2014年02月20日

こんな人生の歩き方  No13

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今度は客観的に自分を見つめることができるようになって、ニューヨークは私にとってはエネルギーがあり過ぎると判断しました。東京も同じです。自分が生まれ育った土地なので、あまりに身近過ぎてそれまで気が付きませんでしたが、この先もずっと仕事を続けていくにはエネルギッシュ過ぎると感じました。プレッシャーや競争の中に飲み込まれてしまいそうな気がして。エネルギーがあるときはいいですが、ないときはどんどんつらくなってしまうと思いました」

「それで浮かんできたのがパリでした。パリは何度か訪れたことがあって、落ち着いた雰囲気が気に入っていたんです。自分のイラストを違った角度で見つめ直したい衝動に駆られていたこともあって、パリだったら静かにじっくりと自分に向き合えるはずと思いました」  パリに頼る人は、またいなかった。でも前向きな彼女には、また不安もなかった。後藤は、一人パリに向かった。

「危険な道を行く」――だが、ゆとりをもって仕事に取り組む
ファッションを勉強した後藤さんは時折プリントやテキスタイルデザインもする。こちらは ES ORCHESTRES に提供し、パリコレで発表された   ここまでの道のりを見て
くると、後藤の超前向きな姿勢がいい人を引き寄せ、いい仕事を引き寄せてきたことが一目瞭然だ。それはパリでも同じだった。 後藤はフランス語を学びながら、生活の中でヨーロッパの色彩感覚、美の感覚も学んだ。それらは自然とイラストに反映されていった。売り込みをした回数はそれほど多くなかった。

渡仏してちょうど3年経ったころに冒頭の絵葉書の仕事が決まり、その後は順調に仕事が舞い込んできた。 「私は、岡本太郎さんの著書にある言葉が好きです。安全な道と危険な道があったら、先の見えない危険な道を選べと。岡本さん自身が実践していたというこの言葉は、私の支えです。 振り返ってみると、勢いだけで進んだこともありましたが、いまは危険な道をわざと選びつつ、楽しみながらゆっくりと前進していこうという心構えでいます。急な坂道を駆け上るのではなく、なだらかな坂道を自分のテンポで歩いていくといった感じですね」

後藤のサクセスストーリーを羨ましいと思うのは、筆者だけではないだろう。でも、そんな嫉妬はすぐに消えてしまう。イラストを通してみんなが幸せでいられるようにという彼女の温かくひたむきな思いと、バイタリティにあふれた行動とが、私たちに大きな元気と勇気とを与えてくれるから。

 

 

posted by タマラオ at 04:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記