2014年02月14日

こんな人生の歩き方  No7

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マザーハウス山口絵理子; 日本で注目される若い実業家で、バングラディッシュの工場でバックを生産して、日本で販売を手がけるバッグデザイナーです。マザーハウスという会社の代表をしており、国際的なビジネスマンとして活躍されておられます。
更新日: 2013年03月15日 http://matome.naver.jp/odai/2136323757686095001

1981年埼玉県生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業、バングラデシュBRAC大学院開発学部修士課程修了。大学のインターン時代、ワシントンの国際機関で途上国援助の矛盾を感じ、アジア最貧国「バングラデシュ」に渡り、現地の大学院に進学。「かわいそうだから買ってあげる商品じゃなく、商品として競争力があるものを途上国から世界に発信する」という理念のもと、大学院卒業と同時に24歳で起業し、「株式会社マザーハウス」を設立。

いじめられた経験をバネに 出典山口絵理子さんに会った! | 田原総一朗 公式ブログ(= 山口絵理子さんに会った! http://www.taharasoichiro.com/cms/?p=675

山口さんは、実は小学校のとき、一度も給食を食べたことがなかった。男の子たちに取り上げられていたのだ。いわゆる、いじめられっ子で、不登校にもなった。彼女は、給食の味を知らずに卒業したそうである。その反動から、中学で非行に走った。警察に何度もお世話になった。ただ、すぐに、「こんなことしてはだめだ」「もっと強くならないといけない」と気づいた。

過酷なバングラディッシュでの生活
頼み込んで大学院の入試を受けさせてもらい、何とか合格。それからすぐに日本に戻り、大学を卒業するまでバイトをしまくりました。両親には、「好きにしなさい。でも、卒業後の支援はしない」と言われましたから。無事大学を卒業し、再びバングラデシュに戻った私は、まずひとり暮らしをするためのアパートを探しました。そして、昼間は日本商社の現地事務所でインターン、17時半から22時半までが大学院の授業、夜はリキシャで帰宅する、そんな毎日がスタート。

ダッカでは18時以降、女性の外出が禁止されていたので、夜道がものすごくこわいのです。だから常に、催涙スプレーや防犯スプレーを隠し持っていました。

働く工員の給与水準は高い
バングラデシュにある「マザーハウス」の自社工場では、現在45人が働いていますが、彼らの給料は、この国の一般的な額の約2倍から。技術の向上に応じて報酬がアップする上、自分たちのアイデアも活かされるため、工員は皆努力を怠らず、中には終業後、自主的にミシンの練習をする方もいるそうです。そこにあるのは、「もっといいものを作りたい」という、これまでの労働環境の中では抱けなかった気持ち。アジア最貧国と言われるバングラデシュで、「マザーハウス」のバッグ作りは人々の自尊心も育んでいるのです。 発展途上国にて「品質の
良いバッグ」を作る事が大切という考え

先進国は、チャイナ+1(中国の補佐的製造)の、安かろう悪かろうというレベルの製造工場として、バングラデシュに発注します。それはバングラデシュが、賃金が安くて素材も安いから。でもそれは、仕事を発注する側の都合です。できる、できない以前に、やらせてみよう、良い製品を作ろうと思う人たちが皆無だったのです。もちろん、政治にも、大量生産型のビジネスにも問題があるわけですが、そうした現実に対して、誰かが「この人たちはもっとできる」ことを証明してみせたら,
もしかしたら、そうした流れが変わるかもしれないと思ったのです。

 

 

posted by タマラオ at 06:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記