2014年03月05日

こんな人生の歩き方  No26

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(4)「あなたならできるかも知れない。でも3年間は地獄をみるだろう」
社長就任後、次々に決断をし、問題をクリアする毎日がスタート 「ともかく考えに考えました。そして自分が引き受けた結果、仮に会社が潰れた場合、命まで奪われるわけではない。反対に自分が引き受けなかった場合、やがて老いて死ぬとき、あの時自分はどうして引き受けなかったのかと後悔するのではないか。麻美氏は32歳で引き受けることを決断した。その結果、もし失敗しても、まだ人生をやり直すことは可能だと思ったのです」

麻美氏の決断を知った多くの人は、ほとんど賛成をしなかったという。しかし友人の父で経営者であった人だけが「麻美ならできるかもしれない。ただし、少なくても3年間は地獄をみるだろう」と。2000年3月A社長を解任同然で辞任してもらう。こうして、麻美氏は社長に就任した。麻美氏は社長就任のあいさつで「会社の業績悪化を景気のせいにしたくない。業績のよかったかつての経営を何としても甦らせたい。ぜひ皆さんの協力をお願いしたい」と訴えた。辞表を懐にしていた社員も撤回して、いっしょにやっていきたいと申し出るようになった。

全社員に朝のあいさつからはじめる
麻美氏は社員ひとり一人とのコミュニケーションをとることからはじめた。まず、朝のあいさつをはじめた。あいさつを返す社員もいたが、無視する社員もいた。けれども、ひるむことなく続けた。やがて、1週間もすると無視していた社員があいさつを返すように変わっていった。そして、一人ずつ社員と面接をして彼らの話を聞いていくと、A社長への不満や景気が悪いから仕方がないなど、次々に自信を失った後ろ向きの考えが出てくる。

麻美氏は彼らのこうした考えに接していると、自分自身も気が滅入ってきて、暗い気持ちになることもしばしばであった。それでも全社員と辛抱強く面接を続けていくうちに、彼らはそれまでため込んでいたネガティブな考えを少しずつ発散していった。そして自分が得意な分野で力を発揮できる場を見出していった。こうして、社員と麻美氏とのコミュニケーションがじょじょに形成されていった。

金融機関の不当な対応に辛い思いをする
金融機関に社長就任のあいさつに行くと「ほんとうの社長を連れて来てください」とか「あなたのプロフィールを提出してください」、「人脈リストを出して」と言う。「あなたが社長では....」と相手にできないというそぶりを露骨にする。麻美氏は多少覚悟をしていたものの、会ってみるとあまりの理不尽な対応に、席を立って帰ろうかと何度も思ったという。しかし、そういう不愉快な対応にめげず、会社の状態を説明して、金融機関からの新たな信用を得るために、何度も足を運んだ。

若い女性で、しかも赤字が続きの製造業の経営者の出現に、「金融機関の担当者は想定外であったのかもしれない。私に許し難い態度をとった人もいましたが、その都度今に見てろ!とポシティブなパワーが湧いてきたので、いまとなれば、彼らに反対に感謝しています」

 

 

posted by タマラオ at 05:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記