2014年04月19日

「ブラック企業。でも、辞められない!」   No3

171.JPG
やりたいと思って、やりたいことができる人は恵まれている人」  そう書かれたレポートを提出した学生が、2年前にいたのである(参考コラム:「えっ、3人に1人!」 無視され続けた女性の貧困問題の窮
状)。 今回の大学とは別の大学の異なるテーマの講義だったのだが、その講義で私は、「『やりたい』という気持ちを大切にしてほしい」と、学生たちに話していた。やりたいことの機会すら得られない人たちにとって、それがいかに冷酷な言葉であるかを、全く考えることもないままに、だ。

どちらの大学も、壇上に立って学生を見渡す限り、どの学生もおしゃれで、『貧困』という言葉とつながるイメージはない。しかしながら、そんな外見からはうかがい知ることのできない、“社会との隔たり”を、彼らは感じていた。それは、“私”との隔たりでもある。 私は、「貧困」と訴える彼のレポートを読んで、なんだかとても申し訳なく思った。彼らが感じる隔たりを私は感じたことがあったのだろうか、と。2年前の学生とは違い、「私の発言」に対してのものではなかったけれども、それでもやはりドンと胸を突かれた気分になった。

で、自戒の念も込めて誤解を恐れずに言わせてもらうと、プア充なんて生き方が流行るのも、ホントに“プア”をわかっていないからなんじゃないかと。いや、その壁の存在にすら、気付いていないのかもしれない。  おそらく 本
当に「プア=貧困」な人たちは、誰一人として声をあげていない。だって、生きることに精一杯で、働いて食べていくことに必死なわけで。自分たちの状況を伝える手段もわからないし、それをしたところで、何の足しになるかもわからない。

悲鳴を上げた途端、自分が壊れてしまうような恐怖もあるのかもしれない。 いずれにしても、声にならない悲鳴が存在し、悲鳴を上げたい人たちが、ますます取り残され、排除される。そんな悪循環が存在しているように思えてならないのだ。

非正規雇用者の労働環境はむしろ悪くなっている
「僕の母は、ブラック企業で働いています。でも、辞めません。なぜなら、貧困だからです」――。ブラック企業という言葉だけがやたらと一人歩きしているので、彼のいう『ブラック企業』が一体何をさしているのかを断定するのは難しい。ただ、長時間労働で酷使されているにもかかわらず、「その仕事を辞められない」状況にあるということは想像できる。 学生たちに「ブラック企
業って、どんな会社?」という質問をすると、必ず出てくるのが「長時間労働」だからだ。

長時間であれ、ちゃんと残業手当が払われていれば法的には問題ないのだが、非正規の場合、それすら払われていない可能性もある。 最近は、正社員の賃金アップばかりが、報道では取り沙汰
されているが、非正規雇用者の労働環境は、ちっとも改善していない。いや、むしろ悪くなっているといっても過言ではない。  つい先日も、どんな仕事でも派遣労働者にずっと任せら
れるように、厚生労働省は、労働者派遣法を改正する方針を固めた。

 

 

posted by タマラオ at 05:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記