2015年09月28日

50代で年収380万、痛みでトイレも使えぬ生活苦!   No1

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タクシードライバーが沈む不況と過当競争の底なし沼 ―都内タクシー会社の乗務員・坂田義則さん(仮名)のケース

タクシー業界で働く乗務員(タクシードライバー)を取り上げる。彼は50代で月収手取り20万円台。1日に20時間ほど車を運転するため、下半身を痛め、和式トイレを使えない日々だ。後半では、タクシーの運転手が加盟する労働組合を取材した。この業界の厳しい実態が見えてくる。 あなたは、生き残ることができるか。2009年度のタクシー市場は、1兆7749億円(法人、個人合計)。バブル崩壊前後となる1991年度の6割強にまで落ち込んだ(日経新聞 2010年10月27日朝刊)。

業界で大シュリンクが起きているベースには、自家用車や電車などの交通手段の充実、長引く不況による利用者の減少などが挙げられる。また、2002年からの規制緩和により、タクシー台数が一気に増えた結果、業者間、ドライバー間で競争が激化したことも、ドライバーの生活苦に拍車をかけている。まさに「規制緩和不況」の典型的な業界と言える。今後は、医療、福祉、観光分野などで潜在的な需要を掘り起こすことが、業界にとっての課題となる。

老後不安でタクシーを始めたものの50代で年収380万円前後の生活苦
「ここ数年は平均年収が380万円前後(額面)で、月収の手取りは20万円台の後半かな……。歩合給だから、額は稼ぎに応じて毎月変わる」 タクシードライバーの坂田義則さん(仮名・54歳)は、太い声でつぶやく。6年前(2006年)に都内のタクシー会社に入り、現在は2つ目の会社に勤務する。前職は、損害保険のセールスをしていた。2001年に仲間と代理店を立ち上げた。だが、外資系の保険会社が市場に参入するようになり、お客を奪われ、数が減っていった。04年の頃をこう振り返る。

「世間並みの暮らしをするためには、1億円くらいの契約額が必要だった。それが辞める頃には、2000万円ほど。その20%の400万円が俺のところに来る。だけど、そこから経費が消える。手元には、300万円ほどしか残らない。これでは、食えねぇ……。代理店仲間の大半は辞めたね」 タクシードライバーになろうと思ったのは、老後のことを考えたからだという。60代以降は年金で生活していくことを希望している。 「これ
までの経歴は、車に関わる仕事が多い。

それを活かすことができて、正社員として働くことができるところがよかった。社会保険とか労働保険が整備されているからね。それに、退職金と年金を老後にもらえる体制になっている職場がいい。だが、退職金制度を設けているところはほとんどない。この年齢になると、これらの条件をある程度満たす職場はタクシー会社しかなかった」「これでは、食っていけねえ……」保険のセールスからタクシーへ転職30代半ばから50代で失業した人は、確かに業界や会社を選ぶ幅が狭くなる。この世代の失業期間が長い理由の1つが、ここにあるのだと思う。

選択の幅が狭いにもかかわらず、キャリアの幅が広いことが問題なのだ。たとえば、営業、経理、総務、広報などの仕事を色々経験しながら年数を重ねると、その会社では評価されるのかもしれない。しかし、組織を離れ、自分という商品を売ろうとするときに「何が得意なのか」わからない。また、独立して生きていくレベルにはおおよそ届いていない。保険セールを手がけた時期もあったとはいえ、坂田さんのように基本的には車に関わる仕事1つに絞り、数十年も続けてきた人は、失業しても次の職場が早く見つかる傾向がある。

「芸は身を助ける」と言うが、「一貫した職業は生活を守る」ことができるのかもしれない。坂田さんは、ある意味で恵まれている。現在は、都内西部の府中市に1人で住む。家族の養育費は不要だ。たとえば、家族4人(子ども2人)の夫と比べると、年間で数十万〜数百万円は少なくて済むだろう。家は父親が建てたもので、一軒家である。賃貸マンションのように毎月、住居費を支払う必要はない。これだけでも年間で少なくとも100万円以上は経費を削減できる。

がむしゃらに仕事をすればするほどどんどん泥沼にハマっていく仕事
今の会社では、2日連続の出番となっている。これを「1(いち)出番」と呼ぶ。たとえば、月曜日と火曜日に働き、水曜日は休日、木曜日と金曜日が出番となる。2日間で運転できる時間は、この会社では上限が20時間と決まっている。厚労省・国交省が決めた告示での規制の上限は、21時間。それとは別に、3時間の休憩時間を取ることが義務付けられている。この時間に車を止めて、仮眠をとる。 品川を拠点に、駅の前に車を付けて待ったり、1時間ほど走り続け、客を拾う。

 

 

posted by タマラオ at 05:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2015年09月27日

「ベンツはもう、誰でも持ってるでしょ?」 No3

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http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/276757/083100005/

お目立ち度アップの効果をアピール
「ヒミコ」が紹介に次ぐ紹介でコンスタントに売れていることから、同社ではいま、220万バーツ(約770万円)の「ガリュー」、79万バーツ(約280万円)の「ビュート」の販売に力を入れている。「ガリュー」のターゲットは「ヒミコ」ユーザーほどではないが、高額所得者層。「ビュート」のターゲットは、タイに増えてきている中間層だ。 どちらの層も、衝動買いを誘えるリッチな「ヒミコ」の客とは違い、購入にはやや慎重な姿勢を示す。光岡の名前を知らないから家族で相談をし、もう少し検討してから決めたい。

そんな客の意識を変えていくため、平野氏はいま2つの施策を展開している。 一つは知名度アップ策。潜在顧客が集まりそうな場所でイベントを開き、光岡自動車との接点を増やす取り組みだ。この8月には、富裕層の子弟が多く通うことで有名なバンコク大学でイベントを開き、車を展示。手頃でカジュアルなコンパクトセダン「ビュート」は高い反響を得た。 Facebookに出した広告も知名度アップに貢献している。

「一度出しただけですが、2000人ぐらいだった『いいね』の数がいきなり1万9000人に増え、本社(日本)のFacebookページを上回った。Webへのアクセスも跳ね上がりました。車自体のインパクトが相当あったのかもしれません。タイとの相性の良さを感じています。LINEも活用して、実売につなげていきたいですね」

タイのFacebookユーザーは2000万人超。LINEユーザーは2400万人を超え、日本に次ぐ世界第2位。タイ人は、美しく格好いいモノ、強烈な個性を放つモノには素直に反応し、自撮りでSNSにアップするのが大好きだ。イベントとからめながらSNSを巧みに活用すれば、光岡自動車の知名度は確実に上がるだろう。 もう一つの拡販策は、試乗の働きかけだ。モーターショーなどで興味を示した客に連絡を取り、試乗車で商業施設に乗り付け、衆目を集め、特別待遇を受ける快感を味わってもらうサービスである。

「一番安い『ビュート』で走っても、周囲の人はみんな見ますね。この価格帯でそんな体験ができる車はない。そうすると、79万バーツでも高くない。BMWの『ミニ』もいいけど値段が倍以上するし、『ビュート』なら色も内装も選べると思っていただけるんです」タイに進出している日系企業限定で、「ガリュー」のリースプランもスタートした。料金は月額2万2000バーツ(約7万7000円)。空港での客の出迎えやゴルフ場への往復に利用してもらい、客の満足度を高め、企業の好感度アップにもつなげてもらおうという考えだ。

進むべき方向を見つけ、体制の見直しが実り始めたミツオカモータータイランド。タイでの経験には、日本にフィードバックできる要素も多いと平野氏は言う。

「とりあえず」でもかまわない
「タイにいて感じるのは、よりクラシックな車への期待感です。もっと光岡らしい、もっとクラシックスタイルに特化した車があってもいい。『ビュート』に人気が集中している日本にも必ず需要はあるはずです」 クラシックカーファンの間で高い人気を誇るブランドに、英国のモーガンがある。少量生産で予約が3年先まで埋まっていることでも有名だ。タイの光岡自動車の顧客には「本当はモーガンがほしいけれど、納車まで時間がかかるし高いから、とりあえず光岡で」という客が少なくない。

だが、平野氏は「それでいい」と話す。
「とりあえず買ってみたら、すごく良かった。もっと欲しくなった。そう思われるのが理想です。このポジションに立てるのは光岡以外にはない。だからこそ、もっとクラシックな車があれば、お客様の選択肢も増え、人気が得られると思うんです」 タイに進出すればASEAN全域を掌握できる。そんな当初の夢は砕け散ったが、進出したからこそ新しい道筋が見えてきた。現実に合わせた改善策を推し進める平野氏が目指すのは、モノづくりとセールスが一体化した仕組みを構築し、いずれはすべてタイ人で運営できる体制に持って行くことだ。

仕組みの完成度が高ければ、基本部分は他の国にも応用できる。現地のことは現地の人材で。光岡自動車は長期的な視点で、以前とは異なる「新しい海外進出の形」を追求している。

 

 

posted by タマラオ at 05:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記