2014年02月18日

こんな人生の歩き方  No11

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「郵便受けにルーベンさんからの手紙が入っていたのを見て、もうすごく感激しましたね。あなたのようなエネルギッシュな女性が世界で増えることを祈っていますよ、という励ましの言葉とともに、最近手掛けたイラストを同封してくれて、ルーベンさんのいるニューヨークに行きたい気持ちが一気に高まりました。私もルーベンさんのような仕事をしたい。いつの日かルーベンさんにも会えたらと思いました。 それでバーニーズ・ニューヨークでもお仕事をいただけたので、本店のあるニューヨークが一層近く感じられたのです。私の決心は、どんなことがあっても揺らがないものになりました」

化粧品類のパッケージに使われた後藤さんのイラスト。イラストレーターの仕事の範囲は広い  学校を出て1年後、後藤はアルバイトで貯めた資金と大志を胸にニューヨークの地を踏んだ。度胸のある後藤らしく、ニューヨークで頼れる人は誰もいなかったが不安はなかった。 「夢がふくらんで不安を感じる隙間もなかったですね。当時は文字通り夢中でした」 ニューヨークで後藤がしたことは2つ。東京でしたように、自分の作品を商店や出版社に売り込むこと。そして絵を描き続けること。 売り込みは到着してすぐに始めた。可能性が少しでもありそうな企業にどんどん連絡を取って1社に作品を持っていき、もう1社からは見てもらった作品を返してもらうというルーティンを続けた。

イラストレーター田辺ヒロシと出会い、いったん日本に帰国
現在、シリーズ化している後藤さんのオリジナル作品「ジーンズコレクション」。本物のジーンズをスキャンし、細かくはめ込むという凝りようだ  気がつけば、そうやって作品を見てもらって半年近くも経った。しかしニューヨークでは仕事は得られなかった。 「もちろん、すぐに仕事ができるとは思っていませんでした。売り込みを繰り返す生活になるというのは想像していましたが、もう少し手ごたえがあるかと思っていて・・・」

客観的に見れば、デビューは華やかだったものの後藤はまだ卵からかえった生まれたてのヒヨコの状態だったろう。だからニューヨークでいきなり仕事をというのは、やはり早すぎたのではないか。一匹狼のように活動してきた後藤はそのことに気付いていたようで、はっきりとは分かっていなかったのだろう。 そんなとき、契機がまた訪れた。正しい助言をしてくれる人に出会えたのだ。ニューヨークに住んで大活躍しているイラストレーターの田辺ヒロシだった。

「街で偶然見かけたんです。以前、田辺さんの生活を紹介した日本のテレビ番組があって、ビデオに撮っていました。素敵な仕事をしている方だなと何度もビデオを見ました。だから、その男性が田辺さんに間違いないと確信して声をかけたのです。自己紹介をしたら私の作品を見てくれると言ってくださって。少しお話しする時間を取っていただいて進むべき方向が見えてきました」 田辺は、後藤にイラストレーターのエージェントに入ることを勧めた。

自分一人で営業するよりも仕事を獲得する近道だろうという理由だった。田辺と話してもう1つ気が付いたことは、自分のスタイルをよりしっかりと確立させることだった。 日本に帰って地固めをしよう。田辺に会ったことで、後藤は空に舞う夢からの階段を下りて、地に足を着けようという気持ちになった。

 

 

posted by タマラオ at 05:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記