査もしているが、目立ったトラブルはない。

サルモネラ菌とニワトリのストレスには相関関係がある。ストレスをかけないことがニワトリの免疫力を高めているのかもしれない。小屋の奥には産みたての卵があった。大きくなったニワトリの卵は大きく、若いニワトリの卵は小さく固い。ひとつひとつ違う形であり、新しい命なのだと思わされる。スーパーでパック詰めを買っているだけではなかなか気づかないかもしれない。

有機農業を通して豊かになる方法とは? 生産者と消費者が直接つながる「提携」も
「トウモロコシを使った大量飼育。また、農薬や化学肥料を使った単一品種作物の大量生産は経済的には正しいのかもしれない。でも、そうした方法が環境問題をはじめ、様々な弊害を産み出してきたには事実です。もう少し豊かになれる方法があるんじゃないか、と思います」有機農業の第一人者として、現在の状況にも苦言を呈する。「有機農業が流行って有機認証マークがついた商品がたくさん流通すればいい、というわけじゃない。

それじゃ、グローバル経済のなかに野菜を放り込んでいるだけ。そうすれば価格競争の同じ過ちを繰り返すだけですよ」生産地をまわって感じることだが、有機農業、慣行農業と一言でくくることは難しい。驚くほど多様な生産現場のなかで、消費者は情報の少ないなか、よりいいものを選ばなければいけなくなりつつあるように思う。話を伺っている途中も、ニワトリの鳴き声が聞こえる。卵を産むわけではない雄鳥も何羽か小屋のなかにいるからだ。

 

 

posted by タマラオ at 06:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年06月27日

世界が真似できない「日本の卵」の凄さ No2

055.JPG
時間さえあえば見学なども快く受け入れてくれるので、いつも僕も勉強させていただいてます 魚住農園の魚住道郎さんは日本の有機農業の第一人者の1人。メガネにまっ白
な髪で、ぱっと見るとちょっと教師風の難しそうな雰囲気があるが、話をしてみるとわりとお茶目なところのある人だ。今は奥様の美智子さんと最近、結婚したばかりの息子、昌孝さん、文さん夫婦と家族で農園を営んでいる。「一昨日もイギリスのBBCから取材が来てました。

今年のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の会議に際して『気候変動がどれくらい有機農業に影響を及ぼすのか』ということで」魚住さんはその世界では有名な人だ。気候変動は国際的な課題のひとつ。夏の猛暑でニワトリが大量死したニュースは記憶に新しい。野菜の価格も気候変動によって大きく上下している。「うちにはさほどの影響はありません、とお話しました。たしかに温暖化の影響などによって種まきの時期は徐々に変わっていくなどの変化はあります。

むしろ、影響を受けるのは有機農業よりも、慣行農業でしょうね」有機農業の特徴のひとつは多品種栽培である、ということ。気候変動の影響を受けると一気に被害を受ける単一栽培とは違い、リスクを分散できるため、安定して野菜が出荷できている、というわけだ。

──今日は卵の現場を見学させていただこうと思いまして。「じゃあ、さっそく鶏舎を見てみますか?」 餌は国産の材料ばかり純日本風の食生活を送るニワトリ達 鶏舎は小部屋
が連なる長屋風の建物だ。ニワトリたちはそれぞれの部屋で、元気にしている。ちなみにヒヨコたちは一番、手前の部屋で育てられる。大きくなるまではこたつで寒さをしのぐそう。こたつで温まるひよこ達の姿を想像するとなんだかかわいい。

ニワトリ達が食べる餌は、すべて国産の材料だ。餌として与えられるのは酒糠(米の粉)、糠、小麦、鮭の魚粉にかき殻、貝化石、大豆。それに自家製醤油の絞りかすと近くの牧場でつくっているチーズの絞りかす(乳清)など。それを基本として、農園で育てられている野菜が与えられる。 「トウモロコシを与えなければ美味しい卵はできない、という
意見もあって、すべて国産に変えたときは不安もあったのですが、元気に育ってくれます。卵の味もいいようです」

ホエーに浸した醤油がらと大豆。これに米粉などが入るわけだから贅沢な餌だ。餌代がかかるため、商売として採算ベースに載せることはできない。この連載の取材でいつも僕は思うのだけれど、いいものをつくっている人は採算を考えてない

 

 

posted by タマラオ at 06:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年06月26日

世界が真似できない「日本の卵」の凄さ No1

054.JPG
DIAMOND 2014年4月2日 http://diamond.jp/articles/-/51018

81年生まれ。服部栄養専門学校卒。料理人として活動する傍ら、2005年、『さよならアメリカ』で群像新人文学賞を受賞し、小説家としてデビュー。ほかの作品に『月とアルマジロ』(講談社)、『大人ドロップ』(小学館)、『星空の下のひなた。』(光文社)、『ヒマワリのキス』(徳間書店)、『アクアノートとクラゲの涙』(メディアファクトリー)がある。

日本の卵が世界に誇れる理由は、国産食材の安全性を象徴しているからだ。外国では基本的に卵の生食を勧めていないが(殺菌された卵はある)、日本は生食を基準としている。たしかに日常的に卵を生食する食習慣があるのは世界広しといえど日本だけ、とはいっても、これはすごいことだ。かつて外国人から刺身を食べることを『魚を生食するなんて野蛮』と揶揄されたこともあった。しかし、今では世界中の誰もが寿司に夢中だ。時代が変われば人の認識も変わる。

そのうち日本の卵も外国人から珍重される時代が来るかもしれない。なにより日本人は卵が大好きだ。数年前の調査だが、1人あたりの鶏卵消費量は世界2位という数字も出ている(ちなみに1位はメキシコ)。最近は消費量が低下していく傾向があるが、それでも少なくない数字である。ところで、日本人はいつからこれほどの量の卵を食べるようになってきたのだろう。古い日本映画のなかで病気の人のお祝いに卵を持っていく、というシーンを見たことがあるが、かつて──戦後まもなくくらいまでは──卵はそれなりに高級な食べ物だった。

まもなくして食事情がよくなってくると、卵の消費量は伸び続ける。消費が伸びれば普通、価格は上昇するが、鶏卵の価格は落ち着いていた。大きな理由は昭和30年代に起きた飼育法の変化だ。産卵効率の高いニワトリの導入。さらにはそれまでの『平飼い』から『ケージ飼い』に変わり、生産管理が容易になった。餌もアメリカから入ってきた飼料用の安価なトウモロコシに変わった。その結果、大量生産が可能になった。そうして卵は『物価の優等生』と呼ばれるに至る。一方で大量生産、大量消費の流れのなかで、コスト的に太刀打ちできない小規模な養鶏場は姿を消していった。

「物価の優等生」を襲う価格上昇の波
そんな鶏卵事情に変化が起きているのはご存知だろうか?このところ鶏卵価格が上昇しているのだ。きっかけは2004年の鳥インフルエンザウイルス。その後も、東日本大震災の影響、また餌となる輸入トウモロコシの価格上昇の影響を受けた。また昨年、夏の猛暑でニワトリが減ったこと、生産調整に失敗したことなどを、3月6日付けの朝日新聞は伝えている。戦後の安定した成長を支えてきた『物価の優等生』に起きた変化は、時代の転換点を象徴しているように思う。

今後、バイオエタノールなどの需要増が見込まれるトウモロコシに、価格が下がる要因はない。つまり、今までように卵は安価だと喜んでいるだけでいられなくなってきているのである。ここで立ち止まり、改めて卵をめぐる状況を考え直そう。
ご存知のようにニワトリたちはいわば経済動物として、今日もケージのなかで卵を産み続けている。安全な無菌状態にされたニワトリたちは、商品を生産する歯車の一部。そうした企業養鶏の努力によって卵の価格は守られてきたのだ。

でも、大量生産して価格を安定させることは、はたして正しいことなのだろうか?卵とはなんだろう。そもそものところから考える必要がある。茨城県、石岡市八郷地区。石岡駅から車で20分あまり、里山の風景が織りなす、のどかな雰囲気の道を進むと『魚住農園はこちら』という小さな看板が見えてきた。坂道を上ると、鶏舎と畑、そして農園の主である魚住さん家族の住む母屋がある。魚住道郎さん、美智子さん、昌孝さん。少しずつ理想とする家族農業を実現している。

 

 

posted by タマラオ at 05:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年06月25日

家事代行サービス、目的や予算で使い分け

053.JPG
2014/1/25 http://www.nikkei.com/article/DGXDZO65802020U4A120C1W04001/

家事代行業者のサービスが多様化している。家庭に不在でも利用できたり、場所を絞って割安で掃除を頼めたりするなど目的や予算に応じて選ぶことができる。塾への子どもの送迎など関連サービスを手掛ける例も出てきた。プランの特徴を知り、自分に合ったものを選ぼう。

掃除する場所を絞ったサービスも増えている
「夫婦げんかが減ったのは家事の負担が減ったおかげかも」。東京都港区に住む30代の山崎美穂さん(仮名)はこう笑う。山崎さんは共働きで2児の母。毎週金曜日に家事代行サービスを2時間利用し、トイレや風呂掃除、アイロンがけなどを頼む。料金は月3万円強。家族で過ごす時間が増え、気持ちに余裕もできたという。 山崎さんが使うのは家事代行大手、ベアーズ(東京都中央区)の「デラックスプラン」。

定期利用者が対象で料理や買い物、宅配便の受け取りなど幅広い家事を請け負う。料金は1時間3465円。月400円の追加料金でスタッフが合鍵を預かって留守中に家事をするオプションがあり、山崎さんも利用している。
サービスは「共働き世帯のほか、会社員の子どもが離れて暮らす両親向けに使う例も多い」と高橋ゆき専務は話す。

原則60歳以上の高齢者に仕事を提供するシルバー人材センターも家事支援を手掛ける。同センターは全国の市区町村にあり(一部地域を除く)、料金は1時間870〜1000円前後と比較的手ごろな例が多い。 通常は利用者が住む地域のセンターに登録するスタッフが派遣されるため、地域の事情に詳しい人に買い物などを頼むことができる。高齢者であれば、同世代で共通の話題が見つかりやすい面もある。

一方、高所得世帯向けに多様なプランを提供するのがミニメイド・サービス(東京都渋谷区)だ。整理・収納を支援する「整理ing(セイリング)」は効率よく家事ができるキッチンの収納方法を提案したり、部屋にあふれたモノの整理の手助けをしたりする。 スタッフはNPO法人ハウスキーピング協会の認定資格「整理収納アドバイザー」を持つ。基本料金は1時間5250円で、「企画・デザイン料」を加算する仕組みだ。

主婦でも台所のコンロ、換気扇といった油汚れがしつこい場所や手間が掛かる場所の掃除は専門業者に任せたい人は増えている。 長谷川興産(東京都豊島区)の掃除代行サービス「おそうじ本舗」は部分利用のメニューが豊富だ。浴室、換気扇のほか室外機、洗濯槽、ソファ・椅子、鏡の水アカ除去にも個別で対応する。料金は1万円台前半からが多い。

単身者の利用が最近広がっているのが洗濯代行サービス。下着、靴下、タオルなど日常の洗濯物を専用バッグで集荷し、洗濯して畳んた状態で届ける。しみ抜きやアイロンがけは原則含まない。 アピッシュ(東京都渋谷区)が展開する「WASH&FOLD(ウォッシュ&フォールド)」の標準サイズ専用バッグ(6〜8キログラム入り)はTシャツなら60枚程度が入る。店舗は関東を中心に約10カ所だが、サービスは全国に対応。集荷してから原則2日後に届ける。標準サイズ一袋当たりの料金は集荷と配送料込みで2800円からだ。

タクシー大手のkmホールディングス(東京都港区)は塾などへの子どもの送迎サービスを手掛ける。当日利用も可能なので、急用で迎えに行けなくなったときに利用するのも一案。利用する際は迎え先の担当者に「ドライバーの○○さんに子どもを預けて」と伝えておくのが条件となる。 家事代行サービスは様々。内容が自分の希望に合うかどうかよく確認してから利用したい。スタッフの電話対応や見積もりで訪れた際の対応も選ぶポイントになるかもしれない。

 

 

posted by タマラオ at 05:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年06月24日

家事は「慣れるより頼め」が今流 No3

052.JPG
市場規模は5000億規模に
家事代行サービスは、現在の市場環境を受け、年々増えている。野村総合研究所の調査によれば、2011年に290億円だった家事代行サービスは1720億円に、ハウスクリーニングは560億円から3360億円とそれぞれ約6倍に拡大すると推計している  家事代行
サービスを提供する会社も、高価格帯でフルサービスを行うものから、低価格帯でスポットの細かいサービスを短時間でやるものまで多種多様。

例えば、ベアーズの「楽らくうちごはん」は1回あたり1万6000円程度かかるが、一人暮らし向けの掃除サービス「ベアーズONE」(5239円/90分)といった低価格サービスも提供する。  2008年から家事サービスを提供する
イオングループのカジタク(東京都中央区)も、定期的な掃除サービスの需要が昨対比で3倍の伸びがあるという。「最近の傾向としては、独身女性の利用増加が顕著」(カジタク)なのも特徴だ。

ほかにも、パソナグループは2013年2月に家事代行サービスを主軸としたパソナライフケアを設立。2011年8月から提供する「家ごとコンシェルジュ」というサービスは、個々人のニーズに合わせてサービスをカスタマイズできる。現在は、1日3時間程度、週1で1万円/回程度の利用が多く、特に「3年前までは1割未満だった共働き世代が3割にまで急伸している」(パソナグループ広報)のが特徴だ。2014年3月期の契約者数は昨年度比全体で約150%、共働き層は約200%と伸びているという。

パソナライフケアが提供する「家ごとコンシェルジュ」は好きなサービスを組み合わせたカスタマイズのプランを提供する
一方、サービスの種類や価格が幅広く用意され始めたものの、「料金の高さから利用できない層は少なくない」(野村総合研究所 公共経営コンサルティング部の武田佳奈主任コンサルタン
ト)。同社が2010年に行ったアンケートによれば、家事と子育ての両立ができずに離職した女性は3人に1人以上。家事サービスを利用することで就業を継続ないし復職できたとすると20〜39歳の年齢階級だけで約132万人の労働力確保につながったと算出する。

東京都世田谷区や神奈川県横浜市のように補助制度を設け、利用のハードルを下げている自治体はあるが、まだそうした施策を採る自治体は少ない。  安全面についても課題が残る。2014年3月にはベ
ビーシッターに預けた男の子が死亡するという痛ましい事件が起きたことは、家事を外注することへのリスクを浮き彫りにした。サービス内容や価格以前に、自宅の「敷居をまたがせる」ことのリスクとそれに対するセーフティネットが今後さらに重要になってくることは言うまでもないだろう。

 

 

posted by タマラオ at 05:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年06月23日

家事は「慣れるより頼め」が今流 No2

051.JPG
鈴木さんは料理が嫌いなわけではない。むしろ好きな方だ。キッチンの棚や冷蔵庫には基礎調味料や使い勝手の良さそうなストック容器などが所狭しと整理整頓され並んでいる。  しかし、鈴木さんのストレスは
ピークに達していた。久しぶりに家事代行を使おうと思った理由をこう語る。「外に出ず、一人で家でずっと子供の相手をしていたら、息が詰まり、疲れてきてしまったんです……」。

サービスを利用したあと鈴木さんに感想を尋ねると、こう答えた。「これだけで精神的な安定につながりました。自分の台所にある調味料と自分が知っているスーパーで購入した材料で手作りをしてもらえること。さらに、自分も料理の作り方を知ることができる。普段なかなかできなくなってしまった、人とのコミュニケーションを吉田さんとできたのも楽しかった。この3つが兼ねられるなんて本当に有り難い」と目を輝かせた。

次々とできあがる料理を見ながら鈴木さんは目を輝かせた
ベアーズの高橋ゆき専務取締役によれば、サービス利用者の傾向は変わってきているという。「以前の利用者は、家事をしてもらっている間は外出したり、自分のための時間を過ごしたりする人が多かった。しかし、今は違う。ストレス解放、料理の先生、会話相手の『一石三鳥』を兼ねるサービスとして使ってもらっている」という。鈴木さんのように子供を抱きながら料理の様子を横から眺め、料理を学び、会話をする。終わってみれば、自分の手間が省かれていてストレス解放になるというケースが多いのだそうだ。

家にいる主婦なのに…??
母親がストレスを溜めず、家族みんなが楽しく過ごせれば、食卓は何も母親の手作りだけが絶対の価値ではない、というのが鈴木さんの持論だ。「食事については、自分自身の手作りであるかよりも、とにかく温かく、バランスが取れた栄養のあるものを食べることの方が大切」(鈴木さん)。4月に職場復帰を控える鈴木さんは「手作りなんて今よりもっとできなくなる」。今後もこだわるのは「自身の手作り」よりも、飽くまで「家族皆が一緒に笑顔で過ごせる時間」だ。

家にいる“専業主婦”なのに、と思う人もいるかもしれない。しかし、昔のような3世代同居や近所とのコミュニティはもはや期待できない時代。自宅で一人子供の相手をし続け、ストレスを溜める女性が少なくないのが現状だ。厚生労働省の調査によれば、30代女性の4人に1人が育児ストレスを抱えている。  ベアーズでは、当初「楽らくうちごはん」を共働き家
庭向けと想定していたが、鈴木さんのような主婦の利用や介護が必要な家庭の利用も多いことに驚いたという。

冒頭の鈴木さんは、現在育休中のため厳密には専業主婦ではないが、現在はある種の“専業主婦”だ。介護については、シニアの一人暮らしというよりは、要介護認定を受けるほどではないが、家族のサポートが必要な家庭の利用だ。娘や息子が親の面倒を見る際に、親の面倒に加え、掃除洗濯食事作りまでやり、ストレスを溜め、過労に陥るケースは少なくない。そうしたときに家事サポートサービスを娘息子が依頼するというケースだ。ベアーズの「楽らくうちごはん」は、こうした想定外の需要拡大も手伝って、対前年比20%の伸びがあるという。

 

 

posted by タマラオ at 05:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年06月22日

家事は「慣れるより頼め」が今流 No1

050.JPG
日経ビジネス  2014年4月4日    http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20140402/262256/?n_cid=nbpnbo_bv_ru&rt=nocnt

染原 睦美 ;日経ビジネス記者 日経パソコン、日経ウーマンオンラインを経て、2013年4月から日経ビジネス記者。ネットサービス、人物ルポ、などが得意分野。趣味は洗濯、昼酒、ピクニック。

2児の母親である鈴木京子さん(35歳、仮名)の自宅に家事代行サービスのベアーズ(東京都中央区)から派遣された吉田寿々子さんが到着したのは午前11時。吉田さんは、鈴木さんから自宅にある鍋や調味料について説明を受けたあと、すぐに調理を開始した。材料は、鈴木さんが普段使っている近くのスーパーで購入してきてもらったものだ。  3つのコンロを同時並行で使いなが
ら手際よく調理をする吉田さんの姿に鈴木さんは感嘆の声を上げる。

「わあ、すごい。これはどうやって作るんですか?」。「これは下味を付けた後にレンジで火を通すと、早いのよ」。かつて料理教室の先生だったこともある吉田さんの説明に、鈴木さんは目を輝かせて頷く。 子供を抱きながら
キッチンで調理プロセスを見る鈴木京子さん   今回申し込んだベアーズのサービスは、1回の訪問で主菜・副菜2品を5日分作ってもらえる「楽ラクうちごはん」。同社が2012年2月に開始したサービスだ。

吉田さんは、3時までの4時間で、4人分の量の10品を作り上げた。こんにゃくと卵の炒め煮、手羽の照り焼き、マカロニサラダ、五目煮、と色とりどりの食事が完成。ずらりと並んだ料理を見ながら、鈴木さんは「自分のランチに、夫のお弁当のおかずに、と色々用途がふくらみます」と満面の笑みを浮かべた。

このストレスを何とかしたい…
バリバリのコンサルタントだった鈴木さんが次男の育休に入ったのは約1年前。朝、旦那を送り出した後、次男の面倒を見ながら家事をしていると、すぐに保育園に通う長男のお迎えの時間になる。2人の男の子が自宅に戻れば「文字通り戦争です」と笑う。  鈴木さん夫婦の両親は共に関西圏。お互いの両親のサポートを受けることも
ままならず、“主婦”としてのストレスは溜まる一方だった。そんなときに思い出したのが、かつて子供がいない共働き時代に一度だけ使ったことのある家事代行サービスだった。

 

 

posted by タマラオ at 07:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年06月21日

なぜ外国人シェフは「日本の包丁」に惚れ込むのか No4

049.JPG
「そやからうちは日本で一番在庫がある店違いますか」冗談ではなく、真面目な口調で信田専務はそう言った。和泉利器製作所の信田専務。ほがらかな大阪弁で、包丁について説明してくれた 「海外では日本の包丁の評
価は定着してますね。僕もここがなければ海外で包丁屋をやったほうが儲かるんちゃいますか。でも、日本の包丁、言うて売ってるところもありますけど、経営してるのは中国人というケースもあるんで、例えば研ぐというところをはじめ、メンテナンスまでちゃんと情報発信できてないんです。そこのところは今後の課題ですね」

信田専務はスペインで開かれたマドリッドフュージョンという世界最大級の食の学会で、日本の包丁をPRしてきたばかり。歴史ある会社を引き継いでいくのは大変な苦労があると思う。先にも触れたように、日本の包丁の需要が先細りしていっているという現状があるからだ。

飲食店で働く人は増えているのに プロ用の包丁の需要が増えない現状
この箱に入っているのはすべて商品。そちらは写真撮影不可だったが、建物にはこんな風に在庫商品が並んだ棚がいくつもある和包丁を家庭で見かけることはまずなくなった。かつては出刃包丁の一本くらいは家にあったのかもしれないが、魚を切り身で買ってくることが増えた今では家に備える必要性もないのだろう。では、プロ用としての需要はどうか、というと、それも明るい材料はない。堺市が公表している数字によると平成18年度に9.31億円だった生産額は、平成20年度には6.1億円まで減少。

わずか2年で3億円も数字が下がるということは相当なものだ。それにあわせて従業者数も332人から290人と減少している(堺刃物商工業協同組合連合会調べより)。深刻な不況で料亭などの閉店が相次いでいることなどが、その理由として挙げている。総務省「経済センサス・基礎調査」によると飲食業界で働く人の数自体は増加している。にもかかわらずプロ用の包丁が売れないのは零細な小規模店が減少し、一店舗当り従業員の多い大型のお店が増えたことがその理由だ。

セントラルキッチンなどを備えた店では必要なのはパックされた袋を切る『はさみ』くらいなのだろう。例えば飲食店のなかでもっと早い速度で減少し続けているのは「すし店」である。反面、大型の回転寿司などは増加傾向にある、とのこと。回転寿司店などでは切られたネタを各店鋪に供給しているため包丁の必要性はやはり高くない。後継者の問題等もあり、和包丁の未来は明るいものとは言えない。本連載のタイトルどおり、遺産化する日も遠くないかもしれない。

業界全体の仕組みをどこかで変えていかなければならないのだろう。それも包丁文化を支える職人がもっと報われる形で。
僕=樋口の意見としては、家庭に高級な包丁は必要ないと思う。それよりもきちんと研ぐことのほうが重要だ、という旨を記しておきたい。切れ味や使い心地といったものは主観的なものだが、そこそこの値段の商品なら上手に研げば、それなりの切れ味にはなる。ただ、高級な包丁は切れ味が長持ちするので、いいものを使うに越したことはないというだけだ。そもそも包丁文化は単体では存続しえないものである。道具として包丁を使うには『研ぐ』というメンテナンス作業が必要だ。

しかし、きちんと研いだ包丁を使っている家庭、あるいは飲食店がどれくらいあるか、というといささか心もとない。海外に向けての情報発信は課題だが、それ以前に足元が揺らいでいる感がある。今回の包丁取材で僕の気持ちを明るくさせてくれたのは、普段、包丁の表に名前が出ることのない(もちろん伝統工芸士という立派な肩書を持つ人達なのだが)職人、鍛冶と研ぎ師の仕事だった。自らの仕事に誇りを持ち、手の内を隠すことなく披露してくれる人たちと接して、救われたような気がした。

 

 

posted by タマラオ at 07:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年06月20日

なぜ外国人シェフは「日本の包丁」に惚れ込むのか No3

048.JPG
科学的には金属は最も硬度が得られる温度よりも若干低い温度で加熱することで、粘り(靭性)が得られる。前述した通り、硬いほうが切れ味は良いので、粘りはそれとのトレードオフ、ということになる。その見極めは非常に繊細なものだ。
「和包丁の需要は減ってきましたな。私らが若い頃は注文が一杯入ってきて、ずっと打ってましたもん。そのときはみんな『本焼き』職人さんもええものを使おておりました。もう少し歳をとったら日本刀つくりに専念したい。刀は面白いでっせ」

世界から注目され輸出も増えている和包丁だが、国内の需要は減少傾向にある。

世界からの注目度と反比例するように衰退傾向にある包丁産業々
そうして池田さんがつくりあげたものを、今度は研師が仕上げていく。紹介していただいた森本さんは「現代の名工」にも選ばれている職人である。作業場はさらに狭く、人が一人通ればやっとの通路の両側に、研ぎのための道具が並ぶ。
「ほな、はじめましょう」 森本さんによる研ぎの作業。ここに並んでいる機械もすべて研ぎ師の手によるもの。道具をつくるところから仕事がはじまる 重みのある口調で森本さんは研ぎの工程を一つ
一つ説明してくれる。

研ぎの工程は荒研ぎから仕上げまで20以上にわかれているそうだ。それぞれの工程を経るたびに、包丁は鈍い輝きを増し、美しくなっていく。注目したのはひとつひとつの工程を経るごとに歪みを矯正していくことだ。「鍛冶屋さんがつくってくれたものにはまだ荒いんですな。合わせの場合は金属の性質上、硬いものと柔らかいものが引っ張り合うので、歪みやすいわけです。包丁は同じようにみんな見えますが、鍛冶屋さんによって癖のようなものがあるんやね」

まっすぐな包丁であることは、切れ味のよい包丁の条件である。鍛冶屋の仕事とは対照的に、研師の仕事は繊細な調整作業が繰り返される。ここでも注意されるのは温度だ。砥ぎによる摩擦で熱が刃に伝わってしまうと切れ味に影響をおよぼすという。
最後に砥石で仕上げる。天然の砥石がやはりいいのだが、生産量が減少しているため、人造砥石を使うことが多い、とのこと 「研いでいる面は目には見えないので、それを感じることが
重要。目に見えないから指先のセンサーで感じる、言うことやね」

将来に向けての問題はやはり後継者不足ではないか、と言う。
「うちは幸いなことに継いでくれてますけど、これから少しずつ減っていくんじゃないですか?大昔の話ですが、年に一回、仕事はじめにあわせて包丁を新調するというお客さんがおりましてね。ある時、忙しくて不本意な仕事をしたものを届けてしまったことがあったんですわ。そしたら、その人にはすぐに『なんや、これは!』とすぐにバレまして、えらく反省しました。そういった使い手の付き合いいうのも、なくなりつつあるように思います」

最後の歪みをとる調整。写真には収まっていないが、視線の先は包丁の歪みがわかりやすいように黒い板(紙?)だった。こうして調整された包丁が繊細な日本料理を支えている 研ぎあげた包丁は和泉利器製作所に
運ばれる。ここで柄をつけて完成か、とおもいきやそうではない。ここでも届いた刃のわずかな歪みを矯正していくのだ。信田専務が積み上げられた商品を前に説明してくれた。「研師がなおしてますけど、あわせの包丁はやっぱり歪みが出てくるものなんです。

本焼きはそうでもないんですけど、そこを調整します。それから最低でも一年、長いものだと五年くらい寝かせます。寝かせることで金属を安定させるわけです」卸しメーカーは商品のプロデューサーであるだけではなく、高い品質を守るために細心の注意を払っている。効率が悪い気がするが、分業制は多くの人の手を通ることにより、粗悪な品が出てくるのを防ぐシステムであり、それが堺の包丁の質を保証してきたという側面はある。

 

 

posted by タマラオ at 07:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年06月19日

なぜ外国人シェフは「日本の包丁」に惚れ込むのか No2

047.JPG
包丁は外から見ただけではこれを誰がつくり、どのような道をたどって手元にきたのか、わかりづらい商品だ。別のところで聞いた話だが、外国で製造したものを堺市で刃付けだけおこなっている、というケースもあるという。包丁メーカーの銘柄は切られているが、それだけではどこの誰の手を渡ってつくられたものかわからない。どのような経緯でこのような形になったのか?僕が理解した範囲では慣習として思えず、詳しいことはわからない。包丁の流通は──あくまで僕の目から見ればということだが──不思議だ。

機械のように正確な職人の目が炎の色で鉄の温度を見抜く
明治創業の池田刃物製作所は住宅街のなかにある。市内各所に小さな事業者が点在していることも、堺の包丁作りの特徴 製造現場を専務の信田尚男さんに案内していただいた。専務の信
田尚男さんの案内で訪れたのは池田刃物製作所。池田さんは、ここで『鍛冶』の工程、刃付け前の本体部分をつくっている。鍛冶の工程は11あまりにわかれているが、材料としてはすべて鋼でつくられている『本焼き』と軟鉄に鋼をあわせ『あわせ』の二種類に分類できる。当然、『本焼き』のほうが高価だ。

池田さんがハンマーを下ろすと、火花が散る。燃料はガスを使っているが、昔ながらコークスのほうが温度調整はし易い、とのこと。ただしコストがかかるそうだ 今回はあわせの包丁をつくっているところ
を見せていただく。釜の炎で工場は熱に満ちている。ハンマーで叩くたびに、火花が散る。あわせは硬い金属と柔らかい金属を接合する日本独特の技術だ。刃物は硬いほうが切れ味が良い。しかし、硬いということは脆さと背中合わせだ。

あわせというのはそこに柔らかい金属をつなぎ合わせることで、その弱点を補い、刃先を鋭くしながらも、折れたり割れにくくする、という技術なのである。この作り方は不思議なことに諸外国では見られない。「温度が重要、熱くなりすぎると刃が駄目になってしまう。かといって、温度が低すぎると硬くならへん」

──その温度はどうやって見分けるんですか?
「色やね。炎の色や。本焼きとあわせでは温度が違うんやけど、色で800度なのか1000度なのか、見ればわかる。あわせは900度ではひっつかない。1100度になると、鈍ら(なまくら)になってしまう。950度から1050度のあいだで叩いて、2つの金属をくっつけるわけや」目で見ることが必要なのは、炉の温度は計ることがわかっても、入れている鉄の温度ははかれないからだ。温度計で判断していたのでは「鉄は熱いうちに打て」の言葉通り、機を逃してしまう。

「困るのは、ぼくは時間があるときは日本刀もつくるんやけど、あれは材料が玉鋼やさかい、全然違うねん。だから、一度日本刀をやってしまうと、目が戻るのに少し時間がかかる。その時は調整が必要なんよ」 別のものをつ
くった後には、パソコンのモニターのキャリブレーション(色調整)のような作業が必要とは思わなかった。それほど職人の目は機械のように正確に温度を見極める。池田さんは十度単位で温度を見極めることができるそうだ。

 

 

posted by タマラオ at 05:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年06月18日

なぜ外国人シェフは「日本の包丁」に惚れ込むのか No1

046.JPG
2014年6月4日 樋口直哉 http://diamond.jp/articles/-/54037

国際社会における日本の影響力の低下がいたるところで説かれるが、こと料理業界について言えばそれは必ずしも当てはまらない。日本料理人は世界から引っ張りだこで、海外から日本に料理を学びにくる人も増加している。一昔前であれば考えられないことだ。もちろん金額が違うので、一概な比較はできないのだが、家電をはじめ、日本製品が売れない、という悲観論が囁かれるなか、例えば包丁は財務省が出している貿易統計によると、台所用刃物の輸出額は04年以降(リーマンショックのあった年を除き)右肩上がりの成長が続いている。

かつては海外の星付きレストランのシェフたちが来日すると、包丁を何本も買い込んで本国に持ち帰る光景が見られたが、今ではごく当たり前のように誰しもが日本の包丁を使う時代になった。

プロ用和包丁シェア90%の堺市 職人の分業で成り立つ包丁づくりの世界
世界のシェフが日本の包丁を認めている理由は、やはりその切れ味だ。例えば刃物で世界的に有名なドイツ、ゾーリンゲンのツヴィリングJ.A.ヘンケルス社は最高級ラインの商品を製造する工場を、岐阜県関市につくっている。最高の切れ味を実現するには日本の職人の技術が必要だったからだ。ドイツの会社のフラッグシップモデルである洋包丁が日本で製造されているということは、業界外の人にはあまり知られていないかもしれない。

さて、洋包丁の話は横に置いておいて、日本料理の料理人が愛用する和包丁の産地は大阪、堺市である。堺市の刃物の全国シェアは約7%と小さいが、プロ用の和包丁に関しては90%以上のシェアを誇っている、という話だ。
今回は包丁づくりの実際を見学するために、堺市にある和泉利器製作所を訪れた。和泉利器は堺刀司ブランドの刃物で知られた1805年創業の老舗である。日本の包丁の産地には高知、福井、岐阜、新潟などがあるが、一部以外ほとんどが分業生産を行っている。堺の包丁づくりも鍛冶、刃付け、柄付けと製造工程が分業化されているのが特徴だ。

ここで堺の包丁の世界について説明しておきたい。先に説明したように堺の包丁づくりは分業制で行われている。

鍛冶屋:鉄から包丁を生みだす作業だ。火の力を使い鉄を鍛造し、おおまかな形をつくる。

刃付け屋(研ぎ屋):鍛冶屋からあがってきた包丁の形のものを、研いで刃を付けるところ。

柄屋:柄を製造する場所

卸し:卸屋は包丁を小売店に卸すだけではなく、柄つけや仕上げなど商品にする作業を担当。ここで包丁メーカーなどの銘を切ることもある。

 

 

posted by タマラオ at 05:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年06月17日

日本3大発明の1つ「亀の子たわし」100年間も愛され続ける理由   No5

045.JPG
「簡単そうで、実際シンプルなつくりで、でもやってみるとなかなかできない、というところがいいんですよ」

「二股ソケット、ゴム足袋、亀の子たわし」 日本3大発明で唯一今も愛される
先述のAmazon.comのレビューのなかで「自分はオーガニックの野菜を買っているから、泥を落とすのに便利」というものがあった。今後、日本でもオーガニック野菜が広まることで、野菜の泥を落とすために亀の子たわしがまた普及する、という可能性があると思うんですが、と僕が言うと、鈴木さんは「そうなればいいんですけど」と笑った。「そういえば泥を落とす映像をとるために泥付きの野菜を探したんですけど、あれ、なかなかないんですよ。

結局、すごい探してようやく百貨店で見つけたんですけど、泥付きの野菜がそこらで売ってないってなんか変な感じじゃないですか?」ところで日本の3大発明というのをご存知だろうか?「ナショナル、松下幸之助の『二股ソケット』」「ブリジストン、石橋正二郎の『ゴム足袋』」そして「西尾商店、西尾正左衛門の『亀の子たわし』」と言われている。二股ソケットもゴム足袋も企業を育てたが、現在は商品として見かけることはなくなった。しかし『亀の子たわし』は今も愛され続けている。じつはたわしだけではなく、スポンジもつくっている。水切りがよく ネットショッ
プで10個、20個とまとめ買いする愛好者もいる商品、とのこと 「うちの主力商品は現在でも『亀の子たわし』です」と鈴木さんは言う。「日本のメーカーでタワシを専門につくっているのはうちを含めて2社だけです。社長の言葉で僕が気に入っているのがあって、それは『うちが『たわし』をつくるのを辞めると、よその品物が一般的にイメージされる『タワシ』になってしまう。

だから作り続けなくちゃいけないんだ』というもの。なるほどな、と思って。この本社の建物と同じようにロストテクノロジーかも知れませんが、なかなかおもしろいところのある製品ですよ」100年間、1つの商品が会社の経営を支えているケースは本当に稀だし、ましてや「スタンダード」となると限られている。「最近、新しい商品として『白いたわし』をつくりました。(普通のたわしを)家庭のキッチンに置きたくないという声があったからです。丸い形は技術的には難しかったのですが、いいものがつくれた、と思っています」

時代は変わり、様々な商品が生まれては消えていった。例えばテレビやオーディオ、パソコンといったものは携帯電話と融合し、スマートフォンに変わった。そうしたなかで『亀の子たわし』という商品が風化しないのは、それが普遍的なものに依拠しているからだ。料理をはじめとした手仕事がなくなることもない。人間の手の形は今も昔もそう違いはない。タワシの形が変わらないのは、それが洗うという経験から導き出された必然的な形状だからだ。

西尾正左衛門が亀の子たわしを生み出せた理由として、夫婦の愛を挙げる人もいる。「愛」は陳腐化された言葉ではあるけれど、「信頼」という言葉と同じように、やはり普遍的なものだ。いろんなものを見失いがちな、変わりゆくスピードの早い時代だ。でも、そうしたなかで100年、変わらない商品をつくる会社は経営において、あるいは人になにかを提供することの根本にはなにがあるべきなのか、といったことを僕らに教えてくれるように思う。

 

 

posted by タマラオ at 05:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年06月16日

日本3大発明の1つ「亀の子たわし」100年間も愛され続ける理由   No4

044.JPG
うーん、今後は使い方も含めてお教えするっていうと偉そうで嫌なんですけど、提案させてもらいたいですね。用途に応じていい製品というのはやはりありますから」会社を訪れて驚いたのは製品ラインナップの広さだ。一口でくくるわけにはいかないほど、タワシの種類と用途は豊富だ。「このシュロたわしはこれまでも生産されていましたが、最近『極〆』(きわめ)という名前をつけてリブランディングしました。これは和歌山の工場で熟練の職人が作っているたわしです。

触ってもらえば手触りがまったく違うことがおわかりになると思います。点で洗うパームの『亀の子たわし』に対して、こちらは繊維の腰で洗うものです。面で洗うスポンジとあわせて、使い分けていただければと思います」『極メ』シリーズのシュロのたわし。質のいいたわしはこうして2つ 重ねるとくっつくと言う僕が使っていて一番気に入っている
製品がこの『極メ』シリーズのシュロたわしだ。これまでスポンジで使い終わったまな板を洗っていた方には是非、一度でも試してほしい。

まな板の表面には包丁でついた細かな傷があり、そこに汚れや色素が入り込んでしまうものだが、その隙間をかき出すようにして洗うことができる。物を洗うのは面倒なことではなく、本質的には気分がいいことだ。白くなったまな板は気持ちがいい。ホーローの鍋も使うことができるし、テフロン加工のフライパンに使っても問題はない。「これなんかすごいんですよ。『極〆』のさらに上の品物です。和歌山のその道、四十年の職人が、気分が乗った時だけつくれるそうで、針金が外からまったく見えないつくりになっています。

このあいだようやく10個つくって送ってくれたんですが、それでも検品に通ったのは2個だけだったので、まだ商品にはなりませんけど」目利きと職人のせめぎ合い。すごい話である。「和歌山での職人育成も今後の課題です。うちの工場には若い人がいますが、やはり職人の数は減少していますから」さて、冒頭の話に戻ろう。ひとつ疑問に思ったのは「どうして、手作業でつくっているのか?」ということだ。「なんていいますか、手作業でしかつくれないんです。逆に機械化できない、というか。それはつくっている工程を見ていただいたほうがわかりやすいかと思います」

というわけで、たわしの制作を見学、体験させていただいた。「たわし作りはとてもシンプルです。針金で繊維をはさみ、巻き込む。それを刈り揃えたものが棒たわしです。それを曲げて、帯縄をかければ亀の子たわしの完成です」工場長がすいすいとつくっていく。親指で繊維の束をほぐしながら針金に挟み込むときに、いかに均一にできるか、というところに技術があるようだ。「繊維は天然のものです。右と左で太さも違います。それを均一にするのが人間の手、指先の感覚でしかできません」

これまで様々な日本の職人の仕事を見せてもらっているが、そこにはみな共通点がある。それは不均一な素材を人間の手によって整えて、美しいものをつくっていることだ。出来上がったものは繊維が揃っていて、コロコロとしていてかわいい。どこか生き物っぽくも見える。「針金がついている部分が頭、内側がへそ、丸い部分が尻といった具合に呼ばれています」擬人化したような呼び方や、その丸みのある外観も、日本らしさなのかもしれない。ひとつ試しにつくらせてもらったが、繊維を均一にならすことができず、針金が見えてしまった。

 

 

posted by タマラオ at 05:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年06月15日

日本3大発明の1つ「亀の子たわし」100年間も愛され続ける理由   No3

043.JPG
安く売られている製品のほとんどはうちの検査なら通りません」ここで、検査の話が出てきたが『亀の子たわし』の品質を支えているのが『検品』だ。パームを原料としたおなじみの『亀の子たわし』はスリランカの工場でつくられているが、検品作業はすべて日本で行われている。「検査項目は20以上です。例えばこれは尻が割れているのでダメ、あるいはこれは毛が揃ってませんね。これもダメです。えーと、これは……なにがダメなのか僕にもわかりませんが(笑)よくないみたいです」

作業を担当する目利きの検査を通り抜けた製品のみが出荷されている。検品作業の厳しさは数字にも現れていて「スリランカの職人が交代したりすると300個入っている製品の半分が駄目ということもざらにある」とのことだ。見学させてもらった東京工場では、和歌山の工場でつくられている健康束子のシリーズの検品作業中だった。製品を手にとって、右に左により分けていく。そのあいだも繊維の向きを整えたりといった修正作業も行われているようだ。

向かいの机ではこれも和歌山の工場でつくられているシュロ製の束子「極〆」の包装作業が行われていた。東京でこうした作業が行われていることにも驚くが、品質を支えているのは日本人特有の厳しい目なのだ。

闘う相手は類似品だけではなかった! 使い方を忘れた日本人たち
「あと、みなさんがよく間違っているのは発音です。『亀の子だわし』ではなく正式には『亀の子たわし』です。〈た〉は濁りません」鈴木さんが念を押す。「スポンジは家にあるが、キッチンにたわしがない、という家庭も増えてきました。たわしはなくてもザルって家にありますよね?ザルはスポンジでは洗えません。そのあたりのことをもう少し伝えようと、本社に併設されているショップではディスプレイしています」

『亀の子たわし』を襲うのは類似品との闘いだけではない。使い方がわからない、という消費者が徐々に増えだしているのだ。「これは情報発信を怠ってきた、我々にも責任があります。たわしってなんにでも使えるので、これまではお客様自身の使い方に委ねていた、という側面があります。ところが家族構成の変化などによってたわしの使い方が伝承されなくなっています。それでいつのまにか家庭の道具だった『たわし』が、業務用の道具になってしまった、というか」

──たしかに。料理屋的にはたわしは必要不可欠な道具なんですよ。
「ああ、それはすごくわかります。このあいだうちに学生さんが見学に来て、その方は中華料理屋で、アルバイトをされていたそうです。で、店主の方に「おい、たわしを買ってこい」とお使いに行かされたんですって。それで、その方は安いものを買ってきてしまったそうです。そうしたら、店主の方に「なんだこのタワシは使えねぇじゃないか」とひどく叱られたと。飲食店の方は『亀の子たわし』の今も昔もコアユーザーです。やはり多少高くても、長く使えるもののほうがいい、ということをわかってくださってます」

──でも、今は料理人でも使い方を知らないというケースが結構あるんです。かつては徒弟制度があって、そのなかで技術継承がなされていましたんですけど、今はそうでもなくなってきました。例えば焼しめの器などはたわしで洗うことで、使いながら育てていくものだったのですが、そういう風に扱われていないことがあります。「そうですか。器屋さんで一件、うちのタワシとセットで売っている、というところを知っています。やっぱり、手入れの仕方も一緒に売っていかないといけなくなってきた。

 

 

posted by タマラオ at 06:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年06月14日

日本3大発明の1つ「亀の子たわし」100年間も愛され続ける理由   No2

042.JPG
『亀の子たわし』の誕生は1907年まで遡る。ことのはじまりは初代西尾正佐衛門が発案した靴拭きマットだった。それまでの縄を編んだだけのマットと違い、針金にシュロ(棕櫚)をまきつけたそれは道路が舗装されていない時代、靴についた泥を落とすのに都合が良かった。この足拭きマット、はじめは評判を呼んでよく売れたが、体重の重い人が載ったり、何回も使用しているうちにシュロの毛先が潰れて使い物にならなくなってしまうため、その後は期待したほど売れなかった。

「これはいかんなぁ」という折、正佐衛門は妻が返品されてきたマットを切りとり、シュロが巻きつけてある針金を折り曲げたもので、障子のサンを掃除している姿を見た。 「これだ!」昔からたわしのように使われていたのは藁や縄を束ねたもの。針金で巻いたシュロなどという今から見ればお馴染みの「たわし」はそれまで存在していなかったのだ。正佐衛門は、掃除道具は女性が多く使うものだから、と妻の手の形にあわせて試作を繰り返した。

しかし、形は出来たが、名前が決まらない。日がな一日、考えていると子どもが亀と遊んでいる場面と出くわした。「たわしはカメに似ている。それにカメは水に縁もある。亀たわし、いや、かわいくするために子をつけて『亀の子たわし』というのはどうだろう。亀は万年ともいうし、縁起もとてもいい……というわけです」──亀に似てるからっていう理由もすごいですよね。外国人の方が見たら、亀だって思うんですかね?「……いや、思わないでしょうね」

これ、なんだと思います?実は玄関に置いておく靴ふきとして開発 されたタワシ。しかし、日本人はやはり動物の形をしていると踏み にくいらしく、ガーデニング用品として買われていく人
が多いとのこと苦笑されてしまったが、それが100年続くネーミングとなったわけだから、よい名前には違いない。なんといっても一般名詞にまでなり広辞苑にまで収録された商品名というのはそうない。なぜ、西尾正左衛門はこのネーミングを思いつくことができたのだろうか。

『声に出して読みたい日本語』で知られる斎藤孝先生は『ロングセラーの発想力』(ダイヤモンド社)という本の中でこんな風に解説していた。「おそらく、氏の頭の中は束子のことでいっぱいだったのだろう。そうでなければ普通、カメを見ても束子には見えない」……いずれにせよこういった経緯で『亀の子たわし』の誕生とあいまった訳である。めでたし、めでたし……でも、現実は「漫画はじめて物語」のようには終わらない。その後、正左衛門の西尾商店は『亀の子たわし』を世に送り続けるのだが、その間も様々な出来事が会社を襲うのである。

「まず、質の低い模倣品、類似品が続出したことです。うちの会社は売上の半分を訴訟に注いでいた、という時期もあったようです。例えばお馴染みのこのパッケージ。外から中身が見えません。(現在は後ろからは見えるように改良されている)買うときに中身が見えない商品というのは普通ありえませんが、こんな風になったのにはそのあたりにも理由があるんです」特許侵害に苦しんだ『亀の子たわし』はある時、訴訟で戦うのをやめ、広告による認知の徹底に方針転換する。

もう〈品質で信頼を勝ち取るしかない〉と、この時期からブランドとしての『亀の子たわし』が定着し、現在に至るのだ。「近年では百円ショップなどの登場によって、中国製などの類似品が出回りました。でも……やはり質が低いですね。こんなこと言うのはあんまり好きじゃないんですが、食べ物に近い場所、あるいは食べ物に使える代物じゃないと思います。匂いを嗅げばわかりますよ。粗悪な製品は油臭かったり、薬品臭かったりする。

 

 

posted by タマラオ at 06:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年06月13日

日本3大発明の1つ「亀の子たわし」100年間も愛され続ける理由   No1 

041.JPG
DIAMOND   2014年5月7日   http://diamond.jp/articles/-/52352

樋口直哉 1981年生まれ。服部栄養専門学校卒。料理人として活動する傍ら、2005年、『さよならアメリカ』で群像新人文学賞を受賞し、小説家としてデビュー。ほかの作品に『月とアルマジロ』(講談社)、『大人ドロップ』(小学館)、『星空の下のひなた。』(光文社)、『ヒマワリのキス』(徳間書店)、『アクアノートとクラゲの涙』(メディアファクトリー)がある。

『亀の子たわし』は調理器具を洗う時、欠かせない道具である。例えば木べらを洗うときは木目にそって、たわしを動かす。あるいはまな板には包丁によって細かいキズがついているので、そのなかの汚れをかき出すためにたわしが必要だ。
個人的な話をすると『亀の子たわし』を僕が改めて見なおしたのは、農園から直接野菜を送ってもらうようになってからだった。野菜は鮮度を落とさないために、泥で湿度を保っている。その泥を落とすときに、『亀の子たわし』が非常に役に立つ。

使っていてあまりにもきれいに土が落ちるので気持ちいいくらいなのだけど、そのあたりの感覚は海外の人も同じみたいだ。試しにamazon.com(アメリカのAmazonですね)で「japanese tawashi(kamenoko)」を検索すると、様々なレ
ビューが読めるのだが「Amazing(すごい!)」や「Great scrubber(すごいスクレーバー)」と絶賛されている。野菜を洗うのに、あるいは鋳鉄のフライパンを洗うのに重宝されているようだ。

考えてみれば「亀の子たわし」は純日本生まれ、この形のものは海外にはない。それに当連載で扱うテーマのなかで最もポピュラーなものではあるが、意外と「コアユーザーが料理人」だと知らない人も多いのではないだろうか。高品質の日常品を工業的に生産し、低価格で普及させるというあたりにも、日本人らしい〈なにか〉が潜んでいるのではないか、という仮説を立てて、詳しいお話を伺いたいと、年間何百万個と『亀の子たわし』を製造している西尾商店に連絡を入れ「どのようにつくっているのか」と質問してみた。

対応していただいた広報の石井さんから頂いた答えに驚いた。「工業的?いいえ、亀の子たわしは刈り揃える工程をのぞき、現在でもすべて手作業でつくられています」年間何百万個と製造される『亀の子たわし』は機械的な工業生産品ではなく、人の手によってつくられていたのだ。

なぜ「たわし」が“亀”になったのか?  『亀の子たわし』誕生物語
西尾商店の本社は大正期に建てられた近代建築だ。関東大震災にも 耐え、戦火での消失も免れた建物もまたこの会社の息長さを物語る西尾商店の本社は東京都北区滝野川の住宅街のなかにある。
http://www.kamenoko-tawashi.co.jp/company/  大正期に建てられた近代建築で、創業100年を超える企業に相応しい趣のある社屋を今も守っている。お話を伺った会議室には黒板があって、社内にはどことなく学校のような雰囲気が漂っていた。

「『亀の子たわし』が当社の登録商標だと知らない方も多いんです。なので、よその商品でたまにこちらの名前をつけられている商品を見つけると、メールで『うちのですよ』とやらなければならない。面倒ですけど、しょうがないです」広報の石井さんとともに取材に対応してくださったマーケティング部の鈴木さんは言う。「ところで『亀の子たわし』の成り立ちはご存じですか?」というわけで鈴木さんによる『亀の子たわし』誕生物語である。

 

 

posted by タマラオ at 05:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年06月12日

料理人のパフォーマンスで発達した日本の包丁 No3

039.JPG
ちなみに中華包丁は、厳密には地方や目的によって厚みや形に微妙な違いがあるが、両刃でやや重みがあり、幅広なものが基本形である。中国料理は包丁一本で何でも調理してしまうとよく言われるように、一本で薄切り、そぎ切り、細切り、ぶつ切りができ、側面を使ってつぶしたり、切った食材を乗せたりすることもできる。 そうした切り方ゆえに、中国のまな板は、丸太を輪切りにしたものを用いる。

これは日本のもののように木の繊維にそった薄い板を用いたのでは、中華包丁を振りおろしたときに刃が繊維に食い込んでしまい、すぐにまな板が傷んでしまうからだ。包丁だけでなく、その刃を受けとめるまな板もまた、切り方によって異なる形をしているのだ。 このように、「切る道具」は、その土地、その土地に見合った調理法、食材によって発展してきたのである。明治時代に西洋料理が入ってきて、料理が多様化するとともに、包丁が姿を変えたのも必然だったと言えよう。

“万能”を経て、いまや“包丁いらず”まで
明治時代から大正時代にかけて、家庭に必ずある包丁と言えば、菜切包丁と出刃包丁だった。それが西洋料理の普及に伴い、昭和ともなると、洋包丁の牛刀と和包丁の菜切包丁とをかけ合わせ、肉、魚、野菜に使える「文化包丁」が誕生する。 文化包丁は、菜切包丁の角ばった先端を斜めに落としたものだが、さらにその角をカーブさせたものが「三徳包丁」あるいは「万能包丁」と呼ばれる、現在最も普及している包丁だ。

こうして日本の「切る道具」は食材によって様々に使い分けるものから、一本化されていくかのように見えた。だが、現代の台所は、果たしてどうだろう。 『暮しの手帖』(暮しの手帖社)を通して見ていくと、台所にはまた新たな「切る」道具が時代とともに登場していることが分かる。 1970(昭和45)年4月号では、「台所道具はどれだけ揃えたらよいか」と題して、新婚夫婦に向けて必須の台所道具を挙げた特集がある。

そこにあるのは、ステンレスの万能包丁に加えて、果物や野菜の皮むきに便利な小型の洋包丁であるペティナイフといったものだ。また、直接食材を切るものではないが、缶切りもある。それからしばらくした1984(昭和59)年10月号の「結婚のときにそろえたい道具100」という同じような記事を見くらべてみると、そこには万能包丁、ペティナイフ、缶切りのほかにキッチンバサミ、皮むき器が加わっている。

万能包丁。またの名は三徳包丁。かつては文化包丁とも
キッチンバサミは、日本の台所ではかなり新参者と言えるだろう。同じく『暮しの手帖』1983(昭和58)年4月号では、市販のキッチンバサミ5種を使った商品テストの記事が掲載されているが、そこには〈キッチンバサミは、花ばさみや裁ちばさみにくらべると日本での歴史は浅く、昭和35年頃に西ドイツのヘンケル製が、はじめて入ってきたといわれています〉と書かれている。 それまでも昆布などをハサミで切ることはしていたが、料理専用のハサミが一般家庭で広く使われるようになるのは、いろんな料理道具の本の記述から推測するに1980年前後のことだ。

先ほどの缶切りもそうだが、キッチンバサミの役割もまた、食材を切るだけではない。プラスチックの個別包装が増えるにつれ、包丁だけでは事足りなくなったのだ。食材を切るだけでは済まなくなった現代の台所に、キッチンバサミは必須なのである。 さらに昨今では、キッチンバサミをフル活用して「包丁いらず」を謳うレシピを雑誌やウェブで頻繁に見かける。ハサミを使ったり、手でちぎったりすれば、まな板も包丁も洗わなくて便利というわけだ。

家庭で魚をおろさなくなり、肉を解体しなくなって久しいが、近年「切る」作業の省略はますます進んでいる。スーパーやコンビニの棚に並ぶカット野菜。1人分ずつ個別包装されたチンするだけのお惣菜。包丁がなくても、食事ができる時代がすでに到来している。 いつの日か、人々が慣れ親しんだ包丁という「切る」道具を手放すときが来るのだろうか。だが、そうは思わない。 たとえ刃の形が変わったとしても、きっとその存在自体はなくならないだろう。なぜなら、人々が自らの手で食べる楽しみを求める限り、古代から人類が使い続けてきた最もシンプルな調理法は必ずやついてまわるものだからだ。

 

 

posted by タマラオ at 05:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2014年06月11日

料理人のパフォーマンスで発達した日本の包丁 No2

031.JPG
「包丁(ほうちょう)」という名が登場するのは、平安時代後期になってからだ。
包丁はもともと「庖丁」と書いていた。「庖」は、台所を意味する「厨(くりや)」と同じ意味。「丁」は、馬の世話をする「馬丁」、庭を手入れする「園丁」といった言葉があるように、使用人を指す語だった。つまり、「庖丁」とは、厨房の仕事に従事する者、つまり料理人のことを指していた。「庖丁」が使う刀を「庖丁刀」と呼んでいたのが、室町時代になり「庖丁」と略して呼ぶのが定着した。ただし、「庖丁」は魚や鶏などを切るものに使われ、野菜を切るものは区別して「菜刀(ながたな)」と呼んでいた。

一方、まな板は、メインのおかずを意味する「真菜(まな)」に由来するとされる。本来は魚や鶏などを調理する切机が「真菜板」と呼ばれ、一般名称になっていった。当時は床の上に座って作業をしていたため、脚つきのまな板が用いられていた。まな板から脚が消えるのは、流しやガス台といった近代的な台所が導入されてからだ。 こうして「切る」道具が確立されてくるにつれ、今度はパフォーマンスとしての包丁さばきが注目されるようになってくる。

その理由として、民俗学者の原田信男は著書『和食と日本文化 日本料理の社会史』(小学館、2005年)の中で、当時はまだ複雑な調理法が発達しておらず、〈切り方が料理人の腕の見せどころとなったのである〉と興味深い指摘をしている。また、新鮮な海の幸や山の幸が豊富にあり、あまり手を加えずに生のまま食べる料理が発展したことも、切り方にこだわった要因の1つだろう。 それがのちに鎌倉時代、室町時代を通じて包丁さばきの流派を生んだ。

室町時代の絵巻には、「まな箸」と呼ばれる長い箸を左手に持ち、右手で日本刀型の包丁を持って、鶏や魚をさばいている様子が描かれている。こうして客の目の前で数十種類にもおよぶ見事な切り方を披露することで、包丁の技は磨かれていったのだった。

切り方の美しさを追求した和包丁
江戸時代になり、武家社会から町人社会へと移り変わると、肉や魚を切る「庖丁師」、野菜を切る「割肴師(きざみさかなし)」といった専門の料理人が登場する。 さらに戦国時代に培われた刀鍛冶の技術が発展し、江戸時代の中期には大阪府の堺や、兵庫県の三木、福井県の武生など包丁の一大産地も生まれた。現在も使われている出刃包丁(魚や鶏をおろす)、菜切包丁(野菜用)、柳刃包丁(さしみ用)といった形が登場するのも江戸時代である。

様々な食材によって包丁を使い分けるのは、ヨーロッパも同じである。ただ、和包丁は両刃よりも片刃が多いという特徴がある。 両刃とは、刃の断面を見たときに、両側面にほぼ同じ角度の刃がついているもの。片刃とは、片方だけに刃がついているものだ。同じ角度で研いだ場合、片刃の方が鋭角にでき、食材に対する刃の角度も微妙に調整できる。それに対して両刃は、食材に対してまっすぐに刃が入り、左右同じように切れるという特長がある。

片刃の刺身包丁で生の魚を引くように切ると、薄くきれいな刺身が出来上がる。つまり、片刃の多い和包丁とは、切り口の美しさを追求して発展したものなのだ。 一方、洋包丁は両刃が基本だ。料理をテーブルの上でナイフとフォークを使って切り分けて食べるため、調理段階で使われる刃物は肉や魚を解体する意味合いが強い。そのため、押して切るのに適した両刃が用いられるようになったのである。 また、日本では包丁とセットで語られるまな板が、洋包丁を使う地域では必須ではないことも付け加えておきたい。

欧米では、空中でナイフを使いながら、食材を直接鍋のなかに切り落とすことをよくやる。煮込んだり焼いたりするのであれば、それほど切り方にはこだわらないのである。しかも先述したように、食べる段階でナイフとフォークで切るため、調理段階で細かく切り分ける必要がないことも、まな板を使わない一因だ。 ひるがえって日本を含む箸を使う東アジア圏では、食べるときにはすでに食材が細かくなっていないと都合が悪い。そのため、まな板が必要になってくるのだ。

 

 

posted by タマラオ at 06:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記