2014年03月10日

こんな人生の歩き方  No31

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社員の子どもたちが夢を諦めないために
今後同社は産業連携で、多品種少量を維持し、受注先のリスクの分散を図り、付加価値のあるものづくりを目指していく。そこで重要になるのが、他社が真似ができないものづくりと人づくりである。高品質のものづくりの追求とひとづくりという二つの車の両輪のバランスをどうとっていくか。麻美氏はここがものづくりの経営手腕を問われるところだと思っている。「夢を叶えるためにお金が必要です。その夢とは社員とその家族、子どもたちがこれから夢を諦めることがないようにしたい。これは私の願いでもあります」

(7)結婚・出産を機に、よりしなやかに、強く、やさしさを持つ経営者へ

結婚し子どもを持って、新たにみえて来た生きる意味
「いま夫である男性知り合ったのはアメリカ留学中の1999年です。当時は結婚に興味がありませんでした。しかし、多くの方に助けていただくにつれて、両親のおかげ、両親への感謝から親孝行したいという気持ちが強まりました。けれども、すでに親がいないので親孝行は無理でした。最大の親不幸はルーツを絶やすことを自分だけで決めてしまうこと。そう思うと子供が欲しくなり、以前から私に新しい家族を作ろうと思ってくれていた当時のボーイフレンド、今の夫と結婚しました」

1年後男児を誕生した。昼間子供は保育園に通園している。麻美氏はハードな社長業に育児家事が加わって、間違いなく忙しさが増す生活が始まった。「子どもを持って自分が変わったと思うのは、以前は完璧を期待することが多かったのですが、グレーの部分をある程度許容できるようになったことです。幼稚園から高校までインターナショナルスクールで、自己主張し、自らアピールすることの大切さを学びました。

自分が努力してポジショニングをつかむのは当然という教育方針です。加えて、母は私が13歳の時病気にかかって20歳の時亡くなりました。死期を覚悟し治療のかたわら、最後まで明るく積極的に生きる姿を、私にみせて逝ったのです。そういう母の姿や、いつも新しいことに挑戦する経営の厳しさとおもしろさを遺してくれた父の志を強く感じるようになりました。いまは、これまで私が体験してきたすべてのことは、意味があったと思っています。亡き両親に恥ずかしくないように生きていこうと思います。

自分中心で生きていけたアメリカ留学の30歳頃を境に、環境というより運命が大きく変化した結果、私自身が大きく変わりました。そして、約10年を経て経営者の責任を果たすためには、強くなくてはならないわけですが、同時に社員との間には柔らかい部分を許容できるようになり、彼らとの距離が短くなってきました」

 

 

posted by タマラオ at 06:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記