2014年04月10日

サイレントプアー(声無き女性の声)   No2

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「あくまでも相対的貧困率であって、日本の貧困層は世界一裕福!」  「車を持ち、携帯を持っているような人たちの、どこが貧困なんだ!」  こうした批判が相次いだのである。  確かに、
「過去1年に十分なお金がないために食料を買えなかったことがあった人の割合」(絶対的貧困率)を聞いた国際調査では、「はい」と答えた人は日本では4%で、米国の15%、英国の11%、中国の18%、韓国の18%などと比べると劇的に低かった。

でも、だからといって「相対的貧困率」が世間を惑わすだけの指標なのか? というとそんなことはない。 だって、働いても、働いても、稼ぎが増えない人たちがいて、その割合
が年々増えていて、母子家庭では半数を上回っているということは、紛れもない事実だから。  そして、その必死に働いている女性たちが、生きづらさを感じているのも事
実だから。  そこで今回は、「貧困」について、考えてみようと思う。

心に突き刺さった母子家庭の学生のリポート
「河合先生は、ものすごく恵まれた人なんだと思います。組織に入ったり、自分でやったり、そうやっていろいろとできるのも、恵まれているからです。僕の母は、ずっとスーパーのレジで働いています。いろいろとやりたいこともあったんだと思います。でも、僕を育てるために安い時給のレジ打ちをやっています。好きなことなんか何もできていないし、やりたいことなんかやっていないと思う。でも、ずっとずっとレジ打ちをやっています。僕はそんな母を誇りに思います」

これはある学生が、授業のリポートに書いてきた一文である。この授業は2回だけ、特別にゲスト講師として行ったもので、「キャリアに関して学生たちに考えさせる授業なので、河合さんのこれまでのキャリアについて語ってほしい」と担当の教授から依頼を受けた。  私は、学生たちに「やりたい」という気持ちを大切にしてほしいという
こと、目の前のことを、自分にできることを、時には「石の上にも三年」だと思って、一生懸命やってほしいということ、そんなことを伝えたかった。

300人近くいる学生たちのほとんどは、「やりたいことをやっていいんだと分かって、ホッとした」とか、「就職したら、石の上にも三年ってことを思い出したい」、「先生の話を聞いていたら、勇気が出た」、「自分を信じて、できると信じて、頑張りたいと思った」といったことをリポートに書いていた。  そんな中、「先生は恵まれている。僕の母は、安い
時給でレジ打ちをしている。そんな母を僕は尊敬している」と、1人の学生が記したのである。 彼のリポートを読んだ時、胸が痛んだ。申し訳なく思った。彼の言葉は、重
かった。彼は母子家庭で育っていた。

やりたいと思って、やりたいことができる人は恵まれている人――。  やりたいと思っても、その機会すら得られない。すなわち、機会格差。そんな機会格差の壁を、彼は訴えていたのだろう。 日本における母子家庭の母
親の就業率は84.5%で、先進国の中でも高い。だが、平均年収は低い。背景にあるのが非正規雇用の拡大だ。 数カ月前に、働く人の3人に1人が非正規雇用となっていることが、総
務省の労働力調査で明らかになったが、男女別の比率を見ると女性の方が圧倒的に高い。

 

 

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2014年04月09日

サイレントプアー(声無き女性の声)   No1  

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「えっ、3人に1人!」 無視され続けた女性の貧困問題の窮状 格差があるという事実にまず寄り添おう   

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20111214/225187/?rt=nocnt

サイレントプア 声なき女性の貧困(アサイチ)
http://www.youtube.com/watch?v=38lTWICmDqk

深刻化する"若年女性"の貧困 (クローズアップ現代)
http://www.youtube.com/watch?v=CvwCtEQMqjk

河合 薫 健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士 ;1988年、千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。2004年、東京大学大学院医学系研究科修士課程修了、2007年博士課程修了(Ph.D)。産業ストレスやポジティブ心理学など、健康生成論の視点から調査研究を進めている。働く人々のインタビューをフィールドワークとし、その数は600人に迫る。長岡技術科学大学非常勤講師、東京大学講師、早稲田大学非常勤講師などを務める。医療・健康に関する様々な学会に所属。

「こんなに働いているのに、ちっともラクにならないじゃないか〜」   こんな悲鳴を、誰もが一度は上げたことがあることだろう。  だが、そんな愚痴めいた悲鳴ではなく、本当に心底、
身体を酷使して働きながらも、所得が少なく生活が苦しい人、いや、苦しい女性たちが増えている。  「単身女性、3人に1人が貧困 母子世帯は57%」といったショッキングな
見出しが新聞に踊ったのは、先週のこと。国立社会保障・人口問題研究所の分析で、勤労世代(20〜64歳)の単身で暮らす女性の3人に1人が「貧困」であることが分かった、と報じられたのである。

深刻な問題であるにもかかわらず、この問題を報じたのは朝日新聞だけだった(私が調べた限りではあるが……)。横並び報道が多い中、なぜこのニュースを報じたのが一紙だけだったのか、その理由は分からない。  特ダネ? そ
うだったのなら、「よく報じてくれた」と思う。  だが、実際はどうなのだろうか? こういう情報こそ、広く知らせる必要があるのに、広く報じられていないのは、なぜなのだろうか。  少なくとも、誰それが誰を
批判したとか、選挙になりそうだとか何だとかいう情報よりも、大切なことだと思うのだが、マスコミにとってはあまり価値ある情報ではなかったのだろうか……。

広がる貧困の男女格差
いずれにしても、働く1人の日本人として、とても大切な情報だと思うので、改めて内容の詳細を紹介します。  2007年の国民生活基礎調査を基に、国立社会保障・人口問題研究所
社会保障応用分析研究部の阿部彩部長が相対的貧困率を分析した結果、1人暮らしの女性世帯の貧困率は、勤労世代で32%、65歳以上では52%と過半数に及んでいることが明らかになった。 また、19歳以下の子供がいる母子
世帯の貧困率は57%で、女性が家計を支える世帯に貧困が集中し、貧困者全体に女性が占める割合も57%と、1995年の集計より男女格差が広がっていた。

相対的貧困率とは、すべての国民を所得順に並べて、真ん中の人の所得の半分(貧困線)に満たない人の割合を指す。厚生労働省では、相対的貧困率における貧困線を114万円、OECD(経済協力開発機構)の報告では、日本の貧困線は149万7500円と公表している。  
ちなみに、2009年の全世帯の平均所得金額は、549万6000円。母子家庭は177万円程度が平均年収だとされている。  さて、これらの数字を見て、どのような感想を持つだろうか?

「また不安をあおるようなことばかり書きやがって。日本の貧困率が高いとか何とか言ったって、携帯を持っているような人たちは貧困とは言えないんじゃないの?」  そんなことを、正直、内心思った人も
いるはずである。 実際、今から3年前、厚生労働省が「わが国の相対的貧困率は15.7%」と発表し、主要メディア各社が世界ワースト4位で「貧困率が最悪の水準」と報じ、当時の鳩山由紀夫首相が「大変ひどい数字だ」とコメントした時もそうだった。

 

 

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2014年04月08日

ベトナム人は日本建設業の人材不足解消の切り札? No3

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日本に派遣されれば、日本基準での法定最低賃金以上の給料が受け入れ先の日本企業から研修生に支払われる。日本の給料はベトナムよりずっと高い。3年も働けば、例えば、150万〜200万円ぐらいは貯蓄が可能だ。これは、ベトナムでの年収の4〜5年分に相当する。 お金を稼ぐことももちろん大事だ。ただ、お金稼ぎのみを考える派遣労働者は、せっかく派遣されても、まともに日本語や技術を学んでこない。

よって、帰国後に再就職ができなかったり、あるいは意図的に途中で失踪したりしてしまう(その後、日本国内で不法就労する)。

ホーチミンで日本に派遣する労働者向けの教育を行うKAIZEN吉田スクール副校長の里村氏によると、「派遣前の日本語教育以上に、職業意識やキャリアプランに関する教育が非常に重要」だそうだ。 同社は、派遣前に約1年間の長期にわたって、日本語・日本文化だけでなく、「働くとはどういうことか」という職業観を研修生に徹底的に教育している。 一方、日本側の受け入れ体制も整えていく必要がある。

日本に派遣される建設労働者を受け入れるのは、大手ゼネコンではなく、下請けの中堅・中小の建設会社である。

これらの企業は、海外での業務経験も少なく、外国人の労働者を受け入れるような準備ができていない。また、日本の建設業界は事故を最も気にするため、意思疎通がうまくできない外国人労働者を現場に配置するのを嫌がる傾向も強い。 こうした日越双方で改善すべき点はあるが、これはベトナムに限らず、他の国から受け入れる場合でも共通の課題であろう。 既にベトナムからの労働者派遣を積極的に展開している会社もある。中堅ゼネコンの向井建設だ。

同社は2012年、ベトナムに職業訓練校を開設した。年間240人のベトナム人研修生が現地で選抜され、日本語を習得しながら高所作業、鉄筋、型枠の3職種を日本人の熟練工がベトナムで指導する。向井建設が訓練した実習生は、大手ゼネコンが東京・銀座で手掛ける商業ビルの建設工事に参加するという。 個人的には、日本が外国人労働者の受け入れを拡大し、志の高いベトナムの若者が多数日本で切磋琢磨するような姿を見てみたいと思う。

 

 

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2014年04月07日

ベトナム人は日本建設業の人材不足解消の切り札? No2

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労働者を数年日本に派遣すれば、一定の技術力を持った労働者になって帰ってくることが期待できる。しかも、その労働者は日本語もできる(はず)。よって、現地の建設業者にとっては、日系のゼネコンと組んで日本のODAにも参戦しやすいというメリットもある。日本にとっては、ベトナムでは「優秀なベトナム人」の労働力が集められるということもメリットだ。優秀かどうかはともかく、ベトナムだから労働者がベトナム人なのは当たり前だろうと思うのは、日本の中だけでの常識である。

東南アジア(に限らず世界の他の多くの地域)では、経済が成長してくると、低賃金の労働は、さっさと近隣の外国人に任せてしまうケースが多い。例えば、シンガポール、タイ、マレーシアなどの相対的な先進国では、工場や建設現場で働いているのは、外国人である場合が多い。 例えば、知り合いが社長を務めるマレーシアの鉄の加工工場の場合、労働者にマレーシア人はほとんどいない。ミャンマー人、カンボジア人、ベトナム人、インド人の多国籍軍だ。

こういう多国籍の出稼ぎ労働者が中心となる工場では、労働者の質が低い。英語で指示しても末端まで通じない。よって、業務を相当に自動化し、言葉は悪いが、どんな低レベルの労働者がやってもできる仕事にしなければならない。
その点、ベトナムの場合、労働者は基本的にはベトナム人で、相対的に質が高い(技術的にではなく、真面目さ・勤勉さという点においてだが)。実際、前出のマレーシアの鉄工場の社長が、ベトナムの工場に転勤後、ベトナム人の労働者の質の高さに感心していた。

受け入れる側の日本にとって、派遣されてくる労働者一人ひとりの質は重要な要素だ。外国人受け入れは、治安悪化との隣り合わせでもある。その点、比較的勤勉で、性格も温厚なベトナムの労働者は、日本にとっては受け入れやすいはずだ。 派遣に向けてのハードルは、ベトナム人の職業意識と日本側の受け入れ体制  ただし、ベトナムからの労働者派遣をより大規模に展開するには、日越双方で取り組むべき課題も多い。

その1つは、派遣される労働者の職業意識の改善だ。現時点で、上記の「外国人技能実習制度」を活用して日本に派遣されているベトナム人の数は既に約1万人いる。その多くが、地方の貧しい家庭の出身者だ。彼らの中には、「日本でちゃんとした技術を習得して、自分の将来の糧にしていこう」と本気で考える人もいる。一方で、「とりあえずカネさえ稼げればいい」と短絡的に考えている人が多いのも事実だ。

 

 

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2014年04月06日

ベトナム人は日本建設業の人材不足解消の切り札? No1

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既に中堅ゼネコンではベトナム人労働者の育成・派遣を積極展開

2014.02.26(水)     http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40035

最近、日本国内で、外国人労働者の受け入れ拡大に関する議論が賑やかだ。 背景には、建設業の労働者の深刻な不足がある。東日本大震災の復興事業や東京オリンピックの招致に伴い建設需要は拡大している。一方、少子化や若者の建設業ばなれの結果、建設業界では、仕事があっても人を集められないという状況だ。 知り合いの建設会社の社長は、70歳以上の引退した労働者に頼み込んで働いてもらっていると言っていた(この話をベトナム人にすると、日本人の勤勉さを称賛する声と、老人を酷使する非儒教的な態度を非難する声が相半ばする)。

安倍政権は、建設業の人材不足を補うための緊急対策を検討している。対応策は、「外国人技能実習制度」の拡充だ。 この制度の本来の趣旨は、アジアなど途上国へ日本の技術を移転するための技術支援の制度だ。製造業などの分野で働く途上国の若者を日本に招聘し、最大3年間、受け入れている。この受け入れ期間を現在の3年から5年に延長したり、再入国を認めたりして受け入れる案が政府で検討されている。

実は、この政策の行方については、ベトナム関係者も注目している。なぜなら、外国人労働者の受け入れ拡大が決まれば、ベトナムから日本にどんどん労働者を送りたいと考えている関係者も多いからだ。個人的にも、この制度が拡充されたら、日本は真っ先にベトナム政府との2国間の議論を進めていくべきではないかと思っている。それぐらい、ベトナムからの労働者派遣は両国にとってのメリットが大きい。 

ちなみに、外国人労働者の受け入れそのものは、日本にとっては難しい意思決定だ。その是非はここでは議論しない。本稿では、仮に日本が受け入れ拡充という方針を取った場合のベトナムのポテンシャルについて考えたい。

労働者派遣にやる気満々のベトナム
日本がどれだけ労働者を受け入れたくても、送り出す国側にインセンティブがなければ、派遣は成立しない。恋愛と同じだ。その点、ベトナム側の日本への労働者派遣には、相当やる気が感じられる。 例えば、弊社(DI)が産業誘致のアドバイザーをしているベトナム南部のバリアブンタウ省の幹部は、「人材育成につながる上、日本との関係強化につながる。要請があれば、何百人単位でも送ることは可能だ」と諸手を挙げて歓迎する。

また、ある現地住宅メーカーの幹部は、「ベトナムの住宅建設技術はまだまだ低い。日本の住宅建設の高い技術を学ぶことには企業としても非常に関心がある」と言う。これらに限らず、積極的に賛成するベトナムの省政府・企業は多数いるだろう。べトナムは、インフラ整備がタイやインドネシア等と比べてもかなり遅れている。今後は、日本のODAによる高速道路や空港の建設だけではなく、民間の建設需要も相当量が見込まれている。

一方で、一定の能力・技術のある現場の労働者は圧倒的に不足しており、こうした人材への需要は大きい。

 

 

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2014年04月05日

1日1万5000人が殺到するベトナムのマクドナルド  No3

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「相当に大きなチャレンジだが、やりがいがある」とヘンリーは嬉しそうに語る。 ヘンリーは越僑のいわば代表選手の1人だが、他にも活躍する越僑は多い。彼らはいずれも、ボートピープルとして欧米に渡り、そこで苦労をしつつ生き残ってきた。ゆえに、タフで、前向きで、そして我慢強い。世界的な視野もあり、ネットワークも広い。世界経済が一体化していく中、彼らのような存在が多数いることは、ベトナムの強みだ。

一方、ますます内向化しつつある日本に彼らのような人材が少なくなりつつあることは、憂慮すべきだと思う。 

「最近の日本人は、海外に出なくなったうえに、中国や韓国との関係にだけ、目くじらを立てているように見える。視野が狭い気がする」という知り合いの越僑の意見は正鵠を射ていると感じる。

生野菜しか調達できない脆弱な経済構造
最後に、マクドナルドにも現れているベトナムの経済構造の課題を一つ指摘したい。 実は、ベトナムのマクドナルドは、トマトとレタスを国内から仕入れているだけで、それ以外の原材料はすべて輸入である。牛肉はオーストラリアから、じゃがいもは米国から100%輸入している。 さらに、ハンバーガーの包装紙や箱、コーラの紙コップなどもすべて中国などから輸入している。これらはベトナムで全く作れないわけではない。ただ、現地サプライヤーの製品が、マクドナルドの求める基準に達していないのだ。

「ベトナム経済のためにも、できるだけ国内で原材料を調達したかった。しかし、マクドナルドの求める基準を満たせる国内サプライヤーがいなかった」とヘンリーは残念そうに語る。 「トヨタがベトナムから撤退する日」でも紹介したが、ベトナムは裾野産業の発達がタイなどの近隣諸国に比べて著しく遅れている。安い人件費を武器に車の組み立てはできるが、その部品は作れないということだ。 これは何も部品に限った話ではない。紙コップやハンバーガーの箱すら十分な品質基準のものが作れないというのが、残念ながらベトナムの現状だ。

2018年に向けてASEAN域内の関税が撤廃されれば、いよいよ国内の裾野産業を育成していくことは難しくなる。マクドナルドをはじめ、内需に期待する大型投資が拡大する一方で、どうやって自国の産業を育成していくか、ベトナム政府は難しい課題に直面している。

 

 

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2014年04月04日

1日1万5000人が殺到するベトナムのマクドナルド  No2

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ベトナム人の目には、日仏の両国も品格・思想があるように見えているようだ。 ベトナム人は、革命を志したファン・ボイ・チャウが来日した20世紀初頭のころから、日本はアジアの一流国だと見てくれている。また、ベトナムで「西洋」と言えば、すなわちフランスのことを指すと言ってもいい時代がつい最近まで続いていたほどに、フランスの思想や文化は知識人層に根付いている。

タフで、前向きで、我慢強い越僑
今回、ベトナム・マクドナルドのフランチャイジーを引き受けたのはヘンリー・グエン君という越僑(海外育ちのベトナム人)の実業家だ。ハーバード大学ビジネススクール卒の俊英で、ズン首相の娘婿としても名高い。ベトナムでは、IDGというIT企業向けの投資ファンドを経営している。 彼のオフィスと弊社(DIベトナム)のオフィスが隣同士だったこともあり、私がベトナムに来て以来の旧知で、かつ同い年ということもあり仲良くなった。

彼のようにボートピープルとして海外に渡った後、帰国して活躍するベトナム人は、現在のベトナム経済の成長の原動力となっている。

ヘンリーはズン首相の娘婿だが、それはたまたまであって、決して家柄が良いというわけではない。父は一介の技術者、母は学校の先生。彼がまだ3歳の1975年に、両親と共にボートピープルとして米国に渡っている。 「父は、本当にいろいろな仕事をして、家計を支えるのに必死だった」とヘンリーは当時を振り返って懐かしそうに言う。 米国に渡ってしばらくして、彼は父に連れられてマクドナルドに行き、その味とサービスに一瞬にして魅了されたそうだ。

こうしたマクドナルドの大ファンになったヘンリーは、90年代の後半に米国からベトナムに帰国して以来、本業である投資の傍ら、マクドナルドをベトナムで展開する日を夢見続ける。そして、2003年頃からマクドナルドに対して出店を働きかけはじめ、かれこれ10年越しで、念願の1号店出店に至った。 ヘンリーのマクドナルドに対する情熱は相当なものだ。例えば、1号店の開業にあたり、彼はスタッフ数百人を海外の店舗に視察・研修に行かせている。

「ベトナムとのサービスの違いを体験させなければ、求めるサービス水準は実現できないと思った」と彼は語る。 一例として、アイスクリームを買ったけれど、ハンバーガーを食べている間に溶けてしまったような場合。ベトナムのマクドナルドのスタッフは、お客様がそれに不満を持っていなくても、無料でアイスクリームを交換するようなサービスを教育されている。 ベトナムに住んだことがある人なら分かると思うが、こうしたサービス精神やプロフェッショナリズムをベトナム人に理解してもらい、さらに行動してもらうのは容易ではない。

 

 

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2014年04月03日

1日1万5000人が殺到するベトナムのマクドナルド  No1

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ベトナム戦争終結40年後の対米感情、越僑パワー、産業構造の弱点

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40147?page=4   2014.03.12(水)

2月、ホーチミンにベトナムのマクドナルド第1号店が開店した。 開店直後の一時的ブームの要素を考慮したとしても、その集客力は尋常ではない。開店から16日間での総来客数は25万人。単純計算で、1日当たり1万5000人強。1分当たり11人(ベトナムのマクドナルドは24時間営業)の客が文字通り殺到している。 ベトナムらしくバイクのドライブスルーがあり、そちらも長蛇の列。バイクに乗ったまま買い物を済ませるベトナム人の習慣にマッチしている。

メニューは、定番の「ビッグマック」が約300円、豚肉好きのベトナム人向け商品「マックポーク」は約180円だ。ホーチミンのオフィスワーカーの平均的な昼食代が150円から200円ぐらいであるから、ベトナム人にとってのマクドナルドはプチ贅沢的な位置付けになる。1991年のインドネシア以来、実に23年ぶりとなる東南アジアへのマクドナルドの進出。このベトナムへのマクドナルド上陸を、(1)対米感情、(2)越僑、(3)ベトナムの産業構造の弱点、という3つの点から考察してみたい。

多くの負の遺産にもかかわらず、良好なベトナム人の対米感情
マクドナルドと言えば、アメリカ文化の象徴的な存在だ。ベトナム戦争終結(1975年)から40年近くたった今日、果たして、ベトナム人の対米感情はどうなのだろうか。 結論としては、ベトナム人は、アメリカが味方した南の人はもちろんのこと、北の人たちも、おしなべて米国好きである。 米越間の負の遺産は決して小さくはない。ベトナム戦争中のベトナム人犠牲者は、兵士が約100万人、民間人は約300万〜500万人と言われる。

一方、米兵の死者は約5万8000人、行方不明者は約2000人。ベトナム側はこれまで、行方不明米兵の身元確認と遺骨収集に協力しており、600体以上の米兵遺骨が回収されてきた。 また、戦争中に米軍兵士とベトナム人女性の間に生まれた子供(越語ではライ・ミーと呼ぶ)も、少なく見積もっても1万人いると言われている(公式統計はなし)。

こうした負の遺産にもかかわらず、現在のベトナム人はかなりの親米である。 「なぜ、ベトナムはアメリカが好きなのか」という私の問いに対して、あるベトナムの知識人が「アメリカには、思想・品格がある」と語っていた。対米感情を簡潔に語るのは容易ではないが、この言葉は、多くのベトナム人が米国を好むという本質を一部ながら表しているように思える。 ベトナム人は非常にプライドが高い。そのため、外国の格付けを行う際に、「聡明さ・教養の高さ」という個人的な資質に加えて、その国の持つ「思想・品格」のようなものを感覚的にかなり重視している。

ベトナム人の目からすると、アメリカにはこの「思想・品格」があるということなのだろう。ホーチミンの起草した独立宣言冒頭では、アメリカ独立宣言の「人は生まれながらにして平等の権利を持っている。神は何人も犯すことのできない権利を彼らに与えた。生存、自由、幸福追求の権利はそれらの一部である」とのくだりがそのまま引用されていることも想起しておく意味がある。 なお、アメリカと同じく、戦争という意味で負の接点を持つフランス、日本に対しても、ベトナム人の感情は非常に良い。

 

 

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2014年04月02日

ベトナムで企業経営のヒント    No2

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一方、ベトナムの自動車産業は、まだ相当に小さい。2012年の新車販売は9万台弱。タイの15分の1程度にすぎない。これでは、ベトナムに人は集まってこない。 自動車の需要が少ない最大の原因は、ベトナム政府の一貫性を欠いた政策にある。政府は、自動車産業を是非育てたいと言う一方で、実際の政策はむしろ需要を抑制してしまっている。 例えば、2012年には、自動車登録料の大幅な引き上げ、ナンバープレート交付手数料の値上げ(10倍)を行った。その結果、自動車販売台数は、対前年で減少している。

もっとも、ただでさえバイクがイナゴの大群のように走る道路に、車があふれかえっても困る。 家の前の道路が大渋滞で、駐車場から車を道路に出すだけで1時間かかる(そして、一度出たら最後、戻るのには、その数倍かかる)と言われた昔のバンコクのようには、誰もなりたくない。 自動車の需要を喚起しつつ、渋滞をコントロールするような政策がベトナム政府には必要とされる。

裾野産業向けの優遇措置(楽市楽座)
一方、次に、裾野産業を育成するための優遇措置が重要となる。これは、一種の楽市楽座のようなものだ。要は、城下町をさらに大きくするために、商人(今回の場合は、裾野産業の担い手)がドンドン集まるための仕かけがいる。 一番分かりやすいのは、裾野産業向けの税金を安くすることだ。かつてタイでは、射出成型などの業種に対して、8年間の法人税免除などを採用していた。 一方、ベトナム政府は、こうした優遇措置はなかなか実現できない。

我々(DI)は、現在、ベトナム南部のバリアブンタウ省という省の戦略アドバイザーをやっている。具体的には、省の産業発展戦略を見直し、日本企業を誘致するための戦略を考えている。 バリアブンタウ省の人民委員会委員長をはじめとする幹部も、我々と議論をすると、二言目には「裾野産業」と言ってくる。 しかし、ベトナムの中央政府は、歳入減少をおそれ、特定産業への優遇税制の適用にはかなり躊躇している。その結果、裾野育成は何も進まないという状況に陥っている。

難しいベトナムの立ち位置
ベトナムは、不幸なタイミングでこの裾野産業の育成という課題に直面していると思う。 裾野産業の育成は、全ての新興国にとって共通の課題だ。タイやインドネシアは、何十年も前からこの課題に取り組んできた。当時は、AFTAのような自由貿易の仕組みはなかった。よって、高関税による保護貿易政策により、現地部品サプライヤーの成長を促す時間的な余裕が許された。今のベトナムには、その余裕はない。ASEAN域内の関税撤廃が、数年以内に、容赦なくベトナムの製造業を襲ってくる。

ちなみに、ミャンマーという国は、この流れを逆手に取って、差別化を図る余地がある。東南アジアの最後発プレイヤーであるため、低賃金を武器にした戦い方をしても、後続ランナーがいない。 ほとんどの日本企業は、ミャンマーの隣のバングラデシュの方が賃金が多少安いからといって、バングラデシュには出ていかない。日本民族にとって、歴史上接点のきわめて薄いインド系文化に対する漠然とした不安感が理由なのだろう。

もし、仮に、本当にトヨタがベトナムから撤退するようなことが起これば、その影響は大きい。自動車産業という基幹産業の1つに蓄積されてきた技術が失われるだけでなく、国際社会に対するベトナムのイメージ上もマイナス要素が大きい。
今後5年でタイやインドネシアに匹敵する裾野産業を育成することは不可能だ。ただし、9000万人の人口を盾に、自動車産業発展の青写真をきちんと描いていけば、トヨタをはじめとする自動車メーカーはベトナムの魅力を捨てることはできないだろう。 ベトナム政府には長期的な視点での政策を打ち出すことが求められている。

 

 

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2014年04月01日

ベトナムで企業経営のヒント    No1

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トヨタがベトナムから撤退する日 政府の煮え切らない政策にAFTA発効が待ったなし      2013.12.11 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39386

細野 恭平 ; (株)ドリームインキュベータ(DI)執行役員、DIベトナム社長  東京大学文学部卒業(スラブ語)、ミシガン大学公共政策大学院修士 1996年、海外経済協力基金(後に国際協力銀行)に入社。 旧ソ連(ウズベキス
タン、カザフスタン等)向けの円借款事業や、途上国の債務リストラクチャリング、ODA改革等に従事する。途中、ロシア・サンクトペテルブルクにてロシア語を習得。

2005年、DIに参画し、大企業向けのコンサルティングやベンチャー企業向けの投資に従事。2010年から、ベトナムに駐在。DIアジア産業ファンド(50億円)を通じたベトナム企業向けの投資、ベトナムに進出する日本企業・ベトナム政府/企業向けのコンサルティングなどを手掛ける。400社以上のベトナム現地企業と接点があり、ベトナムの幅広いセクターに精通している。

トヨタ自動車がベトナムから撤退する日が数年以内に来るかもしれない。 決して最重要機密を漏洩しているわけではない。トヨタの役員クラスが公然とその可能性を示唆し、ベトナム政府に対して繰り返し警鐘を鳴らしている周知の事実だ。
2018年にゼロになる関税
開発が進むホーチミン市内。中央は中心部にある国営百貨店、サイゴン タックス トレードセンター   ベトナムでは、自動車産業保護のため、ASEAN(東南アジア諸国連合)域内からの完成車の輸入に対しては60%という高関税がかけられている。 分かりやすい例で言えば、仮に1000万円の「レクサス」を輸入すると、車両価格だけで1600万円になる。 これに車両登録税やディーラーの手数料など諸々の諸費用を含めると、ざっくりと2000万円。

つまり、当初の2倍ぐらいの価格になる(ちなみに、2000万円ぐらいの車に乗っているベトナム人はざらにいる。いったい、彼らがどうやってそんなカネを稼いでいるかは興味深い話だが、それは次回以降に書きたい)。 この完成車への輸入税が、ASEAN自由貿易協定(AFTA)によって、2018年にはゼロになる。これが、トヨタをはじめ、ベトナムにある自動車メーカーの存亡を左右する。 ベトナムでは、自動車部品の現地生産比率が非常に低い。

現地生産できる部品は、シートやワイヤハーネスなど労働集約的なものが中心で、ほかは輸入に頼らざるを得ない。部品の現地調達率は、自動車メーカーによって異なるが、20〜30%程度だろう。 そうすると、完成車の関税がゼロになった場合、トヨタにとっては、わざわざ部品を輸入してベトナムで割高な完成車を作るよりも、部品を現地で生産できるタイやインドネシアの生産拠点から完成車を輸入する方が安くなる可能性が高い。

組み立てるだけのスマートフォン
部品の現地調達率の低さ、すわなち「裾野」産業の弱さは、決して自動車だけの話ではない。 例えば、韓国のサムスン電子は、壮大なスマートフォン工場をベトナム国内で稼働させている。この工場の規模は壮観で、2013年の予想輸出額が約2兆5000億円、ベトナムの国としての輸出全体に占めるサムスン電子の比率は、低く見積もっても15%以上になる。 しかし、この巨大なスマートフォン工場も、「実は部品はほぼすべて海外からの輸入だ」と、サムスンの関係者が語っている。つまり、ベトナムは輸入した部品を、低価格な労働力を使って、組み立てるというだけの付加価値しか提供できていない。

ミャンマーへと移り始める産業
労働集約的な産業の弱点は、賃金が上昇すると、徐々に競争力を失ってしまうことだ。ベトナムにとっては、経済改革に着手し始めたミャンマーが脅威となる。 ベトナムの平均的な工場労働者の賃金は月200ドル前後。一方、ミャンマーでは、100ドル以下で集まる。 ベトナムには、ユニクロやナイキなどのグローバルな衣料品メーカーの生産工場が多いが、「既に衣料品の工場は、より低い賃金を目指して、ミャンマーなどへと戦線を移動しつつありますよ」と日系の繊維関係者は語る。

もちろん、労働力の質の差があるため、すべての労働集約的な産業が一気にミャンマーにシフトことはない。 しかし、労働集約的な産業だけでは、長期的な視点では、国としての競争力は低下することは明白だ。そうなる前に、資本集約的な部品産業を含む裾野産業を構築していく必要がある。 では、なぜ、ベトナムでは裾野産業が育っていないのか。どうしたら育つのか。

市場の拡大(城を大きくする)
まず、大前提として、市場を大きくしなければいけない。 裾野産業というのは、一種の城下町。城が巨大になり、そこに住む侍が増える。すると、そこには自然と諸国から様々な物売りが集まって、巨大な城下町を形成するようになる。
ベトナムのバイク市場は、ホンダを中心に年間販売台数300万台以上。部品の現地調達率75%以上に上り、既に巨大なバイク城下町が築かれている(過去、バイクの裾野振興策は迷走を極めたが、結果として、大量の需要がすべてを癒やした)。

 

 

posted by タマラオ at 04:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記